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        「列島誕生」はしたものの…
                    諸川麻衣(放送を語る会会員)


 「地質学は吾人の棲息する地球の沿革を追究し、現今に於ける地殻の構造を解説し…即ち我が家の歴史を教へ其成立及進化を知らしむるものなるを以て、苟くも智能を具へたるものに興味を与ふること多大なるは辯を俟たずして明なり」…これはかの宮沢賢治の文章である。賢治の時代から一世紀近く、その間プレート・テクトニクス理論が突破口となって地形・地質の成因や日本列島の形成史についての理解は大きく進んできた。にもかかわらず、この魅力的なテーマをテレビはなぜかほとんど取り上げてこなかった。そのことが平素から不満だったのだが、長年の渇きを癒すような番組が遂にこの七月、NHKスペシャルで放送された!『列島誕生 ジオ・ジャパン』…日本列島が今のような高山や数々の絶景、多様な自然環境に恵まれるようになった背景には地学上の四つの大事件があったとして、日本海誕生、伊豆・小笠原弧の衝突、西日本での激しい火山活動、東日本を中心とした急速な隆起という「事件」を、現場の映像とCGで一般向けに描いた二週連続の番組である。実は二〇一五年正月に『日本列島誕生~大絶景に超低空で肉薄!~』という番組が放送され、列島の「主素材」である付加体堆積物についてもきちんと紹介されたので、「いずれ続編=各論編が放送されるのでは?」と秘かに期待して待っていたのだった!

 
上記の四事件は誰が見ても、日本列島史上の重大イベントであることに異論あるまい。二回の番組を見た人は、日本列島の数奇な半生に驚きの目を瞠っただろう。次の日から眼前の風景が今までと違って見えるようになったとしたら、この番組は啓蒙的な役割をしっかり果たしたということになる。
 
しかし、NHKがやっとこのテーマを番組化してうれしい反面、番組内容にはいささか気になるところもあった。それは、うんざりするほど繰り返された日本賛美の言葉である。「最新研究は日本列島が地球史上まれな大事件が四つも重なって誕生した事を明らかにしました」「紀伊半島で起こった地球最大規模の噴火」全国各地の絶景も和食が奥深~い味なのも全て、この日本列島が世界の中でも特別な奇跡の島だから」…視聴者の興味を惹こうとの意図は分かるが、ちょっと行き過ぎではあるまいか?日本列島に地学上さまざまな独自の特徴があることは事実だが、他の地域にも他の独自性はある。日本が山国とはいっても、標高では台湾に及ばず、大規模な山岳氷河もない。地球最大規模の噴火は日本列島では起きていない。ホットスポット型巨大火山も大陸地殻同士の衝突もない。一方、大陸の断裂、超巨大噴火、圧縮による隆起は他にももっと凄い例が幾つもあり、極めて珍しいわけではなく、まして奇跡なわけでもない。そもそも、自然の営みに驚異はあっても奇跡などない!
 特に、科学的解説までがこの自画自賛によって歪められていた点は看過できない。一四〇〇万年前頃の西日本での火山活動を「地球史上最大規模の火山噴火」と述べたのはその最たるものだ。紀伊半島や石鎚山での噴火は、確かに今起きれば日本列島の文明を滅ぼしかねないものだが、地球上ではかつて、中央シベリア高原、デカン高原、太平洋のオントンジャワ海台など、日本列島の全体積をしのぐほどのマグマを噴出し、生物の大量絶滅を引き起こした噴火があった。西日本の噴火などその数百~数千分の一の規模だろう。また番組は「大陸の縁が引きちぎられるのは地球史上でもまれな現象」と述べたが、大陸縁での断裂はまさにアフリカ東部の大地溝帯で今起きており、それによって紅海やアデン湾もできている。なぜ「日本唯一」に固執してこんな常識的事実を無視したのか、いささか悲しい。また、西日本での隆起の原因として比較的暖かく浮力に富んだフィリピン海プレート自体に言及しなかった点、三百万年前からの隆起に関してインドとユーラシアの衝突に伴う東向きの圧力という見方に触れなかった点など、通説をあまりに無視していたのも気になった。
 そして、派手すぎて嘘っぽいCG。大陸の断裂を映像化したいならアフリカ大地溝帯を、伊豆・小笠原弧の衝突なら、今の丹沢で起きていることを映像化すればよかったのに、「地球史上まれ」「奇跡」という謳い文句に囚われ、現実に学ぼうとしなかったのか?対照的に、最後に紹介された、砂山に雨を降らせて侵食させる実験の映像は感動的だった。隆起が今の列島の地形を維持していることを、そしていつかはなだらかになってゆく宿命を実写でまざまざと示したからだ。 願わくば、科学を変な愛国主義に奉仕させず、もっと冷静で知性に訴えるシリーズ番組を衛星放送で企画してほしい。事件ならあと十個以上は揃っているのだから。
                         (2017年10月号より)


       テレビ国会中継での 気・づ・き

                
      五十嵐吉美(放送を語る会会員)

 「生まれた赤ちゃんの映像でね、一人ひとりの命が大事にされる社会になってほしいと思った」――「映像で語る―わたしたちの日本国憲法」(監修/杉原泰雄、全30巻、憲法施行50年企画・制作・サントリー株式会社/イメージユニオン/2004年DVD発売)を見た参加者の感想だ。憲法を基礎から学ぼうとつがる女性9条の会が3月から毎月1回開いているDVDでの学習会。この日のテーマは、「基本的人権」。相模原・やまゆり園障害者殺傷事件から一年の報道に接していた参加者それぞれに、多言を要せず気づかせてくれたのが、赤ちゃんの映像だった。「最近のテレビってつまらない番組ばっかり、でも国会中継がおもしろいってみんな言ってる」というおしゃべりのおまけがついて帰宅したら、まさに国会中継中。加計学園問題、自衛隊PKO「日誌」問題に関する閉会中審査だ。見た。

国会中継のテレビは何を伝えたか
 「記憶にございません」―40年前ロッキード事件証人喚問で使い古された「記憶」という言葉がよみがえるとは…。野党の追及をかわそうと「記憶にないということは、言っていない」と強弁する参考人。冷静さをよそおっても発言の時に目が泳いだり、しどろもどろでやたらと言葉をついやし、「丁寧に説明」する約束だった安倍首相も丁寧だったのは低姿勢な口調だけ、というのが理屈抜きでわかった。
 夜のニュース番組の街のインタビューでそのことを指摘した女性たち。不支持率では女性の方が高いというのもうなずける。なんせ直感的にわかってしまうのがテレビ。
 国会中継ではいつもカメラは定位置だが、その夜の「報道ステーション」、委員会室に入った独自カメラの映像を流した。これが、面白かった。参考人として並んだ前川元文部事務次官とキーパーソンといわれた和泉首相補佐官二人の表情をとらえ、答弁しなければならない安倍首相が山本幸三地方創生大臣に答弁を指示する場面、野党の質問を聞いている稲田防衛大臣の不安げな表情もしっかりキャッチ。これらの映像は多くのことを伝えてくれた。
 二日間の閉会中審査で疑問が数多く残った一方、加計学園問題でも南スーダンPKO「日報」問題でも、安倍政権にとって不都合なことはごまかしたり、過去の国会答弁を変えてしまったり、あるはずの記録や公文書を廃棄(隠ぺい)していることがわかった。「国家戦略特区」この仕組みが曲者だ。ネーミングであたかも国家のために政治を行っているように見せかけみずからが責任者となって獣医学部新設を一校に限り加計学園に決定した安倍首相に、自民党内からも公私混同だと批判が上がった。

浮上したNHKの報道姿勢
 民放テレビはこの間、「このハゲェ~」と録音された音声と東大卒豊田議員のお姿とのギャップ、「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願い」した稲田防衛大臣のありえない選挙演説、「こんな人たちに負けるわけにはいかないんです」と拳を振り上げた安倍首相の秋葉原街頭映像をお茶の間に届けた。また菅官房長官に食い下がった女性記者の声も聞かせてくれた。
 NHKはどうだろうか。6月23日日本記者クラブにおいて前川元文部次官は、加計学園獣医学部新設問題で「私に最初にインタビューをしたのはNHKだが、その映像はなぜか放送されないままになっています」と指摘。さらに「朝日新聞が報じる前夜にNHKは報じたが、核心部分は黒塗りにされた。これはなぜなんだろう」と疑問を発した。
 「あったものをなかったことにはできない」「政治がゆがめられた」と発言し、ここまで問題を明らかにした前川さんに「あっぱれ!」を差し上げたい。NHKの番組「ガッテン!」は好評だが、一連の報道姿勢は〝合点〟がいかない。「喝!」だ。しっかりと説明してもらいたい。
 
「安倍一強」の政治に、「自民党っていやね」「なんかおかしくない?」と批判が渦を巻いて吹きあがった。日本社会が試されている。 8月のDVD学習会のテーマは「参政権」だ。
                           (2017年9月号より)


      NHKにも「視聴者に対する説明責任」を
        〜視聴者と結ばれる新たな回路として~
                       高野真光(元NHK記者)

「公共放送であるNHKはスポンサーが誰であるのか忘れているのではないか」。そんな趣旨の話を友人や知人の口から聞かされることが多くなった。安倍政権の足下を揺るがしている森友学園、加計学園をめぐる様々な疑惑。それらに関するNHKの報道を通してそのように感じる視聴者が増えているのであろう。森友学園を巡るNHKの報道が、新聞や民放に比べて立ち遅れたことは事実である。加計学園を巡っては、文部科学省の内部文書を入手しておきながら、その意味がわかるような形で放送できず、前川喜平前文科次官のインタビューも放送できなかったことが明らかになっているのだ。
「NHKは政府の方を向いて仕事をしているのか視聴者の方を見て仕事をしているのか」と問われても反論の余地はない。こうした報道姿勢は、毎日新聞のメディア時評や週間プレイボーイなどでも取り上げられ、NHKの報道に対する信頼を損ねることになったと言わねばなるまい。
 今、NHKは視聴者とどれほど真摯に向き合っているだろうか。そんなことを考えたときに思い出したことがある。それは「視聴者に対する説明責任」という考え方である。日本ではあまり馴染みのない言葉だが、出典はイギリスの公共放送BBCである。この考え方自体に小難しい説明は不用だろう。視聴者に真摯に向き合おうとするBBCの姿勢が読みとれればそれで十分だと思う。
 BBCにこの考え方が生まれたきっかけは、2003年5月のイラク戦争を巡るラジオ番組での報道だったという。イラク戦争終了後に大量破壊兵器が発見されなかったことについてBBCの記者が、イラク戦争開戦前のブレア首相の発言が「誇張されたものだった」と指摘したのだが、この発言に首相が反発し、紆余曲折を経て時のBBC会長と経営委員長の辞任にまで発展する事態となったのである。
 記者の指摘が正しかったことは後に証明されたのだが、この一連の出来事を受けてBBCは報道姿勢の全面的な見直しを行い、その中で「視聴者に対する説明責任」の重要性が浮かび上がったのである。そのときの内部報告書には次のようにある。
 「BBCがまず忠誠を尽くすべきは視聴者に対してであり、BBCの報道に対する信用はBBCと視聴者との結びつきにとって不可欠である。BBCは間違いを犯したときにはそれをオープンに認め、明確に謝罪し、そこから学ぶという組織風土を推奨しなければならない」(「放送研究と調査」2017年2月号P65)
 このように「視聴者に対する説明責任」は、BBCがイラク戦争をめぐる報道から得た貴重な教訓である。BBCはこの考え方を単なるお題目にはしていない。これをもとに苦情処理のシステム全体のあり方を見直すとともに、その考えを具体化するための定時番組を設けたのだ。
 その番組は「NewsWatch」という。2004年に始まり今も続いている。放送は、毎週金曜日の21時半から15分間である。番組の素材はその週に視聴者からBBCに寄せられた“苦情”である。ご意見やご要望ではない。BBCははっきり“complaint”と表現している。番組のホームページには専用の苦情受付のフォームが設けられている。また、制作に当たるのは広報セクションではない。政治番組を扱うセクションである。その週の苦情の中から主要なものを担当者が説明したり、場合によっては反論したりもするという。一度だけの説明で視聴者が納得しないケースもある。その場合は、改めて取り上げることもあるという。説明責任を重視するBBCの姿勢は並大抵のものではないと感じる。
 今のNHKに十分とは言えないのが、「視聴者に対する説明責任」の考え方ではないだろうか。NHKに「NewsWatch」のような番組があれば、今回の“もりかけ疑惑”に関する報道に関して寄せられた視聴者からの多くの批判の声にも放送を通じて真摯に答えねばならなかったはずである。また、「政治との距離」の取り方にも細心の注意を払わざるを得なくなるだろう。
  ここに紹介したBBCの取り組みからは、BBCが公共放送の責任としていかに視聴者に真摯に向き合っているかが伝わってくる。それは、BBCをお手本としてきたNHKも見習わねばならないことである。このような番組をNHKが放送することは難しいことではないはずだ。番組を新設するにあたって、その狙いを「視聴者に対する説明責任をよりよく果たすため」と説明すれば、視聴者からの信頼向上にも一役買うことになるだろう。NHKが視聴者と真剣に向き合おうとしている証にもなる。視聴者からは“視聴者とNHKを結ぶ新たな開かれた回路”として歓迎されるはずだ。
                            (2017年8月号より)


    ジャーナリストの連帯によるファクトチェックを
      ~番組「沖縄 さまよう木霊」が提起したもの~
                       戸崎賢二(放送を語る会会員)

 沖縄で基地反対運動に取り組む人々にたいするいわれない誹謗中傷がネットで広がっている。いわく、現地で運動に参加している人々は日当を受け取っている、反対派は過激派でテロリストたちだ、反対派が救急車を妨害した、等々。こうしたデマ情報をネトウヨ(ネット右翼)が拡散していることは知っていたが、れっきとした地上波の放送局が同じような主張を公然と放送するとは予想もしていなかった。
 東京MXテレビが1月2日放送した「ニュース女子」は、こうしたネトウヨと同様の主張を、現地に派遣したリポーターの「取材」と称して伝えていた。反対する人びとは危険だから近づかないなどとリポートし、「僕はテロリストと言って全然大げさでないと思います」などとコメントしていた。
 出所不明の封筒に書かれた「2万」という文字を根拠に反対派の人々に日当が払われている、との印象を作りだしたほか、反対派は救急車の通行を妨害し、ずっと止めていた、という「現地の人」の証言も組み込んでいる。
 この番組では、ヘリパッド建設反対運動を支援している「のりこえねっと」と、共同代表の辛淑玉氏が名指しで批判されていた。辛淑玉氏は、虚偽の情報によって名誉を毀損されたとして、BPO放送人権委員会に申し立てを行った。
 BPOは5月16日、この申し立てについて審理要件を満たしていると判断、審理入りを決定した。また放送倫理検証委員会も、放送倫理の上から検証するために、すでに2月に審議に入っている。この経過からみて、BPOがこの番組を相当に問題視していることが推測できる。
 こうした中で、関西をエリアとする準キー局のMBSテレビが今年1月29日に放送したドキュメンタリー「沖縄 さまよう木霊~基地反対運動の素顔~」が注目を集めた。
 この番組は、5月28日、日本ジャーナリスト会議と放送を語る会が都内で開催した集会「”沖縄ヘイト”を考える」で紹介されたほか、台本など番組そのものの記録全編が『放送レポート』誌17年5月号に掲載されている。
 番組は綿密な取材と調査で、「ニュース女子」の内容に疑問を呈し、ネットにあふれる「沖縄ヘイト」の言説がウソであることを次々に明らかにした。反対派には沖縄県人はいない、とするデマや、日当を受け取っているとする報道には、現地で座り込みを続ける農民の日常の取材が事実上有力な反論になっていた。
 ネットで、反対派住民が救急車を襲撃し、内部に入り込んだとする動画が大規模に拡散されたが、この件についても管轄の消防本部に再三確認して「救急車への妨害行為はなかった」という本部長の言明を引き出している。
 また、辺野古や高江で反対行動に参加した男性が、ネット上では成田闘争に加わった過激派であると名指しされ、勤務先の病院に脅迫めいた文書が届いたが、番組は、この男性が成田には行ったことなどない、ごく普通の市民であることを明らかにした。
 このような優れたドキュメンタリーが、関西だけでしか見られなかったのは残念というほかない。「ニュース女子」はその後も最初の放送内容が妥当だ、と主張する番組を放送しており、ネット上では「さまよう木霊」担当ディレクターに対するバッシングもある。こうした状況を追加取材し、系列キー局のTBSが全国放送すべきである。
 この番組が提起したのは、まともな取材者が事実を追求していけば、ネット上のニセ情報や「ニュース女子」のような偏向した放送内容を検証し、反駁できるということである。
  ネット上のデマ言説が信用されるはずがない、と軽視してはならない。実は深刻な事態なのである。とくに学生や若い世代はテレビも新聞も見ないで、ネットから情報を得ている。
 人々の政治判断にデマ、フェイクニュースが影響を与えるとすれば民主主義の根本が脅かされることになる。
 社会的に責任のあるメディアのジャーナリスト、社会の真実に迫る活動を続けているフリージャーナリストが連帯してファクトチェックの組織を立ち上げることはできないだろうか。その上で、新聞なら「今週のフェイクニュース」という常設の欄を作ることはどうだろう。NHKは夕方の「首都圏ネットワーク」で、「ストップ詐欺被害・私はだまされない」という優れたコーナーを設けている。これに倣って、「ストップ、フェイクニュース・私はだまされない」などというミニ番組を考えてほしい。
 これらは一種の思いつきで、とても現実的な提案とは言えないかもしれない。しかし、ネットに押されっぱなしの既成メディアにとって、その存在価値を示し、ネット依存世代の信頼を回復する重要な作業になるのではないだろうか。
                           (2017年7月号より)


        メディア状況への認識を深めた集い
                    服部邦彦(放送を語る会・大阪)

 四月八日、大阪市内で、「これでいいのか日本のメディア」と題した集会が開かれ、主催者の予想を上回る会場いっぱいの市民が参加。 (主催は「NHK問題大阪連絡会」、「JCJ関西」、「大阪革新懇」、「放送を語る会・大阪」で構成する実行委員会。「民放労連近畿地連OB会」が後援)
 問題提起は、隅井孝雄さん(日本ジャーナリスト会議共同代表、元京都学園大学教授)。
   
   安倍政権の圧力の中で「報道の自由度」72位 
 隅井氏は、内外のニュース映像を交えながら日本のメディアの現状、欧米メディアの動向などを詳しく報告された。
 まず、「国境なき記者団」が発表した2016年の「報道の自由度ランキング」で日本は世界72位、2010年の11位から大きく後退。それは、2011年の福島原発事故の際の放射能拡散状況の報道が非常に不十分だったこと、第2次安倍政権になってからの度重なる報道への干渉、テレビキャスターの相次ぐ降板、高市総務大臣の「電波停止」発言などが国際的に信頼度を低下させたと解説された。海外でも日本のメディア状況をよく調べ、危惧していることが分った。
 続いて隅井氏は、安倍政権が秘密保護法に続く共謀罪の制定などによりメディアの取材の自由を制約しようとしている。また、総務省による報道番組への行政指導、自民党の集会でのメディア攻撃、その中で、安倍首相とメディア幹部の会食が昨年だけで15回も行われていることなど、安倍政権と自民党による数多くの介入、圧力の例を紹介された。
 隅井氏が指摘した状況のもとで、メディア側の自粛が進み、「戦争法」の国会審議の報道でも一部メディアを除き政権に追随する報道が目立ち、参院選挙中の選挙報道が大幅に減ったことが、私たち「放送を語る会」のモニター活動でも検証されている。

   NHK籾井会長の再任阻止は市民運動の大きな成果
 NHKの問題では、安倍政権が、三年前に安倍首相の眼鏡にかなった会長を送り込んだ。その会長が公共放送のトップとしての適格性を疑わせる言動を繰り返したこと、NHKが政権寄りの報道を続けたことに、視聴者・市民から抗議や批判が続いた。三年間にわたりNHK籾井会長の辞任要求・再任反対の取組みと、公正な報道を求めて展開された市民運動の成果は重要だ、と隅井氏は指摘された。署名や抗議活動に取り組んできた私たちも改めてその思いを強くした。
 上田良一新会長は就任会見で「公共放送の役割をしっかり果したい」、「自主自立の立場から、公正・公平・不偏不党の立場を貫く」と表明した。財界出身の人物ではあるが、新会長の今後の動きを見守っていくことが大切だと思っている。

   フェイクニュースが横行
 隅井氏は、米大統領選以来、トランプ陣営によってツイッターなどのSNSも使ったフェークニュース(偽のニュース)が散々流され大きな問題になったと報告。これは「ポスト真実」と言われる政治状況(客観的事実よりも感情的な訴えかけの方が世論形成に大きく影響する状況)である。これに対し、米メディアは果敢に闘いを挑み、「ファクトチェック」(事実確認)や「スローニュース」(時間をかけた徹底的な調査報道)という編集方針も取り入れていることなどを紹介。
 次いで、ヨーロッパでのポーランド市民や英BBCの闘い、「EU報道の自由憲章」も紹介された。初めて聞く話も多く欧米のメディア状況がよく理解できた。
 日本でも、東京MXテレビが、沖縄基地反対の運動をしている人達を「テロリスト」「日当をもらって参加している」などのフェイクニュースを放送し、市民の抗議が殺到。事実の検証によって「嘘の情報」だったことが判明した。今後も、フェイクニュースに対する警戒・見極めが大切だと感じた。

   メディア改革についての提案 
 最後に、隅井氏は、メディア改革について、①秘密保護法からメディアの取材規制を除外、②放送法第4条の「公平原則」を削除、③BPO(放送倫理番組向上機構)に放送の管理監督を移管、④政府の行政指導を禁止、⑤「メディア報道憲章」を新設、⑥「ファクトチェック」の強化、を提案されたが、今後の運動の方向に大きな示唆となると受け止めた。
 問題提起を受けての討論では、参加者から活発な意見が出され、また、集会後のアンケートでも多くの意見や感想が寄せられた。
 主催者の一人として、集会の成功を実感するとともに、今後の闘いの展望と活動の方向を持つことができた。また、「フェィクニュース」、「ポスト真実」、「ファクトチェック」など最近よく使われる用語が身近なものとして理解出来た。
                            
(2017年6月号より)


   テレビが改めて問いかける 「ジャーナリズムとは何か」
                     諸川麻衣(放送を語る会会員)

 「すべての政府は嘘をつく」…これは、一九二〇~八〇年代に活躍した米国人ジャーナリスト、I..ストーンの座右の銘である。ストーンはニューヨークポストなどで記者として活動した後、一九五三年から『週刊I..ジャーナル』紙を発行、最盛期には七万の読者を擁したという。生涯に取り上げた問題は、ニューディール政策、第二次世界大戦、マッカーシズム、冷戦、パレスチナ問題、公民権運動、ベトナム戦争など多岐にわたる。彼は、政府発表や公表されたデータを精緻に読み込んで分析するという学究的で地道な作業により、政府の嘘を暴いていった。ベトナム戦争で北爆開始のきっかけとなった一九六四年夏のトンキン湾事件に関して、「北ベトナムの攻撃」とする政府発表に疑問を呈し、後に政府の陰謀が裏付けられたことは、その真骨頂として名高い。
 今年二月一、二日、その名も『すべての政府は嘘をつく』と題する番組がNHKのBS1で放送された。ストーンの報道姿勢を受け継ぎ、政府や大手組織メディアが黙殺するテーマに挑む現代の独立系ジャーナリストたちの活動を追った、オリバー・ストーン製作総指揮のドキュメンタリー(カナダ、二〇一六年)である。「ポスト真実」「オルタナティヴ・ファクト(別の事実)」で批判的注目を集めるトランプ新政権発足に合わせた、格好のタイミングでの放送であった。
 番組には、主要メディアが取り上げないトランプ支持者を丁寧に取材するマット・タイービ、アメリカに密入国したメキシコ人たちの遺体が秘密裏に埋められた事実を掘り起こすジョン・フライ、米軍のドローンによる民間人殺害を追うラジオ番組『デモクラシー・ナウ』のエイミー・グッドマン、ストーンを師と仰ぐ映画監督マイケル・ムーア、スノーデンの告発の取材で知られるグレン・グリーンウォルド、哲学者のチョムスキーらが登場、「政府の嘘」を暴く独立したジャーナリズムが民主主義社会にとっていかに不可欠であるかを考えさせてゆく。
 番組内容は、題名から予想されるのとは少し異なり、必ずしも「嘘をつく政府対ジャーナリストの闘い」を描くものではない。むしろ、アメリカの大手組織メディアがいかに重大なテーマから目をそらし、ジャーナリズムとして機能不全に陥っているか、独立系ジャーナリストたちがいかにその現状に危機感を持ち、ジャーナリズム本来の任務を果たそうとしているかを前面に出し、政府批判よりもメディアの現状批判の側面が強かったと言える。
 この番組の放送直後、同じ問題意識に貫かれた日本のドキュメンタリー番組が放送された。二月六日のNNNドキュメント『お笑い芸人VS原発事故 マコケンの原発取材2000日』である。お笑い芸人「おしどり」のマコ・ケン夫妻は、福島第一原発事故直後に政府発表の信頼性に疑問を抱き、参考文献を読み漁って放射能被害について一から勉強した。そして東電の記者会見の常連出席者となり、現地で取材した情報を基に鋭い質問で隠された事実を暴き、今や東電や原子力規制委からも一目置かれる存在になっている。福島の被曝問題に関しては、アメリカの独立系ジャーナリストの役割をこの「お笑い芸人」夫妻がかなり果たしているわけである。ここでも、真実を隠す加害者側の体質とともに、それをしっかり暴けていない組織ジャーナリズムの力不足が浮かび上がる。マコが二〇一六年の「平和・協同ジャーナリスト基金 奨励賞」を受賞したのは不思議ではない。
 この二番組を一見すると、ともすれば既成巨大メディアの現状に絶望してしまうかもしれない。だがそれは性急過ぎるだろう。『すべての政府は嘘をつく』は、巨大メディア・NHKで放送され、その後に映画上映も始まった。マコ・ケン夫妻が記者会見に出席できるよう雑誌に連載枠を設けたのはある大手週刊誌の編集者であり、夫妻の活動は今回、日本テレビという大手民放の番組によって多くの人に知られるようになった。大手組織メディア内に、独立系ジャーナリストの活動に共感して支援し、それによって真実を報道しようとする良心的な人々が確かに存在するからこそ、こうしたことが可能になったということも、見落としてはならないと思う。
 筆者は、『お笑い芸人VS原発事故』ラストの「自分で知って調べて考えることは誰にでもできる。大切なのは、中立ではなく独立すること」というマコの言葉に胸を打たれた。と同時に、両番組を見た人は、ストーンとマコ・ケン夫妻に共通する武器に思い当たるのではないかとも感じた。古くはアリストテレスが注目し、ヴォルテール、宮武外骨、飯沢匡らも駆使した武器、すなわち「笑い・ユーモア」である。
                          (2017年5月号より)


         無防備なまでの正義感の魅力
          『SEALDs untitled stories』を読んで

                       府川朝次(放送を語る会会員)

