由良家 家臣団
 
 
 
  由良一門
 
 
  横瀬業繁 (?〜1511年)
 横瀬国繁の子。新六郎、雅楽介、信濃守。岩松尚純に仕える。文明十五年、太田道灌を招き、金山城普請の指導を受ける。今井繁信を奉行として金山城普請を行った。明応年間、岩松尚純と不和になるが、足利成氏が仲介役となり和解した。その際、岩松尚純は隠居し、子の昌純が岩松家当主となった。横瀬業繁は岩松家の政務全体を取り仕切るようになった。鳥山氏が岩松家の所領鳥山五郷を横領すると、岩松昌純は足利成氏にこれを訴えた。しかし、奏者伊東氏が訴えを足利成氏に上奏しないため、横瀬業繁は伊東氏に大鷹を献上するなどした。永正八年八月八日没。法名「霊雲寺殿義山宗忠居士」。子は国経。
 
 
  横瀬国経 (?〜1522年)
 横瀬業繁の子。新六郎、雅楽介、信濃守、景繁。明応五年、主家岩松尚純との合戦での戦功を賞し、坂田右馬助に感状を与えた。永正六年、武蔵国立河原合戦に出陣。永正九年、古河公方足利政氏が子の高基と争うと、足利高基側に属す。その功により政氏側に属した成田親泰の所領を賜る。永正十一年、上洛して足利義稙に拝謁。大永二年二月二十二日没。法名「白豪寺殿大栄宗功大禅定門」。子は泰繁。
 
 
  横瀬泰繁 (1497〜1545年 49歳没)
 横瀬国経の子。雅楽助、信濃守。岩松家の政務を取り仕切る。主家岩松尚純は風流を好み、政治は横瀬泰繁に任せていた。この状況に尚純の子、昌純は危機感を抱いていた。岩松昌純は元旦の祝賀に来た横瀬泰繁を誅殺しようと計画を練った。これに気付いた横瀬泰繁は享禄元年十二月晦日、金山城を攻め、岩松昌純を討ち取った。以後、横瀬泰繁は金山城主となり、昌純の弟氏純を岩松家当主として金山城本丸に迎え、自身は金山城三の丸に居住した。その際、小金井繁光、沼尻大膳らと神水を交わし、氏純に叛意無きことを約束した。岩松氏純は幽閉同然の生活を余儀なくされ、後に自決した。泰繁は岩松家の系図を手に入れ、新田義貞を家祖と称するようになった。天文十四年九月九日、下野壬生で古河公方軍と戦い、討死した。四十九歳。法名「龍得寺殿感獄宗虎大居士」。墓は上江田村竜得寺。子は成繁、長氏、長繁、繁雄。
 
 
  由良長氏 (?〜?)
 横瀬泰繁の子。由良成繁の弟。能登守。永禄年間に兄に軍勢を借り、菅生城主菅生備前を襲い城を奪う。金山籠城時にその名がないため、それまでに没したと考えられる。
 
