
『なんとなく、クリスタル』
一九八一年に刊行された
なお、八〇年当時の予測を上回るスピードで日本社会の少子高齢化が進み、人口は二〇〇七年の一億二七七八万人をピークに、二一〇〇年には五一〇〇万人まで減少すると厚生労働省は次のように報告している。
合計特称出生率
一九九五年─一・四二人
二〇〇〇年─一・三八人
二〇三〇年─一・六一人(予想)
六十五歳以上の老年人口比率
二〇〇〇年 一七・二%
二〇一〇年 二一・四%(予想)
二〇二五年 二七・四%(予想)
厚生年金の保険料
二〇〇〇年 月収の一七・三五%
二〇二五年 月収の三五%程度(予想)
〈了〉
『ブリリアントな午後』
一九八二年に刊行されたデビューから二作目の長編小説。第一作目の『なんとなく、クリスタル』と違って、註などはなく、オーソドックスな構成に仕上がっている。東京・ニューヨーク・パリ・ローマと第一線で活躍するファッション・モデル亮子が主人公。華やかな世界に身を置きながらも、癒されることのない孤独がつきまとっている。
この世界の時刻は「午後」である。朝でも、正午でも、夕暮れでも、宵の口でも、深夜でもない。しかも、その「午後」は「ブリリアント」である。曇っていないが、気だるくもなく、強烈な日差しに照りつけられているわけでもない。いささか爽やかでさえある。「ブリリアントな午後」は、一日あるいは一年の間で、最もいい頃合いであろう。「今、この瞬間、輝いているわ、私たち」。けれども、まだ気配さえないけれど、いずれ夕暮れがやってくる。この輝きもしばらくすればかげってしまう。
また、世界で最もハイテク化が進みながらも、江戸の雰囲気が残る八〇年代前半の東京の描写が懐かしさを覚えさせる。渾然とした当時の東京は、むしろ、TOKIOと呼ばれていたが、その風景はバブル経済とともに消失していった。あの時代が戦後日本にとっての「ブリリアントな午後」だったのだろう。
〈了〉
『ハッピー・エンディング』
一九八五年に刊行された短編集。一九八八年、角川文庫に収められる際、「早春」と「あと、一キロ」、「バッド・ウーマン」の三編が追加されている。中でも、「バッド・ウーマン」は特筆すべき作品である。キャリア・ウーマンがパーティーにおいて「奥様」と会話している設定であるが、イッセ−尾形の一人芝居を彷彿させるようなモノローグとして
〈了〉
『空蝉』
十編から構成され、一九八三年に刊行された短編集。翌年、角川文庫に収録される際、『葉山海岸通り』に改題されている。主人公の女性たちは刹那的に今を楽しんでいる。しかし、光り輝ければ輝くほど、祭の後の虚しさがより大きくやってくる。彼女たちは、若さゆえに、それに気づいていない。「もしかしたら、皆、取るに足らない、まさにトライフルという言葉がぴったりときそうなことに夢中になれるのが、若さなのかもしれない」。
〈了〉
『感覚の論理学』
一九八四年に刊行された初の対談集。対談相手の青木保は文化人理学者であり、当時、大阪大学人間科学部享受・国立民族学博物館教授を務めている。この対談集は「序」から始まり「ホテル」、「デパート」、「大学」という章によって構成されている。「感覚、感性から、発明でも発見でも、新しい動きも始まるわけです。それが後から、だんだんに意味づけられて、方向が定まり、論理的になっていきます。ある意味では、ごくわずかな人だけが、かすかに感じていて、でも、もうしばらく後には世の中全体に行きわたる大きな空気となっていくような、そういう新しい空気を、この本では語っていきたいと思います」。これはジョン・ヂュ−イが『論理学』の中で展開している論理学と同じである。
〈了〉
『康夫ちゃんのれんあい自由自在』
