HUG306-54 とは?

[HUG306-54 ]は、加藤幸夫氏の発案により企画されました。
360度hugしたいが、まだまだ足りないと言った意味からこの名前がつきました。

みんなを代表してこの企画の流れ、コンセプトをお伝えします。
上手く言えませんが、私はこのHUG306-54で、今、私にできること、
かたちにできる精一杯の作品作りをさせてもらおうという思いで参加する運びとなりました。
作品は、はっきり言って何ができるかわかりません。
ただ、わかるのはliveであるということかもしれません。

得に作品の形態にこだわっているわけではありませんが、やはり俳優と一緒に製作をしているので
そこにはある関係性をもった物語り的要素があるパフォーマンスが生まれます。

作品は、あえて期待するような出来事ではなく、淡々と繰り替えされる日常を出発に不確かな出口を探しているような、「その向こう側にある何かにふれたい」それはきっと「一生懸命生きる」っていうことの近道なのかもしれません。
わたくしごとですが、そこには「生かされている」という思いがあるからです。切っても切り離せない日常から想像することができる時、その瞬間は生かされていると感じるからです。
強制的に「想像しなさい」ということではありません。私にとっては、です。
受け入れていく日常、確かめる毎日の穏やかな繰り返し、が、あるからこそ私は生かされ、そしてその生かされている場所、想像することができるのなら、なんとかしてふれたい、「その向こう側にある何かにふれたい」という、曖昧ではあるけれど切実な根源となっています。

作品を見ていただいた後に、何か、『あとから届く優しい手紙』のような、持ち帰った後に醸造されるような、そんな作品になればと考えます。
『あとから届く優しい手紙』これは、私が太郎賞で松本力氏と作った作品の続編につながるものでもあります。

明日も続く日常に帰っていく。自分達の身近な人達が幸せでいて欲しい。少しでも多く笑っていてほしい。それは、今できることから。我々の共通の思いです。そして、社会に無関心ではないというポジティブで小さくささやかな発信なのだという思いに繋がっているのです。

このページを、最後まで読んで下さったこと、本当に嬉しく思います。
ドウモアリガトウゴザイマス。
長くなって、ごめんなさい。
稚拙な言葉の羅列でしか表現できないことを、お許し下さい。

tanakawa