植地浩志(うえちひろし)の「ショートストーリー」です。
NORIKO
■フィクションです。■
大学の夕刻の時刻にはじまる、ドイツ語の講義の後半、いつものように、教室を抜け出すと、自分の住居には、戻らずに、モーター・プールに停(と)めてある、グロリア・ブロアム2L(改)に、しなやかな身体で、滑(すべ)り込むように着座すると、モーターサイクルなどと一緒にたばねた、キーホルダーの中から、四つ輪(よつっぱ:四輪車のこと。自動車の意)のキーを取り出し、ケッズのスニーカーを軽く、アクセレーターに、あずけて、イグニッョン・キーをまわしてセルモーターを始動した。
「グロリアブロアム(改)」
シャコタン(サスペンションや、ダンパーの調整などで、車高を低くしたマシーンのことだ。)仕様のマシーンであるために着座シートからは、手をのばせば、モーター・プールの地面に、指が、届くほどであった・・・。。
『V型6気筒の素性(すじょう)の良い発動機』は、超高速回転型に、タペットのバルブタイミングを調整してある。また、点火プラグは、高速用に交換してあった。
さらには、ボア・アップ(シリンダーの内径を広げて、実排気量を大きくする方法)したマシーンの6気筒エンジンは、轟然と始動した。
目前の6連装のメーターは、制限速度のリミットを気にしないで済むように、特注の高回転向きの速度計や回転計ほか油温計などのメーターの列に、あわいグリーンの光が灯(とも)る。
NISSANのグロリアには、グロリア・ブロアムのほかに、グロリアのGT仕様も有るのだが、わたしは、敢えてGT仕様のマシーンを選ばずに、ブロアムを改造して、チューニングの楽しみを堪能(たんのう)していたものだった。
意外な感じもするけれど、もともと、高速マシーンではないグロリアのGT仕様というのは考え方によれば、野暮(やぼ)ったいと言うことも、言えるのかも知れない・・・。
ところで・・・。。
わたしの『グロリア・ブロアム2L(改)』は、サスペンションやダンパーを短いものに交換して、さらに、ダンパーを堅めにセットしてあった。
「短いサスペンション」
むろんだが、ホイールは、アルミ軽量ホイールに、”フェンダーぎりぎり”までのダンロップ・ワイド・ラジアル・タイアを、履(は)かせて、
高速コーナーで、車体が振られぬように、ベスト・チューンを、スピード・ショップ○○○で徹底して、行った。
「軽量アルミホイール」
エグゾーストは、世間一般には、あまり認識されていなかったのだが、必ずしも、2サイクルのモーターサイクルの場合のエクスパンション・チャンバー(排気膨張管)の場合だけではなく、4サイクル
の場合にも、排気ガスの「排気脈動流」を活用して、排気効率を上げることで、ひとクラス上のマシンに匹敵する性能を示すものであるのだ。
「排気脈動流活用」
6連メーターの油圧、油温などをチェックしている間に、6気筒ボアアップ(内径を広げて、排気量を大きくして出力を増大させる改造だ。)した発動機は、充分な暖気運転が終了しているようだった。
アクセルを軽く踏むと、6気筒の息吹(いぶき)が、周囲の空気を威圧して、木の葉が舞い散るほどの轟音をあげた・・・。
「日産高性能発動機」
「V型6気筒発動機」
わたしは、モーター・プールを出ると、都下の自宅から、環状八号線までの道路を、意図的に蛇行させて、履いたばかりのダンロップのワイド・ラジアル・タイアの暖気を行った。マシン通(つう)を、
認(にん)じる若者は、当時も、おおかったけれど、履(は)いたタイアが、適度な温度を持たねば、高速走行は、もちろんのこと、急ブレーキの際にも、タイアのグリップが好ましくないということは、
意外なことに、知らぬものがおおかったようだ・・・。
・・・・・
国道20号線との交差点を右折すると、アクセルを床も抜けよと、踏み続け、クラッチを切らずに、エンジンの回転を上昇させ続けながら、ほんの一瞬、アクセルを戻した瞬間にギアをアップする
という高度なギア・チェンジの方法である、アクセル・チェンジを行った。
このアクセル・チェンジの方法は、おおくの場合、モーター・サイクルで覇(は)を、競う場合に用いるギア・チェンジの方法だが、慣れぬ者が行うと、ミッションだけではなく、クラッチさえも破損する
