私が過去23年間に渡り,モラ夫から
受けてきたモラルハラスメントの例です。


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非常に長いため、読みづらい点もあるかと思いますが、気長に読んでやってください。



★結婚前の出来事

■うちの父親に嫁に欲しいと言いに来たとき、
『俺は正直なので、幸せには出来ません。でもお嫁さんにください』
といった。
それで、押し問答のあと、
とりあえず、父も折れたが、
父が
『ところで、孫はすぐ見せてもらえるんだろうな?』
といったところ
『いえ、当分作りません。3年はいりませんから』
と言い放った。

■ 相手の母のことで、一もんちゃくがあり、
突然切れだし私の 髪の毛を持って引き釣り回し
ふすまに数回ぶつけたあと蹴り上げ、
又髪の毛を持って振り 回され壁にたたきつけられ
倒れこんだところを蹴り上げる。
この行為が数回続いた。
医者に行くと見えているだけで、アバラに数本ヒビ。
折れているかもということで数週間コルセットをつけて固定。

■日本橋に行くことがあった。
行くのであればついでに買ってきてと
父からカラオケテープを頼まれた。
事情を話し買いたいと申し出たところ、
「俺はお前のところの遣いっぱしりではない」と切れてしまい、
さっさと駐車場に向かって歩いてしまった。
とりあえずテープを調達して駐車場に戻るともう出て行ったあとだった。

■結婚後の住まいを物色していたところ、
あるマンションがいいということになり、
うちとしては府営住宅などの公共のところでよかったのだが、
本人がその気になって、勝手に、契約してしまっていた。
中古住宅ということもあり、
中継ぎ融資がどうしても必要になったものを、
自分の親の方に貸してくれと頼んでいた。
そんな話は聞いていなかったので、
うちの父もそこまでして家を用意する必要はないといったのに、
向こうは私が是非にと望んでいると聞かされていたため、
なぜ私が頭を下げに来ないのだと言い出した。 仕方がないので断りに向こうの家に行き、
こちらの考えを述べ、お金を借りるつもりがないことを言った。 私がそんなことを言い出すとは思わなかった主人は、
無理やりにでも私に頭を下げるように強要した。 しかし私は受け付けなかった。
当然破談するつもりであった、こちらは。 しかし、仲人さんが会社の上司であったため、
上役への受けが非常に良かった主人は上司を使って打ちの父親を説得し、
結婚式を挙げることに収まった。結婚式2週間前の話。
気のきつい鬼嫁というレッテルを貼られ、
孫が出来てもみせにも来るなと言い放たれて、
関係修復に10年もの時間を費やした。


★結婚後の出来事


■私だけが休みの日には2時間おきに電話あり。
状況を逐一聞いてくる。
電話に出ないと、なぜでなかったか理由を
ひつこく問い詰められる。さらに電話に出られないと、帰ってきてもシカト。
数週間口を聞いてくれない。

■連休などの旅行の計画はすべて私に決めさせる。
ナビもない時代、行き先の旅館までの道がわからないと切れだす。
地図は私が見ながら誘導するが初めてのところなので、
曲がる先を間違えてナビすると、さらに切れだす。
目的地に着いたときには怒りが頂点に立っているので、
口を聞いてくれない。

■旅行時、助手席に載っていて、眠気が襲ってきても
一切寝ることは許されない。
眠りそうになるとほっぺたをたたいてくる。
自分自身が眠いときにはどうしても眠いときには道の邪魔にならないところに寄せて
こちらが眠くなくても眠る。
私が眠いので、寄せて寝てと言っても完全に無視

■運転中のおやつ、飲み物は私が口に運ばねばならない。
量や大きさが自分の気に入らないと切れる。
おまけに口の中の汚い食べかけの物を残している上に
わざと乗せろと強要してくる。
それで失敗すると、逆切れし、『一事が万事お前のやることは雑なのだ』と攻め立て、車から引き釣り降ろす。
(石川県輪島にて発生)