 歳のせいだろうか。涙もろくなっている。尾崎孝史著『SEALDs untitled stories』(Canal+社 以下『シールズ』と略す)を読みながら私は涙が止まらなかった。この著書に登場する若者たちの、あまりにも純粋な無防備ともいえる正義感に打たれたからだ。
 安保関連法案反対に立ち上がった学生団体SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)が産声を上げたのは二〇一五年五月。以後これに賛同する若者の組織が全国に生まれ、大学生のみならず各地で高校生の間にも安保法案反対のグループが結成され、学生たちによる反対運動は急速に盛り上がっていった。二〇一五年九月一九日強行採決によって安保関連法案が国会を通過したのちも、彼らは参議院選挙での野党共闘を訴え、その実現に大きな影響力を及ぼした。
 なぜ多くの若者たちがかくも深く運動に関わっていったのか。テレビでもシールズに関する報道は決して少なくはなかったが、そこに集う人々の人生や心情にまで立ち入って伝えたものはなかったのではないか。これに対し『シールズ』に登場する若者たち一人一人は、自身の生い立ちや思いを実に率直に語っている。たとえばある女子学生はいう。「戦争が漠然と怖いから。私は三〇年後に好きなことをして好きな人と生きて『ああ、日本は一〇〇年間も戦争していないんだ』って言おうと決めてるんです」。なんと素直な、それでいて強い言葉なのだろう。こうした個々人の思いが結集した時、強い力を生み出すことをこの言葉は示していないだろうか。
 本書の著者であり撮影者でもある尾崎孝史は、『AERA』や『週刊朝日』のグラビアを手掛けたこともある気鋭の写真家である。二〇一五年六月、渋谷の小さな公園で行われた若者たちの集会に顔を出した彼は「何かこれまでと違うことが起きている」と感じたという。ジャーナリストとしての鋭い嗅覚は、以後尾崎をシールズの運動を記録することへと駆り立てていった。北海道から沖縄まで全国各地で繰り広げられた反対運動を写真として記録する傍ら、彼はそこに集う若者たちへの聞き取りを始めた。対象にしたのは高校生、大学生、若い社会人。その膨大なインタビューの中から二七人の証言を反対運動の記録とともに編んだのが『シールズ』である。
 運動に参加するまで、彼らはごく普通の若者たちだった。バレリーナを夢見て世界各地で修業を重ねてきた大学生、プロのテニスプレイヤーを目指してテニス三昧の日々を送っていた女子学生、「デモってなんか宗教っぽいな」と冷ややかな目で見ていた青年。しかし彼らは安保関連法の中に戦争のにおいを強く感じ取る。「なんかやばいことが起こっているようだ」「このままいったら怖い」。そして黙って見過ごせなくなる。そうした感覚を養うきっかけに三・一一の福島第一原発の事故があったと答えている若者が複数いることは興味深い。安全神話が崩壊した時、彼らが知ったのは国家の欺瞞であり隠ぺい体質だった。「原発事故をきっかけに日米の密約や地方への国策の押し付けの実態を知り、原発と沖縄の基地が似ていることに気付いた」青年(大学生)もいる。原発に反対する人たちを「事故なんて起こるわけがない。危機感をあおっているだけだ」と冷ややかな目で見ていた女性は、「自分たちの幸せや自由は与えられたものじゃなくて自分たちで守らなければいけないのだ」と知り行動を開始する(十八歳フリーター)。
 若者たちとの会話を重ねてきた尾崎は思う。「保身と忖度に長けてしまった私たち、大人の心を揺さぶった無防備なまでの正義への衝動。彼らの一番の魅力はそこにあったと感じている」。私も同感である。無防備という言葉の裏には一途さの持つもろさ、危うさもあろうが、それ以上に政治家の「ウソ」を鋭く見抜いた彼らの透きとおった眼は限りなく魅力的だ。
 本書には「未来へつなぐ27の物語」という副題がついている。二〇一六年八月シールズは解散した。しかし、彼らが巻き起こした旋風は決して一過性のものではない、と尾崎は言いたいのだ。「『若い人は政治に無関心』とか『政治の話はタブー』というのは大人がつくりだした空気じゃないですか。大人が勝手に作ったものはぶっ壊してやろう!って。空気を変えることができるのは私たち若者です」。こう言い切る女子高生は、しっかり未来を見据えている。「未来へつなぐ」芽は確実に育っている、そんな希望を与えてくれるのが本書である。                                         (文中敬称略)
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         東京裁判「から」のまなざし
                     諸川麻衣(放送を語る会会員)        
 昨年十二月、NHKで『NHKスペシャル ドラマ 東京裁判』(一時間×四本)が放送された。番組のサイトによれば、「NHKの企画原案による、カナダ、オランダとの国際共同制作」で、「判事役を演じる俳優たちの多くは、それぞれの判事の母国出身」とのこと。「NHKは世界各地の公文書館や関係者に取材を行い、判事たちの公的、私的両面にわたる文書や手記、証言を入手した。浮かび上がるのは、彼ら一人一人が出身国の威信と歴史文化を背負いつつ、仲間である判事たちとの激しいあつれきを経てようやく判決へ達したという、裁判の舞台裏の姿だった。…人は戦争を裁くことができるか、という厳しい問いに向き合った男たちが繰り広げる、緊迫感あふれるヒューマンドラマ。」とうたわれている。
 取材で集めたという上記史料が公表されていないので、それらの内容、番組中での扱い方、またドラマとして当然必要な脚色がどの程度だったのかについては検証ができない。あくまでそれを前提としてだが、あえて判事のみに焦点を当てて、見応えのある重厚な歴史劇になっていたと感じた。
 その要因の一つは、十一人の判事が、東京裁判否定論者が口を揃えて言う「検察の言い分そのまま」ではなく、自己の信条に基いて判断していたこと、アメリカ主導でなく本格的な多国籍裁判だったことが浮き彫りにされていたこと。
 第二に、オランダの判事レーリンクを事実上の主人公にしたこと。当初彼は、インドのパル判事同様、極東国際軍事裁判所条例の枠組に批判的だった。しかし公判を通じてその考えは変わってゆき、裁判の問題点を批判しつつも、「平和に対する罪」の概念も、通例の戦争犯罪による死刑判決も是認するに至った。レーリンクはその後も国際法の専門家として国連などで活躍し、平和研究所を創設して平和についての研究に生涯を捧げた。粟屋健太郎氏が述べるように「まさにレーリンクは東京裁判の後、ニュルンベルク・東京裁判の法理を国際法のなかに定着させるよう献身したのであった。」レーリンクを軸にすることで、東京裁判の歴史的意義、その中での各個人の役割が生き生きと伝わってきたと感じる。
 第三に、一般には見過ごされがちな事実を改めて確認したこと。例えば、「平和に対する罪」での死刑判決はなく、死刑はあくまで通例の戦争犯罪に対してであったことは、あまり知られていないのではないだろうか。
 第四に、当時のモノクロの資料映像に着色することで、ドラマ部分とうまく融合させ、時代の雰囲気を伝えていたこと。モノクロ映像への着色は、ドキュメンタリーでは資料価値を無にするだけだと思うが、ドラマでは有効だと感じられた。
 反面やや未消化だったのが、オーストラリアのウェッブ裁判長の位置付けである。例えば、イギリス・カナダなどの判事(いわゆる「多数派」)がウェッブの能力に疑問を抱き、ウェッブが突然一時帰国する一幕がある。この帰国の理由には諸説あり、ドラマと同様「多数派がGHQに働きかけた」とするものもあるが、「ウェッブは天皇訴追に前向きで、これを危惧したアメリカ側が一時裁判長からはずした」との説もある。ウェッブは「多数派」の最終判決とは別意見で、最高責任者が訴追されていないのに部下に死刑を適用するべきではないとした。彼は確かに独断的で傲慢だったらしいが、判事中では戦争犯罪に最も精通していた人物で、公正な審理ができるよう弁護側に助言もしたという。矛盾に満ちた、ある意味でなかなかドラマ向けの人物だったのではないか。残念ながら今回はその「魅力」を活かし切れなかったようだ。
 東京裁判は近年、さまざまな関連史料が日の目を見て、歴史学の対象として、また司法上の事件として精緻な研究が進みつつあるという。私たちはようやく、東京裁判を政治問題ではなく歴史上の出来事として客観的に評価できる時期に来たのかもしれない。それだけではない。戦争違法化、市民の生命・人権保護、常設の国際刑事裁判所の設立という世界の流れの中で私たちには、東京裁判の問題点を克服し、真に戦争を防止できる実効的な国際法を確立してゆく課題が課せられている。私たちが東京裁判を振り返る以上に、東京裁判の方こそが私たちを見つめ続けているのかもしれない…見終わってそんなことを考えさせられたドラマであった。
 最後に一点。判事たちの苦闘とその成果、そしてその後の国際法の発展を踏まえると、番組で再三繰り返されたナレーション「人は戦争を裁くことができるか」は、今の私たちの立場からしても、当時の判事たちの立場からしてもやや控え目すぎたように感じられる。むしろこう言うべきだったろう…「人はどうすれば戦争を正しく裁けるのか」と。
                            (2017年3月号より)


       議論を一歩前へ 放送制度改革を視野に
            ~「籾井再任阻止」後を考える~
                          小滝一志(放送を語る会事務局長)

籾井NHK会長再任を阻止した市民の声
 昨年126日、NHK経営委員会は次期会長に経営委員上田良一氏を選任しした。籾井再任を阻んだのは就任直後から沸き上がり、最近まで続いた視聴者・市民の罷免・再任反対の声だった。 2014125日、「政府が右というものを左とは言えない」と「放送の自主・自律」をないがしろにする発言が飛び出した籾井会長就任記者会見。翌日から各地の市民団体の抗議・申し入れが相次ぎ、2月末には、7市民団体が「籾井会長、百田・長谷川両経営委員罷免要求署名」を開始。ほぼ3年間取り組まれ、2016年末には全国47都道府県から8万筆を越える署名が寄せられた。
 昨年8月には21市民団体が呼びかけて新たに「籾井再任反対、推薦・公募制を求める」署名運動が開始され、ほぼ3か月のとりくみで35,000筆を越えた。NHK経営委員会宛の申し入れと署名提出は新旧併せると23回に及び、署名呼びかけ団体は、旧署名7、新署名21。この間、全国でNHK問題を考える視聴者団体が急増し運動の裾野が大きく広がった。
 籾井任期切れの近づいた昨年は、「籾井NO!」の抗議行動も相次いだ。緊急院内集会(3/410/4)、東京澁谷NHK放送センター門前集会(6/1411/21)、「会長選考過程の抜本改革」を求める全国27市民団体の申し入れ(5/97/11)などのほか、全国各地でもNHK地方放送局に対して市民団体の抗議行動が展開された。 
 こうした動きの延長線上で、NHK全国退職者有志が次期会長推薦運動を始めた。NHK全国退職者有志は、市民団体と労働組合の性格を併せ持つようなやや異色の集団で、籾井の任期が1年を切った昨年7月、メディア研究者や元経営委員などの協力も得て「次期会長候補推薦委員会」を立ち上げ、122日に、作家・落合恵子、元日本学術会議会長・元東大副学長広渡清吾、NHKOG・元東京学芸大学学長村松泰子の3氏を推薦する名簿をNHK経営委員会に提出した。経営委員会・会長指名部会では残念ながら議論の対象にはならなかったようだが、NHK会長の公募・推薦制を求める運動を質的に一歩前へ進めたと言えよう。
 次期会長に上田良一氏が決まって数日後の1210日、市民団体との懇談の席で、あるNHK地方局幹部は「私も含めNHK職員の95%は良かったと思っているだろう。籾井会長を再任させなかったのはみなさんの運動の力」と述べた。  

「人事」めぐる闘いから「制度改革」へ
 就任直後「籾井罷免」要求で始まった署名活動は、任期切れを控えた昨年8月「籾井再任反対」に加えて、新たに会長選任システムに「推薦・公募制採用」の要求を掲げた。この要求は、経営委員会が決断し「会長任命内規」を変えれば実現できるもので、放送法改定を伴わない極めて控えめの要求だった。
 しかし、35,000筆の「推薦・公募制採用」要求も、後にNHK退職者有志が提出した「次期会長候補推薦名簿」も経営委員会は全く無視し、閉ざされた密室作業に終始した。民意には硬直した姿勢しか示さぬ経営委員会だが、一方では籾井会長選任時の安倍政権幹部の関与は明らかであり、今回も政権の干渉に毅然と対処できていたのか経営委員会の自立性には疑いが残る。
 放送法31条により経営委員は「両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命する」。国会同意人事にもかかわらず安倍政権が内閣任命人事のごとく「お友達人事」を強行したことは記憶に新しい。
 私たち市民運動は、今後、「会長人事をめぐる闘い」から「会長・経営委員の選任システム」という制度改革に視野を広げることが求められているのではないか。

〇 放送制度改革を野党連合政権のマニフェストに
 昨年2月、放送法4条(いわゆる番組編集準則)、電波法を恣意的に解釈した高市総務相の「停波」発言が放送界全体を揺るがし、著名なテレビキャスター、メディア研究者、市民団体の間で、放送行政を総務省が管轄していることへの強い疑問が沸き起こった。行政から独立した第三者機関に放送の規制をゆだねるのが世界の趨勢になっているからだ。
 4月、「表現の自由」に関する国連報告者として調査のために公式に訪日したデービット・ケイ氏が「放送法4条を廃止し、政府はメディア規制から手を引くべきだ」と提言、メディア関係者の間に論議を巻き起こした。
 10月には奈良県の視聴者が放送法4条の「遵守義務」確認を求めてNHKを提訴した。今後の市民運動の中で放送制度改革に向けた議論を深める際、放送法4条の扱いも避けて通れない。

 一方、政治に眼を転ずると野党と市民の共闘が実を結びつつあり、共通政策の検討も開始されたと聞く。籾井罷免・再任反対運動を通じて高まった視聴者・市民の放送への関心と意識、メディア関係者・研究者と市民運動のネットワークを土台に、放送制度改革への提言を練り上げ、野党・市民連合政権のマニフェストに盛り込む運動も今後考えたい。
        
                   (2017年2月号より)


     昨年のテレビ番組から1本を選ぶとすれば……
       ~ドキュメンタリー「赤宇木」が語るもの~
                             戸崎賢二(放送を語る会会員)

 昨年一年間、たくさんのテレビ番組を見た。NHKでは「NHKスペシャル」「ETV特集」、またBSのドキュメンタリーなどに秀作、力作が多かったという印象がある。
 そのうち心に残るただ1本を選べと言われたら、私は迷うことなくBSプレミアムで放送された番組「赤宇木」(あこうぎ)を挙げるだろう。(本放送3月13日、再放送9月7日)
 タイトルはこの三つの文字しかない。このことがどれほど切実な意味を持つか、2時間に及ぶこのドキュメンタリーを見れば誰でも納得するはずだ。
 「赤宇木」は地名である。思い当る人もあるだろう。福島第一原発の事故のあと、福島県を中心に各地の放射線量が毎日メディアで伝えられた。その中で、突出して線量が高かったのが、福島県浪江町の北西部に位置する赤宇木という集落だった。
 第一原発から北西に向かう谷があり、放射能はその谷を伝わってこの地区を高濃度に汚染した。住民はすべて避難し、今は人が住めない土地となった。許容される線量に戻るのは推定では百年後という。その間に家屋は崩壊し、田畑は原野に戻っているだろう。
 仮設住宅に避難している赤宇木の今野義人区長は、このままでは集落の記憶が残らないと考え、地域の歴史を一冊の記録誌にまとめようと活動を続けてきた。この区長たちの動きを追いながら、赤宇木がどのような集落だったかを、この番組は淡々と描いている。
 被災地を取材する番組では、被災者の行動や思いを中心に伝える番組作りが通常である。しかしこの番組は、その要素を含みながら、山村の苛酷な条件の中で、懸命に生き抜いてきた人びとの歴史を独自に発掘し、重層的に組み込んでいる。
 企画し、制作したのは、「ETV特集」で「ネットワークでつくる放射能汚染地図」など数々の秀作を送り出した大森淳郎ディレクターである。大森氏が仙台局に異動していた時期に制作された。
 実は、放送を語る会が昨年10月2日に開催した第56回放送フォーラム「制作者と語る」で、この番組を取り上げ、大森氏を講師に招いている。本稿はこの時大森氏が語った内容を踏まえていることを断っておきたい。
 番組は、江戸時代の旧赤宇木村の飢饉の歴史や、日露戦争、太平洋戦争で多数の戦死者を出したこと、戦後の入植者による開拓、酪農を導入したが挫折したことなど、時代の動きに翻弄された集落の歴史を丁寧に辿っている。区長が避難先で老人から聞き取り調査をするシーンがあるが、集落の暮らしや労働の思い出を語る老人は威厳に満ち、話の内容は精彩を放つ。木ぞりで山から木材を下す厳しい労働、子どもも含め村人が総出で歌を歌いながらする田植え、といった情景が語られる。
 こうした山村の歴史は特異なものではない。日本全国の山村に共通する歴史でもある。しかし、この番組では、ごく平凡な村人の営みの一つ一つが胸に迫る悲劇性を備えて見えてくる。番組に組み込まれた事実の全てが11年3月の原発事故による集落の「終焉」に向かって語られているからである。
 番組は最後に、11年の秋、見に戻った自宅で自死した今野富夫さんという村人のことを伝えた。大森ディレクターは、放送フォーラムで、人間が生きているということは、歴史、文化、死者たち(先祖)も含めて丸ごと背負っているということであり、それが根こそぎ奪われたときの絶望の深さに言及した。その上で、今野さんを番組で取り上げたのは3回目だが、番組「赤宇木」を制作して、今野さんの死がこういうことだったのだと分かったと告白している。
 この番組は、原発によって一つの地域が破壊され、住めなくなるというのがどういうことなのか明示するものとなった。こうした作業は被災者の状況に寄り添う感受性がなければなしえなかったことだ。この感受性こそ、平然と原発再稼働を進める人々と対極にあるものであり、原発関連の報道にあたるNHKで働く人々すべてに求められるものだと思う。私はひとりの視聴者として、「赤宇木」という集落の運命には、人間と核が本来共存できるかという根源的な問いが含まれていると感じる。
 これほどの重要な番組でありながら、BSでの放送ということで、視聴者は大河や朝ドラと比べるまでもない少数である。視聴者が少数で重要な番組は、放送回数を増やしてもらうしかない。NHKには原発事故を振り返る節目節目での再放送を強く望みたい。
                            (2017年1月号より)


      俳句で脳活 
~五・七・五の認知症予防~
                           野中良輔(放送を語る会会員)

 今年は俳優渥美清さんが亡くなってから20年になる。
 
この7月にNHKBSでザ・プレミアム「寅さん、何考えていたの?~渥美清・心の旅路~」が放送された。
 
渥美さんは生前、どんな親しい友人にも私生活を明かさないことで有名だったが、「風天」という俳号で俳句を嗜んでいたことが知れたのは、68歳で亡くなった直後だった。歳時記にも載っている代表作<お遍路が一列に行く虹の中><花道に降る春雨や音もなく>など、二百を超える句を遺し、「赤とんぼ」という句集も発行されている。自由律のその句には、陽気な「寅さん」とは違った孤独な素顔とやさしいまなざしが見えている。 
 
番組は映画「男はつらいよ」の山田洋次監督を始めとする共演者や、闘病生活時代の友人など、長年渥美さんと関わってこられた人たちが、渥美さんが折々に詠まれた俳句を自分の解釈で読み、自分の知っている渥美さんと結び付けて語ってもらうもので、俳句を使って映画の中の「寅さん」とは異なる渥美清論をやろうという番組の狙いは成功し、味わい深い番組になっていたと思う。

好評!「俳句の才能査定ランキング」

 
俳句といえば最近視聴率を伸ばしている番組「プレバト‼」がある。毎日放送の制作により、TBS系列で毎週木曜日の19時に放送されているバラエティ番組だ。

 
芸能人の生まれ持った才能を査定するというコンセプトで「生け花」や「水彩画」「俳句」などで芸能人や有名人の隠された才能をその道のプロが査定し、「才能アリ」「凡人」「才能ナシ」のランキング形式で結果を発表し、さらに潜在能力をより高められるコツを伝授するのが売りになっている。
 
この中で最も人気のあるのが俳人・夏井いつき先生のコーナー「俳句の才能査定ランキング」で、出演者が1枚の写真から作品を詠み、言葉の表現力を競っていくが、人気の秘密は超辛口の小気味よい査定と、「凡人」「才能ナシ」の句をよみがえらせる添削指導が好評を博していることだ。たとえば夕暮れの江ノ島の写真を見ての評論家田原総一朗氏の句は<ゆく夏を惜しむ夕陽が浜てらす>。 
 
夏井先生は「言葉を無駄に使っている『ゆく夏』という季語には『惜しむ』気持ちも内包されていて『夕日』とあれば『てらす』は基本的に不要。無駄な6音を他の言葉を使ってより豊かな表現にできる」と厳しく「凡人」と査定した。
 
俳句で才能アリと判定された数人の芸能人の中にはアイドルグループ所属で歌手・俳優の横尾渉さんがいる。とても俳句に縁があるとは思えない若者だが、雲の写真を見て詠んだ彼の一句は<鰯雲蹴散らし一機普天間に>
 俳句を考えている時期が終戦記念日の近くだったのでそれを意識し、平和とはどういう事だろうと考えて詠んだという。夏井先生の査定は「写真の雲だけを見て沖縄に想いを馳せる若者がいるということに心打たれる」と高評価だった。

 
俳句というと年配者が嗜むものとのイメージがあるが、近年若者にも俳句愛好者が増えているそうだ。特に子どもたちの間で人気があり、飲料メーカーの伊藤園が行っているコンクール「お~い、お茶新句大賞」の100万を超す応募総数のうち、8割が小・中・高校生のものだという。
 
俳句の魅力の最も大きな理由は「短くて誰にでも簡単に作ることが出来る。そして定型の七五調のリズム感が心地よく感じられる。これが俳句の面白さの神髄」だと俳人の金子兜太氏はいう。また俳句や川柳を作るということは世の中の動きや、自然の変化に敏感になり好奇心が衰えない。さらに「バイリンガルの方は、認知症になりにくいとのデーターがある。俳句を嗜む方の脳はバイリンガルに近い。多国語を併用するのは、それだけ脳内の言語の回路を強く使うという事。日常使用される散文的な日本語と、俳句的な日本語を使う時の脳の働きはそれと同じで認知症予防になる」とは脳科学者の茂木健一郎氏の説だ。
 そこで一念発起「誰にでも簡単に作ることが出来る」との兜太先生の言葉に背中を押され
、“徘徊”老人にならぬよう“俳諧”老人を目指し、横尾渉さんに負けじと渾身の一句。
<秋暑し滾る怒りの高江かな> 果たしてこの句の査定は「才能ナシ」「凡人」それとも…
                      
(2016年12月号より)


    NHK会長を市民が選ぶ試み 退職者有志主催の緊急院内集会報告
                         小滝一志(放送を語る会事務局長)


 「インターネットで知り参加しました。今回の集会がNHKOBのみなさんにより企画されたことに驚き、敬意を表します。NHKに働くみなさんも、OBのみなさんも、今のままのNHKのあり方を憂いておいでだということがはっきりしました。
 参加者がアンケートでこう答えた「NHK全国退職者有志」主催の緊急集会「籾井NO! 取り戻せNHKを視聴者の手に!」が、10月4日、衆議院第一議員会館大会議室で開かれた。国会議員・秘書、取材のメディアを含め200人近い参加者があり、名簿で確認できただけでも69NHKOBが参加した。籾井会長再任反対し、会長選考に公募・推薦制導入を求める署名運動をすすめている17の市民団体が賛同した。
NHK全国退職者有志」は、籾井会長就任の20148月「籾井会長罷免」を経営委員に申し入れたNHKOB 2000人が、その後緩やかなネットワークを組み活動を続けてきた。
集会では、メディア研究者・元NHK経営委員などに呼びかけ、「次期会長候補推薦委員会」を立ち上げたことも報告された。席上、「推薦委員会」メンバーが初めて公表され、出席している何人かの委員がその場で紹介された。NHK経営委員会が会長を選任する前に「会長候補」を推薦すべく議論を進めているという。「会長候補」としているのは、現行放送法ではNHK会長は経営委員会が選任することになっていて視聴者・市民が直接選ぶことができないため。
 
何が何でも籾井再任阻止!
 集会の基調報告に立ったのは上村達男元NHK経営委員会委員長代行。籾井NHK会長が「放送の自主・自律」を弁えない放送法違反の個人的見解の持ち主であり、経営委員会が決めている「人格高潔」など6項目の会長資格要件に照らしても全くの失格者であることを指摘、何が何でも再任は阻止すべきと訴えた。
 基調報告後のリレートークでは、4人全員が「籾井NO!」のみでなく会長選考過程への疑義について言及した。
「公募・推薦制の導入など会長選考のしくみを変え、首実検(候補の事前面接)なども導入してはどうか。籾井会長は報道と政府PRの違いわかっていないのではないか。再任はありえない」(砂川浩慶立教大学教授・メディア総研所長)
「会長を選ぶ経営委員会は国会同意人事だが、今の国会は同意権さえ安倍政権にコントロールされているのではないか。『次期会長候補推薦委員会』が世論を喚起し、推薦運動を展開することは民主主義を維持するために重要」(上原公子元国立市長)
「籾井再任阻止をどうしたらできるか。視聴者がNO! を発言し続けることが大切。NHK経営委員会の選任過程を公開させることなども必要ではないか」(小林緑元NHK経営委員・国立音大名誉教授)
「会長選考過程の見直しが必要。イギリスBBCでは公職任命コミッショナー制度により、会長は公募制で選ばれている。日本でも『公募制・推薦制』は放送法を変えなくてもNHK経営委員会の決断一つでできる」(岩崎貞明「放送レポート」編集長)
私たちも、次期会長選考がどう進められるのか、籾井会長再任がありうるのか、NHK経営委員会の動向を注視したい。

放送の公共性、制度論でも議論
上村氏は基調報告の中でドイツの受信料制度改革を例に引きながら、NHKは受信料問題などをめぐって必要な「公共性」についての議論を避けてきたと指摘した。経営委員会などでも「公共性」を正面から取り上げた議論の場を持つべきと提起したが実現できなかったと述べ、今後「公共放送NHKはどうあるべきか」「放送の公共性とは何か」などについて視聴者・市民の間でも議論を深めるよう提言した。
 リレートークの中で小林緑氏も、政権の干渉の場になるNHK予算の国会審議を切り離す議論を開始すべきではないかなどと提案した。
 参加者のアンケートには、「籾井辞任要求に止まらず、経営委員のあり方、国会での予算審議への疑問まで議論されたことに、今日の集会の意義を感じました」「日本人の民度が問われている。公共性とは?デモクラシーとは?われわれ国民一人ひとりの問題だということを痛感させられた」などの声があった。
 NHK会長の選考方法の改革にとどまらず、現行放送制度の問題点や公共放送のあり方にまで議論が発展して、今後視聴者の向き合うべき課題や方向に貴重な示唆を与えた有意義な集会だったといえるのではないか。

                         (2016年11月号より)



      スクープ倒れの原爆番組
                     諸川麻衣(放送を語る会会員)

 
NHK広島局はこの夏、『NHKスペシャル 決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~』を放送した。原爆投下を巡る決断は終始軍(開発計画の責任者グローヴズ少将)の主導で進められ、トルーマン大統領は追随する他なかった、投下に際して明確な決断はなく、広島・長崎への投下が都市への投下だと気付かなかった、惨状に衝撃を受けて3発目以降の投下を中止させたものの、一方で「多数の米国人の命を救うためだった」という正当化論(原爆神話)を主張していった、という趣旨である。一見興味深いが、調べてみると、提示された論点は既に一般書(仲晃、『黙殺 ポツダム宣言の真実と日本の運命』など)に書かれたものばかりで、しかも番組の下記の主張には説得力がないことが分かった。
 
 
①トルーマン操り人形説…グローヴズが都市への投下という路線を敷き、トルーマンはその意図を見抜けなかった。投下は、軍(官僚機構)が文民政府に対し暴走した結果である。
 ②決断不在説…投下命令にトルーマンの決断はなかった。
 ③トルーマンの誤解説…トルーマンは広島が純軍事的な目標だと軍にだまされ、市民が住む大都市との認識がなかった。
 まず①。この説は既に21年前に批判されている。グローヴズの主導は目標選定までで外交には関与せず、肝心の7月中は政権中枢の論議から外れていた。番組は、大統領が「軍の意図」に無関心だった証拠として、1945年4月25日にグローヴズが原爆計画を(スティムソン陸軍長官と共に)説明した際、「大統領は報告書を読むのは嫌いだと言った」との証言を流す。しかしグローヴズが直後に作成したメモによれば、大統領は二人からの報告書に目を通し、特に対ソ連問題などに重点を置いてさまざまな質問をしていた!
 番組は触れないが、大統領の承認の下文民で組織された「暫定委員会」が6月1日に「多数の労働者を雇用し、労働者住宅群に取り囲まれているような軍需工場にできるだけ早く投下する」と決定、それは大統領に報告された。一方で陸海軍トップは当時、日本に天皇制存続を保証して早期降伏を促すよう求めており、事前警告なき都市への投下には慎重だった。ニミッツ提督は戦後、「日本の都市に原爆を投下する決定は統合参謀本部より上のレベルでなされた」と書いており、グローヴズも当時、「上層部」が(ポツダム会談に間に合うよう)原爆実験の日程を厳守させた、と現場に伝えている。マーシャル参謀総長は、文民の最高司令官には従うとの信条ゆえに原爆使用を受け入れたとされる。軍の暴走などなかった!
 次に②。7月25日付の投下命令に大統領の署名や公式の承認記録、関連する一次資料が残っていないことも、スクープではなく長年周知の事実である。これについて、方針が決定していた以上大統領の命令は手続き上不要だったとの解釈もあるし、記録が事後に意図的に破棄・隠匿されたとの推測もある。番組に登場する研究者のマロイもウェラーステインも、トルーマンの決定や承認、検討が皆無だったとまでは言っていない。マロイは著作で、「大統領は既定方針で進むことを認めた」と論じているのだ。
 次に③。ウェラーステインは論文で、スティムソンの京都除外の説明を聞いたトルーマンが、広島は純軍事目標だと誤解してしまった可能性を提起するが、これは「グローヴズが欺いた」ことにはならない。番組はなぜか触れないが、トルーマンは7月25日の日記に「この兵器は今から8月10日の間に日本に対して使う予定」「この恐るべき爆弾を日本の古都や新都に落とすわけにはいかない」と書いている。これは普通に読めば投下命令を踏まえた記述で、「東京・京都以外の都市は構わない」と考えていたと見なせる。トルーマンは後に「広島の人口は六万と聞かされていた」と述べたが、六万なら立派な都市だろう。なお誤解説も、20年前に「かなり疑わしいが」との留保付きで(!)提起済みである。
 要するに、トルーマンは原爆投下の「明確な決断をしなかった」わけではない(彼はしばしば、助言者が喜ぶような場当たり的決断を「した」らしい)。原爆投下を前提に、それまで日本を降伏させずにおくための外交決断は繰り返し行なった。結果、非人道的な、核開発競争というパンドラの箱を開けた愚かな「決断」を、確かに行なったのである。
 通説なのに番組はまったく触れないが、トルーマンに強い影響力を及しえたのはグローヴズではなく、7月に国務長官に就任する民主党の大物バーンズだった。彼は議会ではトルーマンの大先輩、副大統領候補の座を争った間柄で、トルーマンから外交を委ねられていた。暫定委員会に大統領の代理として出席したのも、科学者たちの原爆投下反対の陳情を「原爆はソ連を扱いやすくする」として却下したのも、降伏条件の緩和を求める政権の多数意見に反対し、ポツダム宣言の草案の変更を主導したのも、すべてバーンズだった。つまり実態は、軍の危うさを指導者が見逃したのではなく、トルーマンとバーンズの決断を誰も止められなかったのである。
 ではなぜこのような的外れな番組ができてしまったのか?
 第一に、特集番組での過度のスクープ性重視。おそらく番組では「新事実」「新しい切り口」が至上命題とされるのだろう。同局の2010年の『原爆投下を阻止せよ “ウォール街”エリートたちの暗躍』は、原爆使用に批判的だったグルー元駐日大使と積極論者バーンズの対立にしっかり着目していた。今回新味を出すため、「トルーマン操り人形説」を「新発見資料」で裏付けようとしたのだろうが、グローヴズ証言のみに頼ることで論理が危うくなった。それを取り繕うためか、番組は、述語不在の体言止め、留保なき断定、曖昧で情緒的な表現など、あえて(?)論旨が不明確なナレーションを多用している。「出家詐欺」報道のように、スクープ重視は逆に現場を不自由にし、番組の質を低下させかねない。
 第二に、「軍の暴走」という図式。この見方は、統帥権独立を名目にそれが繰り返された経験を持つ日本人には受け入れやすいのか、この点で番組を肯定的に評価する視聴者も見られる。しかし一般論として軍あるいは官僚機構は暴走しうると言えても、広島・長崎への原爆投下がその例だとは言えない。軍を悪役にすれば良質の番組になるという考えがもしも制作側にあるとしたら、それは危険な先入観ではないか?
 第三に、研究史への軽視。番組は、原爆投下を正当化してきた「定説」を根本から揺るがす事実が明らかになったと胸を張るが、「日本降伏に原爆は不必要だった、投下はソ連を牽制するという政治的意図に基く」として正当化論を批判する「修正主義」も数十年にわたる歴史があり、正当化論は歴史学の世界ではもはや通用していない。そして、論争を通じて、当事者の意思決定過程などについて緻密な分析が蓄積されてきた。番組の論旨はこの研究史に照らして粗雑すぎる。この点、同時期のBSフジのプライムニュース『原爆投下の思惑と覚悟 米公文書が明かす真意 謎のポツダム草案改変』の方が定着した研究成果をきちんと紹介していて、啓蒙としては成功していた。いっそ、日米の研究者たちがスタジオで研究史を振り返り、今なお残る論点について徹底討論すれば、国際的にも通用する内容の濃い番組ができるだろう。
 ともかく、この番組が今後のNHKにとっての新たな「原爆神話」にならないことを切望する。

