4747 屋形石灯標 やかたいしとうひょう


Yakata Ishi


江田島の北端、屋形石の沖合いに浮かぶ明治生まれの灯標です。比較的陸上から近い灯標ですが、屋形石一帯が中国化薬の敷地になっているので、陸上からの撮影は不可能です。そこで海上からの撮影となりますが、私は船を持っていませんので、灯標の近くを航行するフェリーからの撮影となりました。

この画像は宇品港(広島港)から切串を結ぶファーストビーチ(江能汽船)というフェリーから撮影しました。この他にも広島から松山を結ぶフェリーからでも撮影可能ですが、航路がファーストビーチより離れているため、望遠レンズを持っていないと難しいと思います。

この灯標を管理していた退息所が中国化薬の敷地内に残っています。平屋コンクリート造りで明治36年3月30日に完成。ここで屋形石灯標の他、沖美町沖にある中ノ瀬灯標や小那沙美島灯台(現、安芸絵ノ島灯台)を管理していました。しかし灯標が無人化されると退息所は国から中国化薬に払い下げられます。現在は倉庫として利用されているみたいですが、明治期に建てられた退息所ですから、取り壊される事無く保存される事を願います。


位置
瀬戸内海西部(T)

 34 17.9N

 132 28.7E

 広島県江田島市沖(旧、安芸郡江田島町)

塗色及び構造

 黒色円すい形頭標2個縦掲(両頂点上向き)付

 上部黒下部黄塔形

等級及び灯質
 5等フレネルレンズ

 連続急閃光白光 QW
光度・光達距離

 660カンデラ

 8.5海里(約15km)

高さ

 地上〜頂部 7.6m

 水面〜灯火 8.3m

備考

 明治36年3月30日 平屋コンクリート造りの退息所が完成

 明治37年2月1日 初点灯。当時は真っ赤に塗られていた

 大正9年3月 石油燈からガス灯器に変更

 昭和47年12月 電化(海底ケーブルによる送電)

 昭和59年3月 電源を太陽電池(蓄電池)に変更

 昭和61年8月 北方位標識となり明暗赤光から急閃白光に変更

 昭和61年12月 レンズ大型化