 
  由良長繁 (?〜?)
 横瀬泰繁の子。由良成繁の弟。掃部頭。上州山田郡今泉城主。天正十一年の金山籠城に嫡子成高とともに参戦した。
 
 
  鳥山繁雄 (?〜?)
 横瀬泰繁の子。由良成繁の弟。
 
 
  妙印尼 (1514〜1594年 81歳没)
 上州館林城主赤井照光の娘。輝子。金山城主由良成繁の正室。成繁没後、薙髪して妙印尼と称す。天正十一年九月、北条高広らが北条家に降ると、由良国繁、長尾顕長兄弟は祝儀のため厩橋にて氏直に出仕。この時、氏直は金山城、館林城の借用を申し出る。兄弟はこれを承知したが、家臣は妙印尼を擁立して籠城。これは十月下旬のことである。籠城軍は北条家と対立する佐竹氏、佐野氏と結んでいた。兄弟は家臣が謀反を起こしたため拘束され、小田原に送られた。十一月、佐竹氏と共に上州富岡領を攻撃。天正十二年二月、再度富岡領を攻める。三月末、足利領は北条家に攻められる。四月二十一日、北条氏勝は足利城を攻撃。四月下旬から下野藤岡、沼尻にて北条家との合戦を開始。七月上旬まで争うも決着は付かず、北条氏照の申し出により血判を交わして両軍は撤退。七月十九日、長尾家は富岡領を攻めている。十二月下旬、北条氏照は総攻撃の準備を始める。氏直も上州へ向かったため、籠城軍は降伏。この間、妙印尼は佐竹氏、佐野氏を通じて豊臣秀吉と、皆川氏を通じて徳川家康と通じ、北条家への執り成しを依頼している。天正十三年正月四日、金山城、館林城を北条氏照に明け渡した。十日、顕長は館林に着陣した氏直に拝謁。恭順の意を示した。和議の条件は兄弟の帰還、両城の明け渡し、他の知行の安堵、顕長の佐野家攻撃を認め、その知行を与えることなどだった。天正十四年正月、長尾顕長は佐野宗綱を討ち取るが、北条家から佐野領を与えられることはなかった。佐野領の拝領は先年の和議の条件であり、度重なる動員令や不履行のため北条家から離反。天正十六年五月頃、北条家から合戦に参陣するよう命じられるも拒否。兄国繁も参陣を拒んだ。天正十六年八月二十三日、北条氏照は足利領を攻める。十七年正月十日、氏照は足利城付近にまで攻め込んだ。顕長は天徳寺宝衍を通じて豊臣秀吉、上杉景勝と接触。しかし、西上野松井田衆、佐野衆らも足利攻めに加わったため、天正十七年二月に降伏。国繁は桐生城を破却され、妻と共に小田原に移された。顕長も足利城を破却された。この時、兄同様に小田原に移されたのではないか。小田原征伐時、北条家に臣従していた国繁、顕長は小田原籠城軍に参陣した。だが、妙印尼は自ら十歳になる孫の貞繁と四男繁詮をつれ、三百騎で前田利家、上杉景勝の軍に参陣。松井田城攻撃に参加。小田原で両名の執り成しによって秀吉に拝謁。このとき妙印尼七十七歳。桐生城と引き替えに息子二人の助命を願い出る。秀吉はこれを承諾し、戦後国繁に常陸牛久五千石を与え、妙印尼もそれに従うこととなった。秀吉から妙印尼に宛てた手紙は今も残されており、それには「先年小田原へ擒置、居城へ取懸可相渡旨雖申懸候、母為覚悟城を相拘、京都へ御届申上候刻、先成次第二可仕候旨、被仰出候、付而、不及了簡小田原へ城を相渡」と記されている。顕長は所領を失うが切腹は免れた。繁詮は遠州横須賀城三万五千石の大名となるが、秀次事件に連座し断絶となった。牛久に移った妙印尼は得月亭という庵を建てる。文禄三年十一月六日没。八十一歳。得月亭は妙印尼を開基として得月院とした。墓所は茨城県牛久市得月院にある。なお、同院には由良成繁の画像とともに、軍配を持つ妙印尼の画像が残されている。由良氏は江戸期も牛久に知行を与えられ、寛文五年には高家衆に列せられた。
 
 
  渡瀬繁詮 (?〜1595年)
 由良成繁の三男。道原城主。小田原征伐後、秀吉から遠江横須賀城三万五千石を与えられるが、秀次の家老であったために自刃した。
 
 
  矢場繁勝 (?〜?)
 由良成繁の子と云う。内匠助、能登守。勝繁。山田郡矢場城主。矢場氏の養子となる。天正十一年、由良国繁らが北条家に抑留されると、一族郎党とともに金山城に籠城。このときに金竜時、円福寺の僧に北条家との仲介を依頼した。
 
 
  由良成高 (?〜?)
 由良長繁の子。由良国繁の従兄弟。掃部介。今泉城主。入道し源斎。父と共に金山城に籠もる。
 
 
  鳥山高繁 (?〜?)
 鳥山繁雄の子。由良国繁の従兄弟。丹後守。上州勢田郡鳥山領主。天正十一年の金山籠城に参戦。
 
 
  小金井繁光 (?〜?)
 四郎右衛門。上州勢田郡小金井領主。「新田老談記」に名が見える。横瀬泰繁と岩松家との講和の際に活躍。天正十一年、金山籠城参加。国繁ら兄弟を迎えるために天正十二年七月二十日、八百五十騎で武蔵川越へ出立。川越から五十騎で小田原に向かったという。天正十八年、小田原籠城に参加。新田老談記に記される小金井重郎兵衛、小金井采女は一門か。牛久移転にも従っている。
 
 
  由良忠繁 (1609〜1639年 31歳没)
 由良国繁の次男。由良貞繁の異母弟。五郎八、市兵衛、貞長。元和七年、兄貞繁が四十八歳で没すると、後継者忠繁が将軍拝謁を済ませていないため牛久藩は廃絶された。由良家は徳川家と同じ新田氏を称したため、忠繁が十五歳の時、牛久にて由良氏の名跡を継ぐことを許される。寛永十六年、家光上洛時に御書院番。子の親繁は炎上した東福門院修復の功により仙洞、天皇、和子より褒美を賜った。以後、由良家は高家として幕末に至る。
 
 
  横瀬兵部少輔 (?〜?)
 由良一門。親類衆として名が見える。元亀二年、桐生親綱は由良成繁に新田大口櫃の水銭の支払いを求めた。成繁がこれを無視したため、激怒した桐生親綱は大口櫃の一部を壊し、由良家が取水出来ないようにした。横瀬兵部少輔は由良成繁の命で大口櫃周辺を守る桐生勢と戦い、これを破った。
 
