豊州島津家 家臣団
 
 
 
  島津忠広 (?〜?)
 豊州島津家当主。日向飫肥に勢力を持つ。天文十四年、島津貴久の島津宗家相続を認めた。養嗣子は忠親。
 
 
  島津忠親 (?〜?)
 島津忠広の養嗣子。天文十四年三月十九日、本郷時久と共に桓吉地方を攻める。市成郷が肝付兼続に与えられることに反発したためと言う。永禄三年春、島津義弘を養子にする。永禄七年、肝付兼続に敗れ志布志城を奪われる。兼続は志布志城を隠居城とした。
 
 
  島津豊親 (?〜?)
 弘治二年、肝付兼続と争う。
 
 
 
戻る