中村家 家臣団
 
 
 
  中村一栄 (?〜?)
 中村一氏の弟。彦右衛門、氏次。駿河沼津城主三万石。慶長五年、上杉征伐、関ヶ原合戦参加。嶋清興に誘い出され、杭瀬川合戦で敗れる。
 
 
  中村忠一 (?〜?)
 中村一氏の子。慶長五年十一月、伯耆米子十七万五千石。
 
 
  野一色助義 (1548〜1600年 53歳没)
 中村家家老。頼母。近江佐々木一族か。中村一栄に従い関ヶ原合戦に参加。杭瀬川合戦で討たれる。子の助重は大坂夏の陣で討たれるが、二代に渡る軍功から子孫は旗本となる。
 
 
  横田村詮 (?〜1603年)
 中村家重臣。内膳正。米子城築城に功があった。しかし、有能でありすぎるが故に政敵が生まれ、遂には慶長八年十一月十四日、讒言を信じた主君中村一忠に米子城にて殺害された。これに激怒した一族は決起。飯野城に立て籠もった。柳生宗矩の兄である柳生五郎右衛門も横田家に加勢した。やがて堀尾家が中村家の援軍に現れると横田勢は劣勢になり、やがて自刃した。
 
 
  横田主馬助 (?〜1603年)
 中村家家臣。横田村詮の子。慶長八年、中村一忠に父が殺害されると、これに激怒し飯野城に立て籠もった。堀尾家が中村家の援軍になると劣勢になり、自刃した。
 
 
  横田隼人 (?〜?)
 中村一氏の重臣。天正十八年、駿河江尻城番。
 
 
  川毛重次 (?〜?)
 中村一氏に仕える。惣左衛門。天正十八年、駿河興国寺城将。
 
 
  松下吉綱 (?〜?)
 中村一氏に仕える。天正十八年、駿河久能山城番。
 
 
 
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