
愛媛阪神フェリーは昭和47年(1972)神戸−今治航路を開設し三宝海運のほわいとさんぽうと共におくどうご(1号)を就航させる。
翌、昭和48年(1973)先に就航したおくどうごをダイヤモンドフェリーに用船し姉妹船おくどうご2号を就航させる。
そして昭和51年(1976)おくどうご3号を就航させ、おくどうご2号は1号と同じくダイヤモンドフェリーへ用船された。
昭和59年(1984)航路延伸により松山へ乗り入れを開始する。松山乗り入れは三宝海運の悲願だったと思われる。
平成4年(1992)これまでの共同運航体制を解消しそれまで週ごとに入換えていたダイヤを、
愛媛阪神フェリーの便は上り夜便、下り昼便に固定し松山乗り入れを中止した。
これは三宝海運との関係が悪くなったのではなく(実際最後まで関係は良好だった様だ)ダイヤモンドフェリーの
新造船が4隻揃い、さらに関西汽船が大型フェリーを投入した関係によるものと考えられる。
改めて歴史を調べてみるとおくどうご1号と2号は初めからダイヤモンドフェリーに用船する計画だったのではないだろうか?