                           
(2016年10月号より)


     16
年参院選・テレビニュースの何が問題だったか
       ~放送を語る会「モニター報告」を公表~

                         戸崎賢二(放送を語る会会員)

 放送を語る会は、重要な政治的な動きに際してテレビニュースのモニターを行い、その結果を報告してきた。先の参院選でも、NHKと在京民放4局の主要なニュース番組を投票前1か月の期間を設定してモニターした。
 結果をまとめた報告を8月中旬に公表したので、その概要をご紹介したい。全文は放送を語る会のホームページにアップされているので、関心を持たれた方はぜひお読みいただきたい。
 今回のモニター対象番組は、NHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」日本テレビ「NEWS ZERO」テレビ朝日「報道ステーション」TBS「NEWS23」フジテレビ「みんなのニュース」の6番組で、それぞれに担当者を決め、録画して各回の選挙報道の内容を記録した。
 報告のタイトルは「16年参院選・テレビニュースはどう伝えたか」である。

選挙関連ニュースの少なさ
 報告はまず、この間の選挙報道の量が圧倒的に少ないと指摘している。これは当会だけでなく、各種のメディアも今回の選挙報道の少なさに注目していた。
 公示日の6月22日から投票日前日までの18日間をとってみると、「ニュース7」は、18回の放送のうち、実に9回関連報道がなかった。この期間、半分は選挙報道をしていないことになる。とくに投票日前の1週間で見ると、7月5日から8日までの4日間、選挙関連ニュースは見当たらない。「ニュースウオッチ9」は投票日直前の7月7日、8日、選挙関連放送をしていない。
 「NEWS ZERO」は半分「みんなのニュース」は、3分の1程度の日数にとどまっている。
 これらに比べ、この期間、「報道ステーション」は関連項目が無かったのは1回にとどまり、「NEWS23」も2回だけである。この二つの番組は7月に入ってからは選挙報道を休まず続けている。
 選挙終盤でNHKの2番組に関連報道のない日が続いたことは、モニター担当者から厳しい批判の報告があった。
 回数だけでなく、各回の時間量も問題であった。全体に選挙関連ニュースが短く、9党の政策を紹介するような場合、断片的な主張が羅列されるだけになることが多かった。また時間配分も大政党に有利になっていた。報告はそうしたケースの実証的なデータを記載している。

争点の「改憲問題」の伝え方は十分ではなかった
 安倍政権が争点にすることを避け続けてきた「改憲問題」について、報告は、幾つかの番組が、「改憲隠し」に同調せず、「憲法改正」を争点として伝えたことを評価しながらも、その放送量と質が貧弱だったと指摘した。
 「憲法改正」に関する選挙報道で最大の弱点は、この問題が一般的な「憲法改正」という用語で伝えられ、その具体的内容が追及されなかったことである。
 強力な改憲勢力である自民党は、すでに憲法改正草案を発表しており、その内容は明確である。「憲法改正」という一般的な争点があるのではない。最大与党の自民党が何を変えようとしているかが争点だったはずである。
 しかし、自民党改憲の具体的な内容をあげて争点として提示した番組は「報道ステーション」以外にはほとんどなかった。情報量の不足と相まって、この点が「改憲問題」の報道の基本的な問題点だったと報告は指摘している。
 もう一つの弱点は、これほどの大きな争点でありながら、「報道ステーション」以外の番組は、改憲問題にかける時間量が68分程度で、内容的に不十分だったことである。
 NHKは、「ニュース7」では扱わず、「ニュースウオッチ9」では実質7分程度だった。このNHKニュース2番組の姿勢には大きな疑問が残る。
 報告は、このほかアベノミクスや社会保障といった争点がどう扱われたかを検証し、最後に、選挙報道がこのままであることは視聴者として認めらない、としてテレビ選挙報道の抜本的な拡充を求めている。
 放送を語る会のモニター活動は、専門的な研究機関の大規模な調査ではなく、視聴者市民の手作りの活動である。メンバーが複数いて、録画機器があれば、どの団体でも可能な活動と言えるのではないか。
 政権の圧力の強まり、テレビニュースの現状は危機的と言われる。市民の手でテレビを監視し、発言するために、このようなモニター活動が広がっていくことを期待したい。
                              2016年9月号より


     「報道の自由度」11位→59位→61位→72位の今


                      五十嵐吉美(放送を語る会会員)

 連続ドラマで、魅力的な登場人物が姿を消すと、「 ~ ロス」という言葉でファンの気持ちを表現しているが、私はまさに「 ~ ロス」状態に陥った。
 夜のニュース番組で、国谷裕子さん、古舘さん、岸井さんが見られない。テレビから消えた。「徹子の部屋」に国谷さんが出演するという。テレビのスタジオから去った日以来、しかもはじめて民放テレビ局に出演するというので、―国谷さんの心境はいかに―、テレビの前に陣取った。
 「なぜ、こういう仕事に?」と徹子さん。「誰も見ていないから大丈夫」と言われたのでと答えた国谷さん。笑ってしまった。結婚してニューヨーク暮らしのときに、国際放送に起用されたのが最初だという。
 「クローズアップ現代」を担当して23年。週末にはたくさんの資料を持ち帰り、格闘していたこともわかった。心がけたのは‶〝フェアなインタビュー〟だと国谷さん。
 『世界』5月号に詳しく記している。「聞くべきことはきちんと角度を変えて繰り返し聞く、とりわけ批判的な側面からインタビューをし、そのことによって事実を浮かび上がらせる、それがフェアなインタビュー」だと。
 日本では批判そのものが聞き手の意見とみなされて、番組は公平性を欠いているとの指摘もたびたび受ける、とも書いていた。
 20147月、問題の菅官房長官へのインタビュー、私も見ていた。よくぞギリギリ、質問をしてくれたと、私はその時思った。最近三人がいなくなったことが、どれだけのことなのか、実感することがあった。予想に反して、国民投票の結果、EUを離脱することになった英国。よくわからない、これから日本の経済にどんな影響があるのだろうか? サッカーはどうなるんだろう? こんな時には「クローズアップ現代」が取り上げて、国谷さんが、世界的な視野で、なぜそういう流れになったのか、イギリスの事情・背景などを、首をすこし傾けながら一所懸命解説してくれただろう。
 かたや「報道ステーション」の古舘キャスターなら、スタジオに専門家を招いて、知りたいことを一つひとつ聞き出して、「ウーン、そうなのか」と納得させてくれただろう。そういう知的な時間が失われた。まさに「ロス」なのである。
 参議院選挙はどう報道しただろうか。もし、彼らがキャスターとして報道に携わっていたら、しっかりと争点を有権者に浮き彫りにし、特に18歳から投票可能になった240万人の新有権者に分かるように、全力で報道されていたのではないか、と想像した。
 いや、ちょっと待って。それは夢想に近いかもしれない。彼らが在職していた201412月総選挙報道は、自民党が各テレビ局に「放送法」をちらつかせて、公平・公正にと申し入れた結果、街頭からのインタビューは庶民の正直な声というよりは、当たり障りのない意見だけになった。
 アベノミクスへの批判は消され、NHKでは経済学者の分析などもなく、結果自民・公明の圧勝となったんだ。今回もテレビは、公約に対する追及も弱く、道半ばのアベノミクスの検証はなく、「新しい判断」を信任するかのような雰囲気ではないか。ニュース番組は、参院選挙に関する報道が全力ではないような気がしている。本誌が出版されたころには、結果が出ているが、どうなっただろうか?
 6月末に青森母親大会が八戸市で開催された。「戦争への道は許されない」と題して元NHKディレクターの池田恵理子さんが講演。三人のキャスターの番組降板、「今の日本は1930年代と空気が似てきている」と101歳のジャーナリストむのたけじさんの発言を紹介。
 1993年政治家となってからの安倍晋三のキャリアを自分の仕事と関連させて詳しく語った。とりわけ「慰安婦」問題を扱ったETV特集(01年放送)で、官房副長官だった彼の言動―「公平・公正に」「勘ぐれ!」―で4分も短縮、事実を捻じ曲げられて放送されたことなど会場は聞き入った。現在籾井会長のもとで、安倍政権放送機関となっているNHKの実態を、「放送を語る会」のモニター結果の数字なども示して明らかにした。
 現在のメディア状況がよくわかったと、会場から大きな拍手がおくられた。「ガッテン!」
                            
2016年8月号より


   国谷裕子キャスターなきあとのクローズアップ現代は?


                           
今井潤放送を語る会代表)

 岸井、古舘そして、国谷キャスターの降板メディア・ウオッチャーの多くが予想したように、安倍政権の圧力でTBS「NEWS23」の岸井成格キャスター、テレビ朝日「報道ステーション」の古舘伊知郎キャスターが降板し、NHKのクローズアップ現代の国谷裕子氏も3月Ⅰ8日を最後に、23年務めたキャスターを降りた。
 NHKはこのクローズアップ現代の後継番組をクローズアップ現代+(クロ現+)として、月~木の4日、22時からの25分間、7人の女性アナウンサーの司会で生放送すると発表した。

クロ現+は予想外の健闘
 4月4日(月)から始まり、5月半ばまでの放送をモニターした中での評価は平均点以上だった。4月14日に発生した熊本地震についての放送を除き、見ごたえのあった3本を紹介する。
 
4月13日(水)「新リストラ時代の到来」
 “リストラ代行”ビジネスが横行する時代になった。これは社労士がリストラをする側に回るというブラックな話。担当する社労士の覆面インタもある、特ダネ情報だった。
4月20日(水)「パナマ文書の衝撃、権力者たちの“錬金術”の実態」
 税金逃れを合法的に行う行為を暴露し、習近平、プーチン、キャメロンという世界の政治家の名が上がったパナマ文書の問題をいち早く取り上げたヒット番組。池上彰は「史上最大のリーク、証拠が出たので、対策を」と発言、税制の専門家三木義一(青学学長)は「各国は法人税を引き下げているが、そんなことをしている場合ではない。こんなことで資本主義は大丈夫かと思われてしまう」と警告を発した。
5月11日(水)「暴力から逃れられない、密着!ⅮⅤ対策最前線」
 H7年のⅮⅤ殺人は99件にのぼり、内閣府のアンケートでは5人に1人が被害を受けているという。警視庁のⅮⅤ対策チームに同行して、はだしで逃げてきた20代の女性の実情を取材、女性記者のリポートで暴力被害の生々しい姿を紹介した。

クロ現+批判に見るNHKへの偏見
 5月2日(月)「密着ルポ わたしたちと憲法」は憲法記念日を前にした、改憲・護憲の運動をする人々の全国ルポで、充実した取材にもとづく良い企画だった。しかし、この番組に対し、5月4日リテラ(ニュースサイト)に「極右報道の最たる例」だという批判が載った。
 この批判は続いて「このクロ現がいびつなのは、改憲派の主張を無批判に紹介したことだ。VTRに登場した百地章教授は菅官房長官が「(安保法制を)合憲だとする憲法学者はたくさんいる」と大ホラを吹いた際に名を挙げた憲法学者だが、番組中そうした百地氏のプロフィールは一切紹介されなかった。危険な憲法改正の中身が報じられないまま、7月の参院選になだれ込めばどうなるのか。NHKは公共放送の有名無実化を認め、国営放送だと開き直ってもらった方がまだ害が少ないのではないか、そんな気がしてくるのだ」と述べている。
 では、このクロ現+は実際どんな内容だったのか。改憲派は1000万署名、護憲派は2000万署名を集める運動を全国的に進めている。改憲派は仙台の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」、日本青年会議所の会議、頑張れ日本・福井支部の署名活動、護憲派は04年にできた9条の会(大江健三郎や小田実など)が今年は各地で7000以上できていて、東京商社9条の会、広島の9条の会山県などが紹介される。
 これ以降は改憲、護憲のグループが交互に登場する。25分間のクロ現+の中での割合は、改憲グループは7回、護憲グループが9回だった。9条の会が全国の地域や多職種に広がったことを紹介したのは、テレビでは初めてのことだったのではないか。前述したクロ現+の批判者が公正に、予断なく見たのなら、この番組の記者やディレクターが日本の憲法をめぐる動きの深層を取材していたことを理解できたはずなのである。
                           2016年7月号より


      NHKに咲き誇る大輪のあだ花、その名は…

                       諸川麻衣(放送を語る会会員) 

 報道によれば、NHKの籾井勝人会長は、四月二〇日に開かれた熊本地震の災害対策本部会議で、「原発については、住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えてほしい」「当局の発表の公式見解を伝えるべきだ。いろいろある専門家の見解を伝えても、いたずらに不安をかき立てる」と指示したとのこと。さらに、四月二六日の衆院総務委員会で民進党の奥野総一郎氏の質問に答えて、公式発表とは「気象庁や原子力規制委員会、九州電力が出しているもの」だとし、「原子力規制委員会が安全である、あるいは続けていいということであれば、それをそのまま伝えていくということ。決して、大本営発表みたいなことではない」と説明しました。
 これらの発言は、①ある情報の出所=「情報源」の問題、②その情報が正確なのかという「質」の問題、③その情報は住民の不安をかき立てるかどうかという「社会的影響」の問題、という次元の異なる三つの問題を混同している点で、また規制委や九電はきっと「安全」と言うはずだと思い込んでいる点で何とも呆れるものですが、それ以上に、会長が放送法の基本精神とNHKの存在意義を未だに全く理解していないことを痛ましいほどに示してくれました。
 放送法の第一条(目的)は、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」をうたっています。籾井発言は、自主的に真実を追求して報じるという放送の目的を否定し、表現の自由を投げ捨てているわけです。そして、九電という一方の利害当事者の発表にのみ最初から優先的な地位を与えることは、まさにNHKが「偏し党する」ことに他なりません。
 また放送法第四条は「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と定めていますが、原発の緊急事態のように見解が鋭く分かれうる状況で「公式発表」しか伝えないのでは、この条項の趣旨は実現できないのではないのでしょうか?
 さらにNHKの国内番組基準は、「災害などの緊急事態に際しては、すすんで情報を提供して、人命を守り、災害の予防と拡大防止に寄与するようにつとめる。」としています。気象庁や九電からの情報を優先し、「いろいろある専門家の見解」は伝えないということになると、例えばある原発の状況を生中継中に「爆発的事象」など不測の重大事態が起きても、あるいはそのような危険を専門家が指摘しても、「公式発表」が出るまではNHKとしては何も報じないということになります。そのような報道で国民の生命・安全は守れるでしょうか? 「人命を守」るために「すすんで情報を提供」しない無意味な放送機関を、受信料を支払って維持するに値すると国民は考えるでしょうか?
 一連の発言には外部やNHKの労組からも当然の批判が出ています。しかし現実のNHKの報道を見ると、今回の震源域の東北東延長上にあって伊方原発のすぐ北を通る中央構造線・伊予灘西部断層の活動状態、もしここで政府の「地震本部」が想定するM八超の地震が起きた場合、伊方原発の冷却水系統、非常用電源、格納容器や建屋が破損して福島のような重大事態になるおそれはないのか、といった点の調査報道がまだあまりないように思われます。
 福島の事故の直後には、心ある制作者たちが『放射能汚染地図』『大震災発掘』のような力作を作り、「当局の発表」では分からない放射能汚染の実態を、あるいは津波の痕跡や活断層を調査して過去の震災を立証する研究者たちの地道な努力を伝えました。会長の意向が通ってしまうと、「真実」に迫るこうした番組は生まれなくなるでしょう。
 今回の会長発言はなぜか一応「原発」に限定してのものになってはいますが、「公式発表=信頼性」というおめでたいが危険な信仰に立つならば、その適用範囲が大規模災害、国際的緊張などに拡大されることは容易に予想できます。となればその行き着くところは、籾井会長がいくら表向きには否定しようと、「大本営発表」そのものです。
 人類がお猿さんから今日にまで進化したのは、世界の現象について真実を知りたいという強い好奇心を持ち、自分の頭で考えて知性を育んできた結果です。原発のような重大問題について思考停止を当然視する籾井氏は、そもそも人間の本性に背を向けているのではありますまいか?
 NHK会長室に咲き誇る毒々しい大輪の花…前経営委員長代行の上村達男氏がその名を的確に言い表していたことをはたと思い出して得心しました。「反知性主義」。
                             

                            2016年6月号より


     NHK地方局の技術職で働き、退職して十四年
           
~思い出すままに~
                          松井実世弘 (放送を語る会会員)

 高卒後新採で最初の任地は大阪。五年後、故郷大分に転勤。そのまま転勤もしないで三七年間、職員、派遣、契約職員など含め約百十数名の典型的な地方放送局で働いた。
 NHK勤務のため放送に対していろいろな意見を語りかけてくる人も多かった。退職後も同じで、そのいくつかを思い出すままに……。

 記者会見は台本があるのでは・・
 甘利大臣の政治献金での辞任の記者会見中継を見た若者が「つまらなかった。記者はなぜあんな答弁で納得するのか。大臣と記者は事前に打ち合わせをして台本があるのではないの」と話しかけてきた。
 台本は無いだろうけど、市民がなにを知りたいと考えての追及が弱いのは、官邸などの取材で、政治家から嫌われるとこれからの取材がやりにくくなるという気持ちが働くからでないかと思う、と答えたが納得した顔ではなかった。
 官邸前からの記者リポートも、政府の言い分をなぞる内容で政府の広報官かと思うという批判も何度か聞いた。

 昼も夜も同じニュース
 友人が奥さんとの夕飯の話題で「ローカルニュースは朝昼晩とも同じ項目内容のニュースが多い。NHKは記者が少ないのか、それとも地方のことはどうでもいいと思っているのかしら」と奥さんから言われたとのこと
 現役の頃、技術職としてニュースの送出を担当することも多く、ニュースの担当者に昼使ったニュース項目を夜も使うのはなんとかならないのと注文をつけたことがある。その時の返事は、昼と夜の視聴者層は違うからというものだった。
 その時はそういう考えもあるなと納得したが、今の世の中、視聴者層や意識の変化、ニュースの内容について地方局も考えなおす必要があるなと思う。

 ニュースデスクや運転手が若い記者を教育
 いつの頃か記憶にはないが、ニュースの送出や放送機器監視の平穏な日曜日勤務、午後ブラリと隣の放送部の部屋に行ったときニュースデスクが七五三を取材した若い記者に「なんだこの原稿は昼と同じだ。こんなものは夜は使えん。七五三といえども午前と午後の神社での表情は違うはず、まだ時間がある。もっと深く取材をしてこい。それが記者の仕事だ」と注意していた季節の行事のニュースは決まりきった内容になってしまうことが多い。そのことを注意していたのだと思う。
 「俺は知事の友達」と自慢する記者もいたが、記者とよく取材に行く運転手さんが、その記者に「NHKの名刺がなければ知事はもちろん部長でも会ってくれない、簡単に会えるから、偉いと錯覚はするな」と言っておいたと話してくれた。しかし私が退職する頃にはこのように新人記者を育てる雰囲気はなかったように思う。

 ニュースはNHKとは別会社?
 中継の後片付けをやっているとき、先輩が誰かと「ニュースはNHKとは別会社でどうにもならない」と話していたのを聞いた記憶がある。
 技術職場の飲み会の時にもニュース部門の批判が出て、誰かが「あれは別会社と思え」と言っていた。
 私もアナウンサーやディレクター、事務職、契約職員の人たちと遊びに行ったり飲みに行ったことはあるが、記者とはなかったし、なんとなくニュースへの批判は受け付けない雰囲気があった。別会社と思え、と言った先輩は仕事上のことでいやな体験があったからと思うけど、そのことを聞く機会もなく先輩は転勤した。「別会社」とはうまい表現だ。
 
 「NHKを考える会」を大分でも
 現役中も退職してからも、NHKへの批評・批判をよく聞く。NHKに言いたい、要求したいという市民は多い。全国で二十五ものNHK問題に取り組む市民団体が誕生している今、大分でも放送を語る会のブックレット「安保法案テレビニュースはどう伝えたか」を買ってくれた人たちに、「NHKを考える会」を立ち上げようと呼びかけたところ、四月六日、予想以上の数の人が集まった。
 会長人事・受信料・ニュースのあり方など学習し、NHKへも申し入れをする場が欲しかったと言われ、心強い思いをした。準備会を重ね正式の発足を目指したいと考えている。


                           2016年5月号より


     籾井NO ! 高市 NO ! 一歩進めて 安倍 NO !
                      小滝一志(放送を語る会事務局長)


 緊急院内集会「政権べったり報道やめろ!NHK籾井会長 NO ! 」が34日午後、衆議院第二議員会館で開かれた。主催はNHK包囲行動実行委員会でNHK予算の国会審議に視聴者の声を反映させようと開催したもの。衆参総務委員会の65議員に案内を送り、当日は、民主・共産・社民の議員・秘書があいさつに訪れた。青森・秋田・福島・埼玉・愛知・岐阜・京都・大阪・広島など全国各地からの参加者200人超が大会議室を埋め、高校生が質問に立って会場をわかせた。
 
 政権べったり報道に批判が集中
 集会に先立ち午前中に、6市民団体のメンバー8人がNHKへの申し入れに出向いた。
 ①高市発言に屈せず、毅然たる態度を、② 政権べったり報道を改めよ、③籾井会長の辞任・罷免を求める、の3点を申し入れ、各団体が具体例をあげて政権寄りのNHK報道を批判した。「昨秋、7,000人の市民集会で、『NO WAR ,NO ABE』の巨大人文字を作ってアピールしたが、NHKは『NO ABE』を映像に出さなかった。政権に忖度してNHKはここまでやるか」(政府から独立したNHKをめざす広島の会)。「27日、NHKは日曜討論を中断して北朝鮮のミサイル発射報道を2時間以上続けた。沖縄に配備された自衛隊の迎撃ミサイルの映像も流され、安保法制は必要だと思わせる安倍政権の後押し報道ではないか」(NHK問題を考える会・さいたま)。「被災した地元福島からみると重要なニュースほどローカル放送にとどめられ全国放送にはならない。視聴者の『知る権利』を奪う、やってはならないことやっていないか」(NHKとメディアを語ろう・福島)etc.

「電波停止」高市発言に批判が集中
 午後の集会では、二人の講師によって厳しい籾井批判・高市批判が展開された。
 「『公共放送の使命を十分理解している、人格高潔、政治的に中立』など6項目の会長選任資格要件すべてに合致しない、放送法違反の見解を個人的信条とする人物が会長に座っている」「『電波停止』の高市発言は放送法違反。『政治的公平』だけで電波の停止に言及することは不見識も甚だしい」(上村達男前NHK経営委員長代行)。
 「高市発言は、『政治的公平』の解釈について『従来と変わらない』と言いつつ個別番組の基準まで例示して踏み込んだ発言。『放送法4条は倫理規範』の解釈を変え、4条が罰則を伴う規制規範とすると放送法は憲法21条(表現の自由)違反の法律になる」(砂川浩慶メディア総研所長)。
 その後のリレートーク発言者からも高市発言について批判が相次いだ。
 「放送法の恣意的解釈による権力者の法の濫用を危惧する。一方、放送局の萎縮はTVの自殺行為だ」(SEALDs千葉泰真くん)。「高市発言への抗議行動を、京都新聞・近畿放送、メディア関係労組などいろんな分野にもはたらきかけて取り組みを進めている」(NHK問題京都連絡会など京都3団体)etc.

 視聴者運動の全国的広がり 
 参加団体代表11名のリレートークは、昨年新しく発足した4団体が参加してNHK問題を扱う視聴者運動が全国に広がっていることを実感させた。
 「マスコミ夜塾などでメディア批判を展開してきたが、昨年7月、新たに発足させた」(NHKを考える東海の会)。「昨年12月発足、原発事故後の政治・行政の動きをメディアがどのように伝えるのか検証していく」(NHKとメディアを語ろう・福島)。「昨年9月に結成総会。今月は高市問題などをテーマに学習会を予定」(NHK問題を考える会・堺)など。また今年2月に発足したばかりの「NHKを考える福岡の会」は連帯のメッセージを寄せてくれた。安倍政権のメディア攻撃に市民の総反撃を「今、時の流れを変えて『言論の自由』取り戻す闘いが必要。抗議・包囲行動3回目をやろう!」(マスコミ九条の会)。「安倍政権総がかりのメディア攻撃に市民の側も総反撃を。全国に市民組織を」(NHK問題を考える会・堺)。これらの発言は、「安倍政権のメディア攻撃に反撃し、『表現の自由』を守る市民連合」を誕生させ、メディアを励ます運動を展開することを多くの市民が待ち望んでいることを予感させる。
                             2016年4月号より


          NHKへの圧力強める自民党

        ~総務会、NHK予算「了承」の報道に思うこと~
                        戸崎賢二(放送を語る会会員)

 2月3日、「NHK予算案の了承また見送り」という小さな記事が各紙に掲載された。自民党総務会がNHK籾井会長ら幹部を呼んでNHK16年度予算案について説明を求めたが、不祥事について説明不充分だとの批判が噴出し、了承が見送られたという記事である。その後、2月5日の3回目の総務会でようやく了承された。
 この過程で、「NHKの解説委員が無責任な発言をしている」など、安保法に関する報道内容に批判があり、籾井会長が「偏った者もいる」と答えたとも伝えられている。
 こういうやりとりは論外であり、自民党、会長双方が批判されているが、自民党総務会で了承、という報道自体については一般にはあまり違和感は持たれず、一つの手続きとして受けとられているようである。とくに一部の記事で、「NHK予算は国会の承認が必要であるため、与党の事前審査を得て国会提出の了承を得なければならない」としているものがあるが、正確とは言えない。
 放送法第70条によれば、予算案はNHKが直接国会に提出するのではなく、総務大臣に提出し、総務大臣がこれを検討して意見を付し、内閣を通じて国会に提出する。政権与党の事前審査が必要だなどという条文は存在しない。
 ただ、自民党内では、内閣が国会に法案を提出するとき総務会の承認が必要とされるので、国会に提出されるNHK予算についても総務会が審議したというわけである。
 NHK予算・事業計画については、この時期、関係国会議員に対し、さまざまな形で事前説明、いわば「根回し」が展開されるのが常である。この過程は、政権党がNHKに対して干渉し、圧力を加える絶好の機会となってきた。
 その点ですぐ思い出されるのは、2001年の番組改変事件である。日本軍「慰安婦」問題を扱った番組「問われる戦時性暴力」に、放送前から自民党議員から圧力がかかり、その意向にそって放送総局長らが番組を大幅に改変した事件である。元「慰安婦」の人々や、加害兵士の証言、出演者のコメントが大幅に削除され、番組は企画意図に反した無残なものになった。
 この時も、NHKの予算案が提出された時期で、政治家対応を担当する役職員が国会議員に説明に回っていた。
 放送は1月30日だったが、その前日、放送総局長と、国会担当の担当局長が当時官房副長官だった安倍晋三議員に番組内容の説明に出向いた。帰局した国会担当局長が、番組の試写を見て「これでは全然ダメだ」と言って、番組担当プロデューサーに大幅な改変を指示した。番組制作と関係のない政治家対応の幹部が番組内容の削除、ナレーションの変更などを命令するという異様なできごとだった。
 記録によれば、この年も放送のあと2月7日と9日に、自民党の総務部会があり、海老沢会長らが出席している。自民党右派議員が番組内容を偏向だとして会長をつるし上げたとされている。今年の総務会の議論とよく似ている。
 担当局長が「これではダメだ」と言ったのは、これでは会長が自民党総務部会での批判に耐えられない、という意味だったと解すればつじつまが合う。
 この事件が示したことは、NHK予算の事前説明という機会が番組内容の変更、自己規制に直結したということだった。予算を承認してほしいNHK幹部は、圧力に屈服せざるを得なかったものとみられる。
 NHK予算が国会承認を必要とする現行法制度のもとでは、残念ながらこうした圧力と屈服の構図を変えるのは難しい。しかし、たとえそうであっても、幹部がNHKは政府から独立した存在であるべきという確信をもって、政権の卑小な政治家の言など無視すればいいのである。
 筆者には、この問題は基本的には幹部の教養と思想の問題に帰着するように思えてならない。NHKの使命についての強固な確信と、表現の自由に関する教養を持たない幹部はNHKを去るべきと思う。
 屈服と自己規制は、圧力に呼応する人間が局内にいることで初めて実現する。「偏った者もいる」と応じた会長はそのような存在であり、このところの政治報道に責任のある専務理事の放送総局長もおそらく似たような人物なのだろう。
 解決の道はどこにあるか。視聴者の批判の運動が切実な意味をもつのはいうまでもないが、重要なことはNHK内部で、従業員組合を中心にジャーナリズムと公共放送の矜持についての思想闘争、理論闘争を展開し、権力に呼応する幹部を下から批判することである。NHK予算審議の時期にはとりわけ必要な行動と言える。
 簡単なことではないと承知している。しかしこの闘いを抜きにNHKが信頼を回復することは難しいだろう。

