吉弘家 家臣団
 
 
 
  吉弘氏直 (?〜1534年)
 永正年間、寒田親将と共に大友親治の籠もる小門牟礼城を攻める。天文三年四月、大内家との勢場ヶ原合戦で討死。
 
 
  吉弘鎮信 (?〜1584年)
 吉弘氏十代当主。吉弘統幸の父。日向高城攻めに参加。天正十二年正月十二日、討死。
 
 
  田北統員 (?〜?)
 吉弘統幸の弟。天正八年、田北氏滅亡後、その名跡を継ぐ。松牟礼城主。天正十四年、島津家に居城を攻められる。九州征伐時、豊臣軍に加わる。他に寒田統政、斎藤勘助、秋岡式部らも豊臣勢に加わった。
 
 
  吉弘鎮勝 (?〜1586年)
 吉弘一門。鉄輪ヶ城主。天正十四年、島津家に攻められ討死。
 
 
  吉弘鎮興 (?〜1586年)
 吉弘一門。天正十四年、島津家の鉄輪ヶ城攻めで討死。
 
 
  吉弘鎮方 (?〜1586年)
 吉弘一門。天正十四年、島津家の鉄輪ヶ城攻めで討死。吉弘紹和も討死した。
 
 
  吉弘熊千代 (?〜?)
 吉弘鎮方の子。父の死後、臼杵稲葉氏に仕える。
 
 
  吉弘鎮高 (?〜?)
 吉弘紹和の子。父の死後、臼杵稲葉氏に仕える。
 
 
  田辺義親 (?〜?)
 慶長五年、吉弘統幸軍に属し、石垣原合戦に参加。後に帰農した。
 
 
 
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