石原発言と30年代状況 漂流する国民精神
    吉田司 ノンフィクション作家


出典:朝日新聞03.9.24


 またやった。困った御人(おひと)だ。外務省の田中均審議官宅に時限式発火物が仕掛けられた事件で「爆弾が仕掛けられて当たり前だ」と北朝鮮”軟弱外交”をなじった石原慎太郎・東京都知事のことである。谷垣禎一・国家公安委員長(当時)が「テロを容認するかのごとき発言」(9月12日)と批判し、保守系の産経新聞までが「これは明らかに言い過ぎであろう。・・・口がすべった部分は潔く撤回する方が賢明」(9月12日付、主張欄)と警告のホイッスルを鳴らし、波紋が広がっている。

 ただし、「口がすべった」のではない。石原都知事が<ことばの確信犯>であることは誰もが知っている。これまでも「三国人発言」や「ババア発言」、「(北朝鮮と)堂々と戦争したっていい」発言など、危険だが日本人の「時代閉塞」気分をスカッとさせる<ことばの縛博物>をバカバカ爆発させてきた。

 ただ、今回の「当たり前」発言がより危険視されるのは、それが戦後日本人の深層心理の中に隠された「1930年代問題」を直撃するからである。

 世界大恐慌が日本にも波及して<昭和不況>と呼ばれたあの時代、時の政権は浜口雄幸ライオン首相、」通信大臣は小泉又次郎(小泉首相の爺さま)だった。全国に失業者があふれる中で、三井財閥が円貨でドルを買う投機的行為=「国賊」的行為をつうじて巨額の利益をあげたとして国民的憤激を受け、それが浜口首相狙撃や三井財閥の団琢磨理事長暗殺、2・26事件や「満州国」建国へとつながっていった。あの日本人の血まみれなアジア侵略への道は、デフレ不況下における国民的憤激と右翼テロの「国賊征伐」「天誅!」思想が手を結んだときからはじまったのである――。

 今回の石原発言はその30年代の暗い歴史=軍事亡霊の復活に手を貸しかねない点で、一連の発言とはくらべものにならない深刻な質量を内包している。

 石原都知事は、よくよく世の中を見回すべきである。大銀行の不良債権処理や官僚腐敗、北朝鮮拉致問題などをめぐる国民的憤激は、ほぼ30年代レベルに達した感がある。さらに、左翼的崩壊と共に消えたはずの<行動右翼>もチラホラ姿を現した現在、「テロ容認」発言は火に油を注ぐ<邪悪な力>を持つと知るべきである。

 ファンタジー性が瓦解

 石原慎太郎という人物は『太陽の季節』以来、封建的権威や常識を嘲笑い、世の中をお騒がせする「トリックスター」(価値紊乱[びんらん]のいたずら者)として、大衆的人気を獲得してきた。なぜか。口先だけはやたら勇ましいが、本当に現実世界を転覆する実力(政治力)を持たないからである。その口ほどにもない無力な<道化性>が笑いをさそい、人を楽しませるのだ。国会議員25年間で目ぼしい実績はない。都知事2期目の現在も、銀行への外形標準課税、お台場カジノ構想など、成功はほとんどない。からっきしダメな道化者だからこそ日本人の多くが彼を愛し、許し続けてきたと思う。危険だが安全なファンタジー言語=<非リアル>な大言壮語性が、最大の魅力だったと。

 しかし、いまや世の中や「30年代」に近似したことで、慎太郎のことばのファンタジー性は急激に瓦解しはじめた。

 例えば「(北朝鮮と)戦争したっていい」発言は、自衛隊が平和憲法を順守しているからこそ危険で安全な「価値紊乱」となり得る。ところが小泉首相は「実質的に自衛隊は軍隊」と発言した(5月20日)。そうなると、慎太郎の「戦争」発言は小泉「軍隊」発言と結ばれ、一挙に<リアル>化し、単に時代のお先棒をかつぐだけの便乗発言に転落してしまう――これは明らかに価値紊乱の<ことばの力>が時代に乗り越えられ、彼らしいファンタジーが成立し得なくなったことを物語っている。

 だから問題の核心は、慎太郎自身より「時代」の側にある。いまわれら日本人は、軍隊発言の小泉首相と戦争発言の石原都知事の2人を圧倒的支持で「再選」させ、改憲派でニュー・タカ派の阿倍晋三自民党幹事長まで登場してきた。世界中から日本は「戦争立国」にカジを切ったのかと疑われても仕方がない。本当にそれでいいのか?特に、自民党総裁選でわれもわれもと小泉再選の勝ち馬に乗る議員の数は無残だった。「構造改革に反対してきた抵抗勢力の人々がどっと首相支持に回った」(朝日新聞9月21日付社説)

 「どどーっと」動く国民

 しかしそれは自民党だけではない。日朝平壌宣言から1年、「北朝鮮で拉致された日本人を救出するための全国協議会」の佐藤勝巳会長は、日本人の北朝鮮認識の変化をこう述べている。「変わりようは本当に恐ろしいほどだ。拉致が不確定の時は全く動かず、確定したらどどーっと高まってきたが、本質は何も変わっていない」(朝日新聞9月13日付)

 まわりの空気の変化で議員は「どっと」動き、国民も「どどーっと」動く。この信念なき日本人の集団行動に歯止めをかける人物もシステムもないまま、「30年代」状況は濃縮化してゆく。石原発言が危険なのではない。戦争や軍隊への歴史認識を失って、歯止めなく漂流する国民精神が危険なのである。

 

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