 
  横瀬常陸守 (?〜?)
 由良一門。
 
 
  横瀬弥右衛門尉 (?〜?)
 由良一門。
 
 
  横瀬弥十郎 (?〜?)
 由良一門。
 
 
  横瀬勘九郎 (?〜?)
 由良一門。元亀三年、由良家は桐生城主桐生親綱を破り、桐生城を手に入れた。横瀬勘九郎は桐生城代となった。
 
 
  横瀬掃部 (?〜?)
 由良一門。由良国繁の命で上洛し、織田信長に綿百斤を献上した。喜んだ織田信長の斡旋により、国繁は従四位信濃守に叙任された。
 
 
  横瀬時清 (?〜?)
 左近太夫。天正十一年、老寄として金山籠城に参加。
 
 
  横瀬時白 (?〜?)
 右近将監。天正十一年、三十人衆十三頭として金山籠城に参加。
 
 
  横瀬武道 (?〜?)
 平左衛門尉。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 

 
 由良家家臣
 
 
  野内成巌 (?〜?)
 豊前守、道的斎。天正十一年、隠居の身でありながら金山籠城に参戦した。
 
 
  野内成道 (?〜?)
 野内成厳の子。修理亮。上州勢田郡反町城主。由良氏四家老。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢政真 (?〜?)
 備前守。一溪斎。天正十一年、金山籠城参戦。
 
 
  大沢政光 (?〜?)
 大沢政真の子。下総守。上州勢田郡善城主。由良氏四家老。天正十一年、金山籠城に参戦。養子は政助。
 
 
  大沢政助 (?〜?)
 大沢政光の甥。政光の養子となる。大和守。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢政安 (?〜?)
 大沢一族。越後守。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  大沢彦四郎 (?〜?)
 由良家重臣。
 
 
  林高次 (?〜?)
 伊賀守。上州那波郡赤石城主。由良氏四家老。天正十一年、金山籠城に参戦。養子は高瑞。
 
 
  林高瑞 (?〜?)
 林高次の養子。近江守。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林高宗 (?〜?)
 越中守。上州勢田郡矢島城主。由良氏四家老。林高次とは一門か。天正十一年、金山籠城に参戦。天正十八年、小田原籠城参戦。子は高善。
 
 
  林高善 (?〜?)
 林高宗の子。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林佐渡守 (?〜?)
 由良家重臣。宿老林氏の一門か。
 
 
  林蔵人 (?〜?)
 由良家重臣。宿老林氏の一門か。
 
 
  林成祐 (?〜?)
 藤岡庄轟城代。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
 田部井孫四郎 (?〜?)
 同傍衆。
 
 
  田部井隠岐守 (?〜?)
 同傍衆。
 
 
  県新次郎 (?〜?)
 同傍衆。
 
 
  薗田新七郎 (?〜?)
 同傍衆。
 
 
  市場景資 (?〜?)
 市場城主。同傍衆。弥十郎、備中守、繁博。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  藤生善久 (?〜1590年)
 渡瀬繁詮の家老。紀伊守。桐生城代、道原城代、老寄衆。天正七年、由良国繁の命により、上州東部に勢力を持つ松島入道古柏、阿久沢道伴等を攻め、降伏させた。知勇に優れ、天正十年十一月、「藤生紀伊守言上之事」として十二ヶ条の教えを記す。これは十二ヶ条から成り、国繁に文武の道を説いている。天正十一年、金山籠城参戦。天正十一年、広沢大雄院を建立。天正十八年、小田原籠城参戦。天正十八年八月七日没。法名「高巌全玖」。
 
 
  藤生善寿 (?〜?)
 藤生一門。天正十一年、三十番頭として金山籠城に参加。
 
 
  阿久沢彦次郎 (?〜?)
 左馬助、能登守。桐生親綱に仕える。天正六年、由良家に属す。天正十二年、五乱田城を改修。十三年、真田勢に五乱田城を攻め落とされる。十四年九月、五乱田城を攻め落とし、敵将久屋三河を討ち取った。十五年二月、沼田に攻め入るが敗走。天正十八年、家臣郎党四十一人と共に小田原籠城に参加した。
 
 
  彦部師光 (?〜?)
 加賀守。彦部屋敷主。庶家彦部晴直は足利将軍家に仕え、義輝と最後を共にしている。その子、信勝、輝信は近衛前久の関東下向に従い、上州では師光を頼ったようだ。永禄四年、由良成繁に属し、広沢に知行千貫。館林飯野砦に移る。
 