                            2016年3月号より


           笑いを武器にできないか
                       府川朝次(放送を語る会会員)

 「放送を語る会」では昨年5月から9月まで5か月間、テレビの安保関連の報道番組をモニターし、「安保法案国会審議・テレビはどう伝えたか」にまとめて12月公表した。その過程で、非常に興味深い企画に接する機会があった。それはTBSの「NEWS23」で723日に放送された「『あかりちゃん』vs『ヒゲの隊長』」である。
 自民党が安保法案の必要性を説くために、You Tube上にアニメ作品を公開したのは72日のことだった。自衛隊OBで参議院議員の佐藤正久氏がヒゲの隊長に扮し、電車で隣の席に乗り合わせたあかりちゃんに安保法案の必要性を説いて聞かせるという物語である。たとえば、こんな会話がある。ヒゲ「もし現実にミサイル撃ってきたらどうする?」あかり「えっ、撃ってくるの?ムリムリ誰か護って!」。これは北朝鮮を想定した問答であるが、この他に尖閣を巡る中国との関係など、集団的自衛権行使の必要性を説くための問答がいろいろ用意されている。
 ところが、公表されて1週間後、You Tube 上にヒゲの隊長の台詞はそのままに、あかりちゃんの台詞をそっくり入れ替えたパロディ版が登場したのだ。たとえば、先の例でいえば、ヒゲ「もしミサイル撃ってきたらどうする?」あかり「現実に撃ってきたら個別的自衛権で対処できるでしょ。あんたたちが無理やり押し通そうとしている集団的自衛権の話は関係ないよね。それに、ミサイル撃たせないようにするのが政治なんじゃないの?」となる。こんなくだりもある。ヒゲ「北朝鮮も核実験を繰り返している。テロやサイバー攻撃も本当に深刻」あかり「サイバー攻撃とかいってるひまがあったら、まずは年金の情報流出の件、何とかしてくれない?」。実にうまいはめ換えだと思う。抱腹絶倒の中に鋭いトゲが隠されている。
 私が注目したのは、こうしたパロディを放送したことにある。もちろん、パロディだけを紹介したわけではなく、制作者であり出演者でもある佐藤氏を登場させ、パロディ版の感想を求めたりもしている。しかし、局独自の制作ではないにしても、こうした政権批判をふくむ風刺作品を放送で取り上げること自体、テレビメディアでは絶えて久しくなかったのではないか。
 一世を風靡した「日曜娯楽版」が時の政権によって葬り去られたのは今から60年余り昔のことだった。これはラジオ時代の話だが、その後テレビ時代になって、これに類する番組がどれほどあったろう。社会派ドラマの名作はあまたあるが、笑いを武器にしたドラマはそれほど多くないのではないか。たしかに、「あまちゃん」は近年まれな面白さがあった。AKB48のパロディなど社会風刺の要素も多分にあった。が、もう一歩踏み込んだ政治風刺にまでは至っていなかったと思う。
 そんな中で私の記憶にあるのは、40年余り前、NHKで放送されたテレビ時代劇「天下御免」である。山口崇扮する平賀源内が諸問題や難事を解決してゆく設定なのだが、取り上げられたのは、政治家の賄賂、深刻な公害やごみ問題、受験戦争など日本列島改造ブームが引き起こした政治問題や社会問題だった。これほど痛烈に政権批判して大丈夫だろうかと、見ている方がハラハラするような「痛快時代劇」だった。だが、この番組は1年で終わる。脚本を手掛けたのは早坂暁氏だったが、一説には彼が遅筆故、制作に支障をきたしたからと聞いている。しかし、その続編ともいうべき「天下堂々」も、全編ではないにしても彼が手がけているところを見ると、あながち遅筆だけが原因だったとは思われない。何らかの圧力がかかったのではないかと疑ってしまう。というのも「御免」の痛快な風刺が「堂々」では影をひそめてしまっていたからだ。
 劇作家の飯沢匡氏は『武器としての笑い』の中で、笑いは権力を震撼させる力をもっていると説いている。笑いは武器になるのだ。活字メディアでは今も川柳や漫画などでささやかな抵抗を続けている。しかし、いかんせんテレビメディアでの笑いは不毛である。権力が最も敏感に反応するということもあろう。だが、だからこそいま笑いがほしいと思う。市民からこんな不名誉な風刺を受けないで済むためにも。
 政権の広報支援NHK

                                  
2016年2月号より


 
         NHKを支えた元女性ディレクター達の思い

                         増田康雄(放送を語る会会員)

 NHKの番組は現在も過去も優れた番組が多いと社会的に評価される。そのNHKを支えてき定年退職者は約1万人。筆者はNHKの「音響効果部」で30年以上働き、元女性ディレクタ―とは番組制作の仲間だ。日常の番組制作で努力された彼女たちに番組作りや最近のNHKをめぐる状況について話を伺った。
〇山路家子元ディレクター(教育・教養番組制作者)
 
山路氏は1958年入社。教養番組を制作してきた。特にラジオ番組「人生読本」「FM朗読」は印象に残るという。定年後も出会った出演者とはお付き合いが続いている。仕事で一番苦労したことは原作の言葉の読み方を間違えがないようにすること。地名など視聴者から指摘されたこともあった。朗読番組は作品と読み手のマッチングが大切という。そのために日常からアンテナを張り、舞台、新聞、雑誌、友人から情報を得ていた。勉強になった仕事だった。
 最近のNHKをめぐる動きに彼女は敏感だ。安倍政権から送り込まれた経営委員、会長のもと現職の職員が萎縮しているのではと心配する。特に2001年「従軍慰安婦」番組改編事件以降、自由な番組提案が出来なくなったことに心を痛めている。それ故にNHK会長は世界に誇れる幅広い教養と知見、国民から尊敬される有識者がなるべきと主張する。定年後、彼女は杉並区の玉川上水に出来る自動車道路建設見直しを求めて週日の朝1時間の辻立ちを8年以上続けている。
坂元英子元ディレクタ―(教育番組制作者)
 坂元氏は1959年入社。4年間の休暇を挟んで2013年まで教育番組系の学校放送番組を制作してきた。ラジオ教育番組「お話の旅」「名作を訪ねて」、テレビ教育番組「おはなしのくに」「おとぎのへや」など主に制作した。小学生対象の日本、世界の名作を朗読や影絵、人形劇で紹介した番組制作者。学校放送番組は他の教養番組や報道番組とは異なり、年間計画を事前に番組委員会で討議した上で番組が制作される。エピソードでは古谷一行氏を俳優座研究生時代から発堀したこと、ヘッセの作品の放送許可を番組委員だったドイツ文学翻訳者から取って頂いたことが懐かしいという。脚本や番組作りで、井上ひさし、まどみちお、との出会いはとても素晴らしかったと振り返る。番組ディレクタ―冥利は番組を視聴した子供たちや現場の先生から感想文が送られてきて、子供たちがどのように物語を受け止め、理解したかが良くわかり、番組制作に励みとなったといきいきと語る。小学校の卒業式にも招かれる機会もあった。最近のNHKの情勢については籾井会長や長谷川三千子経営委員は早くやめてほしと思う。国民のための公共放送は放送法にもとづいた自由な番組作りが必要だと主張する。定年後は各劇団の舞台や朗読会にでかけて楽しんでいる。
松尾慶子元ディレクタ―(ラジオ番組制作者)
 
松尾氏は1962年入社。入社直後は広報室に配属され、その後「スタジオから今日は」「NHKの窓」を始めPR番組を担当して、パブリックリレーションズ走りの時代を体験する。今のNHKの広報番組は民放よりひどいのでは松尾氏は考える。放送中の番組と番組PRが次から次へと重なり合って煩さ過ぎるという。PR番組を羽織って、中身の番組が見えにくい事も、と彼女は批判する。
 1960年代、ラジオ番組は時間枠に嵌められて制作の自由さがあまりなかった。その後、放送局の機構改革で1984年に「ラジオセンター」がスタートする。これまでの部所属のラジオ班 (報道、芸能、教育教養)が一つの部として纏まったのである。ラジオセンターでは早朝班、午前班、午後班,夜間班とラフに分かれ、番組内容もテーマの幅が広がった。そして殆ど生放送になる。松尾氏は午前班所属となったが特に印象残る番組は「子ども教育電話相談」(月~金)と言う。子どもの親がスタジオの先生と直に相談する。社会の評価が高かった。1989年天皇崩御の後「ラジオ深夜便」の開設となる。深夜族の聴視者間で好評だ。ディレクタ―もインタビューが当たり前となった。
 私は取材を通して考えたことは、NHKを支え、放送文化を豊かにしてきたのは視聴者である国民とNHKで働いた退職者と有識者であったと思う。NHKを「アベチャンネル」にしたくはない。私達は国民のための放送局にするため、市民と共に今のNHKを改革することが求められている。
                              2016年1月号より


          
「政権寄り」のNHK報道浮き彫りに!

                          服部邦彦(放送を語る会会員)

 十月三日、大阪市内で、『メディアを考える大阪集会~安倍政権のメデイア戦略を斬る!「戦争法案」をメディアはどう伝えたか~』が開かれ、約二百人の市民が参加しました。(「NHK問題大阪連絡会」と「放送を語る会」の共催)
 講師は、菅原文子さん(「辺野古基金」共同代表、故・菅原文太氏夫人)と「放送を語る会」事務局長の小滝一志さん。
 「ニセモノ」の民主主義菅原文子さんは、「民主主義をホンモノに」と題して講演。 
 最初に大阪の橋下維新の政治について、「個人と国家を並列においたり、一院制、首相公選制を主張するなど、安倍政権の言っていることと同じ」などと批判しました。
 「安倍首相や橋下徹氏が言う民主主義は〝ニセモノ〟であり、日本が中央集権、軍国主義に曲がっていくのか、それとも、生活者、市民・有権者の考えが政治や行政に反映する普通の民主主義の国になるのかの分かれ道に来ていると思う」と話し、若い人たち、志ある人たちの行動参加に希望を表明しました。

「権力は疑え」
 菅原さんは、「新聞や民放はコマーシャリズムの中で運営されており、クライアントの意向に反することはやれない。NHKの報道も話半分、半分は本当だろうが、半分は何らかのプロパガンダが働いているのではないか。本当かどうか冷静に見抜く必要がある」と述べるとともに、メディアも一つの権力であり、『権力は疑え』ということを強調しました。
 「どんな組織にも多面性、多様性がある。NHKにも、いい番組を作ってきたプロデューサーやディレクターも多くいます。ただ、そういう番組が深夜やBSで放送され、誰もが見やすい時間に放送されないのが問題」。
 また、「籾井さんという人が安倍さんが飛ばしたドローンみたいに入り込んでいるが、NHKの中にも早く辞めてくれないかという人もたくさんいる。ただ、籾井さんが辞めても、安倍さんが官邸にいる限り、また飛ばしてくるに決まっている。おおもとを断たねばなりません」と次の選挙での政権交代にも触れました。

沖縄新基地建設は日本全体の問題
 次に、故・菅原文太氏が昨年秋の沖縄知事選挙の翁長候補の応援演説で、『政治の役割は二つある。
 一つは 国民を飢えさせない、安全な食べ物を食べさせること、もう一つは絶対に戦争しないこと』と
述べたことを紹介し、「戦争をしないことは、政治家の役割であるととともに、主権者である私たちの役割だと思う」、そして「今、この国は曲がり角に来ている。日本が戦争する国に向かっていることを肌身で感じる。」と語り、さらに、沖縄の普天間基地の閉鎖と、辺野古新基地建設の中止を訴え、「ぜひ現地に行って自分の目で見ていただきたい」と呼びかけました。

「戦争法案」をメディアはどう伝えたか
 次いで、小滝一志さんが基調報告を行いました。
 小滝さんは、「放送を語る会」が実施したNHKと民放キー局の「安保法制(戦争法)関連報道」のモニター活動(前半)に基づく検証を、豊富な資料を付して詳しく報告しました。
 モニター活動前半の五月一一日から六月二四日までの「安保法制関連報道」について、NHK「ニュースウオッチ9」(延べ放送時間135分、独自調査取材11回)、テレビ朝日「報道ステーション」(同274分、20回)、TBS「NEWS23」(同188分、27回)を比較すると、放送時間、独自の調査取材回数に大きな差があるとともに、内容にも大きな違いがあることが明らかになりました。

「政権寄り」報道が際立つNHK
 また、「ニュースウオッチ9」では、〇政府の見解・方針伝達を重視、〇政治部記者が法案や首相会見に沿って解説、〇野党質問より首相答弁重視、〇法案に批判的な言論や反対運動を伝えない傾向、〇外部識者や専門家をほとんど起用しない、〇市民運動に対する冷淡さ、〇伝えるべき重要な問題を伝えない傾向が顕著でした。
 これに対し、「報道ステーション」、「NEWS23」では、憲法審査会での参考人三人の「違憲」発言を大きく伝えたほか、独自の調査取材報道も多く、キャスターやコメンテーターも批判的な意見を展開し、国会周辺などの反対運動を大きく伝えるなど、報道姿勢に大きな違いがあったと報告しました。
 小滝さんは、NHKの報道が政権寄りになる構造、NHKを市民の手に取り戻す運動と課題についても語りました。(六月二五日から強行採決・成立までの後半を含むモニター活動の報告全文は、「放送を語る会」ホームページ参照)

 講師お二人の講演と基調報告は参加者に共感を持って受け止められ、集会は成功裏に終わりました。NHKは、政権の介入を許さず、公正・公平な報道を!

                            
2015年12月号より


          NHK政治報道の体たらくを嗤う

                       諸川麻衣(放送を語る会会員)

 選挙の時には…政見放送/選挙でない時は…政権放送!と言いたくなるくらい、昨年夏以来のNHKの集団的自衛権や安保法制をめぐる政治報道は政権べったら漬。「憲法学者一八六人が安保法案に反対声明」「学者一万二六四四人が反対署名」「軍部独走を示す防衛省文書と野党の追及」「SEALDsの活動開始」など重要な節目となった出来事の大部分を、NHKのニュースウオッチ9は無視するか、極端に軽い扱いでした。参院特別委での強行採決を受けて内閣不信任決議案が出された衆院本会議も全く中継せず、野党議員の渾身の弾劾を、国民はネットでしか視聴できませんでした。結果的に、法案が成立するまでにこの問題を取り上げたNHKの番組は、七月のクローズアップ現代と、九月のNHKスペシャルの討論会だけでした。
 しかし、福島原発事故や武器輸出、戦争体験などで鋭く現実をえぐる番組を作ってきたNHK職員が、問題点だらけの戦争法案や空前の市民運動の盛り上がりに、プロの番組制作者として関心をかき立てられないはずがありません。おそらく現場ではさまざまな企画が提案されたものと推測されます。ではなぜ政権寄りの政治報道のみが垂れ流され、自主的な企画が日の目を見なかったのでしょう?

 
まず推測できるのが、政治部の支配です。長年にわたり政治部は、NHKが政界を監視する部署ではなく、政権党がNHKに介入する回路になってきました。出来事の取り上げ方やコメントの言い回しなどを政治部が細かく指示したであろうことは、十分想像できます。
 次に、政権の意向を反映して決められた現会長(うわっ、この人まだいたんだ!じぇじぇ)。ただし前経営委員長代行などの証言によるとこの人は他人の話や文書を理解する能力が極めて低いらしく、意味のある指示を現場に出すことはおそらく無理でしょう。
 そこで重みを持ってくるのが、会長に逸早く忠誠を誓い、腹心中の腹心と言われる放送総局長です。この立場なら、政権に不都合な放送が出ないようあらゆる報道や番組に目を光らせることが可能と思われるからです。思い描くに、現場からのさまざまな提案に、総局長は「反対運動を大きく取り上げると公正中立が損なわれる」とか「時期を考えるべき」とか「国民に誤解を与える」とか、あれこれ理屈つけて企画を軒並み却下したのではないでしょうか?
 NHKのこのような姿勢は、官邸には大歓迎でしょうが、放送法の定める「放送の不偏不党、真実及び自律」にも、経営計画がうたう「物事の核心に迫る情報」「判断のよりどころとなる正確な報道」にも真っ向から反します。
 とここまで書いたら、自民党小委員会が受信料義務化とネット二十四時間同時配信の提言。いい子でいたからご褒美あげようってわけ?NHKの「株主」は私たちですよ!あまりに腹立たしいので、今のNHK政治報道をNHKの有名番組に例えた冗句を以下に掲載します…。
 
・政権には…あまちゃん  ・反対世論を取り上げるのは…まれ 
・与党と野党の扱いの差は…天と地と  ・政権幹部との呼吸は…あ・うん
・与党幹部に呼び出されると…翔ぶが如く   ・政権からの採点は…まんてん
・会長は…ワンマンショー、殿様ごっこ 
・会長と放送総局長は…ふたりのビッグショー ふたりでひとり
・会長と放送総局長と政治部長は…お笑い三人組、道づれ  ・首相との会食は…ごちそうさん
・政治部の真髄は…堂々たる打算  ・衆院特別委の強行採決の中継見送りは…昼のプレゼント・放送法の原則は…日本百名山「奥白根山」(僕知らね)  
・衆院本会議より強いのは…大相撲秋場所  ・気にかかるのは…琉球の風  
・永田町で狙うのは…功名が辻  ・政治部与党番になると…花の生涯  
・NHK政治部にとって安倍ちゃんは…いのち  ・当面の目標は…籾ノ木は残った  
・職員の声はたぶん…おごるな上司!  ・国民には…迷惑かけてありがとう  
・国民の声は…こら!なんばしよっと、ふとどき千万  ・君たちに明日はない、憲法はまだか
 
                              2015年11月号より



  何が証言者に語らせたのか ~NHKスペシャルの戦争シリーズを見て~


                        諸川麻衣(放送を語る会会員)

アジア太平洋戦争終結から七十年の今年八月、NHKは戦争を扱った番組を集中的に編成しました。主なNHKスペシャルを見ましたが、どれも力作揃いで、安保関連法案などの政治報道の露骨な政権擁護ぶりと好対照でした。お盆までの番組を見て感じたことを書き連ねます。
 まず八月二日放送の『密室の戦争』。オーストラリアで日本兵捕虜を連合軍側が尋問した録音を発掘、連合軍への協力を迫られた日本人捕虜たちの苦悩を描きます。一人は自ら命を断ち、一人は「戦争を早く終わらせて同胞の命を救うため」と自らを納得させて、投降を呼びかけるビラを作ります。中国戦線での日本人兵士による反戦活動は有名
ですが、他にも同様の立場に立った人がいたことを知りました。ご本人(故人)は戦後家族にもその事実を一切語らなかったとのこと、その沈黙から、自ら背負った十字架の重さと共に、秘めた覚悟もうかがわれました。
 次に九日の『“あの子”を訪ねて』。長崎市の山里小学校で奇跡的に原爆から生き残った子供たち三七人をNHKはずっと継続取材してきた由、七十年の節目で十八人に再会した記録です。結婚せずに老いを迎えた人、被爆のことを語るなと家族に止められた人、被爆の語り部となった人などさまざまな人生を描きますが、中でもある女性の「戦争よりも戦後がつらかった」との一言が痛切でした。
 十一日の『アニメドキュメント あの日、僕らは戦場で』は、沖縄戦に際して作られた少年ゲリラ兵部隊の生存者に取材、その体験を証言とアニメで描いたものです。陸軍中野学校出身者が組織した「護郷隊」というこの部隊は、十四~十七歳の少年千人を訓練、上陸した米軍にゲリラ攻撃を行なわせました。志願制と言いつつ実態は強制であったこと、激戦の中で仲間の死にも何も感じない心理状態になったことなどが証言され、同様の少年ゲリラ部隊が本土でも計画されていた事実も紹介されます。さらに、負傷した仲間を軍医が銃殺した目撃談も語られ、その事実を初めて遺族に伝える場面が後半の山場になっていました。
 十三日の『女たちの太平洋戦争』は、元日赤従軍看護婦の証言から、ビルマ戦線とフィリピン戦線での彼女たちの運命をたどった番組です。「国のため、兵隊さんのため」と勇躍戦地に向かったものの、物資不足で満足な治療や看病はできず、遂には自分たちが逃避行に追い込まれ、抗日ゲリラの襲撃や飢え、病気に苦しむという過酷な体験を強いられたのでした。一連のシリーズ中では、日本の加害性にも触れた貴重な番組となっていました。
 いずれの番組も一次資料を掘り起こしてきちんと読みこみ、証言者を探し、信頼関係を築いてつらい体験を語ってもらうという点で、取材者・制作者の誠実な姿勢としっかりした制作能力がよく伝わるものでしたが、それ以上に強く感じたのは、多くの証言者に共通する「七十年経った今こそ語っておきたい」というひたむきな気持ちでした。
 例えば『“あの子”を訪ねて』では、三五年前には取材を拒否してカメラから逃げ去った男性が一転インタビューに応じ、原爆による足の傷をあざけられてきた経験を語ります。『あの日、僕らは戦場で』では前述のように、仲間の銃殺を逡巡の末に遺族に告げる場面が重要ですし、他にも、当時も今も沖縄は本土の犠牲だとの声も登場します。
 考えてみれば、現在七五歳以上のお年寄りはすべて、何らかの形で戦争を記憶している方々でしょう。一見穏やかな表情のごく普通のお年寄りが実は凄絶な戦場体験をお持ちかもしれないわけです。そして今回感じたのは、多くの方々にとって戦争は七十年前の「遠過去」(イタリア語で現在と切り離された歴史的過去を表す過去形)ではなく、今日まで一日も忘れることのできない「現在完了形」、それどころか「現在進行形」だということでした。
 この方たちが長年秘めてきた体験や苦悩を堰を切ったようにカメラに語ったのは、単に「戦後七十年の節目」だからだけでしょうか?私には、戦争体験も戦争への反省もなく、「戦争など七十年前の遠い話」と言わんばかりの政治
家に多くのお年寄りが危機感を感じている面もあったのではないかと思われます。全身体験に基づく一千万人の戦争への嫌悪、平和への希求は、想像以上に深く強いのではないのか、ひょっとすると能のように生存者の口を借りて、無惨に人生を断たれた二千万近い人々がやむにやまれぬ思いを語っているのではないか…心の底からの証言にそんなことすら感じさせられた、「七十年目のお盆」でした。

                              2015年10月号より
      



      消えない空襲の記憶
 ~〝少国民〟の戦争体験~


                         石井長世(放送を語る会会員)
 
 一九四五年の敗戦から70年。日本各地に広がった悲惨な戦災の記憶も、時の流れの中に埋もれようとしている。
 しかし、当時10歳の少年だった筆者が経験した空襲の恐怖の記憶は、猛暑の夏に今でも何かのはずみでひょっと蘇ることがある。
 今年七月一日、NHK宮崎放送局が午前11時半から総合で放送した「目撃!日本列島」では、南九州一帯を襲う米軍機による空襲の記録が再現された。米公文書館所蔵の映像で、艦載機の機首に取り付けた“ガンカメラ”によって映し出された機銃掃射の容赦ない殺戮と破壊の記録だ。 無抵抗の農村や住宅地が機銃掃射で狩り立てられる様子が痛々しい。
 ルネ・クレマン監督の「禁じられた遊び」で、幼い少女の両親が避難民の列にいてドイツ軍機の機銃掃射で死ぬシーンが思い出される。
 敗戦直前の日本列島、中でも九州地方は6月下旬の沖縄戦の終結とともに、本土攻略を目指す米空母艦隊の艦載機による連日の空襲に晒された。当時筆者一家が住んでいた熊本県宇土町―県都に隣接する人口6000人余、小さな化学工場があるだけの町も、同年七月から八月にかけて繰り返し米軍機の空襲を受けた。
 現宇土市市史などの記録には、特に八月十日は化学工場がロケット弾、町は焼夷弾投下と機銃掃射に見舞われ、古い木造の建物が並ぶ町の中心部はなす術もなく4分の1が消失、38人が犠牲になったことが記されている。県都の熊本市は七月初めB29の編隊による空襲で、死者400人余の犠牲者を出したが、宇土町は県下ではそれに次ぐ被災だった。
 東京にある「東京大空襲・戦災資料センター」の資料では、第二次大戦中の日本全土で亡くなった民間の戦災犠牲者は合わせて41万人以上に上り、国民全体がいかに大きな犠牲を払わされたかが分かる。これに比べるとわが町の犠牲は比較にならないが、それでも小さな町にとっては大災厄であったことは間違いない。
 当時私の家は、旧家老の住まいで瓦葺の大きな二階家だったが、ここも米軍機の激しい機銃掃射を受けた。高空からエンジンを切って降下し、低空で機銃をあびせながら急上昇する戦法で、空襲警報も鳴らないうちの無差別で卑劣な不意打ちだ。映画やドラマの無機質な軽い音と違って、実際に経験した機銃掃射の銃弾は二階の屋根を打ち抜き、ズドンズドンと腹に響く重圧感で私たち家族を震え上がらせた。そのあと我が家からは数発の銃弾と薬きょうが見つかり、その大きさに驚いた記憶がある。幸い家中にけが人はなかったが、庭を隔てたすぐ裏隣のラムネ工場は焼夷弾の直撃を受けて防空壕の一家3人が犠牲になっている。
 機銃掃射をした米軍機は双胴のロッキードP38で、グラマン“ヘルキャット”などと共に、すでに制空権を失った日本空軍を相手にせず九州各地を我が物顔に荒らし回っていた。私が家に逃げ込む前に一瞬見た鋭く光る不気味な機体が脳裏に焼きついている。
 地元の熊本日日新聞社が42年前に出した『宇土空襲手記』には、こども2人と老人を抱えて逃げ惑った主婦の体験記などが収録されていて、平和な町を突然襲った恐怖が生々しく綴られている。
 思えば開戦当初、華々しい日本軍の戦果を聞かされて幼心にも浮き立つ思いだった小国民の私も、4年後には本土決戦に備えるとして師団司令部が置かれた我が母校―国民学校の校舎が空襲で丸焼けになり、町の郊外のあちこちで機銃掃射の犠牲者が出たなどという話を聞かされるうちに、空元気もしぼんで不安な気持ちになっていた気がする。
 また、空襲を恐れて一家8人が近くの山に逃げ込むなど、爆音を気にしながらの緊張した毎日だった。
 話はガンカメラの映像に戻るが、番組に使われたのは大分県宇佐市の市民グループ“豊の国宇佐市塾”の提供によるもので、塾の代表の平田崇英さんは、米国の公文書館から入手した空襲の映像資料が日本の平和に役立つならばと、全国のメディアからの要望に快く応じている。
 宇佐市郊外には戦時中、日本軍の戦闘機を隠すための掩体壕が今でも残っており、平田さんたちはこの掩体壕を平和資料館に作り変える計画を進めていて、4年後には実現する運びだという。地域住民の手による地道な平和への歩みが実現することを願わずにはいられない。
                           
                               2015年9月号より
 


    
     いまヒロシマの死者たちが語りかけるもの
         ~堀川惠子「原爆供養塔」を読む~

                        戸崎賢二(放送を語る会会員)
 

 戦争、公害の歴史においては、権力は忘れさせようとし、民衆は記憶しようとする。悲劇の歴史が世に伝えられるとき、そこには必ず忘却に抗する無名の市民の闘いがある。
 今年5月に刊行された堀川惠子『原爆供養塔・忘れられた遺骨の70年』(文芸春秋)は、ヒロシマ被爆者の遺骨が納められた場所を守るために生涯の大半を過ごしたひとりの女性と、その意思を継いで行動するジャーナリストのドキュメントである。一読してしばらく身動きができないような感銘を受けた。
 毎年8月6日に式典が行われる広島の平和記念公園の一角に、土地の人が「土饅頭」と呼ぶ小山のような塚がある。正式な名前は「原爆供養塔」という。この塚の下にある地下室には、原爆で死んだ人びとのうちおよそ7万人の無縁の遺骨が納められている。集められた時、遺品から名前・住所が推定され記録された遺骨もあれば、わからず大きな箱にひとまとめにされた遺骨もある。
 この塚に毎日通って、掃除し雑草を抜き、水を汲み、通りかかる人に説明をしたりするひとりの女性がいた。佐伯敏子という。佐伯さんは地下の納骨堂にこもって、死者の名前、住所をノートに書き込み、あちこちを訪ね歩いて、遺骨を遺族のもとへ届けることにも力を尽くした。供養塔は広島市が管理するものだが、担当者が訪れることはめったになく、ひとりの市民としての佐伯さんが1958年から病で倒れる1998年まで40年間、この無償の行為を続けた。
 著者の堀川惠子氏は、広島テレビ放送で報道記者だったときに佐伯さんに出会い、その後、フリーのジャーナリストになったあと、2013年に再会を果たした。このドキュメントは、93歳で施設のベッドにいる佐伯さんを訪ねるところから書き起こされている。
 なぜ佐伯さんのこのような行動が続いたのか、遺骨はどのようにして供養塔に集められたのか、本書は詳細にその事情をたどっている。
 一瞬にして十数万の市民が無差別に殺された原爆投下のあと、市内には無数の遺体が散乱し、瓦礫の下にぼう大な数の遺骨が残された。佐伯さんも被ばくし、肉親、縁者が目の前で苦しみながら亡くなっていった。彼女の手記をもとにして書かれた被ばく直後の人びとの状況は酸鼻を極める。
 堀川氏も、佐伯さんのノートの名簿をもとに遺族を訪ねる取材を続けるが、その中で、遺体を処理にあたったのが、少年特攻兵たちだったことなど、重要な事実を発掘していく。生き残った人による凄惨な遺体処理の証言もあり、著者のあらゆる取材はあの日の惨状の再現に向かわざるをえない。
 平和記念公園は、かつて広島の中心市街地だった。今なお遺骨が地中に埋まっている。供養塔の地下室も近年広島市によって固く閉ざされ、士の業務以外開けられることはない。この空間を一般市民は見ることができないのである。佐伯さんはこの公園について「平和公園」という言葉を使いたがらず、「地獄公園よ」と言い、次のように堀川氏に語ったという。
 「……生きとる者はみんな、戦後何十年と言いながら、死者のことを過去のものにしてしまう。死者は声を出せんから、叫び声が聞こえんから、みんな気付かんだけ。広島に歳はないんよ。……」
 次第に忘れられていく遺骨の声を代弁するかのように、著者もまた、「私たちは遺骨となった人々に、胸をはれる戦後を歩んできたであろうか」と問いかける。この問いは現在進行中の戦後平和の危機的状況にも向けられるものだ。
 堀川氏は、NHK「ETV特集」の「死刑囚永山則夫・獄中28年間の対話」(2009年)で高い評価を得、番組の取材過程を含む出版「死刑の基準」(同年・日本評論社)で講談社ノンフィクション賞を受賞した。一貫して生と死の問題を追求し、ヒロシマと深くかかわってきたジャーナリストが、この重い一冊を世に送り出した。
 かつて作家大岡昇平は、「8月6日から15日までは、これはわれわれは正気を取り戻さなければならない日である」と言ったことがある。(30年前、評者がNHK在職中にこの作家出演の番組を制作したとき、作家の肉声で直接この言葉を聞いたので今も耳に残っている)
 戦争を知らない政治家が、軽々しく海外での武力行使を口にする時代に、この「原爆供養塔」は、紛れもなく日本人が正気を取り戻すための一冊である。