方法であり、一般には、推奨できないギア・チェンジの方法だ・・・。
国道20号線を走る、無謀なだけで、まるで遅い暴走族まがいのマシンや、大型トレーラーなどの隙間(すきま)を、一瞬、あいた隙間を、わたしのグロリア・ブロアム2L(改)は、おそらく、観る者が
居れば、それは、奇跡に近いと思われる高度なドライビング・テクニックで、すりぬけた。
通常ならば、最低でも半時間は要する都下の自宅から、新宿の紀伊国屋書店などの並ぶ、通称”ナンパ通り”まで、わずか、10数分で到着した。
「純白のグロリア(改)」
真っ白(まっしろ)な、フッソ樹脂塗装と、リアゲートの上に装備したエア・スポイラーは、いやがおうでも、目に付くマシーンだ。
・・・・・
今日は、”のりこ”とのデートの約束を果たさねばならない・・・。。
「通称ナンパ通り」
わたしは、たいして、美人とはおもわないのだが、『周囲のものの目線を引き付ける美貌を持っている』ーと、複数の友人・知人たちから言われていた”のりこ”が、わたしのマシーンを見付けて、嬉(うれ)しそうに、手をふっている・・・。
わたしが、マシーンを、左側車線に寄せようとすると、わたしと”のりこ”が、恋人関係であるということを知り、あるいは、敏感に悟った、「品性下劣な、ナンパ野郎や、”学生くずれ”」が、すでに、乱暴
な運転でロータリー・エンジンの心臓部とも言える『ローター(通常エンジンのピストンに相当する。)』や、『ハウジング(通常エンジンのシリンダーに相当する。)』に、結構、”ガタのきたマシン”に、粗雑に塗装をした
ブラック塗装のサバンナなどで、左側車線を、ふさごうとする・・・。
しかし、「品性下劣な、ナンパ野郎や、”学生くずれ”」は、『純白のフッソ樹脂塗装のグロリア・ブロアム2L(改)』に、搭乗(とうじょう)しているのが、”わたし”であることーを知ると、あわてて、道路、進路を、譲(ゆず)ろうとする・・・。
「脅威の都市伝説」
わたしが、かつて「品性下劣な、ナンパ野郎や、”学生くずれ”」の、親分格の腕を、手刀(しゅとう)で、瞬時にへし折り、幾本もの静脈が切断され、あわせて、無数の神経が寸断されたあと、現在もリハビリ中であるということは、ある意味での「都市伝説」ーと、なっていたのだ・・・。
わたしは、路肩で、”のりこ”を、シートを、メいっぱいに、後ろに引いて、充分なスペースをあけて、彼女を、マシーンに、搭乗させたわけだ。
”のりこ”は、わたしのマシーンに、のるや、いなや、両手にかかえていた花束を、わたしに渡すと、「お誕生日!おめでとうぅっ!」ーと、おおげさに、はしゃいだ・・・。
おもえば、わたしは、その年、すでに、『二十才代』の年齢に、はいっていたのだ。ところで・・・、、女性の場合は、どうだか知らないけれど、”おとこ”の場合は、『二十才代』っていう年齢は、結構(けっこう)、微妙(びみょう)な年齢であるのだけれど・・・。
しかし、わたしは、むじゃきに”花束”をさしだす”のりこ”の好意に、おおげさに、喜んでみせたのだ。
「”のりこ”、、、、いっつも、ながら、優しいなぁ。。ありがとうねっ!!・・・。。」
”のりこ”は、わたしの言葉を聞くと、はずかしそうに下をむいて、聞き取れないような声で、ささやいた・・・。。
「だって、、、。。だって、、、。。あなたのことを・・・す、す、好きなんですもの・・・。。」
”のりこ”は、辛(つら)い幼少期と、決して楽しくはない青春時代という、『悲しい過去』を持っていることは、知っているのだが、そんな逆境に、めけずに生きている”のりこ”には、なかなか、オンナを好きになれない、この、わたしも、なぜかしら、”こころ”を、ゆさぶられるものが、あるようだった・・・。。
わたしは、新宿の百貨店、伊勢丹(いせたん)の交差点で、Uターンすると、国道20号線に戻(もど)り、首都高速の”初台(はつだい)ランプ”から、かけあがって、首都高速の本線に、加速しながら合流した後(あと)、”のりこ”からの『お話』を、きいた。
・・・・・