 
  田村清重 (?〜?)
 加賀守。天正十一年、老寄として金山籠城に参加。
 
 
  金谷経長 (?〜?)
 丹波守。天正十一年、老寄として金山籠城に参加。
 
 
  金谷経清 (?〜?)
 丹後守。天正十一年、五十人衆十三頭として金山籠城に参戦。
 
 
  金谷因幡守 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城で宝泉城を守った。
 
 
  藤原善久 (?〜?)
 紀伊守。桐生庄伊達城代。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  増田行政 (?〜?)
 伊勢守。大胡庄上泉城代。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  鮎田道一 (?〜?)
 下総守。園田庄植木野城代。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  根岸頼行 (?〜?)
 三河守。毛呂城代。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  松井義康 (?〜?)
 豊前守。佐貫庄千石岡山城代。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梶塚満秀 (?〜?)
 豊後守。新田庄高林城代。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  阿久沢道伴 (?〜?)
 深沢城主。桐生親綱、後北条家に仕える。天正七年、由良国繁の重臣藤生善久に攻められ降伏。人質を出して由良家家臣となった。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  松島古柏 (?〜?)
 沢入城主。桐生親綱、後北条家に仕える。天正七年、由良国繁の重臣藤生善久に攻められ降伏。人質を出して由良家家臣となった。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  鳥山出雲入道 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城で宝泉城を守った。
 
 
  鳥山主膳正 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城で宝泉城を守った。
 
 
  金井田伝七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城で宝泉城を守った。
 
 
  矢内時英 (?〜?)
 江田城主。一時、反町城を守る。修理亮。天正十二年、北条家に攻められ、子の四郎左衛門と共に防戦するが落城した。北条家は江田城を拠点として金山城を攻撃している。
 
 
  小金井義利 (?〜?)
 大蔵少輔。天正十一年、五十人衆十三頭として金山籠城に参加。
 
 
  高山宗参 (?〜?)
 因幡守。天正十一年、五十人衆十三頭として金山籠城に参加。
 
 
  金井涼清 (?〜?)
 出雲守。天正十一年、五十人衆十三頭として金山籠城に参加。
 
 
  江戸高本 (?〜?)
 左京亮。天正十一年、五十人衆十三頭として金山籠城に参加。
 
 
  松沼宗春 (?〜?)
 長門守。天正十一年、五十人衆十三頭として金山籠城に参加。
 
 
  小柴義見 (?〜?)
 玄蕃頭。天正十一年、三十番頭として金山籠城に参加。
 
 
  毛呂佐位 (?〜?)
 山城守。天正十一年、三十番頭として金山籠城に参加。
 
 
  丸橋明鑑 (?〜?)
 右馬助。天正十一年、三十番頭として金山籠城に参加。
 
 
  渋沢道根 (?〜?)
 播磨守。天正十一年、三十番頭として金山籠城に参加。
 
 
  根岸頼真 (?〜?)
 長門守。天正十一年、三十番頭として金山籠城に参加。
 
 
  田部井忠正 (?〜?)
 右馬助。天正十一年、三十人衆十三頭として金山籠城に参戦。
 
 
  坂田俊道 (?〜?)
 土佐守。天正十一年、三十人衆十三頭として金山籠城に参戦。
 
 
  福島頼国 (?〜?)
 出雲守。天正十一年、三十人衆十三頭として金山籠城に参戦。
 
 
  金子秀信 (?〜?)
 淡路守。天正十一年、五十人番として金山籠城に参加。
 
 
  岡山淡路 (?〜?)
 天正十一年、五十人番として金山籠城に参加。
 
 
  新井道本 (?〜?)
 将監。天正十一年、五十人番として金山籠城に参加。
 
 
  飯島光峯 (?〜?)
 縫殿頭。天正十一年、五十人番として金山籠城に参加。
 
 
  沼尻季清 (?〜?)
 肥後守。天正十一年、五十人番として金山籠城に参加。
 
 
  高安直冬 (?〜?)
 若狭守。天正十一年、五十人番として金山籠城に参加。
 
 
  小曽根冬浄 (?〜?)
 民部少輔。天正十一年、五十人番として金山籠城に参加。
 
 
  長島常往 (?〜?)
 淡路守。天正十一年、五十人番として金山籠城に参加。
 
 
  長山意玄 (?〜?)
 監物。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  大谷善伝 (?〜?)
 内蔵助。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  雨笠善達 (?〜?)
 大炊助。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  馬場正晃 (?〜?)
 又三郎。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  栗原武信 (?〜?)
 尾張守。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  森田重称 (?〜?)
 右京進。新田老談記に成繁家臣として記される。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  坂庭善清 (?〜?)
 将監。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  斎藤以理 (?〜?)
 主税助。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  長山意道 (?〜?)
 隠岐守。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  長山伊賀守 (?〜?)
 天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  堀越基久 (?〜?)
 勘解由。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  国定盛容 (?〜?)
 左京進。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  木村綱信 (?〜?)
 伊豆守。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  津久井行久 (?〜?)
 内匠助。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  岩崎重仲 (?〜?)
 左衛門次郎。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  須永広豊 (?〜?)
 内膳正。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  高橋英通 (?〜?)
 丹波守。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  森忠長 (?〜?)
 隼人佑。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  下田宗光 (?〜?)
 図書助。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  板橋勝長  (?〜?)
 豊前。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  小日向満和 (?〜?)
 大和。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  岡田義親 (?〜?)
 石見守。新田老談記に成繁家臣として記される。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  安田定行 (?〜?)
 伯耆。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  上沢正和 (?〜?)
 主殿充。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  関根全寿 (?〜?)
 土佐守。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  野村全通 (?〜?)
 雅楽充。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  寺内真教 (?〜?)
 日向守。天正十一年、歩弓物頭として金山籠城に参加。
 