■車に酔ってしまって、
一言でもしゃべろうものなら、吐きそうになっているので真顔になっていると、
『俺が連れてきてやっているのに愛想がないとはどういうことだ』と、
切れて、置いてきぼりにされる。
(これは富士山の5合目で発生)

■麺類を食べるときに、
ずるずるとすすると、
「汚い食べ方をするな、音をさせずに食べろ!
と怒られた。
以後、ラーメンそば、何でも主人の前で食べるときには
音を立てずに一本づつ口に入れなければならない。
自分は凄い勢いで音を立てて
ラーメン、そばなどは食べる

■携帯電話がまだ出始めのころから、
携帯電話を持たされた。
電話が掛かってきた時には出ないといけない。
仕事中など仕事場に持って入れる時代ではなかったのにもかかわらず、
出ないと機嫌が悪くなり、着信履歴が1分おきに5〜10回入っていたときもある。
休憩中に見たときに折り返しかけると、「何故でないのか」、というか、
もしくは呼び出ししてもらったとたん、「忙しい!!」といって一方的に切られる。

■未だに、メール電話が主人がいるときに掛かって音が鳴ると、
3回くらい続いたら、突然旦那が切れます。
『誰からやねん!!』
『なん回 電話かかってくるねん』
そういうときに限って、友達からのメール、親からの電話、勧誘の電話連続で掛かってくるのです。
見られて困るものではないので、メールは内容を見せるときもあります。
それくらいしないと納得しない。

■私の今の唯一の趣味はパソコンなのだが、
主人の前でパソコンをすると機嫌が絶対悪くなり, 『ええ加減にせぇ。パソコン叩き壊すぞ!!』と脅す。



■私が子供が出来たといったとき、
旦那は、俺の子供じゃない、そんなはずは絶対無い。
誰の子供だと攻め立てた。
事情があって、もしかしたら私のほうで出来ないかもしれないということはあったのだけれど、
せっかく子供が授かったのに、
第一声で俺の子供ではないといわれたときには、がっかりしました。

■妊娠中、つわりもひどく、ずっと寝たきり状態で、もちろんご飯を作るのも格闘状態。にもかかわらず、お前は飯たくことしかできないのだから、しっかり飯を炊けと、言われ続けた。

■切迫流産、何度も仕掛けていたのにもかかわらず、
いつもは車で買い物に行くのに、
わざわざ歩いて出かけ、荷物を全部私に持たせて10数分あるところを
何度も歩かされたことがある。絶対に自分は荷物は持たない。

■10ヶ月目の検診のとき、もう明日にでも産まれますからといわれたので、入院するよといっていたのにもかかわらず、病院に連れて行くどころか無視されたので、
仕方なく自分で運転して、病院に入院した。

■朝から今日産まれるといっていたにもかかわらず、
陣痛が始まっても、一向に見に来る気配がなかった。
昼の12時に入って、分娩室に夜7時ごろ入り陣痛がどくなり、
うめいていたので、親が何度も会社に電話したけれど、
仕事が忙しいからと来る気配がまったくなかった。
10時過ぎお願いだから来てやってと父が電話をしてついたのが11時20分。
子供が出来たのが11時11分。
到着して第一声が、『生まれてるんやったら呼ぶなよ!!いそがしいんやから!!』
看護婦さんが気を利かせて、『お子さん見られますか?』ときいてくれたのに、
『別にいいです』
でも看護婦さんは『そういわずに見てあげてください』と連れてきてくれた。
『サルみたい』一言残して帰っていった。
退院するまで、一回も見に来なかった。

■子供が少しずつ大きくなってきて、
主人にそっくりなのに、
『俺に全然似てない、本当に俺の子か?』と常に行っていた。
向こうの親兄弟も、
どこから見ても兄貴そっくりといっていた。
もちろん残っている主人の子供のころの写真も瓜二つ。
ある日子供に主人の子供のころの写真を見せたところ、 
「僕が映ってる」って言った。
それくらい似ている。