                             2015年8月号より
       


     NHKで働くみなさんへ ~市民からのメッセージ~

                       小滝 一志放送を語る会事務局長)

 526日朝、私たちは東京渋谷のNHK放送センター5ヶ所の出入口でA4版4ページのリーフレット「NHKで働くみなさんへ~政府からの自主・自立を求める視聴者・市民の訴え~」を配布した。門前に立ったのは、放送を語る会、日本ジャーナリスト会議、マスコミ九条の会、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」、練馬・文化の会などの市民団体メンバー、NHKOB30人。出勤者が一番多い西口玄関前には長さ6mほどの「籾井会長 NO ! NHKを国策放送局にするな」と書いた横断幕、リーフを配布するメンバーの胸にも「籾井 NO ! 」「放送の自主自立を」などのゼッケン。リレートークが始まると元NHK経営委員小林緑氏らが次々マイクを握り訴えた。
 配布したリーフでは、NHKが戦後の歴史の中でかつてない危機にあること、「政府広報的」政治報道への批判が高まっており、NHKに働く人々に権力に屈せず自律的なニュース・番組作りを期待していると訴えた。そして、籾井会長、百田尚樹、長谷川三千子経営委員の罷免要求署名が74,000を越え、NHK問題に取り組む市民団体も全国で続々誕生していることを伝え、市民の運動に応えNHKの現場でも行動に立ち上がるよう励ました。
  門前配布終了後には、代表がNHK経営委員会に「籾井会長罷免を重ねて強く求める」申し入れ書を提出、日放労中央書記局に中村委員長を訪問して激励と協力要請を行なった。
 リーフ配布は東京だけでなく、広島(20日)、大分・大阪・京都・奈良・滋賀・名古屋・福島(以上26日)、神戸(27日)、和歌山(65日)など全国11ヶ所で市民団体・NHKOBなどにより取り組まれ、参加者が100名近くに達する一大行動になった。
 
拡がる市民の籾井不信、NHK批判
こうしたNHKをめぐる市民運動高揚の背景に、就任以来の籾井会長の言動に対する不信と安倍政権のメディア支配に対する強い危機感がある。ここに来て市民の怒りや不信感は、籾井罷免を掲げるアクティブな市民運動の枠を越えて大きく拡がりを見せている。
 523日宇都宮で開かれたNHK経営委員会主催「視聴者のみなさまと語る会」。参加した一般市民からも、「ハイヤーの公私混同問題、会長の適格性をどのようにお考えか」「何度も注意を受けているのに続投、NHKに自浄能力はないのか」「籾井さんは経営委員を軽視し、経営委員会は形骸化している」などの厳しい意見が相次いだ。
 朝日新聞61日「フォーラム」欄が「NHK」を取り上げた。ここでは、「NHK会長罷免を求める活動には参加していない市民団体」に対するアンケート結果が載っている。「籾井会長をNHKトップとして適任と思うか」の質問に「全く思わない」65%、「あまり思わない」25%。NHKが優先して実施すべきこと2項目を選んでもらったところ、半数前後が「経営陣を刷新」を選んだ。番組についても「政治が絡むテーマになると制作姿勢が萎縮する」が63%だった。

沈黙を続けるNHK内部にも動き
 3月に発覚した会長のハイヤー私的使用の発端は内部告発だった。4月には、「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」に署名した現職のNHK記者が記者会見に登場した。同じく4月、退任する下川理事が「NHKへの信頼が揺らいでいる。この危機に当たって、戦前の実質国営放送から、放送の不偏不党、自主自律を生命線とした公共放送に変わった戦後のNHKの原点に立ち返るべき」と籾井会長批判の強いメッセージを残した。放送現場の日放労組合員有志による外部ゲストを招いた公共放送を考える集会が昨年4月から継続的に開かれ、5月には地方都市で開催された市民集会に日放労幹部が出席して発言するまでになった。
 526日、私たちが取り組んだNHK門前配布でも、NHKに働く多くの人々がリーフを手にしてくれた。「NHKビルに入る人だけに配布したにもかかわらず、これだけ多く配れたのは驚き」(広島)、「読んでから引き返してきて『私は何をしたらいいのか』と問いかけられた」(大阪)、「職員およそ90名、リーフ配布70枚」(福島)、「出勤者はあまり多くありませんでしたが、大半の方が受け取ってくれました」(神戸)など。
 私たち市民からのメッセージが、NHKに働く人々の心を静かに揺り動かしていることが見て取れる。私たちの試みが、放送法違反の言動を繰り返す籾井罷免、政府から独立したNHKへの改革に向けて視聴者・市民とNHKで働く人たちの連携、NHKの内と外から変革の気運を作り出す一歩
につながることを願っている。
                             2015年7月号より


    「報道ステーション」新コメンテーター陣の発言に思うこと

                        中田賢吾(放送を語る会会員)

 テレビ朝日「報道ステーション」は新年度、レギュラーコメンテーターを入れ替えた。すなわち、これまで毎日コメンテーターを務めていた朝日新聞論説委員の恵村順一郎氏に代わって、朝日新聞論説副主幹の立野純二氏,海道大学大学院准教授の中島岳志氏(政治学)首都大学准教授の木村草太氏(憲法学)、それに経営コンサルタントのショーン・マクアードル・川上氏の4氏が、日替わりで木曜まで受け持ち、金曜日はゲストコメンテーターが出演する。
 例の古賀茂明氏のナマ放送での発言、続く自民党のテレビ朝日への事情聴取、これらの一連の動きが、コメンテーターの交代をもたらしたのか、気になるところだ。とくに政府批判に厳格だった恵村氏の交代は、テレビ局側の屈服ではないかという印象を持たざるを得ない。
 そこで、3月30日から4月初めにかけて、辺野古新基地建設関連ニュースでの新コメンテーターの発言をモニターしてみた。

気鋭の憲法学者の発言に違和感
 3月30 日の放送では、ボーリング作業の一時停止を指示した翁長知事に対し、防衛省が農林省を動かして「行政不服審査法」なる法律で、指示を無効にしようとしたと報じた。「この法律は行政の行き過ぎから国民側を守るのが趣旨」という専門家の意見も紹介されていたが、新コメンテーターの木村草太氏は、なぜか、「行政不服審査法」には一言も触れず、「そもそも内閣が、(基地問題に)国会に先んじて前に出てやりすぎ」という新たな論点を提起、憲法95 条による住民投票の必要性にまで話を広げた。
 しか
し、強権を振るい沖縄県知事を封じ込めようとしている現政府に対して、これでは、何の今更としか受け取れない。「オール沖縄」を標榜して基地反対を貫き勝った知事選及び、衆院選の結果はどうなるのか、住民投票に代わる立派な意思表示ではないのか。大いに疑問が残った。

判り易い論旨。
 コメントは、かくあるべき翌3月31 日の放送では、西普天間のキャンプ瑞慶覧(ズクラン)の返還を取り上げ、そこに化学物質のドラム缶が残されていたと伝えた。
 初登場の立野純二氏は、「返還された後に、地元に圧し掛かるこのような環境汚染の負担は、同じ第二次大戦の敗戦国で、米軍の駐留が続いたドイツに較べ、その重さが際立っている」と述べ、「ドイツでは
汚染があればその原状回復は米軍の責任としたのに対し、日本はその原則がないままに今日に至っている」と、沖縄での積年の対米従属の矛盾の、集中的表れを指摘した。
 続いて4月1日の,突然の菅VS翁長会談をめぐる放送に登場の中島岳志氏は、突然の会談成立の背景を問われ「折角、沖縄まで会いに行ったのに、相手は頑なで相変わらず反対の姿勢を崩さない」という現状をアメリカに、それとなく見せようとする政治的演出が狙いだとコメント。「行政不服審査法」についても、この法律は、「食堂を経営する人が、保健所から突然、営業停止を喰らっても、異議申し立て出来る法律」で、「弱い立場の国民を、行政側の強制執行から守る」という趣旨だから、運用が間違っている」と、論旨明快なコメントだった。

この判りにくさは、何だ?
 4月2日の放送ではショーン・マクアードル・川上氏が登場、古舘氏に、政府と沖縄が対立という現状をどう思うか聞かれて、「国と沖縄が対峙する構造としては見たくない」と述べた上で、「戦後70 年ということで言うと、日米の関係は?ということで考えて、東アジアの安全保障状況がだいぶ変わってきている中で、アメリカという地域の安全保障の抑止力はいかがなものか、検証と、そういう文脈の中でアメリカの基地の軽減、地位協定における日本の主権の回復、というディスカッションの文脈が走ったうえでのこういう議論でないと」と、非常に判りにくく、「辺野古移設が唯一の危険除去なのか」という、この日の番組の明確な争点に迫らず、沖縄の歴史や日米関係一般に解消するものになっていた。
 以上、短い期間のフォローでは、此の番組の、従来との比較は、無理と言うもの。しかし、テレビ朝日は、あの古賀茂明氏のゲリラ発言以来、「コメンテーター室」を新設したという。
 コメンテーターの管理を厳しくしようということなのだろうか。これまで一定の評価を得てきた「報道ステーション」の〝ジャーナリズムとしての権力監視力〟が弱まることになるのか、今後も、モニターを厳重に続ける必要があるようだ。

                        2015年6月号より


 
        福島・NHK・日本…やせ蛙、負けるな

                    諸川麻衣(放送を語る会会員)

 3月7日、東日本大震災と福島第一原発事故4周年の番組として、NHKスペシャル「それでも村で生きる~福島“帰還”した人々の記録~」が放送されました。自治体ごと避難を強いられた福島県の9町村中でいち早く「帰村」を宣言、住民の帰還をめざしてきた川内村に入り、帰村した住民の生活を見つめたドキュメンタリーです。かつての三世代同居家族は孫が帰村せず老夫婦のみに、山菜を民宿で出そうとしても県から止められる、村おこしで力を入れてきた蕎麦畑は除染廃棄物置き場に…。何ともやるせないシーンが続き、原発事故が平和な山村(そういえばこの村は蛙の詩人・草野心平の愛した土地でした)にどれほど大きな爪痕を残したのかがひしひしと伝わってきました。原発事故直後の力作「ネットワークで作る放射能汚染地図」のように、取材者が鋭い問題意識で掘り起こしてきた事実の数々が、おのずと「真実」を語り始めたのです-原子力村の村民にとってはこの上なく不都合なはずの真実を…。
 ここで話題はがらりと変わります。この秀作を作ったNHKで-ああ-今なお会長職にあるM氏の件です。氏は2月初め、「慰安婦の番組については、正式の政府のスタンスが見えないので慎重に考えなければならない」と述べて物議をかもしました。NHKの放送は政府のスタンスに則るべきだと言わんばかり、おまけに「河野談話を継承する」としている政府の正式スタンスを無視した発言でした。そして3月半ばには私用ハイヤー代の不適切な処理が暴露され、公私混同だと批判が高まります。3月19日に開かれた臨時経営委員会で監査委員の調査(3月6、9日)の結果が報告され、議事録が異例の早さで公開されました。
 そこには、調査で分かった経緯がかなり詳細に紹介されています。M氏は去年12月26日に、1月2日のゴルフに行くための配車を秘書室に依頼、秘書室から私用であれば公用車でなくハイヤーを使うよう指示されました。M氏は3月6日に「当初から自分で支払うつもりだった」と調査に当たった上田良一委員に述べていますが、配車要請、あるいは乗車の時点で「自分で支払う」意向を誰かに示した事実は確認できず、上田委員も「12月26日に秘書室に(配車を)依頼したところで、自分で支払うとの言及があったのではないかと思います。」と、推測の表現にとどめています。また、昨年数回ゴルフに行った際には電車・タクシーを使ったとの調査結果も紹介されています。
 ここから推測をたくましくすると、こう考えられないでしょうか。M氏はそれまで電車かタクシーでゴルフに行っていたものの、さすがに正月2日から電車で小金井に行くのは億劫に感じ、日頃乗っている公用車が使えないかと思いつき、秘書室に連絡した。ところが私用に公用車は使えないと言われ、ハイヤーをあてがわれた。むろんハイヤーで何の不足もないわけです。M氏としては、私用で乗ることは秘書室も了承していると理解し、支払いのことなど気にかけずにゴルフを楽しんで、後はよきにはからえ…。
 委員会で長谷川三千子委員は、不適切処理はまずもって秘書室のミスだったと強く主張していますが、上のように考えると、果たしてそう言えるものでしょうか…?? 
 巷で報じられているところでは、ここ一年、NHK内では、政権や国会議員の顔色を窺い、無用の摩擦を避けようとする忖度・自主規制・委縮の度が高まっているようです。公共放送の自主・自律について就任後一年経っても全く無理解で、お金に関する自律も大甘、そのような会長の下で、報道や番組制作に関わる職員は、さぞかしつらい、悔しい思いをしているだろう、良心に従ってきちんと社会の諸問題に向き合いたいと考えている職員であれば特にその念が強いだろう…そのことは想像に難くありません。
 そこで再び想起されるのが、冒頭で紹介した川内村のNHKスペシャルです。ここを墳墓の地と定め、孜々として生きてきた人々が理不尽な人災と数十年に及ぶ放射能の恐怖に圧迫される、しかしなお人々は諦めず、村を去らず、淡々と生業に励む…。川内村に生きる人々の姿に、政権の圧力に屈せず社会に事実を突き付け、真実を伝えようとする放送人の秘めた決意が重なって見えてくるのです。
 このまま安倍政権が続けば、日本全体が今の川内村、今のNHKのように過酷な状況になりかねません。事実を歌ってやまない「放送蛙」よ、安倍やMに負けるな、それは私たちが破局を避けるための大切な歌なのだから。

                             
2015年5月号より



        「表現の不自由展」が問いかけたこと


                     増田康雄(放送を語る会会員)
 
 2015118()から21日まで「表現の不自由展~消されたものたち」が東京都練馬区の「ギャラリー古籐(ふるとう)」で開催された。主催は「表現の不自由展実行委員会」(共同代表・永田浩三武蔵大教授、岡本有佳風工房編集者)2012年、在日韓国人写真家・安世鴻(アンセホン))氏のニコンでの「従軍慰安婦」写真展が中止となった。これ等をきっかけに、「表現の自由」が侵される事件が日本各地で頻繁におこり、「表現の自由を損なうものは何か」を考える場をもちたいと企画されたのが今回の展示会である。会場には「天皇と戦争」、「日本軍「慰安婦」問題」、「靖国神社」、「憲法九条」、「原発」、「性表現」など現代の課題と関連した作品が展示され社会的に注目された。
 この期間中、「在特会」などの妨害を防ぐ為、多くの市民団体が寒さのなか展示会防衛と受付,会場整理などに協力した姿が印象に残る。展示会は会期期間に数多くの新聞、雑誌メデイアが取り上げたので注目を集め、2700人が会場に足を運んだ。
 展示された作品は7点。展示作品の中に報道で知られた「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の俳句があった。これは、さいたま市大宮区三橋公民館が月報掲載を拒否したもの。なぜ日常の9条デモを読んだ俳句が政治的理由で拒否されたのか、憲法九条は市民の多くの人々に支持された世論調査結果が多数出ているのに公民館は政治的と判断したのか。戦後70年、日本は戦争に巻き込まれなかったのは憲法九条のおかげにと私は考える。俳句が政治的な内容と公民館が判断したのは理解に苦しむ。この事例も「表現の自由」に抵触していると思わずにはいられない。
 在日韓国人の安世鴻(アンセホン)氏が撮影した年老いた元「従軍慰安婦」(中国在住)の写真が展示されていた。  この写真は2012年新宿ニコンサロン展示後、大阪での展示を拒否されたもの。今も裁判が継続している。ニコンは中止の理由を明確にしていない。
 トークイベントでは7人の作家、画家、アーティスト、映画監督、漫画家などがそれぞれの立場から「表現の自由」とタブーについて発言した。特筆すべきは196211月放送中止されたRKB毎日放送制作のテレビドラマ「ひとりっ子」、映画「ジョン・ラーべ~南京のシンドラー」、森達也監督の「放送禁止歌」の上映とトークがあったことである。私はどの作品も見ていなかったので改めて新鮮な感動を覚えた。
 会場のトークイベントと作品の上映で私が注目したのは1962年、RKB毎日放送芸術際参加作品「ひとりっ子」。この作品は19621125日に「東芝日曜劇場」で放送する予定だった。スポンサーが突然降りたため、放送中止となった。ドラマが「自衛隊」をテーマに取り上げたことが原因と思われる。佐藤栄作、三浦儀一、木村篤太郎、石坂泰三が介入したと言われる。当時、RKB毎日の番組審議会は完成した芸術祭参加作品を「出来が良くない」との答申を出し、表向きには放送中止の理由にした。作品のあらすじは「普通の大学を目指していた息子が試しに受験した防衛大学校に合格する。父親は入学を進めるが、母親は長男が特攻隊で戦死しているので、防衛大学校には行かせたくないという、両親と息子の葛藤」をえがいている。当時の防衛庁は撮影に協力していた。
 この作品を見て、長男の死を無駄死と考え、二度と戦争は嫌だ、という母親の気持ちが私の心に深く入り共感を覚えた。今見てもすぐれた内容の作品だと思う。放送中止に抗議し放送を要求する運動が民放労働者を中心に広がった。番組のスライドと音声だけでの上映運動が日本各地で展開されたと記録にはある。
 最近では放送中止の例が出ていない。企画の段階で自粛しているのかもしれない。その意味では今回の「表現の不自由展」は時宜にかなった企画として高く評価される。今回の展示会は、理不尽な攻撃には「闘う」大切さを示唆していた。

                             2015年4月号より



         歴史の事実・記憶を消すのか?
         ――テレビと「慰安婦」問題――

                   五十嵐吉美(放送を語る会会員)


 昨年来の「朝日」へのバッシングは、安倍首相の「国民の名誉が傷つけられた」発言が力を与えたのか、一月二十六日八七〇〇余人が慰謝料と謝罪広告をもとめ、朝日新聞を提訴するという事態に広げられている。問題の本質は「マスコミ市民」11月号の各論文で論じられている。戦後七〇年の今、「朝日」問題は、日本の言論の自由、民主主義、歴史的事実の危機であるととらえ、私たち一人ひとりが見識をもつことが大切だと考えている。
 「慰安婦」問題――国連をはじめとする国際社会は何度も日本政府に対し、被害女性の人権を守れと「勧告」をだしている。昨年夏も、人権規約委員会は日本政府報告を審査、厳しい「勧告」を行なっている。しかし、「朝日」は間違った報道をした、強制連行はなかったのだから「慰安婦」問題はなかったというねじ曲がった歪んだ考え方の安倍内閣は外務省を動かし、国連報告で「性奴隷制度」と批判したクマラスワミさんに文書の撤回を要求したり、さらにアメリカの教科書会社へ訂正を申し入れるなど、歴史の事実を変えさせようとする行動に出ている。
 これほどまでに国際的な問題になっている「慰安婦」問題、テレビはこの間しっかりと報道してきているだろうか。二〇一三年橋下大阪市長の「(「慰安婦」は)どこの国でもあった、必要だ」という発言が大問題になり、同年参議院選挙前にテレビ朝日「池上彰の学べるニュース」で取り上げたが、政府寄りの解説は批判されるべき内容であった。
 NHKはどうか。二〇〇一年安倍官房副長官(当時)の介入以来取り上げていない。昨年一月の就任会見で「どこにでもあった」発言の籾井会長への罷免要求署名を届けた際、筆者や「慰安婦」問題に取り組んでいる団体代表は、「慰安婦」問題の報道をNHKに重ねて求めた。
 二月五日定例会見で籾井会長は「慰安婦」問題について番組で取り上げるかと聞かれ「正式に政府のスタンスというのがよくまだ見えない。慎重に…」と発言。「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」と発言した一年前と変わっていない、同じだ。NHKを国営放送だと思っている会長には〝レッドカード!〟しかない。
 高齢のため一人また一人と亡くなっていく被害女性たち。政府は被害者がいなくなるのを待っているのか、と暗澹たる思いにさせられる。
 BS放送だが昨年十二月三日「深層NEWS」が「慰安婦問題を世界ではどう見ているか」をテーマに専門家二人が討論。クマラスワミ報告はかつて日本政府も賛成したことなど、テレビが今まで取り上げてこなかった情報が伝えられた。今年一月七日同番組で「性奴隷か?」をめぐって小林よしのり氏が「当時の公娼制度は性奴隷制」と明言した。
 そんな折二〇一四年日本民間放送連盟賞テレビ報道番組部門最優秀賞を、琉球放送制作のドキュメンタリー「戦場のうた 元〝慰安婦〟の胸痛む現実と歴史」受賞したという情報に接した。民放連のホームページには次のように紹介されていた。
 
戦時中140ヵ所の慰安所があったとされる沖縄。慰安婦に関する大阪市長の発言も伝えながら、「慰安婦」問題の背景、沖縄に慰安所を設置した日本軍の実態を、多くの証言や資料で明らかにした。被害女性の貴重な証言や、宮古島で「慰安婦」を見た住民、慰安婦と交流のあった住民の記憶などを丁寧に集め、「慰安婦」や住民、日本兵が当時何を思っていたのかを「うた」を手掛かりに探った。「慰安婦」という難しいテーマを正面から取り上げた意欲が高く評価される。 戦争末期本土決戦に備えて、陸・海軍合わせて三万の軍隊が島民五万人の宮古島に集結。軍の指示で原野一帯に急ごしらえの兵舎が建てられ、そばに「慰安所」も作られた事が残された見取り図からわかる。草がおい繁り「慰安所」は消えたが、宮古の人々の記憶から消えない「慰安婦」たちとの交流。親を亡くした少女は彼女たちに育てられた温もりを思い出し、ある人は教わったアリランの唄を口ずさみながら彼女たちの心を思い、朝鮮ピーと差別した過去を悔やむ人など、「慰安婦」との遠い記憶を蘇らせた。帰国せず沖縄に暮らすハルモニが故郷の在り処を問われて、地図を見つめる後ろ姿、思わず涙せずにはいられなかった。
 戦後七〇年――過ちを繰り返さないために、テレビは役割を発揮する機会、だと思う。
                             
                              2015年3月号より


    
     「NHK問題」を根底からとらえ直すために
     松田浩・新版『NHK―危機に立つ公共放送~』を読む


                        戸崎賢二(放送を語る会会員)


 待望の出版である。昨年12月、松田浩著・新版「NHK―危機に立つ公共放送」(岩波新書)が刊行された。
 「新版」とされているのは、2005年に発表された岩波新書「NHK―問われる公共放送―」に対してである。それから9年余、この間のNHKをめぐる動きの激しさもあって、同じ筆者によるNHK論の再登場が待たれていた。
 一読して、本書を最初から最後まで大きな骨格というべきものが貫いていることに気づく。放送が市民社会で果たすべき公共的な役割が放送法成立の精神から明らかにされ、NHKにおける政治介入と幹部の迎合、政権に顔を向ける経営の動きなどの歴史的な事件が、すべてその役割からの逸脱として位置付けられ、批判されるという明確な骨格である。そのため読者は、NHKに関するさまざまな問題を系統的に理解することができるのである。筆者は次のように書く。
 ――戦後、電波三法によって日本の放送法制の基礎が築かれたとき、その最大の眼目は放送の「政府からの自立」だった……「政府からの自立」は何のためなのか。それは放送が市民社会においてジャーナリズムとして権力を監視し、民衆の「表現の自由」実現の場、世論形成の場として十分な機能を果たすことを期待したからである。(30ページ)
 ――公共放送NHKの第一義的な公共的役割とは、何よりも、こうした「民主主義に奉仕」する放送の「ジャーナリズムと文化のメディア」としての役割を先頭に立って果たすことだ。(34ページ)
 このまったく当然の精神がNHKに根付かず、「権力の監視」「政府からの自立」といった任務に反してきた歴史を本書は詳細にたどり、告発する。「ETV番組改変事件」の解明に1章があてられているほか、視聴者に向き合うよりも地デジ化、4K実用化など国策に沿った産業政策を推進してきたNHKの体質が批判されている。
 また、NHK予算の国会審議の過程で、自民党の密室での介入が常態化し、NHKの中に時の政権・派閥と深く結びついた政治部ボスを生み、そして彼らとその取り巻きたちが絶大な発言力をもつ「組織力学」を育てていった過程も実証的にたどられる。
 圧力を加える権力に対するだけでなく、NHKの対応も厳しく批判されている。NHKは、「組織として、権力と闘ってでも自主・独立を守ろうという伝統がなく、政治介入のつど、その実態を視聴者の前に明らかにし、視聴者とともに闘う取り組みをしてこなかった」と指摘、その対応の積み重ねの帰結として政権による人事支配があると言う。周知のように、近年安倍政権による極右の経営委員の任命、官邸の意を受けた会長の選任などで、公共放送の危機が深まっている。この事態を克服する方向はどのようなものか、結論は明快だ。
 ――「いま私たちは受信料を徴収されるだけの受け身の存在ではない。自立した視聴者・市民として、また放送における『国民主権』の担い手として、NHKで働く放送の担い手たちと力を合わせて、NHKをつくり直し、あるべき市民的公共放送を実現していく責任があるのではないか」(230ページ)
 あまりにまっとうで、理想論だという印象を持たれるかもしれないが、長期にわたってNHKにかかわる研究と実践に携わってきた著者の最終的なメッセージである。そしてこの方向しかない、という意味でこの提起は実は「現実的」なのである。この提起に沿った具体的なNHK改革案も本書の最後に展開されている。
 本書は二重の意味で「闘い」の書だ。昨年来、籾井勝人会長と極右経営委員の罷免を求める運動が展開されたが、本書はこうした市民の闘いに改めて明確な理論的思想的根拠を与えた。市民の闘いと共にある著作なのである。
 同時に、本書成立の過程そのものが闘いでもあった。松田先生は現在85歳という高齢で、以前からの眼病で視力が失われつつあると聞く。ぼう大な資料をいったんスキャナーでパソコンに取り込み、拡大して読まれたという。「視力のあるうちに」という決意で書き上げられた本書の重いメッセージにどう応えるか、視聴者運動にかかわる評者にとっても、大きな課題が突きつけられていると感じないではいられない。
                             2015年2月号より



      火山噴火・テレビはこれから何を伝えるべきか

                        諸川麻衣(放送を語る会会員)

 戦後最大の死者・行方不明者を出す惨事となった昨年秋の御嶽山噴火の直後、テレビ各局は幾つもの番組を作りました。特にNHKは、クローズアップ現代(九月二九日)、特報首都圏(一〇月三日)、NHKスペシャル(一〇月四日)、視点・論点(一〇月二〇日)と、四番組で取り上げています。最初の二番組は主に映像と生存者の証言から、噴石や火山灰で山頂付近がどのような状況になったのかを探り、突然のこのような噴火の危険を迫真的に伝えました。NHKスペシャルはそれに加え、①傷ついた人々を見ながら逃げざるを得なかった生存者の苦悩、②事前に火山性地震が発生して解説情報が出されながらそれが結果的に防災に活かされなかった問題点にも時間を割きました。
 今回の噴火の最大の教訓はこの②だと私は考えます。火山性地震が多発し、低周波地震も複数回発生し、「火口内及びその近傍に影響する程度の火山灰等の噴出の可能性」があるとの解説情報が出されながら、これはほとんど報道されず、噴火警戒レベルは「1平常」のままでした。そして、噴火数分前にわずかな山体膨張が確認された時には、もう手遅れでした。機器は確実に前兆を捉えたのに、不幸にもそれは「予知」として日の目を見なかったのです。
 『視点・論点』に出演した山岡耕春・名大教授や、二〇〇〇年有珠山噴火の直前予知に成功した岡田弘・北海道大名誉教授は共に、二〇〇七年に導入された「噴火警戒レベル」という枠組みが気象庁主導の硬直的な制度で、個別の火山の特性に機敏に対応できず、地元自治体も受け身になりがちだと言います。山岡教授は『視点・論点』で、噴火警戒レベルが「平常」のままだったために解説情報が逆に「安全」と誤解されてしまったと述べ、「このシステムは御嶽山では廃止し、地元自治体が情報を提供する仕組みに変えるべきだ」と突っ込んだ問題提起をしました。
静岡大の小山真人教授は「気象庁が噴火警戒レベルを示すことの限界が出た」とさえ述べています。気象庁の制度設計に潜んでいた問題が、今回顕在化したと言えるのです。
 さらにもう一つ見過ごせない問題があります。テレビ朝日の『報道ステーション』(一〇月九日)によれば、低周波地震は最初の二回までは気象庁から山岡教授に伝えられたものの、それ以降の分は伝えられなかったというのです。番組中で気象庁の担当者がこの事実を認めました。すなわち、運用においても判断ミスがあったことになります。
 今回の犠牲を今後の防災に活かすために、テレビはぜひこれらの問題をもっと報道してほしいと思います。噴火警戒レベルそのものの問題点、監視・情報センターの業務の実態を丁寧に知らせてほしいのです。今回の災害はある面で「官災」ではなかったのか、今の気象庁に噴火予知を委ねてよいのかという大問題に関わるからです。東京新聞は検証特集で、この点での気象庁の問題点を浮き彫りにしました(十一月)。日本テレビのドキュメント一四やNHKスペシャルが広島市の土石流災害の背景を探ったように、この問題にもテレビは切り込めるはずです。
 そもそも、常時観測火山のデータを集約する火山監視・情報センターは管区気象台レベルにしかなく、現地観測施設は五つの火山にしかありません。就職に結びつかないせいもあって火山を専攻する学生は減少の一途、一火山当たりの観測者数はイタリアの一/三〇だそうです。BS日本テレビの『深層NEWS』(一〇月二七日)では、予知の仕組みと観測体制のこうしたお寒い現状などについて一般向けに分かりやすく伝えていました。
 では放送の現状はどうでしょうか。世界的な火山国であるにもかかわらず、火山や地質など地球科学の視点で自然を見つめる定時番組枠はこれまで皆無で、噴火の際に特別番組が放送されるか、「百名山」などの紀行番組の要素に盛り込まれるだけです。『サイエンスZERO』は時折火山研究の最前線を紹介していますが…。
 一方では、ジオパークなど、地球の営みに関心が高まり始めています。どこかしらで火山が噴火しているというのは日本列島を列島たらしめている日常の営みであり、そのことを正しく知り正しく恐れなければ、日本に住み続けることはできません。放送局は、過去の噴火の映像や空から火口に肉薄した映像など貴重な素材を持っているのですから、火山を積極的に番組化してゆく力量があるはずです。制作者や編成担当者の創造的エネルギーの「噴出」を今年はぜひ期待しています。
                             2015年1月号より