 
  菊池守胤 (?〜?)
 藤左衛門尉。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  金井秀宗 (?〜?)
 主膳進。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  岩崎重道 (?〜?)
 監物。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  田村清仲 (?〜?)
 伊織。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  大谷基春 (?〜?)
 舎人充。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  大島継時 (?〜?)
 主水佑。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  松井惟良 (?〜?)
 外記。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  小曽根清源 (?〜?)
 大膳進。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  小川政通 (?〜?)
 式部丞。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  鮎田道一 (?〜?)
 下野守。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  菊池道徳 (?〜?)
 民部少輔。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  岡部隆宗 (?〜?)
 大炊頭。天正十一年、軍使武者目附として金山籠城に参加。
 
 
  今井十左衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  今井弥次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  今井三郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  今井三太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  石原左衛門五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  石原四郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  飯田助六郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  飯田弥七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  飯田七郎次 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  飯塚藤八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  石橋四郎次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  磯田善之丞 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  家富平三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  伊与久興左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岩下平次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岩下市之丞 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  池田雲四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  伊菊善次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  板橋戸市郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岩子仁十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  市瀬弥右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  井上出羽守 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  伊藤市兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  伊藤興十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  因藤内蔵右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岩間八五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  陸田左京進 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林与左右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林与七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林六郎次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林左京進 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林藤左衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林又十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林太郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林杢蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  林太郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  蓮与太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  橋本源左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  橋本十郎左衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  橋本源三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  早河与次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  早川甚右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  早川勘兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  萩原喜兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  萩原弥吉郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  原島源太左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  馬場右衛門五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  馬場又郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  畑孫五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  畑六之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  長谷川二郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  長谷川神右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  長谷川与三郎右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  眷田亦左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  眷田又左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  浜名源三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  浜野官次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  羽田彦八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  橋詰孫右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新島次郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新島彦太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新島五郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  楡沢源次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新野亦七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  穴津吉十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀越太郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀越十郎左衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀越三郎次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀越茂左衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  穂積興三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  穂積与四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀口宗左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀口彦五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀口弥左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀口彦七 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀口伊三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  堀口長十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  逸見八九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  別所孫右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  富田三郎兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  富田又五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  富沢善兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岡田又五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岡田平七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  力丸藤右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  力丸源之丞 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  鳥居塚弥次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  豊丘大助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  戸崎平三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  戸田半六郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  外山弥三右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  外島源三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  沼尻興三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  沼尻与右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  沼尻与次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  沼尻喜大郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  沼尻亦右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢藤五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢平右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢彦次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢善右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢久兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢新五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢半之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大沢甚兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小此木左衛門五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小此木小次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小此木六郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  荻野孫八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  荻野三郎次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  荻野孫三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  荻野五郎右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大谷善助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大谷新右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大谷孫助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大谷次郎助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大谷源太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大田治五郎兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小川藤兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小川彦十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小保形助九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大塚次郎太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大塚半蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岡平次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岡新太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岡部助三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岡部新左衛門 (?〜?)
 入道。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岡田新三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金谷甚右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金谷次郎太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金谷才三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金谷新次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金谷仁兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金居甚右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金居太郎右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金居助右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金居九郎三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金井新蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  神田藤次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  神田次郎右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  神田孫七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  河田源左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  河田七郎五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  角倉太郎次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金井甚右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金井太郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金井九八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金井孫太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梶塚三重郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梶塚五兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梶塚九右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梶塚四郎兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梶塚小次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  柿沼金十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  上孫次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  柏原善右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  葛羅貫神七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  槽谷庄左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  亀井助左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  亀井助五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金子弥兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金子助次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金子助四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金子藤四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金子重助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金子八蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金子太郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金子八右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  加藤与八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  加藤喜治右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  亀丘伝八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金尾丹右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  金井太伝吉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  片岡次兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  上沢伝重郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  川上四郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  川嶋源次 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  川上民部 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  吉田新三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  吉田月兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  除村弥七兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高橋七郎五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高橋弥右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田村五郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田村小才次 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田村四郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田村五郎八 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田村次郎三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高山新八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高山平六 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高山九郎兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高柳治郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高橋太郎次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高沢喜八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田口条左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高山与助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田部井彦兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田部井弥七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田部井権八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  武太郎七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田中彦右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田中七之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田中三郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田中庄之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高安彦右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高安弥七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田部亦四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田部善九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  竹内弁内 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  瀧川七郎右衛門 (?〜?)