■産まれてすぐ、夜鳴きがひどく、
寝ているときに子供がなくと異様に怒るので、
私は泣きそうになると
ずっと抱っこしてあやして泣き止ませていました。
にもかかわらず、親戚の家で、
『こいつ夜鳴きぜんぜんせぇへんねん』
と自慢げに言っていました。
私がどれだけ寝ずにあやしたか・・・。
空いた口がふさがりません。

■子供が出来てから、数回しか抱いていない。
もちろん抱きしめることも一度もない。
一切面倒は見ない。
オムツもお風呂も一回も入れたことがない。

■子供の面倒を見ているときに限って、
目の前にあるものをわざわざとらせる。

■子供の運動会も
3歳から保育園に入れているにもかかわらず、
通算2回しか見ていない。
(現在もう高校生)
行ったのもたまたま休みが重なっていたので
無理やりに連れて行った。
運動会で会社を休む奴は狂ってるという。

■子供の写真、ビデオは一切とらない。
私が撮ったビデオも見たくないという。


■太ったら離婚、
といわれて結婚した。
どんどん痩せていった。
不眠になり、食欲もなくなり、どこから見ても骸骨そのもの、
157センチ35キロ。なのに、
おなかに少しだけ、たるみがあるのをつまんで、
『この脂肪何とかせい』 といいました。
これ以上どこをどうやせろというのでしょうか?
工藤静香の軽くヤバイも全然ですけれど
もっともっと何もない。ガリガリです。
2005年10月12日現在やっと40キロ。
35キロを割り出したら、心臓までしんどくなったので、
生きていくぎりぎりの体重まで必死で戻しました。
増えた体重の分は当然おなか周りにつく。

■おなか周りについてしまわずに、
胸につけろといわれる。
ブラジャーお前は『オー型』いるなぁ、というので、
ちゃんと聞くと、『凹型』だと・・・。

■機嫌のいいときには、
休みが一緒だと、
朝から晩まで私の身体的欠陥を冗談めかして言い続ける。
足首が太い、鷲鼻、目が細い、不細工、胸が小さい、凹脚、等々。
言っても変わらないことばかりを言い続け、
夜になり、あまりにも言い続けるので私が怒ると、
小さなことで怒るとは何事だと
逆切れする。
以降毎回短くて1週間
長いと1ヶ月はシカトなど
無言冷戦状態になる。

■機嫌がいいと、
わざとくすぐってきたり、
つついてきたりする。
反応がないと、
何故反応しないかというが、
反応して怒ると、
そんなことぐらいで怒ってと逆切れする。
これも同様に、2〜3週間は口を聞かなくなる。

■人に太ったら離婚といいながら、
自分はどんどん太っていく。

■主人は体重は変わらないものの、
おなか周り、首周りはかなり太くなった。
病気になるからと、
食後のスナック菓子を辞めてと、
注意を促しても、
私が買ってこなくてもコンビニで買ってきて食べてしまう。

■太って、首周りが太くなったものを、
私が出している洗濯やさんの
技術のせいで縮んだという。
自分で太ったとは決して言わない。

■私がおなか周り大丈夫と言うと
『ひどいことを言う、傷ついた』とばかり言う。

■ご飯の最中主人は、いつも立てひざをついてご飯を食べる。
あまりに行儀が悪いので、
子供の教育にも悪いからと辞めてくれといった。
すると、昔バイクで転んでから腰が悪くなったので
痛いから辞めないと、
未だにずっと立てひざのままです。

■食事が終わると座椅子に座ります。
普通は足を伸ばすだけだろうけれど、
事もあろうに、
家具調コタツの上に足を乗せて
めちゃくちゃえらそうな格好でテレビを見ます。
ご飯を食べるところと同じだし、
これも子供に悪いから辞めてといっても、
理由は立てひざと同じで辞めてくれません。


■健康診断で、今年まで、一度も指定された日には行っていない。
社長から、最後通達来るまでは無視し続ける。
指定された日は必ず釣りに行く。

■健康診断で
バリウムは一度も飲んだことがない。
いくらお願いだから保険のつもりで受けてと頼んでも無視する。
同期入社の人が
それで癌が見つかって助かっているというのに、
それでも飲まない。