     
       三菱が戻って来た!
~「武器輸出大国」への始動~


                        中田賢吾(放送を語る会会員)

 10月5日(日)放送のNHKスペシャル「ドキュメント“武器輸出”~防衛装備移転の現場から」は、防衛省の音頭とりで、日本が戦後初めて、フランスで開催の国際的な武器の見本市にブースを開設し、日本の大企業が、堂々と念願の武器輸出に乗り出した動きを追っていた。
 日本の武器輸出は、これまで、戦争放棄を掲げる憲法の理念の下、「武器輸出三原則」により禁止されてきた。それを、今年4月、政府は、新たな「防衛装備移転三原則」への転換を閣議決定し、武器や防衛装備の輸出を認めたのだ。
 自衛隊向け武器売り込みが伸び悩む中、早くから旧来の「武器輸出三原則」の見直しを政府に迫っていた経済界は、これを大歓迎。この見本市には、三菱重工、東芝など、大手企業12社が(こぞ)って参加、世界の凡そ五百の企業と武器の売り込みを競った。
 「初めての参加で、手探り状態だが、日の丸を掲げ、国のバックアップで、こうして宣伝すれば、士気も団結も高まるというものです」と語るのは、防衛省防衛装備政策課の堀地(ほっち)課長、地雷処理重機や装甲車の展示の前で、三菱の営業マンの、ブース活況報告に至極、ご満悦の(てい)だった。
 「外国の軍人や政府関係者が来て、三菱が戻って来た、日本が、武器輸出の仲間に入ったと、評判は上々です」その課長、軍用無人機〝ヘロン〟に異常な関心を示し、「カザ地区で、成果抜群の〝ヘロン〟に、日本の技術を加えれば、いろんな可能性が追求出来そうだ」と、カメラに向い、期待の程を吹聴しながら、イスラエル側との密談に別室へ消えた。
 軍用無人機が、十数キロも離れた上空から標的を粉砕、周辺の夥しい罪無き市民を巻き添えにしているのは、職務上、熟知のはずだ。私の友人の一人は、彼の平和憲法、何処吹く風の軽さ、自省の無さに呆れ、別の友人は、ナチスのアイヒマンよろしく、組織の歯車に平気でなれる、思考停止人間が、防衛官僚機構の重要ポストにいる恐ろしさを肌で感ずる思いだったという。
 さて、先の「武器輸出三原則」は、生まれたのが1967年で、日本が大気観測用に開発したロケット技術が、共産圏のユーゴスラビアに軍事転用されたのがきっかけだ。この「三原則」が、外交上の重大な局面で役立った事例を、番組は、外務省への情報公開請求で追跡していた。1979年11月、日本の電子部品と軍用機用タイヤを輸入したい旨のイランの意向を、駐在大使が極秘電報で、外務省に伝えていたのだ。
 革命で親米派パーレビを倒した嫌米派ホメイニが、原油輸入国、日本を頼ってきたのだ。当時、通商産業省で武器輸出規制の担当だった畠山(のぼる)(78歳)は、その電文コピーを確認し、こう証言した。
 『あの「武器輸出三原則」のお陰で断われた。あれ無しには同じ要請が予想される時代に耐えられなかったろう』と。その後、鈴木善幸首相の秘書官となった畠山さんに、安保条約を結ぶ間柄の米国が、武器技術供与の要請をして来たが、これも拒否した。鈴木首相自身で断ったのだという。『「戦争が起って武器が売れていいな」というような産業界の人を作りたくない、ということだったと思いますね』〝技術国日本〟では、他国が真似出来ない部品は、多く従業員二~三十人の町工場で作られている実態も、番組は伝えていた。
 金属に特殊な銅線を巻くだけで、モーターやセンサーを正確に作動させる「コイル」、ロケットの軌道修正に()けたけた「ジャイロ」、それに、幾枚も重ねたレンズに赤外線フィルター付の超望遠鏡など、いずれも、新「三原則」の下では、武器装備品として狙い目の民生品だ。町工場の働き手たちが、知らない間に武器製作の一翼を担わされる不安を異口同音に訴えていたのは当然である。長年、アメリカ国務省で、日本の武器輸出の緩和を求めて来た元日本部長のケビン・アレン氏が、「日本の優れた部品は、武器に組み込み、アメリカを通せば、第三国への輸出は伸び、その輸出先は、追跡されはしない。アメリカが許さないからだ」と豪語する。(この宗主国気取り!)
 その豪語ぶりを裏付けるように、7月18日、あの堀地課長が、自衛隊三軍の幹部の居並ぶ前で、新「三原則」下、NSC認可の輸出第一号に、「ジャイロ」が決まったと、意気揚々の宣言。
 ロケット軌道修正用の民生品「ジャイロ」が、対空ミサイル、パトリオット用に対米輸出されるのだ。しかも、その「ジャイロ」搭載ミサイルは、その後、日米了解の下、カタールへも輸出される見通しだという。
                              2014年12月号より


         
           朝ドラから戦争が見える

                    五十嵐吉美(放送を語る会会員)

 平均視聴率(関東)は、「あまちゃん」(20.6%)、「梅ちゃん先生」(20.7%)、「ごちそうさん」(22.4%)をおさえて22.6%という数字をだしたNHK連続テレビ小説「花子とアン」。美輪明宏のナレーションの「ごきげんよう さようなら」は、今も余韻が耳に残っている。
 脚本の中園ミホは最終章で、主人公花子の友人で、最愛の息子を戦争に奪われ、なくした蓮子に「最愛の子を亡くされた母親方、あなた方は一人ではありません。同じ悲しみをくりかえさせない、平和な国をつくらねばならないと思うのです」と語らせている。短歌が披露された。

 焼跡に 芽吹く木のあり かくのごとく 吾子の命のかへらぬものか


 『赤毛のアン』の翻訳者村岡花子の生涯を孫がまとめた『アンのゆりかご』が原案だが、脚本の中園さんは想像の翼をひろげ、安倍内閣の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定、憲法九条を壊して戦争する国にしようとしている現実に、フォーカスしての展開だと、放送を見ていて私は感じた。
 戦前・戦後にわたる主人公の人生を描く朝のテレビドラマでは、戦争は避けて通れない時代背景である。
 3人のファッションデザイナーの母で、幼い時から洋服にあこがれて創作してきた小篠綾子の生涯を、尾野真知子が好演した「カーネーション」。幼なじみの心優しい寛太が戦地で精神を病み、日本に帰国。再び戦場にもどって戦死したことがさりげなく取り上げられる。息子を溺愛した髪結いの母親が戦後、主人公の糸子と回想する場面で「あれは、やったんだね」と、戦場で人を殺したことで心が壊されたんだと、戦場を見せずに、戦争の惨めさを視聴者に突きつけた。
 大阪を舞台にした「ごちそうさん」では、戦争末期、米軍爆撃機による火災から大阪の街を守る消火活動を指導していた主人公の夫が、焼夷弾の実際の恐ろしさを体験させようと油をまき、「逃げろ!」と叫んで、憲兵に逮捕されるシーンを、作者は創った。
 「花子とアン」では、村岡花子の経歴を踏まえNHKの前身JOAKラジオの戦争報道、放送責任について、かなりくわしく展開している。
 村岡花子は一九三二年から一九四一年までの9年間、「子供の時間」の「コドモの新聞」コーナーを担当。子どもにもわかるニュースを選び、解説。「ごきげんよう さようなら」のラジオのおばさんとして人気だったという。やがて花子が語りかける内容は時流に迎合、「兵隊さんは頑張っています」へと傾いていった。
 ドラマでは、そこを描いた。花子に「あなたたちが純平を戦地に送ったのよ、純平を帰して!お願い」と迫る蓮子。「ごめんなさい!お国のために命を捧げなさいとラジオで語りかけて…大切に育てられた命を…」と、中園ミホは花子に言わせている。
 「花子とアン」は終わった。一九六〇年前後に『赤毛のアン』シリーズを夢中になって読んだ私は、このドラマで訳者村岡花子のこと、「平和になったら日本の少女たちに紹介して」カナダ人教師ミス・ショーとの約束、焼夷弾にも焼けずに戦火の中を守り抜いた本であることを知った。脚本家はアンの物語にちりばめられた言葉をたくみに使って、ドラマの花子に前を向かせ、女たちの友情を、姉妹の絆を、夫婦の愛を、子の誕生・成長の喜びと失う親の悲しみを、みごとに織り上げた。
 番組が終了するのに合わせて、ナレーションをつとめた美輪明宏との対談が放映された。そこで中園さんが語ったことが印象的だった。彼女は、当時のことを書いてる時がとても怖かった、その頃と今がとても似ているような気がすると。「今は曲がり角にきたのよ」―モンゴメリーの言葉を村岡花子が訳し、中園ミホが使った。「曲がった先になにがあるかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの」と続く。
 楽観できない今の日本。悲観はしたくない。曲がった先が戦争にならないように、がんばる時。
                            2014年11月号より



 
    賭博・権力依存症 ~フジテレビの経営戦略~

                         野中良輔(放送を語る会会員)

 日本の成人男性438万人、女性が98万人、合計536万人。これは、厚生労働省研究班が昨年7月に実施した調査によって明らかになった、ギャンブル依存症と疑われる人数だ。
 この数字は推計値とされるが、成人の約5%に上るもので、世界のほとんどの国が1%前後にとどまるのに比べて格段に高い。
 ギャンブル依存症が、様々な社会問題を引き起こしているのは周知の事実で、パチンコ、スロット等の遊戯に夢中になり、幼児を炎天下に駐車した車中に放置し、熱中症で死亡させる事件は後を絶たないし、最近起こったベネッセの顧客個人情報漏えい事件の容疑者は、ギャンブルによる多額の借金が事件の動機とされている。
 今回の調査結果を基に、依存症患者がなぜ多いのか、きちんとした分析と対処が求められるが、現状では、その対策が十分に行われているとは思われない。
 そして、更に依存症増加に拍車を掛けるような事態が持ち上がっている。共産党、社民党を除く超党派のIR(
Integrated Resort統合型リゾート)議員連盟、通称カジノ議連が議員立法で提案した、カジノ合法化を目的とする「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」が、618日に第186回通常国会で審議入りした。
 この法案は、カジノ合法化に向けた基本的な理念・方針を示したもので、提案されているスケジュールよれば、国会は本法案の国会通過後、一年以内にカジノを合法化する追加的な法制上の措置を講じることになっている。
 安倍晋三首相(カジノ議連最高顧問)は5月に訪れたシンガポールでカジノを視察し、「成長戦略の目玉」とカジノの合法化に強い意欲を示し、6月に策定した政府の成長戦略にIR推進の方針を明記している。
東京や大阪、沖縄などにカジノ施設を作った場合、市場規模は15000億円程度、地域のホテルや小売りなど幅広い産業に経済効果は波及するとしている。
 平たく言えば、賭博を経済再生、地方活性化の起爆剤にしようとする魂胆だ。
 
この審議の中でも、法案提案者自身もカジノが合法化される事で、ギャンブル依存症が増える恐れがあると認めており、現に隣の韓国では、炭坑が閉鎖された地域経済の再生名目で作られたカジノ施設に、一日で1万人近くの人々が訪れ、負けが込んで経済破綻した人達の自殺者が急増し、施設周辺の地域には質屋が林立する光景が広がっていると聞く。
 この問題ある構想に、積極的に関わっているのがフジテレビ、ニッポン放送等が属する、
フジ・メディア・ホールディングス(フジHD)だ。フジHD、三井不動産、鹿島の3社は、日本財団と共に政府が主導する国家戦略特区ワーキンググループに「東京臨海副都心における国際観光拠点の整備」と題する提案をしている。
 お台場にカジノやホテル、会議場などを収容できる施設を建設する計画だ。背景にあるのが、フジHD20143月期利益の大幅な減益で、前期比44.8%減と他の在京キー4局が増収増益となる中、1人負けの状態。
 苦戦の要因は視聴率トップをたびたび獲得してきたフジテレビが、近年、視聴率競争で低迷を続けている事にある。フジHDは、お台場のカジノ誘致を業績浮上のテコとしたいと考えており、
同社の日枝久会長は、安倍晋三首相との個人的パイプを生かし、活発にロビー活動を展開しているらしい。
 
安倍首相と日枝氏のお友達ぶりは際立っており、2人は頻繁にゴルフや会食を重ねている。さらに、安倍首相の実弟で衆院議員の岸信夫氏の次男が、この4月にフジテレビへ入社したと報じられている。
 公共の電波を有するマスメディアが、賭博事業に参加することにも疑問があるが、それにも増して権力者との癒着が顕著な日枝氏の行動は、メディアのトップとしての資質に、著しく欠けている。これでは
フジテレビに権力を監視する期待はとても出來ない。安倍一族の籾井NHK会長と同様、早々に退場して欲しいものだ。
                               2014年10月号より


        
     居座りを許さない決意 ~NHKOB 1400人が籾井罷免要求~
                       
                       小滝一志(放送を語る会事務局長)


722日、就任半年を迎えてNHK籾井会長が、ラジオ・テレビ記者会加盟9社の集中インタビューに応じた。24日付「朝日」記事によると、経営委員会や執行部とのすきま風は残るものの籾井会長は、「NHKに溶け込んできた」と自信を見せ、就任記者会見への批判に対しては、「(辞めようと思ったことは)全くない。100%ない」と振り返ったという。
 取材した加盟社記者の一人は、「時間とともに、籾井人事の布石が次々と打たれている。今の役員で任期が一番長いのも籾井会長で、それを見越して恭順の意を示し、従う人たちが増えるにつけ、多くの職員は沈黙して様子を見ているのでは」と観察していた。
 今も仕事のつながりで制作現場に出入りすることの多いNHKOBの一人も、「萎縮して物言わぬ雰囲気が拡がっている」と指摘する。
 経営委員の間でも、「12人中少なくとも5人は籾井罷免に賛成」と言われていたが、最近は某経営委員が「辞めたい」と言い出し、周囲から「ここで辞めたらまた変な人が送り込まれる」と慰留されたなどの情報が漏れてくる。籾井会長が何の反省もなく居座ることが既成事実化しつつあるのだろうか。

今も続く「籾井・百田・長谷川ノー」
 712日に室蘭で開催された「視聴者のみなさまと語る会」(NHK経営委員会主催)では、視聴者から「NHKは公平公正でないといけない。籾井氏、百田氏の発言はそうは思えない」など籾井会長や百田経営委員への批判が相次いだ。9月に岐阜で開かれる次回に向けては、地元市民が発言準備の勉強会を始める動きもあると聞く。
 私たち「放送を語る会」も加わった7つの市民団体が2月末から開始した「籾井・百田・長谷川罷免要求」署名は、半年過ぎた8月、6万筆に達した。

 「
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は、8月から新たに「受信料凍結者署名(集約)運動」を起こした。
 
87日には、国際婦人年連絡会(教育・マスメデア委員会)がNHKに、「籾井会長、百田尚樹・長谷川三千子両経営委員は放送法に従って罷免を」と申し入れた。
 
多くの視聴者・市民は、籾井居座りを決して受け入れてはいない。

NHKOBからも「籾井ノー」
 718日にはNHK退職者有志が、「籾井会長への辞任勧告か罷免決議」をするよう経営委員会に申し入れた。
 罷免を求める理由は第一に、国際放送では「政府が右というのを左とは言えない」などと述べた籾井氏が会長にとどまることは、政府・政治権力から独立した放送機関であるべきNHKにとって、重大な脅威。第二に、「慰安婦」について「戦争している国にはどこにもあった」などの驚くべき歴史の偽造、慰安所の悲惨な環境のもとに置かれた女性たちへの人間的想像力の欠如など、就任会見で示された見識、感性からみて、籾井会長がNHKのトップの任に堪える人物とはとうてい考えられない。第三に、「現場は懸命の努力を続けているが、限界に近づきつつあります」と退任理事が発言したように、
NHKで働く人たちが、会長の存在によって特別の困難に直面している。
 よって
放送法55条により籾井氏を罷免し、現在の危機を回避することを要求した。
 申し入れに先立ち、「呼びかけ人」を募ったところ、短期間に全国の170名を越えるNHKOB・OGが手を挙げた。アナウンサー、記者、ディレクター、カメラマンなどの技術者、営業や事務管理職場の職員など、あらゆる職種の人々が加わり、文字通り「オールNHK」の意志を表明する構成になった。中には、ラジオ深夜便やNHKニュースなどで多くの視聴者に親しまれたアナウンサー・キャスター、「NHKスペシャル」など大型番組のプロデューサー、各地の放送局長経験者、経営幹部なども含まれている。
 その後展開した賛同呼びかけにより、2ヶ月弱で賛同者は1200人を越えた(8/10現在)。退職者有志は賛同者名簿を添えて再度の経営委員会申し入れを予定している。
 就任記者会見に始まった籾井会長の言動に対するNHK関係者の怒りと不信、
識見も資質も会長にふさわしくない人物の退任要求がいかに強いかが読み取れる。

 これまでも経営委員会では、一部の委員により籾井批判の厳しい議論が繰り返されていたが、改めて
多くの視聴者・市民の籾井会長居座りを許さない強い決意を汲み取り、経営委員会としての英断を求めたい。
                               2014年9月号より



        NHKの国策放送局化を許さない!
      「どうする! 公共放送の危機」関西集会に950人

                     服部邦彦(放送を語る会会員)

 2014年6月21日、大阪中央公会堂で開かれた「どうする!公共放送の危機」関西集会には、関西6府県をはじめ、遠く秋田、東京、広島などから950名が集いました。
 正面には、「やめなさい!NHK籾井会長、百田・長谷川経営委員の罷免を求めます」の横幕が掲げられていました。
 総合司会はラジオパーソナリティーの小山乃理子さん。
 隅井孝雄実行委員長が「新しい公共放送を作るため力を合わせましょう」と挨拶しました。
 第1部は、4人の講師によるリレートーク。
 醍醐聰さん(NHKを監視・激励する視聴者コミュニテ
ィ共同代表、東大名誉教授)は、基調報告を兼ねて、「NHK、国策放送への瀬戸際」と題して報告を行いました。
 最近のNHK番組を、①政府広報化(論評抜きで政府発表を伝える)、②「空気」づくり(日本近海での中国との緊張状態を大きく伝える)、③注目誘導(国会の質疑では安倍首相の答弁ばかり。首相の外国訪問の成果強調)、④話題そらし(W杯サッカーで、試合や結果以外の話題の過剰報道)と特徴づけた上で、籾井会長の5つの大罪として①官邸・財界のたらいまわし人事の申し子(政権からの自立と真逆)、②官邸の意向をNHK理事の人事や放送につなぐ導管(国策放送推進の尖兵)、③公共放送・放送法のイロハがわかっていない(NHKトップとして場違いの資質)、④人権感覚が欠落(従軍「慰安婦」問題の発言)、⑤会長権限を乱用し専制を敷こうとしている(人事、番組編集で)、と指摘し、それぞれについて詳しい説明を行いました。
 また、3人を罷免する運動をどう進めるかについて、署名活動、ハガキ活動のいっそうの広がり、受信料支払い凍結運動について述べましたが、配布資料で詳しく記述されていた、NHKの会長・経営委員選任の構造的欠陥、制度改革については、時間の制約で話題にすることができず、第2部でも議論する時間がなかったのが惜しまれます。
 池田恵理子さん(女たちの戦争と平和資料館館長、元NHKディレクター)は、「隠されてきた『慰安婦』問題の真実」と題して、「慰安婦」問題をくわしく報告するとともに、2001年の、日本軍「慰安婦」問題を取り上げた番組が改変されたことについて、放送直前に当時の安倍晋三官房副長官らが介入したことが明らかなのに、NHKは検証もしていないと批判しました。また、安倍政権のもとで、「慰安婦」問題がつぶされ、隠されている、籾井さんのような会長のもとで、その尖兵をNHKが果たしてしまうのではないかと指摘しました。
 永田浩三さん(武蔵大学教授、元NHKプロデューサー)は、「番組改変事件・その後そして今」と題して、「ETV2001」番組改変事件で問われたこと、NHKの人事、政治との距離について語りました。また、制作現場の実情について話しました。そして、「秘密保護法や集団的自衛権行使容認をめぐる報道のおかしさは目を覆うばかりです。本来、NHKは権力の暴走をチェックし、国民の知る権利のめに頑張らなければいけない組織です」、「NHKは国民が育ててきた財産。今こそ、それを健全化するために、NHK職員と市民が連帯してNHKをよりよくしていくことを願っています。」と述べました。
 最後に、阪口徳雄さん(NHKのあり方を考える弁護士・研究者の会共同代表、弁護士)が、「なぜ受信料の支払いを一時停止したか」について、法律家の立場から話しました。
 NHK自体が変えられようとしている。ここで受信料を払っている者たちが文句を言わないと、どうなるかわからない、ということで始めた。NHKが裁判したければどうぞしてください。私たちは法廷で一時停止する理由を堂々と述べます。受信料は税金ではない。契約上の権利は主張できる。NHKは放送法を順守する義務がある。NHKが公共放送でなくなれば受信料を払う義務がなくなると述べ、受信料支払い停止で裁判になれば支援すると話しました。

 第2部は、「これからどうする、視聴者の運動」というテーマで、各講師が問題提起し、議論しました。
 受信料凍結問題、「慰安婦」問題、NHK内部の動きについて意見が交わされました。醍醐さんは、「籾井会長が辞めたら過去の凍結分も払います。受信料凍結は不払い運動ではありません」と堂々と言うことは多くの国民の賛同をいただけるのではないかと述べました。阪口さんは、放送内容、ニュースの変わりようを必ずメモしていただきたい。それが集積することが裁判において大きな武器となると話しました。また、NHKの内部の状況について、池田さんは、「内部で言論の自由がなくなったら、萎縮し、上司を見て自己規制するということが出てきたら大変なことになってしまう」と懸念を表明。また、番組がおかしいと思ったら、抗議の電話をすることが大切。同時に「よくやった」と思う番組が出たときは、電話でもメールでも手紙でも「よかった」と意見・感想を届けることが現場で頑張っている人たちをすごく力づける、と述べました。永田さんは、「NHKには様々な可能性があります」、「日本社会を良くするために、NHKが良くならないとだめだと思います。ぜひ、一緒に頑張りましょう!」と呼びかけました。
 最後に、「集会アピール」が実行委員の湯山哲守さんから提案され、会場の拍手で確認されました。

 「6・21関西集会」は、NHK問題大阪連絡会、NHK問題京都連絡会、NHK問題を考える会(兵庫)、放送を語る会(大阪)、日本ジャーナリスト会議関西支部の5団体で構成する実行委員会の主催で開催されましたが、8回に及ぶ実行委員会会議を重ね周到に準備されました。100近い団体に協力・協賛の申し入れを行い、82団体と、個人97名の協賛を得ました。発行した案内ビラは20万枚、作成したポスターは200枚で、ビラは協賛・協力団体を通じてその会員に届けられ、また、協力いただいた団体の機関紙誌に複数回無料で折り込んでいただきました。さらに、京都・大阪・神戸で開催されたメーデーや憲法記念日集会をはじめ、各種の集会会場、繁華街などで「NHK籾井会長やめなさい!」ののぼりを立て、「籾井会長、百田・長谷川両経営委員の罷免を求めます」の署名活動を行いながら配布しました。また、集会が迫った6月12日には、協力団体に宣伝カーを走らせていただき、大阪市役所前、NHK大阪放送局前、京橋・天王寺駅前で、宣伝カーやマイクで宣伝しながら、署名活動・ビラ配布を行いました。
 次に、集会参加者の関心の高さを示す出来事に触れますと、当日会場で販売した書籍が多数購入されたこと。講師が共著者に加わっている「NHKが危ない!」、「日本軍『慰安婦』問題のすべての疑問に答えます」のほか、「マスコミ市民」NHK問題特集号(3月号)、「稀代の悪法『秘密保護法』を許さない」が合計約280冊販売されました。
 もう一つは、集会参加者から提出されたアンケート・感想文の多さです。参加者の3分の1を超える335人の方から寄せられ、ぎっしりと書かれていました。活字入力するとA4版31ページにもなるものでした。

 また、集会後、20名を超える参加者から約300筆の署名簿が送られてきています。
 関西集会の成功は、今後に大きな展望を与えるものだと実感しています。秋田、滋賀、奈良、大阪・堺などでも新しい視聴者運動を始めようとの動きが出てきています。
      

                               2014年8月号より



NHKを視聴者・市民のものにするために
          ~「NHKが危ない!」を読んで~

 
                       府川朝次(放送を語る会会員)
 
 

 「南京大虐殺はなかった」と公言してはばからない作家、「国民が天皇のために命を捧げるのが本来の国柄」と主張する哲学者。この人たちがNHKの最高意思決定機関である経営委員会の委員に任命された時、多くの人が不安を抱いた。公共放送として、権力から独立した存在でなければならない放送局の、公正な姿勢がたもてるのかと。彼らが現憲法を否定する立場にいることも不安をかきたてた。ところが、事態はさらに深刻なものになっていく。この経営委員会が選出したNHKの新しい会長が、就任記者会見で驚くべき発言を連発したからだ。いわく「慰安婦は戦争地域のどこの国にもあった」「政府が右というものを左というわけにはいかない」等々。
 「NHKが危ない!」は、こうした状況に危機感を持った出版社の社長の発案で刊行された。呼びかけに応じたのは、池田恵理子、戸崎賢二、永田浩三の3人(敬称略)。いずれも現役時代で番NHK組制作に携わっていたディレクター、プロデューサーである。それだけに、自分の身に引きつけて語る「NHKの危機」には説得力がある。執筆者の一人戸崎は、「NHKの危機」は「日本の民主主義の危機」と捉えている。
NHKは民主主義の発展のために、多様な情報、考え方を視聴者に提供する任務がある、と戸崎は言う。その砦ともいうべきNHKがいま危機にある。砦の主であるはずの会長が、敵に砦を明け渡そうとしているからだ。
 「放送の権力からの独立のために、NHK役職員は命に代えてでも闘ってほしい」と訴える戸崎の思いは、市民共通の叫びでもあるだろう。
 NHK問題の本質をついた戸崎の論考に対し、池田と永田は制作者としての実体験をもとに、NHKで働く人たちへ「番組制作の良心をうな」と呼びかける。
 池田はディレクターとして、多くの「慰安婦」関連番組を制作してきた。それだけに、籾井発言に「怒りと同時に恥ずかしさがこみ上げてきた」という。「会長たるものが『慰安婦』の基本のキの字も知らないまま、右翼の人たちがこれまで繰り返してきたでたらめ」をとうとうとまくし立てていたからだ。
 幾たびか放送中止の憂き目にも遭っている池田だが、彼女はくじけなかった。そして、いまこそNHKが正面から「慰安婦」問題に取り組まねばならない時だ、と訴える。「それは戦後70年近く経っても、あの戦争の加害責任を問われ続けている日本と日本人に、これから為すべきことについての、大きな示唆を与えることになるからです。そうなれば、籾井会長のような暴言を吐く人は減っていくはずです。これこそ公共放送としてのNHKの仕事ではないでしょうか」と考えているからだ。
 
永田は、2001年、いわゆる「NHK番組改変事件」の番組を担当したプロデューサーである。政治家の介入によって見るも無残に改変されてしまった番組だが、永田は当初NHK側に立って、その事実を伏せていた。永田を変えたのは、事実を告白した番組デスクの勇気ある行動だった。自戒の念をこめて赤裸々に語る永田だが、それから十数年、いまのNHKは当時以上に締め付けが厳しい、物のいいにくい職場になっているのではないかと憂慮している。だが、そうした閉塞した状況にあっても、良心を貫こうと奮闘する制作者たちもいることを、実名を挙げて紹介している。良心的な番組作りには「内部的な自由が保証されねばならない」が、同時に、その実現のため「市民の力も必要である」と力説する永田。いまはNHKの外にあって支援活動を続ける永田だからこそ言える重い言葉である。
 ここまでで充分読み応えのある内容だが、本書で特筆すべきは、章立てして、「ではNHKを市民の手に取り戻すために、どうしたらいいのか」について論じていることである。
 籾井会長や百田、長谷川両経営委員罷免要求の署名運動は、6月中に5万筆を超えた。その取り組みのドキュメントや、会長の公募制への提言など具体的な例を紹介することで、NHKと視聴者との関係を考え直そうという提案である。NHK問題に関心を持っている人たちにとって、こうした事例は大いに参考になるであろう。
 日本の民主主義を守るうえでも、NHKを視聴者・市民のものにするためにも、この書物の果たす役割は大きいと思う。