「すべての事象が等価値になった」時代にあった恋愛を説くために、一九八四年、刊行された女性向け恋愛指南書。角川文庫に収録される際、『恋愛自由自在』に改題されている。全六章構成で、「第3章 恋愛チャート10精選」が示しているように、全体としては、受験参考書のスタイルをとっている。「学校では、だあれも教えてくれないけれど、恋愛だってお勉強なのです」。ただ、最も興味深いのは、「第2章 ボクのLOVEキャリア」において、
〈了〉
『感覚の倫理学』
『an・an』誌において、一九八三年十月十四日から八五年九月十三日まで「今週の眼」として連載されたエッセイをまとめた作品。都内にある私立大学で国際関係論の授業とゼミを受け持つイエス・チャンドラーと隔週で担当していたが、イギリスに帰国したため、途中から
〈了〉
『街は無限に変容する』
一九八六年に刊行された竹内宏との対談集。これは朝日出版社が企画したレクチュア・ブックスの第V期第5巻であり、「臨床経済学講義」という副題がつけられている。竹内宏は、当時、日本長期信用銀行の常務・調査部長を務める民間エコノミストである。竹内は路地裏のアジア的空間やパチンコ店、スキー場から経済学を探査しており、この点で、
〈了〉
『恋はビジネス』
全二一講によって構成された女性を対象にした講義スタイルの恋愛論であり、一九八六年に出版されている。このタイトルが示している通り、それぞれの章にケース・スタディが提示され、恋愛がビジネスのように語られている。「恋愛は数学と同じ」である。それは「実践練習問題」、すなわちサイバネティックス的な「トライ&エラー」を通じてスパイラルに「自分を光り輝かせる」からだ。恋愛は戦争ではない。「変に気負わないで、ビジネスとしての恋愛をする」方が。精神にゆとりがあるため、「素敵な恋愛」を体験できる。「一見、不謹慎に思えるこのタイトルには、ですから、真の意味で長い間、愛し合える相手を見つけて欲しいという筆者の温かい思いが込められているのです」。『恋はビジネス』は、そのため、純愛至上主義的な恋愛論のパロディであると同時に、売れることだけが目的のビジネス書のパロディでもある。ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』の解説書としても読むべきだろう。
〈了〉
『いつまでも、クリスピー』
『月刊カドカワ』に一九八六年八月から翌年の一月まで連載された長編小説。週三回深夜のテレビ報道番組で、海外ニュースのキャスターをつとめる歌代聡子が主人公である。当時、CNNを紹介する女性ニュース・キャスターを筆頭に、バイリンガルの女性を指す「バイリンギャル」という流行語があった。二十六歳、独身の彼女は、都内のマンションに暮らし、ブランド品をおしゃれに着こなし、迎えのハイヤーで局に向い、数人のボーイフレンドと建築家志望のステディもいる。けれども、孤独感がどうしてもつきまとってしまう。「流されてしまう」という不安を真摯に引き受けて、生きていく姿は、いわゆる「女子アナ・ブーム」の現在にも、通じるものがある。また、作品の各所に、「作者自身による解説」が入り、『なんとなく、クリスタル』と並んで、最も方法を意識した作品である。
〈了〉
『スキップみたい、恋みたい』
「寂しがり屋さん」の女の子を主人公にした十六編の物語によって構成された一九八六年刊行の短編集。主人公たちは「かわいらしい女たち」だけでありたくないけれど、「強い女たち」になりたいわけではない。「大好きな彼と一緒にいたいと思う反面、自分たちは彼なしでもやっていける一人前の女性でもあるのだと思いたい」から、彼女たちは「内緒で年上の男性とも」付き合うといった「言えない自分だけの秘密」を持っている。にもかかわらず、清潔感があるのは、「好きな人と一緒にいれば、楽しさは二倍になり、悲しさは二分の一になる」という認識があるからだ。
〈了〉
『フェティッシュな時代』