■そのくせ、俺は胃がんで死ぬ。
という。
癌の家系だから癌で死ぬに決まっているという。

■健康診断では、いつも聴覚は正常と出ているはずなのに、
テレビの音量はいつもレベルが25くらい。
普通15でもうるさいと思うんですが、
南側にあるテレビの音が、北側のマンション廊下のほうまで鳴り響いています。
自治会から注意されたので、辞めてといったのにもかかわらず、
私の言うことには一向に耳を貸しません。

■私の話は聞き取りにくいらしく、
会話していても
「 はぁ?」とか、
『ちゃんとしゃべれ』
『聞こえへん』
とか言われます。
普段の話し声は、私は低いのです。
中森明菜さんほどではないのですが・・・。
声の低さはあんな感じ。
それにあまり大きな声ではしゃべれないこともあるではないですか、
そんなときでもお構いなしです。
だから、話するのが億劫になります。
せっかく話しようとしても『はぁ?』って、
えらそうにしか話さないし。


■旦那はお肉が食べられません。
これは本来はMHに他ならない。
肉じゃがの話。
どうしても私は肉じゃがが食べたくて、
新婚当時、肉だけよけてくれればいいかと思い、
牛肉を入れて肉じゃが作りました。
そうしたら
『お前、どこの世界に肉じゃがに肉入れるやつがいてんねん、
ぼけかおまえ!!
けんかうっとんか!!
肉入れたら食われへんやんけ。』って。言われました。
肉じゃがに肉も入れられない。
不自由すぎます。
カレーも同様です。

■肉が食べられないので、
何を作っていいかもわからなく、色々試行錯誤しながら、
毎日一生懸命ご飯考えて作っていました。
食べたくないものは箸をつけない。
どれだけ手が掛かっていようと
自分が食べたくなければ、食べません。

夏場、あの手この手を考えて料理を作っていました。
しかし、旦那曰く
『俺は別にこんなもん食べたくないんや、毎日冷奴とみそ汁さえあればほかはいらん!!』
といった。
あまりにも腹が立ったので、その日から毎日冷奴を出し続けた。
そしたら、冷奴ばっかりと今度は言い出した。
自分が言い出したくせに・・・。

■料理は熱いものは限りなく熱く、冷たいものは限りなく冷たくなければ、やり直し、もしくは付き返される。

■この頃は帰るコールはなくなったが、
あるときはいつも、
『ご飯何や』。
メニューを聞いて作っているのを確認したあと、
『そしたら、ラーメン食べて帰るから』
ガチャ。
もう何十回とありました。

■一日一緒に旦那と行動して時の話。
夕ご飯を買いに行ったときに、
スーパーで炊き込みご飯が食べたいと言い出した。
先週もちょっと奮発して、
マツタケご飯やったばっかりだったので、
私が食べたくなかったから、
『又一日お米食べられないので、嫌!!』
(私は炊き込みご飯が嫌いです。
炊くとそれが食べ終わってくれないと
私はご飯が食べられません。
それくらい嫌いなんですよ。)
っていったら、切れた。
いきなり無言になり、自分の食べたいものだけをかごに入れると、
レジまではもって行ったが、
袋にも入れず、
そそくさと車に戻っていった。

帰り際、車の中で、
突然しゃべりだした台詞がこうだった。
『わかった炊飯器買え!、お前はそれで自分の分炊け、
俺は、三日なげず炊き込みご飯が食べたいんじゃ』

ということで、
毎日、腹が立つので、
それ以降、連続炊き込みご飯で反撃。
4日目, あまりにも私が耐えられないので
一回だけ白米を出したが、
見事に手つかづ。
それ以降、炊き込みご飯かチャーハンで乗り切り、
一週間以上旦那とは口を聞いていません。