 天僥入道。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  瀧川七郎太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  武正藤三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高田善之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高木与八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高木清三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高木半助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高木内蔵之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  谷嶋杢助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  多喜主水 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  立川富右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大宝寺勘九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高塚利右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  瀧野辰之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田沼太兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  瀧沢兵九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  園田久左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  恒見孫八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  津久井次郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  津久井太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  津久井源七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  露木四郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  塚越九八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  常岡与右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  津田四郎兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  津田宗八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  根岸肥子三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  根岸三九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  根岸三弥 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  長山助三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  長山重之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  中村源右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  中村善兵衛郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  長沢半十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  中野治郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  長島与三右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  長島藤六郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  南蛇井勘次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  南蛇井市兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  南蛇井藤左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  成瀬宗右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  中嶋善右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  楢原弥七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  中尾四郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  中根内蔵助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  中瀬小助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  奈良原弥右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  村沢宗八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梅沢源八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梅沢右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  村田丹右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梅田半七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  村上彦之進 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  室田市之丞 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  内田勘右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  内田源左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  内田左門 (?〜?)
 老按、左衛門三郎。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  内田左衛門三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  上野彦三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  海野助右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  漆原左衛門次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  磨田弥次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野村源七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野村平左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野村平右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野村三左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野山九郎兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  栗野与三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  栗原孫四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  栗原亦三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  栗原源四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  栗太喜右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  久保田帯刀左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  久保田金蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  窪田太兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  国定弥四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  国定弥七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  熊倉三郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  黒田源兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野村平右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野村小兵衛尉 (?〜?)
 入道宗心。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野村源左衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  矢嶋喜四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  矢嶋金平 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  梁瀬三郎太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大和内兵右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  矢野左衛門三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  谷津文六郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  山田将曹 (?〜?)
 医師。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  山田吉重郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  山田孫兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  矢島淡路守 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  谷島弥次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  八木原仁右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  八木原市十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  谷中茂左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  山野井彦左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  山越角兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  安田久七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  矢部兵次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  矢部弥次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  八木田才吉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  八木田清九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  矢嶋孫兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  山口作十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  増田与三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  増田与四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  増田弥七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  増田次郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  増田七兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  丸橋助右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  丸橋金太夫 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  丸橋興助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  間々田源五右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  間々田新七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  松井新三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  松井十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  真下亦兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  真下与七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  松田学寿 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  松吉七内 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  牧野権七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  松木十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  真隅十五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  松原勘解由 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  藤生源五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  藤生惣十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  藤生四郎次 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  藤生金八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  福嶋源内 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  福島彦四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  淵名藤五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  淵丘五郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  藤田監物 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  二股孫三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  二股金左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  福田権三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  藤沼淡右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  深津利右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  古那平七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小堀彦太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小暮次郎助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小暮駒之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小松彦兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小松左近 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小松虎之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小池杢之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小池与七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小池源次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小池弥五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小池源右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小谷新兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小嶋源五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  近藤与兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小泉左京 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小曽根忠右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小曽根久左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小曽根六郎兵衛 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小内七右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小菅佐右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  小沼小次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  江戸亦右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  江戸宗次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  寺内六郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  寺内神七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  寺嶋小兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  寺嶋三右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新居八郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新居亦次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新井茂右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新井平蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  赤間沼源七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  青木藤次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  青山新助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  青山六郎三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  県新左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  県小兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  雨笠太郎五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  雨笠勘太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  雨笠市左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  秋田内善 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  安藤次郎助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  有具藤兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  有具源右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  安部理非内 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  渥見源太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  荒山兵蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  坂庭文左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  坂庭興十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  坂田小五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  齋藤太郎三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  齋藤弥左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  齋藤総兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  齋藤甚九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  齋藤織之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  桜井喜兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  桜井孫九郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  桜井孫右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  桜井左平太 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  坂井市之丞 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  坂井五左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  佐伯新八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  座間新左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  佐野孫右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  境野市右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  木村助左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  木村助七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  菊池藤右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  北川十蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  木戸市十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
 