トレヴィルの「贈与の一撃」叢書3として、一九八七年に刊行された古井由吉との対談集。当時、異色な組合せと奇抜な設定の対談集が数多く出版されていたが、本書もその一つとして位置づけられる。寺山修司の『不思議図書館』の「サディズム画集の中の馬男たち」に収録されそうな挿画の数々が企画の安易さと陳腐さを強調しているけれども、それを超える弁証法がここにはある。最後の文学世代と言われる「内向の世代」の作家は、それ以前の文学者と同様、秋山駿を筆頭に、必ずしも、
〈了〉
『昔みたい』
一九八七年に刊行された十五編の作品からなる短編集。『小説新潮』が初出の「昔みたい」を除く、十四編が『25ans』に発表されている。この十四編は「うたかた」という通しタイトルの下、一九八五年五月号から翌年の十二月号までに連載された二十一作品から厳選されたものである。主人公は二十代後半から三十代前半のアッパー・ミドルに属する女性であるが、「彼女たちは、幾つかの恋愛を経験した後に、それぞれの物語に登場する恋愛と巡り合った。そうして彼女たちは、その恋愛を進めながらも、いつの日か終わりが訪れてしまうであろうことを予測している。あるいは、すでに終わってしまっていたはずの昔の恋愛を想い起こし、また、その相手と逢瀬を重ねてしまったりする」。けれども、彼女たちは「一人の相手だけを愛し続けることができるならば、どんなにか素晴らしいことだろう」と考えている。こうした女性を主人公にした全作品を通じて、ルソー的情熱を秘めながらも、ゲーテ的な諦観に至る過程が描かれていると見なすことができる。
ただ、表題作でもある「昔みたい」は発表媒体が違うためか、いささか傾向が異なる。タイトルも、他の十四編は、「芦屋市 平田町」や「フランクフルト ホテル・キビンスキー」のように、記号性の強い土地か建物の名前である。十四編が具体的な空間をイメージさせるのに対して、「昔みたい」は抽象的な時間を喚起させる。そのため、読者は自分自身の「昔」へ導かれていく。さらに、「昔みたい」が最後に配置されている通り、作品自体が「昔みたい」と振り返られてしまうことを体現している。ゲーテ的諦観のパロディがここにはある。
バブル経済の始まる直前に執筆されたこれらの作品を読み、バブル経済とその後の失われた十年に対して自らの「昔みたい」をどう位置づけるかは、今の問題である。
〈了〉
『恋愛事始め』
『ビッグコミックスピリッツ』誌に連載された二十歳前後の若者に向けられた恋愛論であり、一九八七年に出版されている。女性向け恋愛論『恋はビジネス』と対になっている。二部構成をとり、PARTTは「恋愛お作法マニュアル」と題されたエッセイ集、PARTUは「女子学生恋愛放談」という四人の女子学生と
〈了〉
『大学受験講座』
自身の浪人体験を踏まえた一九八八年刊行の大学受験マニュアル。本文の構成は全十二講、Q&A集と合格者へのインタビューからなり、「私立大学難易度予想ランキング」と「
〈了〉
『HIGH LIFE HIGH STYLE』
一九八八年に刊行されたレクチュア・ブック。『25ans』誌上で、一九八七年一月号から翌年の三月号まで連載されたものをまとめた作品である。
〈了〉
『東京ステディ・デート案内』
一九八八年に刊行された若い男性向け恋愛マニュアル。『Popeye』誌上に、「メトロポリタン・ストロール」というタイトルの下、一九八六年三月一日付第二一八号から翌年の七月一日付第二四九号までに連載したものをまとめた作品である。文体は、呼びかけの言葉として「諸君」を使っているように、
〈了〉
『三田綱坂、イタリア大使館』
一九八九年に刊行された七編からなる短編集。一九九一年、角川文庫に収められる際、「浅葱色の空」と「雨に濡れたイヤリング」の二編が新たに収録されている。一作を除いて、容姿や職業、家庭環境にも恵まれ、何の苦労もなく生きてきたかに見えながらも、いくつかの挫折や諦めを体験してきた女性が主人公であるが、例外の一作が極めて重要な作品である。「浅葱色の空」は、他の小説と違い。作者自身と思われる人物を主人公にしている。涼やかで、抑制のきいた文体にのって物語は進行し、「そう思った瞬間、彼女に絵葉書を書いたスククザでの夜の雨と同じくらいに激しく、咳き上げてきた」という文章で閉じられる。静かに抑え続けたものが、最後になって、しかも、雨の比喩をともないながら、暗示するようにして決壊してゆく。「浅葱色の空」は、
