広島湾灯標めぐり

広島湾には明治期に建てられた灯標が結構ありまして、明治35年の亀石灯標、明治36年の安芸白石灯標と中ノ瀬灯標、明治37年の屋形石灯標と西五番之砠灯標があります。このうち亀石灯標は建替えられてしまいましたが、残りの4つの灯標は現在も建設当時の面影を残しながら海を照らし続けています。

屋形石灯標はフェリー航路の傍にあるので、既に「広島の灯台」で紹介していますが、残りの灯標はフェリー航路から外れている上、陸上から遠い場所に建てられている為、船をチャーターしないとなかなか近づくことが出来ません。

しかし近づき難い場所ほど行ってみたくなるのが人間の悲しい性!いろいろと手を尽くした結果、安芸白石灯標に連れて行ってくれる方に巡り合い、広島湾に建つ灯標巡りが実現しました。

大竹市の玖波港を7時に出港し、阿多田島を通って40分ほどすると安芸白石灯標が見えてきます。後ろに見える山は大黒神島の櫛ノ宇根(460.3m)です。

安芸白石灯標を訪ねるまでは、屋形石灯標のようなカワイイ灯標をイメージしていたんです。もっとも広島海上保安部のHPに掲載されている画像が、航空機から撮影されていたために小さく見えたんでしょうが、実際に灯標を肉眼で確認し、船がだんだんと近づいていくと、私が抱いていたイメージが音を立てて崩れ去ったのです。そこにはカワイイどころか、空に向かって仁王立ちしている安芸白石灯標が、私にメンチ切ってきたのです。

もう感動よりもまず「デカい・・・」というコトバしか出てきませんでした。

後で確認したところ、地上から頂部まで19.8mもあり、広島県では宇品灯台に匹敵する高さだったんです。どうりで戦時中に米軍機の標的になった訳だ・・・

灯標の傍にある岩場にはカモメがひしめき合っていました。舟で近づいても知らんぷりです。

のぶ太郎「何か反応見せんかい!」

今日子先生「そんなコト言ってたら歓迎委員会にフンをお見舞いされるだけだわ」

灯標をぐるりと一周して貰っていると、釜山から広島へ向かうフェリー「ウンハ」が通り過ぎて行きました。

ウンハを追いかける格好で、小黒神島の北側に浮かぶ安芸俎礁灯標に向かいました。この灯標は昭和35年に建てられた比較的新しいものですが、中ノ瀬灯標に行く途中でもあったし、陸からの撮影が困難なために寄って貰いました。

続いて沖美町の「がんねムーンビーチ」沖に浮かぶ中ノ瀬灯標に行きました。緑一色に塗られたトンガリ灯標と言ったところでしょうか。

しかし灯標の周りには岩がゴロゴロしており、北側には素人目にも解るくらい浅い場所が存在して、一周せずにUターンしたほどです。舟に装備してあった魚群探知機のモニターには、海底が急に盛り上がってくるのが解るんですから・・・もっとも満潮だったら一周出来たと思うんですが。

中ノ瀬灯標から亀石灯標に向かう際、安芸絵ノ島灯台の傍を通ったんですが、今回はあえてパス。いずれ安渡島灯台とセットにして訪れようと企んでいます。

宮島と本土の間に浮かぶ亀石灯標です。初点灯が明35年7月13日と歴史のある灯標ですが、建替えられて現在の姿になっています。

以上4つの灯標をまわって玖波港に帰ったのが9時過ぎ。7時に出港したので、2時間チョットの海のマラソンでありました。準備に3ヶ月近く費やしたことを思えばアッという間に終わってしまった感じです。最後に今回の企画に付き合って頂いた大竹市の福原釣具店さんには、この場を借りて御礼申し上げます。

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