  峯崎六郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  宮古彦太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  三沢助之進 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  三沢助兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  宮長三郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  宮路市十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  南甚兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  南市右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  南小次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  皆川源三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  三輪善左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  宮下神四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  三浦久五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  峯崎九左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  樋口彦右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  樋口長蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  渋沢与五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  篠塚藤三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  篠原藤五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  平原五郎三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  設楽新八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  下山平蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  下山伊織主 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  清水三郎右衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  清水左衛門次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  清水入道了簡 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  志村半蔵 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  志村五郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  嶋弥太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  志田神左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  下田所左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  塩谷四郎左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  庄田新四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  柴山久三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  島田久五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  下平弥太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  塩田伊右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  四条源左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  芝間富三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  芝山大助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  遠藤与十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  広瀬角左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  広瀬七郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  平原五郎八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  東常次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  広沢市兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  匹田弥八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  平井藤三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  広町求助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  久長図書 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  匹田善八郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  毛呂太郎次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  毛呂十郎三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  本木源五左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  森戸八三郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  森田七郎兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  森弥左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  望月喜平次 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  森尻彦四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  茂木八左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  森下新左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  森田右京 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  関田次郎太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  善波弥左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  善波弥右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  関口小兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  関口作兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  正田平左衛門 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  関根源左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  庄田新四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  関口弥四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  須藤彦四郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  須藤十郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  須藤善兵衛尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  諏訪助六郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  諏訪小次郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  須長七郎右衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  須長定五郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  鈴木治郎太郎 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  鈴木源之助 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  鈴木伴左衛門尉 (?〜?)
 天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  田部井移右衛門 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  為貝権太郎 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  武井助四郎 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  新開弥三郎 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  朝原式部少輔 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  赤堀又次郎 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  小此木左衛門次郎 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  小此木伊勢守 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  小此木宮内少輔 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  善彦太郎 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  善中務少輔 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  善和泉守 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  山上藤九郎 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  山上平六 (?〜?)
 由良家同心衆。
 
 
  村田左京 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として名がある。
 
 
  堀口彦五郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  篠瀬藤九郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  細谷善九郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  尾内修理 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  丸橋越後守 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  引田善八郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  木村伊豆守 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  長崎外記 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  中根内蔵之助 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  寺嶋小兵衛 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  小林虎之助 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  小泉左京 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  井上出羽守 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  坂庭与市郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  生形隼人 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  藤沼源右衛門 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  国定玄蕃 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  川上民部 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  内田左門 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  岸根彦五郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  松原勘解由 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  久長図書 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  清水三郎左衛門 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  唐沢出羽守 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  大塚半蔵 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  野々山九郎兵衛 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  大宝寺勘太郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  県播磨守 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  増田伊勢守 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  小林左近 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  金井新蔵 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  長沢半十郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  陸田左京進 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  野村源七郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  小川彦十郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  大嶋喜三郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  秋田内膳 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  長山伊賀守 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  前田監物 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  亀岡伝八郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  戸田半六郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  津田惣八郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  寺島三右衛門 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  江口兵庫之介 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  外島源三郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  荒山兵部 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  南行勝 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。佐渡守。天正十一年、金山籠城に参加した。
 
 
  金井惣十郎 (?〜?)
 新田老談記に由良成繁の家臣として記される。
 
 
  石橋与三左衛門尉 (?〜?)
 永禄八年二月、百姓から馬の飼料として大豆などを買うが、その代金としてとして鐚銭を支払う。これに激怒した百姓は、良銭に替えようとするが返答は芳しくない。そのため百姓らは長楽寺住職義哲に裁判を願い出る。石橋は、裁判でしどろもどろの答弁しかできなかったという。
 
 
  長嶋外記 (?〜?)
 由良家の訴訟担当。由良家は金山城の裁判で処理し、新田領を治めていた。外記は石橋与三左衛門尉と百姓の裁判も担当し、鋭い質問で石橋の不義を正した。これは新田荘長楽寺住職義哲の「永禄日記」に記されている。この日記は永禄八年の一月から九月までを書き綴っており、「長楽寺日記残篇」ともいう。ちなみに七月二十九日の箇所に公界寺の記述がある。
 
 
  福嶋孫二郎 (?〜?)
 永禄八年三月、石橋与三左衛門尉の非道を正すため、百姓の代表として裁判に臨む。長嶋外記の質問に答え、百姓らの正当性を訴えた。福嶋も安蔵も新田荘の有力な地主的百姓であり、「郷一揆衆」であった。これは由良家家臣とは別に組織された集団で、上層部の百姓に武装を許可し、領土防衛に役立てたものである。
 
 
  安蔵孫八 (?〜?)
 郷一揆衆。百姓を代表し、福嶋孫二郎とともに裁判に臨む。
 
 
  東宮修理 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  松嶋式部太夫 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  高草木右京 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  大目山城守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  神梅右京 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  平沢大和守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  田沢加賀守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  和久丸佐渡守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  高瀬丹後守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  漕川伊賀守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。
 
 
  岩下織部正 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岩原石見守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  伊東右京進 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  岩永喜太郎 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  稲垣源次郎 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  飯塚亦五郎 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  箱田牛之助 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  大谷勘解由左衛門尉 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  風間将監 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  片山重蔵 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  高草木筑後守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  園田淡路守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  園田彦七郎 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  津久井和泉守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  常見隠岐守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  中里若狭守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  内田兵庫助 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  野村彦七郎 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  唐沢出羽介 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  山越主馬亮 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  谷右京進 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  依藤帯刀 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  江原興右衛門尉 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新井主税助 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  新牧式部丞 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  齋藤丹後守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  下橋治部少輔 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  木村縫殿助 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  峯岸志摩守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  宮寺左近将監 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  彦部加賀守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  茂木右京亮 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  籾山太郎右衛門尉 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  関口尾張守 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 
 