                     「NHKが危ない!」(あけび書房 1600円)

                               20
14年7月号より



籾井NHK会長罷免への包囲網

                       小滝一志(放送を語る会事務局長)

  1月25日、NHK籾井会長就任記者会見を聞いて、多くの人たちが「公共放送NHKのトップに不適格」と直感したことと思う。
 市民団体の反応は素早かった。
26日、NHK問題大阪連絡会、27日、日本「慰安婦」問題解決全国行動、NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ、NHK問題を考える会(兵庫)、28日、「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター、29日、NHK問題京都連絡会、30日、放送を語る会、が相次いで「籾井辞任要求」声明を発しNHKに抗議した。その後、多くの市民団体・女性団体も各地NHKに抗議の申し入れを行った。
 続いて百田尚樹NHK経営委員の都知事候補応援演説、長谷川三千子委員のメディアに暴力で迫った右翼活動家を礼賛する追悼文報道が相次ぎ、視聴者市民は公共放送NHKが危機に瀕していることを痛感した。
2月
22日には放送を語る会が「緊急集会 NHKの危機、今、何が必要か」を開催、140人の参加者が会場に溢れ、立ち見も出るほどで人々の危機感の大きさが示された。これをキックオフ集会にして、「籾井・百田・長谷川罷免要求」署名が始まった。
 署名は、開始から2ヶ月余りの5月1日現在3万8212筆(署名簿3万683、ネット署名7520)に達し、間もなく4万を越える勢いだ。署名活動は、北海道から沖縄まで全国各地に広がっている。3/9 NO NUKES  DAYはじめ各地のさよなら原発集会、メーデーなどの会場で有志が取り組んだ街頭署名では、声をかけると署名を断る人はほとんどなく、署名簿の前に行列ができたり、「籾井・百田・長谷川罷免」の幟を見て向こうから寄って来るなど、人々の怒りの大きさと関心の高さが伺われた。
 特筆すべきことは、公共放送の危機を感じた30名を越えるNHKОBが各地で署名活動に取り組んだことだ。横浜市在住の多菊和郎さんからは、集めた署名用紙に「会長職の辞任を求める書簡」(籾井会長とNHK経営委員会宛)が添えられていた。多菊さんは、後日HPを立ち上げこの書簡を公表している。 「退職したNHK職員の友人から教えてもらいました。言論と放送の自由に泥を塗る、あの“三バカトリオ”は本当に辞めさせなければなりませんね」という手紙が添えられたものもあった。

 気になったのは、添えられた手紙に「なぜNHK内部の人は声を上げないのでしょうか?」という内容が散見されたことだ。
 この間、兵庫・京都など各地で抗議集会が開かれ、東京でも4月
26日、放送を語る会が、「緊急集会第2弾 高まる会長辞任の声を、改革にどう生かすか」を開いた。事前に日放労(NHK労組)にも出席を要請したが連合のメーデー集会と重なり実現しなかった。しかし、会場では4人のNHKОBの発言があった。「籾井・百田・長谷川3人がNHK採用試験を受ければ、まず面接で落ちる。しかし、会長の意向を忖度して擦り寄る幹部はなくならない。即刻辞めさせないと中で腐る」、あるいは1926年とナチス政権誕生後の1934年と2枚の南ドイツ放送局の写真を示しながら「籾井が居座ればこの状態を招く」など、在職中の経験を基に、NHKの危機を訴える発言が相次いだ。連休明けには、名古屋在住のNHKОB12人が「籾井罷免」を求める手紙を全経営委員に送った。
 NHK経営委員会でも、籾井会長就任会見以降厳しい批判が相次いでいたが、4月
22日には、退任する理事が事実上「籾井罷免」を求める発言をしていたことが明るみに出た。  
 理事会でも二人の専務理事が籾井会長の求める辞任要求を拒否したこと、これまでの放送法解釈を踏み越える会長発言で議論が紛糾したことなどが報道され、足元から火の手が上がってきた感がある。
 5月には、NHKを監視・激励する視聴者コミュニティなどいくつかの市民団体が、会長罷免ないしは辞任までの受信料支払い凍結に踏み切った。
 NHKを挟んで安倍政権と視聴者市民の綱引きが続くが、「籾井会長罷免」の包囲網が、徐々にできつつあるように思える。今後、NHK経営委員会に罷免を決断させる際、トドメを刺すような決定打、それはNHK内部の人々、労働組合の立ち上がりではないのかと思われる。

                               2014年6月号より



籾井会長の“居座り”~深化するNHKの危機~

                          戸崎賢二(放送を語る会会員)

NHKの籾井勝人会長は、辞任要求の声を意に介せず“居座り”を続ける気配である。少なくとも本稿執筆時は、その職に留まったままだ。
 全会一致ではなかったが、NHK新年度収支予算も国会を通過した、衆参総務委員会もなんとか乗り切った、なんとかやっていけるのではないか、というのが籾井会長の現在ではないか。
 この会長で乗り切るしかない、とサポートし忠誠を売る幹部職員も出てきているだろうし、一番気になる労働組合も辞任要求などしそうにない、ということであれば、会長のポストは意外に居心地がいいということかもしれない。
 しかし、このまま何事もなく、籾井氏が会長にとどまるのは、公共的な放送機関であるNHKの危機は深まるばかりである。
 就任記者会見での個々の発言は繰り返し批判されているので繰り返さないが、筆者が一番問題だと思ったのは、氏の民主主義に対する認識だった。
 記者会見で籾井氏は、「民主主義について、はっきりしていることは多数決。
みんなのイメージやプロセスもあります。民主主義に対するイメージで放送していけば、政府と逆になるということはありえないのではないかと。議会民主主義から言っても、そういうことはあり得ないと思います」と述べた。このあと続けて、国際放送について、「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」という有名な言明が続く。
 つまり民主主義は多数決だから、それを尊重すれば、放送は多数の支持を得た政党で作る政府と逆のことにはならない、という主張である。この驚くべき素朴な認識は、
政府から独立した放送機関であるべきNHKの性格を真っ向から否定するものである。
 4月1日、入局した新人に対する講話で、会長は「NHKの原点は放送法」と述べ、これをまず学んでほしい、と放送法の意義を強調した。放送法を成立させた基本精神が、戦前戦中の「政府のための放送局」から「政府から独立した放送局」への転換であることを考えると、この根本精神を全く理解していなかった人物が放送法の順守を説く姿はエイプリル・フールにふさわしいジョークとしか言いようがない。
 根本的な問題は、「慰安婦」についても秘密保護法についても、政府に忠実であろうとする思想・信条の持主が現に巨大な公共的放送機関のトップに座り続けていることである。謝罪、反省の言葉はあったが、それは公式の記者会見の場で「個人的見解」を述べたという「行為」についてであって、主張そのものが誤りであったとは言っていない。氏は、この個人的な考えは変わらないとしている。
 この点を的確、かつ厳しく指摘する見解が、ほかならぬNHK経営委員会内で表明された。
 3月11日開催の第1209回経営委員会で、上村達男委員長代行(早稲田大学法学部教授)は次のように述べたと議事録にある。重要な部分を抜粋する。
 「
会長は、公の場で個人的見解を述べたということがよくない、よく分かっていなかったとおっしゃっています。5つの発言については取り消したとおっしゃいましたが、個人の見解に変わりはないということもおっしゃっています。……私から言わせると、国際放送について『右と言われたら左と言えない』という発言や、特定秘密保護法案について『通ちゃったのだから』など、この種の発言は、NHKのトップとして中身そのものが間違っているわけです。取り消そうが取り消せまいが、公の場であろうがなかろうが、個人の見解は変わっていないとおっしゃる中にそれらが入っているとすれば、とんでもないことだと思います」。(傍線は筆者)
 この日、籾井会長は政府主催の東日本大震災三周年追悼式に出席のため経営委員会は欠席していた。上村代行は堂本副会長にこの発言を伝えるよう要請し、何なら私が説明に行く、とまで言っている。経営委員にこれほど批判される会長はかつてなかったのではないか。
 籾井会長が批判に耐え、ほとぼりがさめるのを待ってその地位を固めていくか、市民の批判によって辞任の方向に向かうか、いまNHK会長問題は微妙で重大な局面にある。
 放送を語る会など7団体が進めている会長・百田、長谷川両経営委員の罷免を求める署名は、おそらく5月初旬には3万筆を超えるだろう。この署名運動はじめ、会長辞任要求のさまざまな活動を強めることは、NHKにたいする現時点の市民運動の緊急の課題である。
     
                       2014年5月号より



日々のテレビ   

                          五十嵐吉美(放送を語る会会員)

  2月下旬、東京都区内の図書館で、『アンネの日記』関連の書籍が無残に破り取られる事件が発生した(原稿時、犯人は不明)。誰がどんな意図で破り捨てたのか、動機や犯人像に多くの人が関心をよせていた。

33日の月曜日、NHKの昼のニュースを見終って、何気なくTBSの「ひるおび!」という番組にチャンネルを合わせた。司会者と女性アナウンサーの進行で、スタジオに専門家やゲストを交えて、さまざまな情報を解き明かす番組である。

狙われるアンネ関連書籍に世界の反応は―と題して、番組では、そもそもアンネ・フランクについて、家族の写真や、隠れ家となった家の現在などをボードに示して、男性アナウンサーが真剣な表情で説明していた。アンネが日記を書くようになった経緯、ユダヤ人家族をかくまい、食料品など支援し続けた人たち、最後まで希望を失わなかったアンネ。妻と娘たちの強制収容所での死、別の収容所から生還した父親が日記を出版、世界中の人々に今も感動を与え、世界記憶遺産に登録された『アンネの日記』のもつ重みを、紹介した。

取り返しがつかないことを犯した人間集団、今を生きる私たちが正しく認識すること、記憶する行為がほんとうに大切であることを再認識できた昼の情報番組だった、よかった。私はそのことをTBSに伝えるために電話した。

 

「慰安婦」問題の事実をテレビは報道していない

 その電話で、TBSのほかの番組についての苦情も伝えた。それは31日(土)放送の情報7days「ニュースキャスター」だ。ビートたけしが出演、単なる報道ではなく“ニュース情報エンターテイメント”うたっていることは、わかっているつもりだった。

問題は「慰安婦」をめぐる問題であった。国会で参考人の石原信雄氏(「河野談話」作成時官房副長官)が、16人の元「慰安婦」の聞き取り調査は裏付けなしと発言、菅官房長官が「河野談話」作成過程の検証を行うとのニュースをキャスターの安住アナウンサーが読み上げ、次の項目に入ろうかとその時、ビートたけしが口をはさんだのだ。“20万人だって言っているけど、16人だけでよくまぁ…”と。番組はそれへのコメントなし、正されもしないで進行した。つぶやきだけれど、たけしがいえば、鵜呑みにする視聴者も多いのではないか。教科書からも記述が消され、テレビでタブーのように扱われている「慰安婦」問題を、テレビはきちんと取り上げるべきではないかと、私の意見をTBSに伝えた。

NHK籾井会長の「何かまちがったことを言ったでしょうか」と再度の失言は、侵略戦争で日本軍が女性の人権を著しく侵害した事実を知らないからではないか。公共放送NHKを筆頭にまさにメディアの責任だと言いたい!

 

知らず知らずに、空気が変わってる?

 昨年「放送を語る会」は秘密保護法に関するテレビ報道のモニター活動をおこなった。11月後半からテレビが法案について数多く取り上げるようになり、問題点を指摘。反対運動が急速に高まった。もっと早くに報道されていればの思いが残った。テレビ局トップと頻繁に会食した安倍首相のあの顔がちらつく。

靖国安倍首相の参拝問題、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」(217日)で、漫画家倉田真由美さんが“以前はほかの国が嫌がる参拝をなぜするんだろうと考えていたが、今は日本の首相が参拝することに他の国がとやかくいうことではないと思うようになっている”と話した。いつのまにか空気が右に右にシフトし変わっているのか!

ソチオリンピック報道では、日本選手しか取り上げず、ニッポン!にっぽん!コール。日々のテレビから発信される、強い日本、日本は世界一! 日本は一つ、などなど…。

なにゆえに旗日に旗を出さぬかとそのうち誰かが言ってくるだろう(鎌倉市・佐々木眞)  
 2014
33日の「朝日歌壇」に載った歌。教えてくれた知人が、1月掲載されたのも紹介してくれた。「もはや戦後ではなく戦前ですか暗くて重い孤立への道」「髭のないヒトラー顔に見えてきてわれ等は多分ナチス党員」

                               2014年4月号より


       

NHKの自主・自立の危機に際して訴え 
―NHK門前でのリーフ配布活動に参加して―


                         
服部邦彦(放送を語る会会員)

 
2014年1月14日、「放送を語る会」は、東京、大阪、名古屋、京都、大分のNHK門前で、「放送の自主・自立の危機に際して NHKで働くみなさんに訴えます」(以下「訴え」と略す)というリーフレット(B5版4ページ)を一斉に配布。1月23日には、神戸局前でも配布した。
 「訴え」では、「昨年秋、安倍首相は新たに4人のNHK経営委員を任命しました。」「NHKの最高議決機関である経営委員会に、時の権力者を明らかに支持し、関係が深い人物が4人も送り込まれた、という事態は、戦後のNHKの歴史の中でも異例のことです。」、「経営委員の人事から新会長選任にいたる経過には、NHKの番組、ニュースを政権に都合のいいようにしたい、という政権の意図が強く働いています。」と政権の介入の危惧を表明している。
 そして、「NHKで働くみなさん。このような危機的な状況が進行していることにぜひ注意を払ってください。」として、「NHKの最高の倫理は、政治権力からの自主・自立です。」「とくに、ニュースや番組を担当するみなさん。私たちは、政権の圧力に屈せず、事実の取材を通じて社会の真実を明らかにするみなさんの努力に期待しています。」「現場のみなさんは、視聴者に本当に伝えるべき内容を勇気を持って放送してください。」と呼びかけている。
 さらに、労働組合に対し、「これからは、さまざまな介入、圧力がNHKに加わる可能性があります。その時、NHKの自主、自立を支える力として、NHK労組・日放労への市民の期待は大きなものがあります。」「必要な時には、ぜひ労組としての力を発揮していただきたい、と心から願うものです。」と労働組合への期待を述べ、最後に、「NHKで働くすべてのみなさんの、NHKの自主・自立を守る活動には、視聴者・市民として支援を惜しまない決意であることを表明します。」と結んでいる。
 「訴え」の4面には、賛同者として、視聴者・市民団体など9団体、著名なメディア研究者、ジャーナリスト、NHKOBなど個人29氏の名が記されている。

 主要なNHK放送局門前でリーフを配布したのは、「放送を語る会」の会員だけでなく、「日本ジャーナリスト会議」、「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」、「NHK問題を考える会(兵庫)」、「NHK問題京都連絡会」、「NHK問題大阪連絡会」など多くの市民団体だった。こうした一斉行動はかつてない画期的な取り組みであった
 大阪放送局前では、私たち大阪在住の会員が、前記の兵庫、大阪などの市民団体とともに、13名で、「放送の自主・自立を守ろう!」、「政権の干渉・介入を許すな!」のポスターを身につけ、緊張と高揚した気分で、元気に声をかけながら配布したが、顔見知りの職員や日放労役員などから共感と激励の声をかけられるなど感銘深い行動だった。
 「訴え」配布活動のあと、東京、大阪では、NHK労組(日放労)を訪問し、委員長、書記長らと懇談し、今後の意見交換、協力について話し合ったが、NHK労組との協力の足がかりを得たことは貴重であった。
 その後の事態は、「訴え」が表明した危惧が現実になった。
 1月25日の籾井新会長の就任会見での従軍慰安婦問題での暴言、外交問題、秘密保護法、首相の靖国参拝についての政権寄りの発言は、「不偏不党」、「政治的に公平」という放送法の規定に反し、会長辞任を要求する声が殺到した。
 また、新経営委員の百田尚樹氏は、2月3日に、都知事選挙で、田母神候補の応援演説に立ち、「南京大虐殺はなかった」、「憲法改正派です」などと持論を展開。さらに、同じく新経営委員の長谷川三千子氏が、男女共同参画を批判したり、何度も暴力事件を起こした右翼幹部を賛美する追悼文を書いたりしたことなどが判明した。これらの言動は、放送法に照らしても、NHK経営委員としての適格性を欠くものであり、抗議と辞任要求が相次いだ。
 「放送を語る会」は、1月30日、籾井会長の辞任・解任を求めてNHKと経営委員会に申し入れを行った。

                                      

                              2014年3月号より


忘れてはならないことの記録

~原発の町のドキュメント『汐凪を捜して』の衝撃~

                         戸崎賢二(放送を語る会会員)
 

 
たいへんな記録が出版された。尾崎孝史『汐凪を捜して 原発の町大熊の311』(かもがわ出版)である。読んで受けた衝撃は大きい。
 汐凪(ゆうな)とは、東日本大震災の津波で行方不明になった少女の名前である。当時7歳、今も父親の木村紀夫さんが捜し続けている。
 木村さん一家は、福島第一原発のある福島県大熊町で、夫婦と娘二人、木村さんの両親の六人で暮らしていた。海沿いの自宅は津波で流され、その時自宅周辺にいた次女の汐凪ちゃんと妻、父親の三人が行方不明になった。
 津波で家族を失うというのは、体験しない者の想像を絶する悲劇だ。木村さんの場合は、その悲劇が特に痛ましい様相を帯びた。津波直後、福島第一原発の事故が起こり、高い放射能によって、捜索、救出活動が阻まれたのである。
 震災時、隣町の職場にいた木村さんは、三人の家族がどのような最期を迎えたのかを知ることができなかった。何とか知りたいという願いに、原発災害の取材を続けていた写真家、尾崎孝史氏が応え、津波と原発事故発生当時の大熊町がどのような事態に直面し、その中で木村さんの家族はどうなったかを探る取材を開始した。 『汐凪を捜して』は、その長期にわたる取材の詳細な記録である。
 本書は、時系列で日時を示しながら証言を配置していく構成をとっている。木村さん一家を知る住民、小学校の先生、消防団、防災無線担当者をはじめとする大熊町の役場職員、そして、地域出身の東電社員、協力会社の作業員といった多様な人びとの生々しい証言が綴られていく。
 取材者の主観は抑制され、事実がひたすら提示されるため、3・11前後の記述は切迫感に満ちている。刻々と変わる第一原発の状況、政府や東電の対応、全町避難という未曽有の事態に見舞われた町の混乱などが、随所に織り込まれる。
 この記録には、一つの家族のドキュメントを軸にしながらも、「原発を受け入れた町の3・11」の全体像が描かれているのである。とくに、原発で働き、事故に遭遇した人びとの証言、原発の恩恵を受けた町民の、事故にたいする複雑な思いなどが組み込まれたことによって、記録は多様な視点を持つ奥行の深いものとなった。
 加えて、随所に掲載された写真が強い効果を発揮している。尾崎氏が撮影した証言者たちのワンショットは、民衆の肖像の優れた表現であり、自宅周辺から回収された家族写真の中の汐凪ちゃんの愛らしさはたとえようもない。写真という媒体の本来の役割は何か、ということを根本から考えさせられる記録でもある。 木村さんは、3月11日夜から12日にかけて、夜を徹して家族を捜したが発見できない。大熊町の放射能汚染が広がり、12日には全町民が避難する事態となった。木村さんは生き残った長女と母親を安全なところへ避難させ、再び捜索に戻ったとき、バリケードに阻まれるのである。
 のちに妻の深雪さん、父の王太朗さんの遺体が発見されるが、王太朗さんが自宅の近くで見つかったのは、震災49日後のことだった。この間、遺体は放置されていた。もし、12日以降も捜索が続けられれば発見できた位置であり、あるいはその時まだ息があったかもしれない、と木村さんは言う。この責任を東電はどうとるのか、という木村さんの訴えは限りなく重い。
 この一家の例一つだけで、日本の全原発を廃止させるに充分な理由になり得る、そう感じさせるだけの力を、このドキュメントは持っている。大震災から間もなく3年、汐凪ちゃんはまだ見つかっていない。このいたいけない7歳の少女は、どこかで、すべての人びとに「風化させてはいけないこと」「終わらせてはならないこと」は何かを、声にならない声で語り続けている。「汐凪」という名は、原発災害の残酷さ、非人道性を象徴するものとして長く記憶されなければならないだろう。


(この本の印税は、すべて木村紀夫氏が設立した「汐凪基金」に寄付され、その名であしなが育英会その他の団体に寄付される)
                                                                      

                                          2014年2月号より



危    機
                            
                     小滝一志 (放送を語る会事務局長)

 昨年末、「特定秘密保護法」が強行可決された。多くの人々が戦前の「軍事機密法・国防保安法下の暗黒社会」の再来を危惧、「ナチ独裁に道を開いた全権委任法」に相当する希代の悪法として反対運動がかつてなく高まった。にもかかわらず安倍自公政権は暴走、「慎重審議」の声を無視して強行突破した。
 テレビメディアは、自らの「報道の自由」が危険にさらされるにもかかわらず総じて危機意識が弱く、参院選直後開始された法案準備から臨時国会上程直前までニュースで取り上げることは皆無に近かった。私は、「メディアの劣化」と「市民の知る権利・プライバシーが侵される」日本の民主主義のかつてない危機を感じた。法案に反対した野党は、今後こぞって「日本の民主主義を取り戻す」を旗印に「特定秘密保護法廃止」を公約として掲げ、次の選挙の争点にして欲しい。


 「特定秘密保護法」強行成立と前後して、「NHK会長退任表明」が伝えられた。私には安倍政権のNHK人事支配がまた一歩進んだように見え、NHKの危機もかつてなく深まったと感じた。
 かねてから安倍政権や自民党内にはNHKの原発再稼働やオスプレイ報道をめぐって不満がくすぶっており、首相は「NHKの体制刷新をすべき」との意向が強いことが伝えられていた。すでに、NHKの人事支配の布石の第一歩して、考え方の上でも人脈的にも安倍首相に近い4人が新経営委員として送り込まれたことは記憶に新しい。松本会長は、自身をNHKに送り込んだ元上司・葛西敬之JR東海会長からさまざまな注文が付けられたがこの要求を拒否、両者の関係は冷え切っていて、葛西氏は、元NHK理事を次期会長に推したとの報道もある。会長自らの「退陣表明」は、安倍政権の圧力に屈し「放送の自主・自立」という会長の最も重要な任務を放棄したものと思えてならない。


 松本会長の任期は1月24日まで。経営委員会は昨年7月から「会長指名部会」を開催、11月には6項目の「次期会長の資格要件」を公表した。NHK問題京都連絡会・NHK問題を考える会(兵庫)・NHKを監視・激励する視聴者コミュニティなど市民団体からは次期会長選考をめぐって要望が相次いだ。私たち「放送を語る会」も日本ジャーナリスト会議と共同で12月9日、「次期NHK会長選出に当たっての要望」を経営委員会に文書で提出した。内容は他の市民団体とほぼ同じで「①会長の選出基準は、ジャーナリズムと放送の文化的役割についての高い見識を持ち、放送の自主・自立を貫けるかどうか ②会長選出の議事録公開 ③会長候補の公募制 ④次期会長候補に所信表明の機会を設ける」の4項目。「会長の選出基準」は、昨年末の松本現会長の「退陣表明」をみれば、論を待たず衆目の認めるところだと思う。経営委員会議事録を見ている限り、昨年7月から毎回開催されている「会長指名部会」は、内容が一切公表されていない全くの密室協議である。受信料で支えられ視聴者に開かれたNHKであるならば、「会長選出経過の議事録公開」「会長候補の公募制」も至極当然の要求であり、いずれも経営委員会自身が決断すれば可能である。これらの市民要求に真摯に耳を傾け、政権の意向を忖度したり干渉を許すことなく経営委員会が放送法に則り自主的に会長選考に当たることを強く要望したい。
 「放送を語る会」では10~12月、テレビの「秘密保護報道」をモニターした。ラジオのニュースは、政局報道に傾き、法案解説に当たっても政府主張をオーム返しに繰り返すことが多く、一方、問題点の指摘や市民の反対意見の扱いは小さく、事実報道・客観報道には違いないが公平・公正さをいちじるしく欠き、時には政府広報版の趣を呈した。ジャーナリスティックな論評を用心深く避け、政権の圧力に怯えその意向を忖度した及び腰の報道が目立った。経営委員会や幹部だけでなく、放送の現場に携わる人々にも、政権・与党に臆せず気兼ねせず「放送の自主・自立」を堅持した報道姿勢を強く望みたい。

                                                                          
                              2014年1月号より



NHKは公平・公正な報道を 「視聴者のみなさまと語る会in津」に参加して

                           佐々木有馬(放送を語る会会員)

 NHKでは、二〇〇八年以降、「視聴者のみなさまと語る会~NHK経営委員とともに~」を毎年6回以上、全国各地で実施している。この集会は放送法で義務付けられおり、経営委員や執行部の理事らが出席して視聴者の意見を聴く。
 筆者は今年の集会の中で、九月七日、津放送局で開催された「語る会」に参加した。
 NHKの番組については、その健全性を評価しているが、報道、特に政治の動きに関するニュースでは特定の情報に偏重しているのではないかと日頃から疑問を持ち、ノートを取りながら視聴してきた。
 偏重の実態を具体的に示してNHK当局に意見を伝えたい、視聴者・市民にも知らせたいとの思いで、ネットを活用しNHK放送センターや各地の放送局に意見を送信している。かつては手紙、FAX,電話などでも行ってきた。
 この活動を始めて二十年ほどになる。「視聴者のみなさまと語る会」の催しは当局に直接伝える機会として重視している。

政党の扱いの不公平と政府広報のようなニュース
津放送局で発言した内容の一つは、七月の参議院選挙を前にした「日曜討論」での各党首へのインタビューの時間配分の問題である。
 自民党安倍総裁は二十八分二十四秒、新党改革舛添代表は五分十五秒であった。この差は五・六倍である。国政選挙を前にスタートラインに並ぶ各政党に対して、公共財である電波の配分に差を設けることは不平等な扱いであり、不条理なことではないかと指摘した。
 もう一つは、政治の動きに関するニュースについてである。
 八月一日から三十一日までの一か月間、午前七時、午後七時、午後九時の「ニュースウォッチ9」の三つのテレビニュース番組で、政府、各政党の政策、会見、インタビューなどがどのように報道されているかをウォッチした。取り上げられた本数は概ね次の通りだった。
 政府に関するもの一一三本、政党に関するものでは自民党十二本、民主党十三本、公明党五本、みんなの党三本、他の政党はゼロであった。
 八月には、TPP、消費税、原発汚染水問題、集団的自衛権解釈変更問題など、重要な項目があったが、NHKのメインのニュースでは、圧倒的に政府の動きを中心としたものが放送されている。さながら政府の「指定席」であり、政府の広報役をはたしているのが実態である。
 私はこうした事実をあげ、公平・公正をうたう放送法、およびNHKが自ら定める「日本放送協会番組基準」、並びに、民間放送連盟と共同で制定した「放送倫理基本綱領」にのっとった番組内容とされることを強く求めた。
 「放送倫理基本綱領」では、「放送は、国民に多様な情報を提供するという民主主義にとって欠かせない役割を担っている」と規定している。しかし、日々の放送の実態をみると疑問を持たざるをえない。

NHK側回答に唖然
 当局はどう回答したか。党首インタビューについては「議席ゼロの政党も報道するのかということになる。政府は選挙によって選ばれている、これも民主主義だ」(経営委員) 政治の動きのニュースについては「各政党の国政へのかかわりによる。政府の施策は国民の生活にかかわるものだ。異なる意見も含めて報道している」(執行部)といったものだった。
 筆者が“多様な情報の提供がなされているか疑問だ”と指摘したことに対して、政権偏重の報道姿勢を正当化した回答に唖然とした。
 NHKのニュース報道の姿勢は今後も大きく変わることがないと思われる。むしろ経営委員の人事の問題など、ますます政権寄りを強めるのではないかと危惧される。放送に従事される人たちを応援しながら「おかしい部分はおかしい」と言い続けて行きたい。

                               2013年12月号より


日本の戦争遺跡保存を考える ~ドイツの遺跡保存に学ぶもの~

                        
                            増田康雄(放送を語る会会員)

 私は2010年に都立高校の公開講座「多摩地域の戦争遺跡」を受講して以来多摩地域に残る「戦争遺跡」を写真に撮り続けてきた。
 戦後生まれが8割以上となり、戦争の記憶が遠のいて、「戦争遺跡」もだんだん失われつつある。なんとかして次の世代に「戦争の記憶」を残したい。今こそ、その調査と保存が大切な時期ではないかと思う。

日本の戦争遺跡保存の現況
 1975年以降、東京空襲を記録する活動、大阪の戦争展開催の活動、沖縄県の平和資料館開設の活動が始まり、日本各地の高校生や地元の保存する会が中心になり、調査と保存公開の運動が広がった。
 1997年に「戦争遺跡保存全国ネットワーク」が文化財保存全国協議会、歴史教育者協議会などが中心になり結成された。このネットワークは、毎年全国シンポジウムを開催し、交流や情報交換を行っている。
 2004年7月現在、全国で95件が文化庁、地方自治体による文化財保存対象に登録されている。例えば、東京都東大和市旧日立航空機変電所、群馬県東村防空監視哨、沖縄県美里国民学校奉安殿など。しかし、戦争末期、朝鮮人強制労働で造られた、八王子市の浅川地下壕(中島飛行機)、倉敷市の亀島山地下壕(三菱航空機)、横浜市の日吉台地下壕(海軍連合艦隊司令部)などは未だに文化財保護対象になっていない。