”のりこ”は、伏し目(ふしめ)がちに、ちょっぴり、いいづらそうにしていたようだけれど、深呼吸をすると、いっきに、はなしはじめた・・・。。
「アタシ・・・。。あなたの、お誕生日に、なにをプレゼントしたらよいのか、うんと、まよったの・・・。。」
”のりこ”は、続けた・・・。。
「アタシ・・・。。決めたわ!あなたに、アタシの、いちばん、だいじなものを、あげることにしたの!・・・。。」
”のりこ”の、すこし、うつむいた頬(ほほ)は、夕陽(ゆうひ)の、ためだけではなくて、頬(ほほ)に、血が、のぼっていることを示していた・・・。
わたしは、そんな、”のりこ”の、「みょうに、純(じゅん)なトコロ」に、”ひかれた”のかも、知れない・・・。。
・・・・・
そして、わたしは、”のりこ”に、たずねるように言った・・・。。
「”のりちゃん”の気持ちは、うれしいさ・・・。。ただね、ちっと、ばっかし、考えたほうが、いいんじゃあ、ないのかい?」
”のりこ”は、わたしの、そんな言葉を、さえぎるように、つよい語調(ごちょう)で、きっぱりと、言った。
「ううんっ!アタシ・・・。。きめたの。。”あなた”しか、居(い)ないって・・・。。アタシの”まごころ”を受けとめてっ!!・・・。。お願いっ・・・。。」
”のりこ”の美しい頬(ほほ)には、真珠のような涙が、幾筋も流れ落ちている・・・。わたしは、そのときになって、なぜ、周囲(しゅうい)の者たちが、『”のりこ”は、ステキな娘(こ)だ!とか、純(じゅん)で、”まぶい”娘(こ)だ!』
って言うのか、その理由が、わかったような気がした。。
首都高速を制限速度を、はるかに超えるスピードで、さらに、先行するポルシェや、BMWを、それこそ、それらの車両が停止しているかのように、観(み)える高速で、追い抜くと、さらにスロットルを開けて、中央高速道に入った・・・。。
「とばすハイウェイ・・・」
”のりこ”は、『先ほどの告白』のあと、何故(なぜ)か、寡黙(かもく)になり、こころなしか、”思い詰(つ)めているような感じ”ーでは有った。
わたしのチューンしたグロリア・ブロアム2L(改)は、『八王子インター出口の螺旋状(らせんじょう)の急カーブ』を、”ダンロップ・ワイド・ラジアル・タイア”に、派手(はで)な悲鳴を、あげさせながら、料金所で千円札を放り投げると、一路(いちろ)、横田基地方面に、向かった・・・。。
ハデな看板のホテルの建ち並ぶ街を通り過ぎて、すこしばかり閑静(かんせい)な住宅街にはいると、そこには、ホテルの存在さえ目立たぬ「品の良い、ホテル○○○」があった・・・。
わたしは、なにごともないかのごとく、マシーンをホテルの駐車場にいれるために、複数回、ステアリングを切り返した。
ふと、”のりこ”を観(み)ると、美しい頬(ほほ)に、理由(わけ)の、わからない涙が、ひとすじ見えた・・・。
白亜(はくあ)の『ツイン・ルーム』に案内されて、二時間ほども経過しただろうか・・・。
わたしは、ベッド・サイドのテーブルの上に置いたセブンスターに、”カルティエ”のライターで火を点(つ)けて、煙を一度、肺の奥まで吸い込み、再度、少しづつ、くちから、淡(あわ)い色になった煙を、鼻孔(びこう)から吸引した・・・。
これは、わたしの、いつものタバコの吸い方だ・・・。
時折、ドラッグと勘違いされる場合があって、そのたびに、苦笑(にがわら)いをするのだけれども・・・。。
・・・・・
わたしは、わたしの横で、肌を隠すために、毛布(もうふ)を引き上げていた”のりこ”に、さりげなく、たずねた・・・。
「後悔(こうかい)してるんじゃあ、ないのかい?」
”のりこ”は、まどろんだような瞳だったのだが、わたしの言葉を聞くと、裸のままであることも忘れて、半身を、おこして、そして、キッパリと言った。
「ううんっ・・・。。後悔だなんて・・・。。だって・・・。だって、、、アタシって、ひとりぼっちだったんですもの・・・。。」
わたしは、そのとき、”のりこ”という娘(こ)が、これまでよりも美しく、また、理由(わけ)もなく、愛(いとお)しく、感じられたのだ・・・。
・・・・・
あれから、幾年、経過(けいか)したのだろう・・・・・。
・・・・・