植地浩志(うえちひろし)の「ショートストーリー」です。
SOLITUDE
■フィクションです。■
わたしは、その年、高度な『数学』と、『統計学』を用いる『近代経済学財政金融政策』に関する卒業論文を、なかば、
書き終えたあと、新宿にある、個性的なディスコティーク、『Sトレイン』に、出かけた。
新宿駅中央口駅界隈の、一方通行の混み入った路地に阻(はば)まれることのないように、四っ輪(読み:よつっぱ。
四輪車、自動車のこと。)ではなく、より、一層、機動性に、富(と)む、モーター・サイクルで、でかけることに
した。
自動二輪車は、高校時代に、高校側では、免許の取得を原則禁止としていたのだが、内緒で、大型自動二輪車(限定
解除のこと。)の免許を、「運転免許試験場」の実技試験、実に、7回目で、ようやく、『大型自動二輪運転免許証』
を、手にすることができた。
わずか数年前には自動二輪車運転免許証は、比較的、容易に手にすることができていたのだが、1969年〜1970
年代に、「オートバイ・メーカー」から続々と発売開始されたビッグマシーンは、その有り余る高性能だけではなくて、
不慣(ふな)れな、ライダーたちによる軽率な運転、あるいは、無謀な運転などにより、深刻な事故が続出したわけだ。
即刻に、運転免許試験場の合格基準が引き上げられるとともに、『大型自動二輪車運転免許証』、即ち、『限定解除』の
合格率は、じつに、『1パーセントという極度に難関な試験』と、なっていたわけだ・・・。
そもそも、本田技研工業から発売された、「HONDA DREAM CB750Four」は、モーターショーで、デ
ビューするまえから、「モーター・サイクル専門誌」などで、ライダーの垂涎(すいえん)の対象となり、全国に話題沸
騰した驚異的な性能のマシーンだった。
HONDA CB750Four
しかし、国内で、はじめて発売された時期には、「HONDA DREAM CB750Four」は基本的にエクスポ
ート・タイプ(輸出仕様)であることもあいまって、『足付き接地性』の面では、いささか、難が有るといわざるを得な
かったというところが、本当のところだろう・・・。
もっとも、この『足付き接地性』の件は、本田技研工業の「HONDA DREAM CB750Four」に、限らな
かったわけだが・・・。
CB750マルチエンジン
また、世界初の4気筒並列マルチエンジンは、オイルをトロコイドポンプで潤滑させる構造であり、この型式は、オーソ
ドックスな、『エンジンの下部にオイル溜まりを持つ構造』を、『ウェットサンプ式』と称したのに対して、『ドライサ
ンプ式』と称していた。
この『ドライサンプ方式』のため、「HONDA DREAM CB750Four」は、サイドカバーの奥にオイルの
補助タンクを持ち、従来のマシーンが、ボールベアリング、あるいは、ローラーベアリングを採用する構造であったのに
比して、「HONDA DREAM CB750Four」の場合は、オイルレス・メタルと、クランクシャフトの間に、
高圧のオイルを連続的に射出してクランクシャフトを、高圧オイルの中空に浮かせるとの斬新な「プレーン・ベアリング
機構」を採用して、初期の「HONDA DREAM CB750Four K1型」の場合は、時速200キロ・メー
トルを実現していたのだ。また、巡航速度100キロメートル毎時の際の、エンジン回転数は、なんと、毎分3000回
転という驚異的な性能を誇ったものだ。
しかし残念ながら、余りの高速性能は好ましくないとの所轄官庁からの行政指導のために、ギア比を、おおきくせざるを
得なかったということが歴史上の事実なのだ。このため、最高速度は、180キロメートル毎時に、下がり、また、時速
100キロメートルでの巡航走行時のエンジン回転数は、初期型の毎分3000回転から、3500回転となった訳だ。
もっとも、実際には、ギア比を大きくした結果、発進加速性能は、正に、ライダーが失神するほどの急加速を、実現した。
HONDA CB450
CB450DOHCエンジン
本田技研工業からは、とっくに、「HONDA DREAM CB450(2気筒)」で、DOHC(ダブル・オーバー
・ヘッド・カムシャフト)機構が採用されていたけれど、大排気量時代の到来に従い、DOHCに比して、メインテナンスの容易なSOHC(シングル・オーバー・
・ヘッド・カムシャフト)のマシーンが主流を占めるように、なっていった。
しかし、川崎重工の重量車(排気量650CC)である、「KAWASAKI W1スペシャル」は、バーチカル・ツイン、
すわなち、垂直の2気筒エンジンだが、バルブの駆動には、当時、すでに主流となっていた、バルブ・タペットの駆動に、
チェーン駆動ではなくて、プッシュ・ロッドの上下動によるカム駆動で、タペット開閉を行っていた。
川崎重工の650CCW1S
「KAWASAKI W1スペシャル」の、バーチカル・エンジン(シリンダーが、ほとんど垂直)は、大排気量の2気筒
であることにくわえて、プッシュ・ロッドによるカムの駆動でバルブ・タペットを開閉するメカニズムの採用は、独特の魅力を有していた。
「KAWASAKI W1スペシャル」は、プッシュ・ロッドで、クランクシャフトの回転を、シリンダー・ヘッドのバルブ
開閉タペット駆動用カムを押下駆動する構造だ。
川崎重工の「KAWASAKI W1スペシャル」は、そのようなマシーンのメカニズム、つまり、プッシュ・ロッドによる