〈了〉
『H』
『Hanako』一九八九年六月八日号から九〇年五月三一日号にかけて掲載された四八編の小説からなる短編集。これらの二〇代女性のモノローグによって織り成されたセクシャルな作品群は、ちょうどバブル経済の絶頂から崩壊に至る時期に、発表されている。好きな彼とすごす時間は楽しく、濃密で、なまめかしいのに、どこか哀しさがあると彼女たちは感じているが、これは高騰する不動産価格と株価に浮かれながらも、虚しさがつきまとっていたバブル経済そのものである。ここでの性愛は、モノローグが使われている通り、バブル経済の比喩にほかならない。
〈了〉
『サースティ』
一九九一年に刊行された短編集。女性を主人公にした恋愛と仕事、結婚をめぐる四十九の物語によって構成されている。彼女たちは「然して大きな不満はないけれど、出来ることならもう少し今よりも、と考えているのだ。恋愛も、仕事も、結婚も。充たされているのに、どこか哀しい」。
〈了〉
『オン・ハッピネス』
『週刊朝日』に一九九二年十一月二十日号から翌年の九月十日号まで連載された長編小説。これは、
『オン・ハッピネス』には
「矜持と諦観」を強調しても、九〇年代の半ば以降、
〈了〉
『
一九九三年に刊行された田崎真也との対談集。『
〈了〉
『SM恋愛序説』
一九九三年に行われた講義をまとめた恋愛論である。第一部「SM的恋愛論」と第二部「恋愛的SM論」の二部構成であり、前者ではこの「恋愛の在り方」における「『レシピ』の何たるか」、後者は「『マニュアル』の何たるか」が語られている。「明るいSM」を提唱してきた
〈了〉
『チャイナピンクの花嫁衣裳』
一九九四年に刊行された十五編からなる短編集。一九九七年、河出文庫に収録されるにあたり、『あなたへの花ことば』に改題されている通り、各作品にモチーフとなる花の特徴と花言葉が添えられている。花は何も語らない。花言葉は花を記号として徴候を読みとることである。「昼間、会社や学校で辛い出来事があった後にデートの待ち合わせをした日、なんとなく沈んだ表情のあなたを敏感に察知してくれるような。また、『どうしたんだ?』と叫び辛い出来事を思い出させるような具体的な問い掛けなど一切せずに、そっと精神的に包み込んでくれるような」微妙な心の揺れを持つ女性を主人公にし、これに共感する人たちに向けられた本である。
〈了〉
『恋の予習、愛の復習』
『読売新聞』水曜日の夕刊において連載していた「恋愛・結婚自由自在」に、一九八六年から九四年までの間、寄せられた相談に対する
〈了〉
『新・文芸時評 読まずに語る』
一九九五年に刊行された初めての文芸時評集。『文藝』誌上において、一九九三年十一月から翌年の十一月までに発表された六編の文芸時評が集められている。
ここで
タイトルに掲げられた「読まずに語る」の意味は、一行も読まずに語ることではなく、「いわゆる、お勉強の成果を披露する場にはしたくないという自分に対する決意表明」である。「経歴、他の作品、人となり、といった予備知識や、そこから与えられる先入観をできるかぎり抱かずに、あくまでも作品を『作品』として眺め、評するという意味合いが『読まずに語る』には含まれている」。この言葉通り、
「矜持と諦観」を基準にして「文学」を「批評」していく。この「矜持と諦観」とは「外側にいるんだけれども、内側もわかって外側を書ける人の、その恍惚と不安」を意味している。それはシニシズムや馴れ合いの拒否と言ってもいいだろう。また、「批評とは姿見」である。「そこに映し出された自分は如何なる姿かと覗き見ることで、私たちは覚醒していく」。つまり、