  須永八蔵 (?〜?)
 桐生親綱の家臣。桐生家衰退後、由良成繁に仕えた。天正十一年、金山籠城に参戦。
 

 
  【付記】
 
 
 
 【由良家中の家格】
 由良家は由良家城主、新田殿御一家、雅楽介親類、同傍衆、家風、同心衆、郷御一家衆で構成された。新田殿御一家は岩松一門。雅楽介親類は由良一門。同傍衆は岩松家中で由良家と同輩だった家。家風は由良家の家臣。同心衆は由良領の周囲に所領を持つ有力地主。郷御一家衆は由良領内の有力百姓である。
 
 
 
 【由良成繁の系図詐称】
 岩松氏と主従が逆転すると、由良家には新田系の系図が手に入った。ここから由良家は新田義貞の子孫を称するようになったと云う。新田義宗の三男が横瀬貞氏を称したのが由良家の始まりとされている。徳川家康も新田系を称したため、岩松家は徳川家の遠縁として微禄を与えられた。
 
 
 
 【横瀬氏から由良氏への改姓】
 永禄三年、長尾景虎は関東管領就任祝賀のため鎌倉鶴ヶ岡八幡宮に参拝。山内上杉氏を称した。由良成繁はこれに供奉しており、横瀬姓から由良姓に改めた。将軍義輝からの勧めもあったと云う。
 
 
 
 【由良成繁の外交政策】
 天文二十二年六月、由良成繁は将軍義輝に鷹を献上。返礼として太刀一腰と、次毛氈鞍覆白傘袋免の使用を許された。朝廷に禁裏修理費用を献上し、関東に下向した近衛前嗣に供奉した功から刑部大輔に任ぜられた。また、足利義輝の御供衆となった。永禄九年、伊達輝宗は由良国繁に鷹を贈った。これは家人の上洛に際し、安全を保証するためであった。成繁没後、嫡子由良国繁は一門横瀬掃部を洛させ、織田信長に綿百斤を献上した。喜んだ織田信長の斡旋により、国繁は従四位信濃守に叙任された。
 
 
 
 【由良成繁の統治政策】
 由良成繁は桐生親綱を破り、上州桐生を所領に加えた。足利長尾家に次男顕長を入嗣させ、顕長に上州館林まで勢力を拡大させた。これにより由良家は上州東部から野州南部に大きな勢力を有するようになった。天文五年正月、由良成繁は「御家中御法度書之事」、「百姓御仕置御法度の度」を制定。林弾正忠、林伊賀守、大沢豊前守、矢内修理亮らはその奉行となった。
 
 
 
 【由良家の軍事物資】
 上野国世良田の長楽寺住職であった義哲は、「長楽寺永禄日記」を書き残している。その中に立野に関する記述がある。立野とは大名や寺社などが物資を得るため、独占的な採取権を持った区域である。永禄八年一月、立野で柴刈りをした下人が捕らえられ、馬や鎌が没収された。六月十七日の項には、鷹岡の立野で草刈りをした下人が捕縛された。九月十五日の項によると、鷹野にある立野で柴葉二十四駄二束が刈られ、九駄は長楽寺に納められた。残り十五駄二束は野守に届けられた。野守は預けられた柴葉を保管したのだろう。「長楽寺永禄日記」には当時の植林の様子も書かれている。杉の枝を土に立て、根を生やさせて苗木にした。これらの行為は取木や挿し木と呼ばれた。苗木を植えた後、周囲の雑草を刈り取り、覆いを被せて苗木を保護した。苗木が根付いてしばらくすると植え替えを行った。そして、苗木が大きくなると植林する土地への植え替えが行われた。由良家では金山城の麓で苗木を作っていた。杉などの樹木は合戦や生活に必要不可欠であり、大名は植林によって樹木の枯渇を防いでいた。
 
 
 
 【名城 金山城】
 金山城の城下町には長楽寺の蔵屋があり、米麦九十四俵が備蓄されていた。町では市も開かれ、近隣の商業の中心となった。百姓は訴訟の際に金山城で由良成繁の裁定を仰いだ。金山城から法螺貝、鐘の音がすると近隣に居住する家臣は金山城に集合した。天正五年頃、由良成繁は嫡子国繁や家臣に宛てて遺言を残す。その中で金山城を次のように評価した。「山上の池のおかげで飲水に困らず、薪も豊富に取れる。東北に渡良瀬川、南に利根川があり、楠正成の籠もった河内千破剣城にも劣らぬ名城である。関八州の軍勢が攻めようともこの堅城は、将の武略と組み合わされば十年、二十年は簡単に落ちることはないだろう」。今日も金山状は関東有数の名城として評価されている。
 
 
 
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