太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)
学問の神・菅原道真をまつる。901年右大臣から突然大宰府の役人におとされた道真は2年後、この地

で亡くなった。その墓の上に建てられたのが天満宮で、現在の本殿(重要文化財)は1591年(天正19

年)の建築である。

心字池の橋の傍らには室町時代の志賀社(重要文化財)があり、宝物殿には国宝や重要文化財の数々

の宝物が納められている。

広い境内には梅・クス・花しょうぶなど四季折々美しく、正月のうそ替え・鬼すべ、春の曲水の宴、

秋の神幸式など古い歴史をしのばせる祭がある。

 九州国立博物館(きゅうしゅうこくりつはくぶつかん)
月曜日休館
九州国立博物館は、東京・京都・奈良に次ぐ、4番目に設立された国立博物館であると同時に、他の3

館とは異なる、「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」というコンセプトを持っている。

1Fあじっぱは子供たちにアジアの多様な文化を楽しく体験してもらう体験エリア。

3F特別展示室は国内外のよりすぐりの作品を集めた展覧会を開催。

4F文化交流展示室は「海の道、アジアの路」をテーマに、日本文化がどのようにアジアと関わって形

成されてきたのか、個性的であり続けたのか、約800件の展示品を通して紹介する。

戒壇院 (かいだんいん)
奈良時代、観世音寺に戒壇院が置かれた。戒壇とは僧尼として守るべき戒律をさずける所で、ここで戒

を受けなければ正式の僧尼とは認められなかった。戒壇はここの他に、奈良の東大寺、下野(栃木県)

の薬師寺に置かれ、天下三戒壇といわれた。

本尊の盧舎那仏は平安時代末の作で、重要文化財である。江戸時代に観世音寺を離れ、現在は禅寺であ

る。

 大宰府政庁跡(だざいふせいちょうあと)
“都府楼跡”の名で親しまれている大宰府政庁跡は九州全体を治める役所大宰府があった所である。7

世紀の後半から奈良・平安時代を通じて九州を治め、わが国の西の守りとして防衛を、また外国との交

渉の窓口として重要な役割を果してきた。


現在も大宰府政庁跡の中心にはその大きさをしのばせる立派な礎石が残り、そこを中心に門や回廊、そ

して周辺の役所跡が復原され、公園となっている。

 光明禅寺(こうみょうぜんじ)
天満宮の参道をのぼりつめ、右へ曲がるとつきあたりにこの寺がある。一般に苔寺の名で親しまれてい

るように、苔で陸を、白砂で大海を表現した庭と、石を配して“光”の字を書いた石庭、そして紅葉と

シャクナゲの美しい寺である。

天神様と禅宗の教えが結びついた渡宋(唐)天神の伝承により、鎌倉時代に創建されたと伝えられる。

 竈門神社(かまどじんじゃ)

霊峰・宝満山の麓に鎮座する竈門神社。若い女性を中心に縁結び(良縁)のお神さまと親しまれ

、また厄除(やくよけ)・方除(ほうよけ)のお神さまと信仰が厚く、春のお花見や秋の紅葉は

もちろん、宝満山の登山者で一年中にぎわいます。


現在は、縁結び・方除・厄除の神として、四季を通じて宝満山に登拝する人々の心身修練の場として

、信仰の山として多くの人々に親しまれています。