カムの駆動のため、プッシュ・ロッドの慣性により、必然的に高回転高出力型のマシンでは、ありえないマシーンとなってい
たわけだ。
OHV650CC
さらに「KAWASAKI W1スペシャル」は、『独特な形状のキャブトンマフラー』を、もちいていたため、中低速での
アスファルトを、叩きつけような排気音と、マシーンのボルトが、その振動でゆるむというほどの、停止時には目に見える程、
激しいマシーンの鼓動(振動)は、一種、独特の魅力を有していた。
W1S・キャブトンマフラー
走行中にボルトなどが振動でゆるむと言われた、「KAWASAKI W1スペシャルは、後部座席に搭乗した女性が、失神
するなどという”ウワサ”も実際に、有ったほどだ・・・。
「KAWASAKI W1スペシャル」は、高速で、コーナーを攻めるマシンではなく、モーターサイクルのクルーザー感覚
と称されていた・・・。
・・・・・。
夕刻を過ぎてから、”昔の彼女”からプレゼントされた、オメガ・スピードマスターの針が午後11時を、まわる時刻に、
乗り慣れた本田技研工業の、「HONDA DREAM CB550Four」を、自宅の外に、押し出した。
HONDA CB550Four
午後11時という夜間であることもあって、『アイドリングの音』を遠慮して、おもて通りまで、マシーンを押し出した。
『マシーンの始動音』と、『アイドリング時のエンジン音』で、しばしば、近隣の住民から、苦情が出されていらからだ。
「HONDA DREAM CB550Four」の両サイドにはりだした、4気筒マルチ・エンジンと、4本のマフラー
は、さすがに、凄(すご)みを感じさせる。
CB550 4気筒エンジン
先行して発売されていた、排気量750CCの、「HONDA DREAM CB750Four」と、類似しているよ
うに思っているひとが、おおかったようだが、実際には、「HONDA DREAM CB550Four」の場合には、
オーソドックスなオイルパン方式の『ウェットサンプ式』を採用しており、信頼性の高い発動機を、搭載していたものだ。
また、フレーム自体も、エンジンを、二本のパイプで囲い込む『ダブルクレードル・フレーム方式』など、同じ構造では
あるものの、設計自体、”750CC”と”550CC”は、根本的に相違しており、フレームは、別設計によるものだ。
自宅マンションの路地を抜けて、やや広い通りに面した測道に、マシーンのメインスタンドを、リア・シート後部のロール
・バーを引いて、「HONDA DREAM CB550Four」を垂直にたてた。
サイドスタンドで、たてたままアイドリングする場合も有るけれど、サイドスタンドだけで、マシーンを、たてただけでは、
マシーンの前輪と後輪の中心線が、よく、わからないからだ。
ジェントルな550CC
前輪と後輪の歪みを正確に知るためだけではなく、エンジン・オイルのチェックのためには、メインスタンドで直立させね
ば、ならないからだ・・・。
それに、オイルパンのオイルの量の測定の際には、マシーンが傾斜したままでは正確なオイル量の計測ができないことに、
加えて、4サイクル・エンジンの場合は、つい、オイルの残量の計測がおろそかになりがちである場合が、おおいものだ。
オイル量と汚れを調べる
実際に知人の場合は、オイルパンの残量が限りなくゼロに近づき、ピストンとシリンダーの焼き付き事故をおこした者は、
実際に、結構、居たほどなのだから・・・。
エンジンのオイルパンだけではなく、ディスク・ブレーキ用のオイルと、チェーンのオイルの状況も調べるのは、しばしば、
過酷なライディングを行う、わたしのマシーンには必須のチェック項目でも有ったわけだ。
高完成度550CCエンジン
わたしは路地に、かがみ込むと、マシーンのチェーンの”たわみ”や、オイルパンのオイルの量、汚損の状況まで、たんねん
に調べた。とりわけ、チェーンの”たわみ”と、チェーンへの適度なオイルの付着には、常に、細心の注意を、怠(おこた)
らないことにしていたのだ。
高速走行時のチェーン切断事故は、即、死亡事故に連動するからだ。よほどのベテラン・ライダーでも高速走行時にチェーン
の切断が起きれば、まずは、命はあるまい・・・。
わたしは、アクセレーターを開かずに、ガソリンタンクの下部のフューエルを開けて、静かに、セルスターター・スゥイッチ
ではなく、キック・ペダルのペダルを開くと、ペダルをいっきに踏み降ろして、4本のシリンダーに火を入れた。
エンジンが冷えているにもかかわらず、美しいバフ研磨仕上げの4気筒、4サイクル、SOHC(シングル・オーバー・ヘッド
・カムシャフト)の4本のシリンダーのマルチ・エンジンに、瞬時に生命が宿った。
バーチカルに近い大排気量のマルチ・エンジンではあるけれど、バランサーのチューニングがよいために、余計な振動は極力、
おさえられている。
おもて通りにでると、フロントが、うきあがるほどに急加速する。1ダウン・4アップ式のリターン式のギアを、ローでアクセルを
全開にしてセカンドに、ギアをアップすると、もう、『制限速度』の倍以上のスピードに達していた・・・。
わたしは、『クローズド・レシオ(ギア比が接近している意。高回転高出力のマシーンで、特に、採用されたギア比の方式。)』の、
5速リターン式のミッションを駆使して、四輪車の間をくぐり抜け、直線路では、フライングで猛然と加速する。千切れ飛ぶ景色と共に、回転計と速度計が右に大きく傾いているのがわかる。
東京都下の自宅から、新宿区まで10分もかからずに到着した。