■子供が出来る前、共働きしながら少しずつお金を貯めていた。
しかし、20〜30万たまると、いきなり、
『レーザーディスク買ったから明日現金20万用意して』
『バイク買い換えたから30万用意して』
『車買い換えたから、頭金30万用意して。』
などと、急に言い出す。
渋ると
『もう契約したから・・・。』
と聞き入れてくれない。

■私が仕事をしていると、
あまり機嫌がいい訳ではないのに、
『俺の遊ぶ金を稼いできてくれ、打ち出の小槌』
と何度もいわれたことがある。

■そのくせ、
仕事で夜9時を回ると機嫌が悪い。
『いつまで仕事してるんじゃ』
と帰るなり怒鳴り散らす。

■主人の実家の用事のときには、
午後11時過ぎであろうと、
『今から迎に来い』と電話が掛かる。
片道今は30分だが昔は1時間くらい掛かっていた。
拒否しようにも俺の家のことが出来ないのかと
切れるので出来ない。

■会社のお客様の所で
夜中の1時にお客様が帰ってくるのを
一緒に待たされたことがある。
お客様と小一時間説明などしている間
ずっと来るまで待たされた。
もちろん夕食は食べていない。


■私の知り合いや、
友達、親兄弟のことを頼むと、
絶対に一度は否定に掛かる。
知り合いの行動自体を非難する。
知り合いを気に入らないので出入り禁止と言い放ったときもある。

■私が実家のことで、行動しようとすると切れる。
主人の仕事中にしか親が入院したりしても介護できない。

■母が夜中に倒れたので、
急に入院し、一時危なかったので、
病院に行ってもらって、
しばらくしたら具合が良くなったところ
『人騒がせな』
と言い放った。

■お前の実家のことは俺には関係ないと言い放つ。

■私と子供が40度の熱が出たときに、
家にいても用が出来ないのならいる価値がないと
実家に帰れといわれた。
もちろん自分で運転して帰った。
真夜中、実家から病院に連れて行ってもらった。
★この辺りから、どんどん手口がひどくなっていきます。


■脳腫瘍があるかもしれないと、
電話で連絡したとき、『早く、死ね!』と言い放たれた。

■病院から、
手術等病状の説明を受けてくれといわれたが、
どうして行かなければ行けないのか、
忙しいのにと何度も拒否された。
病院に直接電話して、
医者に説得されやっと行くことになった。

■手術当日、
配偶者等の家族のサインがないと手術が出来ないのだが、
予定時刻ぎりぎりまで呼び出しても呼び出しても来ず、
手術の時間ぎりぎりになった。
医者に迷惑かけているのに、侘びもしない。

■術後も一度しか見舞いに来なかった。
友達は忙しい中2回も3回も来てくれていた。
お姑さんも何度も看病に付き合ってくれた。
もちろん私の実家の母も、ミニバイクで1時間半かけて、
毎日のように看病に来てくれて、退院の日に過労で入院した。
しかし、礼の一言も誰にも言わない。

■退院の日、
午前中に退院と言われていたのに、
釣りに行ってしまい、
病室を空けざるをえなくなった。
気を利かせて義父義母が迎に来てくれた。
しかしもちろん礼も言わない。
その上、私には何故、タクシーで帰らなかったのかとなじった。

■あまりのモラルハラスメントのため、
耐え切れず、
体調を崩し、
心療内科に通っていたのに、
自分のせいではない、
仕事のせいだと言い張った。

■精神病院に入院する前年の暮、
朝会社に行く前に突然『今日、離婚届もらって来い』といって出かけた。
逆らっても仕方がないので、夜に用紙を見せると、
何でそんなもの持ってるのだと逆に攻め立てた。

■夜中に寝ていたら、
突然首を絞められて、
殺されそうになった。
目を開けると
ニヤッと笑いながら絞めていた。
『もういい、そんなに殺したいなら殺せ』 
と苦しみながら言うと
、急にやめて再び眠りだした。
翌日、どうしてそんなことをしたのか
と聞いたが、本人はまったく覚えていなかった。