なお。時評で扱った野間井淳、佐伯一麦、保坂和志、阿部和重、小原眞紀子、室井光広、笙野頼子からの謝辞・反論・異論も収録している。「姿見」としての「批評」に対するそれぞれの姿勢がわかって、興味深い本である。
〈了〉
『いまどき真っ当な料理店』
一九九六年に刊行された料理店批評。『WEEKLYぴあ』誌上に一九九四年八月十六日号から九六年三月二十六日号まで連載された文章に加筆・再構成した作品である。東京・京都・大阪のフランス料理から牛丼まで全二十三ジャンルの料理店について、料理・接客・客層・飲料・真っ当のそれぞれの項目に対して、最高三つ星で評価している。多くのグルメ・ガイドは料理界における権威マップであるが、
〈了〉
『嗤う!』
一九九七年に刊行された全四章構成のエッセイ集。一九九六年一月二十三日号から翌年の十一月二十五日号まで『女性自身』誌上で連載された「こう考えたら腑に落ちる」をもとに書下ろしを含め、加筆・再構成した作品である。一九九六年と九七年に話題になった事件や人物を独自の情報に基づき批評している。扱う対象は政治家から、大使、官僚、女優、ニュースキャスターにまで及ぶ。
しかし、これは、たんに不況に憤るサラリーマンやOL、主婦が溜飲を下げるというカタルシスを味わうための本ではない。それは「モハメド・アリの『雄姿』」が示している。アリが、一九九六年、アトランタ・オリンピック最終聖火ランナーとして登場し、その震える手で聖火台に炎を灯した「その瞬間、僕は確信したのでした。人口僅か40万人の都市アトランタは『スペインの金満家』にKO勝ちしたのだ、と」。「アトランタは、必死に重病と戦う黒い肌をした悲劇の英雄、然れども公共の電波の中ではその”雄姿”は”異形”に屈してしまう人物を開会式の主役として登場させることによって、”一発逆転”を成し遂げたのです。北と南、西と東、上と下、白と黒、富と貧。アメリカが、そしてアジア、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニアという全世界が今も猶、完璧に根絶出来ずにいる数々の格差を在りの儘に見詰めることから新しい人類の一歩が始まるのだ、と宣言したのです」。『スポーツ・イラストレイテッド』誌はアリを二十世紀を最も代表するスポーツ選手に選んでいる。二十世紀はアメリカの世紀であるが、ムスリムの黒人ボクサーはそのアメリカと戦って勝っただけでなく、アメリカの世紀のさまざまな偏見や矛盾と戦い続けてきた。ルースでも、ペレでもなく、確かにモハメド・アリが体現した世紀である。「嗤う!」のはお騒がせな連中に対してではない。読者一人一人の「失敗を見据えて、明日の第1歩を学習する『気概』」が求められているのである。
〈了〉
『全日空は病んでいる』
一九八五年から九七年までに書かれた航空会社に関する評論のアンソロジー。構成は三部であり、第二部は
タイトルは『全日空は病んでいる』であるが、日航をめぐる文章も収録されている。八〇年代には、むしろ、日航に対して厳しい発言を繰り返していた。
また、一つのテーマの下、
〈了〉
『憂国呆談』
一九九九年に刊行された浅田彰との対談集。神戸震災直前の一九九四年十月から神戸空港懸絶反対運動真っ只中の一九九八年十一月までの対談が収録されている。同じ年齢でもあり、ともに八〇年代前半からメディアに登場した両者ではあるが、文学者としての資質は正反対と言っていいほどであるため、好対照をなしている。過去の
〈了〉
『新・憂国呆談』
二〇〇一年に刊行された浅田彰との対談集の第二作目。「神戸から長野へ」という副題が示す通り、神戸空港建設反対運動の活動家だった一九九九年三月から長野県知事に当選した二〇〇〇年十月へ至る時期の対談が収録されている。二〇〇〇年に入り、四月から慶応大学での特別講義。長野県知事選への出馬要請から選挙、当選といったように、
〈了〉