■あまりに自覚がないので、
殺されてはいけないと、
初めて実家に帰ったが、
3週間ほどいたのだが、
一切連絡が取れなくなった。
双方の実家、兄弟、友達、上司からも説得してもらったが、
私が戻るまで一切連絡できなかった。
もちろん様子は見にも来なかった。
まして、迎になど来るわけがなかった。

■家に帰って、
仕事に復帰したのだが、
その間にもモラルハラスメントはあまり止む事がなく、
最終私に、
精神病院に入院しろと言い出した。
それも自分の近くではなく、
北海道か沖縄など、
誰も知られないところを探せと電話してきた。
わざわざ会社のインターネットで調べて、
電話してみろなどと、言い出し、反論しても納得しそうにないので、
私自身で、北海道の病院と交渉までした。

■心療内科の先生は、
心療内科の薬も副作用が出だしたので、
入院して薬を変えるほうがいいけれど、
あえて北海道など行く必要がない、
逆に精神的には自分の家の近くの方が良いはず
病状も本格的な欝では考えにくい症状なので、
少し休養が取れるような近所の病院を紹介すると言われ、
主人に相談したが、あまり良い返事ではなかった。

■この件は
最初は実家には話していなかったのだが、
実家に話すると、
そんな馬鹿な話はない、
何故北海道など誰も会えないところに入院する必要があるのだと、
せめて近所の病院もしくは大学病院にしてくれ
と主人に頼んでくれた。
それでしぶしぶ、一番近くで目立たないところに入院することとなった。

■入院の日、道中で、
『お前のために俺の人生終わりや』
と言い放たれた。

■今思えば、
入院するのに、
その時は自分から進んで、病院についてきた。
余程
私を精神病者にしたかったからかもしれない。
医者が私と面談したあと、(もちろん私は主人との一部始終は話しましたが、
患者としてきているので
どこまで信じてくれているかはわかりません)
主人と面談したのだが、原因は会社にあると訴えたようだ。
そして、医者から私の同じ会社にいる通院患者が
数名いると聞いたと言い出した。
後に医者に確認したが、
プライバシーのことなので話せないといわれ、
真実は定かではない。

■数日後、実家と話をして、
主人が一度だけ病院に来た。
私は、頼むから別れてくれと懇願した。
もうこれ以上苦しめないでくれと・・。
しかし、主人は自分が180度変わるといって聞かなかった。
だから離婚はしない。
お前の面倒は一生俺が見るからという言葉を言った。
そこまで言ったのは初めてだったので、
離婚はしないことにした。
今思えば信じた私が馬鹿でしたが・・・。

■その後、入院中は一度も見舞いには来ませんでした。
一度だけ来たが、
私が長期入院になるつもりだったので、
ゲーム機を持って入院していたら、
それだけは返せと電話が入り、
病院の玄関で待つように言われ、
来たとたん、
何も言わずに、
ゲーム機だけ受け取り、
帰っていった。

■それ以降、事あるごとに、KICHIGAIといわれてしまう。

■やっとの思いで、職場に復帰したものの、
10月の下旬に復帰したのに、やたらと右の卵巣の辺りが痛み、
産婦人科に行ったところ、卵巣が腫れているということだった。 痛み止めで散らしてくれということで、
痛み止めを飲んだが、11月3日

どうしても痛みが治まらない状態で会社に行っていた。
忙しすぎて、どうにもならない状態だったが、あまりにも酷いので
夜熱を測ると9度を超えていた。
いよいよおかしいので、翌4日自分で病院に行った。
結局、卵巣脳腫でのっぴきならないので、入院ということになった。

■入院することを夫に話すると、仕方がないと今回は入院する時には
連れて行ってくれたが、
車中で『前に文句いわれたから連れて行ってやってるんだ』

と言い放たれた。

■病院に着いたものの、最終の検査まで時間がかかり忙しいからと帰ってしまった。
その後、病室につくも、緊急手術ということで自分だけの署名で、
手術に望むことになった。
妙にサービスとかで、じかんがないから
前と同じ手術室で同じ麻酔にしますと病院からいわれたが、あまりうれしくない。
前回同様、筋弛緩剤を投入され、緊急手術で一命は取り留めた。
あと一時間遅かったら、ダメだったそうな。

■その話を聞いても、退院まで見舞いには結局、来なかった。

■職場でもモラハラされていたのでその話をすると、異様に旦那は喜んだ。
職場が鬱にさせているという材料を与えてしまっていた結果になった。

■職場と、家のダブルパンチのため、劇ヤセし35キロを割ってしまった。
職場で立っているのもままならなかった。

子供を選ぶか、会社を選ぶか迷った挙句、ドクターストップも掛かり、
会社は辞めることとなった。

■夫は、私が生理が来ると『何でなるんだ、出来ないだろう!!』と怒る。

■勝手に人の生理の日を計算し、この日は生で出来るとか、勝手に言っている。
 その計算を狂わせると怒る。でも不順なものは仕方がないのに・・・。

■計算が狂っていても、自分がやりたければ生理でもお構いないに行為に及ぶ。
 おまけに血まみれになってしまった!!と切れる。

■最近不眠が続いているので、(もう4〜5年)薬を強いものを飲むときがあるのだが、
 身動き一つ取れないくらい効いてしまう事があると、勝手にやっている。
 すき放題に・・・。
 これって強姦ではないでしょうか?

■すき放題に出来るからか、『早く薬を飲んで寝ろ!』と強要される。

■『今日するから薬飲みや』と一週間に2〜3度言われる。
  身動きが出来ないことを確認のうえ行為に及ぶ。




★2013年1月17日現在のお話を書いておきます。

逃げたいと思いつつ、いろんな手段を講じましたが、行政も結局動かず、何もできませんでした。
4年前のことですが、もう限界だと、実家に荷物を全て運び、別居するつもりで帰りました。
が、主人の方が一枚上手で、日頃から私の素行が非常に悪いと吹き込んでいたのです。
厳格な父は、その話を鵜呑みにし、実家の荷物を全て車に積み直し追い出されてしまいました。

それでも密かに、市の福祉事務所や、男女参画センター、ドーンセンターなど全ての機関に相談しました。
しかしながら、議員さんにお願いまでしたのにも関わらず、
シェルターに入るには、次の職場と住むところを決めるかもしくは生活保護の受給の確約をしてからしか受け付けませんと言われ、
市は市で、シェルターに入らないと生活保護は受けれませんと言われ、結局役所をたらい回しにされました。

その間およそ半年・・・

正直振り回されて疲れてしまいました。
そして、どうにもならないことが分かって本当に落胆しておりました。

最終的に「死」を選ばないと無理と思い、
母親に最後の電話のつもりで
『死にたいくらい辛い。もう今晩死にたい。』といったところ、

『そんな脅しには乗らへん』

と言われ突き放されました。
自分のわがままで全て私がいたらないせいだと罵られました。
弟にも離婚をするなら今すぐ死んでくれと言われ。

自分の身内からも協力も得られず、もちろん他人の行政が動くはずもなく。

とうとう諦めてしまいました。
そして私は自分の意見を全く言わない「貝」になることに徹しています。

自分に自信がなかったので、自活できればと
介護ヘルパーの資格を取り、
その仕事をしながら、いつでも自活できるんだとお守りのように仕事しています。

きっともう私は離婚はしないでしょうが。

自分のしたいことをしたいようにしなっとやりながら過ごしています。
年に2回ほど韓国旅行に行ったり。
少し強くなったような気がします。

ただし、私のように諦めてしまう必要はないと思います。

私の住んでいる街がたまたまDVには寛容で、モラハラには冷たいという結果だっただけです。

また、私には私の味方をする親兄弟がいない。

それも大きな要因です。
普通は自分の実の娘の話の方を信用するもの。
それがうちでは通用しなかった・・・

特殊な例ですので、これを見られた
今現在悩んで悩んで悩み抜いている方に
私のようにならないように、書き添えます。




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