第17回戦争遺跡保存全国シンポジウム
 私は今年8月に、岡山県倉敷市で開催された「第17回全国シンポジウム」に参加した。今年の全国シンポにはドイツのミッテルバウ・ドーラ強制収容所追悼記念館のヴァ―グナ―館長が記念講演ゲストとして招待されたほか、三つの分科会で日本各地の戦争遺跡の調査報告と討議があり、盛り上がった。
 ヴァ―グナ―館長は、ミッテルバウ・ドーラ追悼記念館の歴史について次のように述べた。
「大戦最後の二年間、ナチス・ドイツ指導部は連合国の空襲から軍需工場を守るため、その一部を地下構内に移転し、その地下壕を建設するため、ヨ―ロッパ各地の強制収容所から6万人の収容者を強制動員した。地下工場の建設とロケット兵器製造では過酷な労働と劣悪な生活条件のもとで2万人が命を失った。戦後、ドイツの再統一により、1991年に歴史博物館となり、追悼の場、ナチスの歴史的な犯行を後世に伝える場となった。2000年、国家財団法人の地位を得た」
 私は、追悼記念館がナチス犯罪の証拠として位置づけられ、施設のために国が財政助成している点、記念館が犠牲者の追悼の場になっている点に感銘を受けた。日本でも重要な戦争遺跡は文化財保護対象として国や地方自治体が財政助成と登録を速やかにすべきと思う。

日本での戦争遺跡保存の問題
 2012年の「第16回全国シンポジウム」で話題になった問題がある。
 大阪の「ピースおおさか」では、自治体首長が個人的イデオロギーにもとづいて日本軍、加害企業の戦争責任の展示を撤去しようとしている。また、埼玉県平和資料館は民間委託に移すと県知事が提案している。直近の情報では東京都が武蔵野市の中島飛行機跡に唯一残る建物を撤去しようとしている。
 こうした遺跡保存の現状や問題を大手マスコミはほとんど伝えていない。今年の「全国シンポ」の模様は地域の新聞、テレビが伝えたが「赤旗」だけが全国版で伝えた。もっとマスコミは市民に知らせてほしいと願わずにいられない。

                               2013年11月号より

TPPの正体

     
                            府川朝次放送を語る会会員)

 TPP(環太平洋経済連携協定)参加12か国が、年内の交渉妥結を目指す共同声明を発表したのは8月末のことだった。テレビは、会合が開かれたブルネイからの中継も交え、連日TPP交渉の経過を伝えていた。が、私には不満だった。遅れて参加した日本が、困難な交渉を抱えながら、なぜいきなり早期妥結の旗振りをしなければいけないのか、それが国益にかなうことなのか、という疑問にどこの局も答えてくれず、事実のみが連日報じられていたからだ。疑問を深めた背景には、TPPに期待するアメリカ系多国籍企業群の実態をあばいたルポルタージュとの出会いがあった。

多国籍企業の策略
 堤未果著「(株)貧困大国アメリカ」(岩波新書)。この中で彼女は書いている。「TPPやACTA(偽造品取引防止に関する協定)、FTAなどの自由貿易をアメリカ国内で率先して推進する多国籍企業群は、こうした国際法に情熱をもって取り組んでいる」。その理由は「かつてのように武力で直接略奪するのではなく、彼らは富が自動的に流れ込んでくる仕組みを、合法的に手に入れることができる」からだ。
 その例の一つに挙げているのが、2012年3月に施行された米韓FTA(二国間自由貿易協定)である。アメリカ側は事前協議の段階で、(1)アメリカで科学的安全性が認められたGM(遺伝子組換え)食品は無条件にうけいれる(2)韓国の国民皆保険が適用されない株式会社経営の病院の参入を認める(3)アメリカ産牛肉の輸入条件を緩和する、の3項目を韓国側に了承させていた。この協定のもと、今まで地産地消を原則としていた韓国の学校給食の食材にアメリカ産のGM食品を参入させる道を開いた。韓国内で最大の市場である給食を牛耳るためには、ISDS条項(投資家保護を目的とした裁判)をチラつかせるだけで十分だった。日本で厳しく制限されていたBSE(牛海綿状脳症)検査もなく、アメリカ産牛肉はスムーズに韓国に流れ込んでいる。
 だが、だれが考えても理不尽なこの協定が何故まかり通ったのか。一つは当然のことながらFTAを歓迎した韓国内の富裕層の存在があったからだ。現に、韓国では締結後すさまじい勢いで貧富の差が開き、投資家や多国籍企業など1パーセントの資産価値が上昇する一方で、99パーセントの国民は貧困の度を増しているという。もう一つはマスコミの存在があった。韓国は一時IMF(国際通貨基金)の管理下に置かれたことがあった。その際、マスコミに外国資本が参入できる道筋を整えておいた。そのおかげで韓国民にとって決定的に不利益をもたらすFTAの情報をギリギリまで伏せることが可能になった、と堤氏は結んでいる。

韓国の二の舞にならないか
 こうしてみてくると、TPPをめぐって現在日本が置かれている立場は、韓国と似ているのではないか。アメリカ産牛肉の輸入制限は緩和された。かんぽ生命保険の新商品販売について、麻生金融相が待ったをかけた。これらはTPP受け入れの下地作りに見える。そして、「攻めの農業」を標榜する現政権のもとで、アメリカ系多国籍企業の「アグリビジネス」が参入してくる可能性は十分ある。その恐ろしさは、GM(遺伝子組換え)種子、農薬、特許料をセットにして売り込む点にある。一旦GM種子を手にするや、農家は毎年種子とそれにしか効かない農薬とを買い続け、農薬の特許料を永久に払い続けねばならなくなる。
 私のような素人でさえ思い至るこうしたTPPの影響について、テレビメディアの人達は危機感を持っていないのだろうか。なぜ口を閉ざし続けているのだろう。それとも発言できないような強い圧力が存在するのだろうか。
 守秘義務を理由に交渉内容について一切秘匿されている今でも、テレビがTPPについて伝えるべきことは様々あると私は思う。

                               2013年10月号より

テレビ参院選報道番組に問われたこと

                            戸崎賢二(放送を語る会会員)  

 選挙で投票するにあたって、人は何をもっとも主要な判断材料にするのだろうか。ネット選挙が喧伝されたが、選挙後の世論調査を見る限り、ネット情報を参考にした人の比率は予想に反して低く、依然としてテレビが作り上げたイメージが大きく影響していたようだ。
 放送を語る会では、こうしたテレビの影響力の大きさを踏まえて、選挙時のテレビ報道の検証を繰り返し行ってきたが、今回の参院選でもモニター活動を展開した。その報告は、8月に放送を語る会ホームページに掲載している。

二つの批判
 
この報告には、参院選関連テレビ番組の問題点がいくつか指摘されているが、その中の主なものを二つあげておきたい。
 第一、ほとんどのテレビ報道が、「ねじれ解消が焦点の参院選」と決まり文句のように伝えていた。この点についてはすでに多くの批判があり、当報告でも言及している。「ねじれ」には、ものがねじれた状態は不正常、という語感がつきまとう。「解消は良いこと」、という心理的な効果を生む言葉なのである。メディアは不思議にこのことに鈍感だった。
 重要なことは、改憲問題や原発政策、TPP、消費増税など重要な争点で、参院でどのような対抗する勢力地図が描かれるかであり、それが焦点であるべきだった。選挙翌日のNHKの政党討論で、自民党の石破幹事長は、「今回の選挙をねじれ解消を争点として闘った」と明確に述べたが、この言葉は政権側の主張であって、それをメディアが言うことは明らかに偏向だったはずである。
 第二に、選挙期間中の、政権に対する批判、検証の弱さが指摘されなければならない。 
 自民党が、「ねじれ解消」とアベノミクス効果を前面に立て、原発政策や改憲問題を積極的には打ち出さない選挙戦を展開したが、テレビでは、貧困と格差、ブラック企業の横行、といった実態を政権政党に突き付ける報道は希薄であり、改憲問題でも、軍事法廷も含む国防軍実現という恐るべき自民党の意図についても追及が弱かった。このため、選挙までの間に、「アベノミクスで経済は上向き」といった支配的な空気が作られた。これが自民圧勝を導く要因の一つになった疑いが強い。

自民党のTBS「出演拒否」事件
 
メディアの政権批判が弱い理由として、自民党の攻撃的な姿勢、圧力がテレビ局側に意識されていることがあるのではないか。その一端をみる思いがしたのは、自民党のTBSへの出演拒否の動きであった。今回の選挙期間中に起こったこの事件の意味するところは重大である。
 6月26日のTBS「NEWS23」は、国会で重要法案が軒並み廃案になった問題を取り上げたが、その中で自然エネルギー財団の関係者が、電力事業のシステム改革の法案が廃案になったことを、経過から見て自民党が通す気がなかったのでは、と批判した発言を組み込んだ。
 この番組内容を不服として、7月4日、自民党は幹部のTBSへの出演を当面拒否すると表明した。TBSは謝罪はしなかったが、「指摘を受けたことを重く受け止める」など釈明する文書を出し、自民党は5日、これを事実上の謝罪だとして出演拒否を解除した。
 局側のコメンテーターやアナウンサーの発言ではなく、外部出演者のコメント内容を理由に強硬な措置をとるのは常軌を逸している。こんなことを理由に、政権政党がテレビ局に圧力をかけるようなことが是認されれば、自律的であるべきテレビ報道が危うくなる。これはTBS対自民党の問題にとどまらない問題である。各テレビ局は、一斉に抗議の声を上げるべきだったが何も起こらなかった。
 6月30日の朝日新聞のコラム「日曜に想う」で星浩特別編集委員が書いていたが、毎週月曜日の朝、菅官房長官を中心に開かれる会議があり、前週の新聞やテレビの報道内容がテレビキャスターの発言も文字に起こされるなどして配布されるという。報道内容が政権によって毎週詳細に検討されているのである。
 自民党は、改憲草案で、表現の自由や結社の自由に対して、「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」は認められない、という重大な制限を設けている。メディアにたいする過敏、強硬な姿勢と、この改憲の方針は、自民党という政党の根本の体質から出ているのではないか。
 とすれば、この政権にたいしては、メディアは相当な覚悟をもって対峙しなければならない。はたして今のテレビジャーナリズムにその自覚があるであろうか。

                                2013年9月号より


6月2日「NO NUKES DAY~テレビでは「何もなかった日」~

                            小滝一志(放送を語る会会員)

 6月2日13時、集会の始まった明治公園は人で埋まっていた。陽射しを避けて木陰に集まっていた「放送を語る会」有志のメンバー数人の輪に遅れて私も加わった。市民として「脱原発」の意思表示のために、そしてもう一つはこうした市民運動をメディアはどのように報道するのか、この目で確かめるために。
 集会は「6.2 NO NUKES DAY」。「原発ゼロ」「原発再稼働・輸出反対」などを掲げて首都圏反原発連合など3つの団体が共同で開催。ここ明治公園に1万8000人、芝公園に7500人が集まり、その後多くのコースに分かれてデモ行進、夕方には国会包囲、正門前集会には6万人、延べ8万5000人(主催者発表)の市民が参加した。
 高齢者の多かった私たち「放送を語る会」有志は、明治公園から六本木までのデモに参加した後、国会包囲行動はパスして喫茶店で一息入れ、その後国会正門前集会に参加、夕暮れまで「原発いらない」「再稼働反対」のコールを繰り返した。


テレビはこの日をどう伝えた?
 私は、この日の夕方から深夜にかけて気が付いたテレビニュースを片っ端から録画セットしておきチェックしてみた。 先ず驚いたことは、テレビにニュース番組が少ないこと。日曜日の編成と言う事情を考慮に入れてもこれでいいのかと疑問に思う。
 NTVはニュース枠ナシ、テレビ朝日「ANNニュース」(2045~)4分でニュース2項目、TBSテレビ「フラッシュニュース」(2054~)6分でニュース2項目、テレビ東京「ニュースブレイク」(2148~)6分でニュース2項目、「TXNニュース」(2430~)5分でニュース3項目、フジテレビ「FNNニュース」(2345~)10分でニュース6項目、いずれもNO NUKES DAY には全く触れなかった。報道情報番組NTV「真相報道バンキシャ!」(18001855)、フジ「Mr. サンデー」(22002305)でも取り上げていない。
 結局、取り上げたのはNHK「ニュース7」(1900~)だけだった。30分の放送時間でニュース11項目とスポーツを放送、6項目目に「原発再稼働に反対」のタイトルで45秒ほど芝公園と国会周辺の映像を流した。そのNHKも次の「ニュース」(20452100)ではNO NUKES DAY は落ちている。
 これでは、テレビを情報源にしている多くの人たちにとって、6月2日は「何もなかった日」だったのではないか?
 実は、「放送を語る会」では、モニター活動を設定し、集会翌日の3日のニュースを併せて2日間ウォッチした。当然のことながら3日月曜日の定時ニュース枠でNO NUKES DAY 報道したところはどこもなく、私たちのモニター活動は空振りに終わった。


市民運動軽視、情報選択は「官尊民卑」?
 なぜNO NUKES DAY 報道は皆無に近かったのか。要因の一つは、市民運動軽視、情報選択の時「行政の発表は信頼できるが市民の声はあてにならない」という「官尊民卑」の姿勢が大手メディアに根強くはびこっているためではないか。
 6月2日の各局ニュース項目を見ると、この傾向が読み取れる。「FNNニュース」を例にとると、①字幕「アフリカ安定に1000億円支援」(横浜で開催中のアフリカ開発会議で安倍首相表明、何の疑問もなく政府発表がトップニュース)、②「栃木県真岡市女性殺害 家族の知人とトラブル」(事件は1日朝)、③「トルコ反政府デモ続く」(2日も市民数万人参加、拘束939人負傷数百人)④「秋田飲食店従業員殺害 被害女性の通夜」(遺体発見29日)、⑤「千葉成田市 炎上車両から遺体見つかる」(2日早朝)、⑥「中国人気番組に日本の子ども招待」。
 ニュース価値の受け取り方は、人によって千差万別であることはよく判っているつもりだ。しかし、編集者がこの6項目のニュースに比べ、NO NUKES DAY に視聴者の関心はないと判断したのは妥当だろうか。「ニュースでは、人の生き死にが重要」と報道関係者から聞いたことはあるが、②、④項目とも続報だ。また③は遠いトルコの反政府デモは伝えても足元の日本の市民運動には関心がないのか。トルコは1000人近い拘束者と数百人の負傷者が出たが、NO NUKES DAY は何事もなく平穏無事に終わり伝える価値はないと判断したのか。一般の人々の感覚からは違和感の残る編集姿勢ではないか。
 放送法には、その目的に「放送が健全な民主主義の発達に資する」ことを掲げている。ニュース編集の基準の中に、この項がきちんと位置づいていれば、日本の市民運動に対するメディアの評価、報道の仕方も随分変わるのではないか。それを期待したい

                               2013年8月号より



「ラジオの行方」~進まぬデジタル移行~

                            野中良輔(放送を語る会会員)

 詩人の谷川俊太郎氏は、詩人にならなければラジオ工になりたかった、と公言するほどのラジオ好きでラジオの収集家としても知られている。
 谷川氏はラジオに寄せる想いをエッセイ集『一人暮らし』の中で『古いラジオの「のすたるぢや」』と題して次のように記している。
 「一九四五年に戦争が終わって少しすると、アメリカ製のラジオが日本でも手に入るようになった。と言っても、もちろん少年だった私に買える金額では無い。店の主人に頼みこんで見せてもらうだけである。そして一目見ただけで恋に落ちるのである。(中略)私は古いラジオをコレクションするという泥沼に足を突っ込んでしまったのだ。おまけにオームの法則も理解していないくせに、半田ごてを握るのが好きだったので、鳴らないラジオを鳴らしてやろうというお節介までやくようになった」

 
 
氏ならずとも、当時は秋葉原で部品を調達し、半田ごてを握ってラジオの自作に熱中する多くのラジオ少年達がいた。鉱石ラジオから始まり、高音質のステレオアンプ製作へと行き着くのが定番のコースだ。
 ラジオの自作はラジオ放送の初期から盛んで、実験放送の段階からメカニズムとしてのラジオに興味を持つファンは大勢いたが、当時の外国製受信機は今なら乗用車並みの値段で、高額のラジオ受信機が購入困難なファンは必然的に自作のラジオへと向かっていった。
 そしてそれらのファン等に対応するため「無線と実験」「初歩のラジオ」などの技術関連の雑誌も次々と出版された。ラジオは情報等の伝達手段であると共に、電子工学の入門教材としての役割をも担っていたのだ。
 因みにアップル社の創業者スティーブ・ジョブズ氏は六、七歳の頃に一人で真空管ラジオを組み上げたというエピソードの持ち主だ。

 そのラジオの行方に少々陰りが見えている。
 「情報メディア白書2012」によれば、2010年度の民放ラジオ営業収入は総計1467億円しかない。2000年度には2505億円だったので10年で1000億円減少している。そしてスマートフォンなどの多メディア化で、若者を中心にラジオ離れが加速している。
 しかも
アナログ放送は都市部を中心にビル陰や室内の難聴取が指摘されていて、災害時での情報インフラとしての役割を果たし難くなっている。その解決策としてラジオのデジタル化が検討され実験放送も何度か行われていた。
 
しかしデジタル化には設備設置に多額の費用が必要とされ、聴取者にも新たな受信機の購入が求められる。ラジオ離れが深刻な状況での多額投資に難色をしめす放送局が多く、地方局にはAMの継続で十分対応できるとの声も上がっていた。また在京AM局ではアナログのままFM放送に転換して難聴取解消対策を進める案が浮上し民放連としての統一対応は決めず、デジタル化は個々の放送局に委ねることになった。
 
災害情報に限って言えば、放送対象地域は狭いほうがよい。その地域にとって切実な災害情報がより多く提供されるからだ。その意味では、カバーエリアが狭いFM移行は現実的かもしれない。
 
総務省は今春、「災害情報等を国民に適切に提供」するのがラジオの使命とし「放送ネットワークの強靭化に関する検討会」を組織して、低地・水辺に立地する中波(AMラジオ)送信所の防災対策と、AMラジオの難聴対策を検討しはじめたが、東日本大震災ではコミュニティFM放送局が災害地以外でも臨時災害放送局として安否確認情報、生活情報、支援情報放送など、地域に密着した多様な活動を展開し、被災者住民から頼りにされた。
 現在コミュニティFM放送局の数は日本全国で250を超えるが、その多くは厳しい経営状況にある。ことに、2010年に改定された放送法で放送設備の向上、無線技術者の常勤などが義務づけられ、財政および人材確保にどのように対応するかが課題となっている。
 「災害情報等を国民に適切に提供」するのがラジオ放送の使命というのであれば、コミュニティ放送局に対し、財政面や人材育成などで公的な支援が必要であろう。

                                2013年7月号より


参議院選挙、争点は憲法

      五十嵐吉美(放送を語る会会員)  

 安倍首相は国会で「選挙で、96条の改正を掲げて戦うべきであると考えている」と述べ、参議院選挙は、憲法改正を争点にたたかわれることがはっきりした。
 昨年の衆議院選挙でも、96条改正を公約にしていると安倍首相はいう。しかし実際の報道では、政策が主権者に伝わっていなかったという結果が、「朝日」の「衆院選挙とメディア」世論調査(4月18日付)でわかった。もっと報道して欲しいものは「各党の政策・公約」がトップで64%(6つから3つを選択)にのぼった。参考にしたのは「テレビのニュース番組」が45%で、新聞記事の43%を超える(複数回答)。
 とすれば、今度の参院選、憲法改正という争点をテレビがきちんと報道できるかどうかが問われている。
 なぜ、憲法第96条の規定では3分の2以上になっているのか、とか、日本の憲法は21世紀にどのような意義をもっているのかなど深い掘り下げや、暮らしの中で生きている現憲法を支持する声なき声を、テレビジャーナリズムは伝えることができるのか、重大だと思う。
 放送を語る会が、昨年の総選挙のテレビ報道をモニター、各局のニュース番組を検証し、指摘した――政策や争点が掘り下げられない傾向、多党化のなかで報道時間が不十分、しかも政治家の発言が断片的になりがちで、印象の強い政治家ほど有利となるテレビの弱点――をどう克服できるか改善を期待したい。
 また、今度の参議院選挙でネットによる選挙が解禁になる。気になる事があった。
 四月八日安倍晋三公式フェィスブックに<メキシコの様な親日的な国との首脳会談は、NHKも報道しないので、フェイスブックでお知らせします。>と、来日したメキシコ大統領との会談の模様を紹介。すると「いいね!」が二万数千人から寄せられ、おびただしい「NHK解体!」「国営化すべき」の書き込み。「ニュース7」で放送していたことがわかって、<19時のニュースで報道したそうです。失礼しました>と、安倍首相のかるーい訂正のあとにも、「給料が高すぎる」「全員クビ」「反日だ」「スパイがいる」など、感情的なNHKバッシングの大合唱、言いたい放題の広大なネット世界がひろがった。
 何かあったのか、なかったのか? <NHKも報道しないので>事件の11日後、安倍首相は<NHKでも生中継があるので、見て頂けると大変嬉しい>と、四月一九日の日本記者クラブでの会見を、フェィスブック上で予告した。もちろんNHKが会見を中継し、安倍首相は成長戦略について話し、参議院選挙を通じて憲法改正を問い、憲法改正を現実にできると強調した。ネットとテレビのコラボだ、最強ではないか!
 事実確認もしないで平気で、フェィスブック上で“おしゃべり”する、シンちゃんこと安倍晋三という人が首相である。安倍首相のフォロワーは三〇万人以上というから、アブナイし、怖いと感じるのは、考えすぎだろうか。

 二月、伊豆大島に出かけた私は、日本の憲法がアメリカの押しつけではなく、国民の願いだったという証しを“発見”した。案内をしていただいたNさん作成の冊子に、「大島町史」の引用と「独立想定し『暫定憲法』」の見出しがおどる、一九九七年朝日新聞の切り抜きがプリントされていた。
 敗戦直後の一九四六年一月、伊豆大島は連合軍総司令部(GHQ)により、行政上日本から分離されることになった。島民は独立やむなしと、大島憲章づくりに動きだした。そのメンバーに、戦前の治安維持法下でひそかに行動していた大工の雨宮政次郎と仲間たちがいたという。一九九七年発見されたガリ版刷りの大島大誓言には、「島民の安寧幸福の確保増進」をうたい、「道義の心に徹し万邦和平」を決意。政治形態として「統治権は島民にあり」(第一章)とした。島民総意のために議会を設置することも記してある。まさに国民主権・平和主義・社会保障の基本を盛り込んだものだった。
 GHQ指令は修正され、伊豆大島は三月二二日日本に復帰。53日間の伊豆大島共和国――それは同年の一九四六年、国会の論議を経て布告される日本国憲法に生きている。
 平和への希求、日本国憲法の心をテレビは伝えてほしい

                                            2013年6月号より



繰り返される「大本営発表」

                           府川朝次(放送を語る会会員)

 2013年2月22日(日本時間23日未明)ホワイトハウスでオバマ大統領と会談した安倍総理大臣は、「TPPはあらかじめすべての関税撤廃を約束しない」との共同声明を発表し、TPP交渉参加に意欲を示した。その3週間後、3月15日総理はTPP交渉参加を正式に表明する。「放送を語る会」では、この間、NHKや民放6社のTPP関連ニュースをモニターしていた。その結論から言えば、今回の経過ほど単純明快に図式化できる報道はなかったということだ。マスメディアが、独自の視点や見解を持たず、政府自民党の言動を忠実に伝えることに終始していたからだ。
 すなわち、①2月22日安倍総理、日米首脳会談で「TPP交渉に『聖域』はある」との同意をオバマ大統領との間で確認したとして、交渉参加に意欲を示す。②日米共同声明に盛り込まれた「日本の農産物にある微妙な問題」を論拠に、「聖域」は農産物であることに絞られていく。交渉参加に強く反対する農協に対応する形で、自民党TPP対策委員会は政府に「農産物重要5品目を例外として確保すること」を主眼とした決議文を手渡す。「もし要求が通らない場合は脱退も辞さない」との文言も盛り込まれた。③国内での懸案事項はこの決議文によって取り除かれたとして、安倍総理は3月15日TPP交渉参加を正式に表明。以上が3週間の報道の基調であ
る。
 TPP交渉は農業以外にも重要な問題が山積している。それは自民党の「TPP対策に関する決議」にも明記されている。しかし、交渉は21分野に及ぶこと、参加することでメリットもあるがデメリットもあることに言及した番組は少ない。特にISD条項に触れたのは「NEWS ZERO」と「報道ステーション」だけだった。ISD条項とは投資家を保護するための規定で、これを盾に日本の規制が非関税障壁だとして訴訟が増える恐れもある。その懸念は「決議」の中に「わが国の主権を損なう」との表現で触れられている。しかし、メディアの扱いは、対策委員会は専ら「農産物の例外品目を何にするか協議していた場」との筋書きで語られた。その結果、農協対自民党、農協イコール既得権益集団といった固定観念を視聴者に植え付け、TPP問題は即ち農業、とのあやまった印象を与えた可能性は拭いがたい。
 3月に入って、国の内外から衝撃的な情報がもたらされた。事の発端は3月8日衆議院予算委員会での共産党議員の質問にあった。内容は「TPP交渉は、日本にとって不利な状況にある。後発の参加国は事前に交渉テキストを見ることもできなければ、すでに確定した項目について、いかなる修正や文言の訂正も認められない。遅れて参加したカナダやメキシコはその条件を承認する念書に署名している」というものだった。この情報を電波に乗せたのは「報道ステーション」(3/83/13)のみ。NHKに至っては、15日安倍総理をスタジオに招きながら、こうした情報の真偽を質すことさえしなかった。インターネット上では、さらに「日本は『交渉に参加する』のではなく、『すでに条項に定められた協定に参加するだけだ』」とし、「日本の国内の法制度は、すべてTPPに定められた指図によって動くことになるであろう」との、国際環境・人権保護運動の活動家の警句さえ伝えられていた。
 とにかく今回のTPP報道は異常ずくめだった。専門家の起用もほとんどなかった(皆無ではないが)。したがって外部からのTPPに対する反論なり懐疑の声はほとんど伝えられていない。なにより、交渉参加決断の基になった日米共同声明全文を紹介したのが「報道ステーション」1局だけだったことは、ジャーナリズムのあり方として、その異常さを象徴してはいまいか。
こうしたメディアの状況を日本農業新聞は316日付電子版の論説で「メディアの危機」として訴えかけている。「本来『不都合な真実』を伝えるはずのメディアの多くが、政府・財界主導の推進論を無批判に受け入れ、世論誘導の一端を担った。時に農業対工業の対立をあおり、時に重要品目の例外が勝ち取れるかのような根拠なき楽観論を流した。そして一貫して自由貿易こそが成長の源泉であるかの幻想を振りまいてきた」と断じている。
 私も同感である。2年前東京電力福島第1原子力発電所事故の際、メディアは政府発表を垂れ流したとして批判されたはずだった。しかし、その反省もないまま、またも繰り返された「大本営発表」。この国のマスメディアの病根の深さに暗澹たる思いでいるのは私一人だけだろうか。


                                 2013年5月号より



日本軍「慰安婦」~安倍政権とメディアは歴史の事実に向き合え~

                                          戸崎賢二放送を語る会会員)

 いま、言い出した本人も口をつぐみ、相変わらずメディアも報じていない重大問題がある。日本軍「慰安婦」に関する「河野談話」の見直しの問題である。
 1993年8月に発表された河野洋平官房長官の談話は、戦争中、日本軍が長期、広範な地域にわたって慰安所を設営した事実を改めて認め、「慰安婦」の募集が甘言、強圧によって、本人の意思に反して行われた事例が数多くあり、慰安所での生活も強制的な状況の下での痛ましいものであったと述べている。
 元「慰安婦」の人々の聞き取りを含む一年数か月にわたる調査の結果、日本政府はこれらの事実を否定できず、被害者に謝罪せざるを得なかった。
 周知のように、安倍首相はしばしばこの「河野談話」の見直し(否定)の意図を明らかにしてきた。昨年11月30日の記者クラブ主催の党首討論でも、「慰安婦」を集めるときに、「人さらいのように連れてきた事実があったかは証明されていない」と発言、軍が「強制連行」したことを示す資料がないことを「見直し」の理由とする持論を展開した。
 この主張は二重のウソを含んでいる。第一に、河野談話は「慰安婦」制度全体を貫く強制性を明らかにしているが、安倍首相は、強制連行の資料の有無、という募集の一つの局面だけで談話を否定しようとする。ここには明白なすり替えがある。第二に、実は占領地では軍が直接女性を拉致したケースが数多くあった。この事実を隠ぺいし、あたかも「慰安婦」の歴史を通じて「強制連行」がなかった、という欺瞞的な印象を作り出している。
 直接、兵士が連行した場合でなくても、軍が選定した業者や官憲が、「いい働き口がある」と言って騙して連れていくケース、承知しなければ父母に不利になるなどの脅しによって連行されたケースなどが報告されている。募集は業者であっても、軍に引き渡されたあとは逃げることもできず、慰安所に監禁されて一日に10人も20人もの兵隊の相手をさせられた。この過程全体は強制連行と言ってもよいものである。
 「慰安婦」とされた人びとの状況は、生存者の証言記録、数多くのルポ、歴史研究、被害者が日本政府に補償を求めた裁判の記録などを真摯に読めばすぐにわかることだ。 連行された女性の中の未成年の比率はかなり高かったといわれる。聞いた話とは全く違う境遇に突然置かれた少女たちの驚きと悲しみはどれほどのものだったか。父母のもとに返してほしいと、何日も泣き叫んだことだろう。安倍首相をはじめ、河野談話の見直しを主張する政治家たちは、こうした悲惨、過酷な状態に置かれた女性たちへの倫理的想像力を恐ろしく欠いている。

 昨年11月、アメリカの地方紙「スターレッジャー」に、「慰安婦」強制否定の意見広告が掲載された。07年にワシントンポスト紙に掲載されたのと同様趣旨の広告である。「『慰安婦』は『性的奴隷』ではなく、当時認められていた売春のシステムの中で働いていたにすぎない」などと主張するこの意見広告には、安倍晋三議員(当時)のほか、のちに閣僚となる4人の政治家が賛同者として名を連ねている。(13年16日付「赤旗」記事による)
 こうした行動を、極右の政治グループの主張ととらえれば不思議ではないが、ことここに至っては、政治家の人間性の基層まで下りていって考えたくなる。事実に対して謙虚であること、誤りは誤りとして認める、といった姿勢は、人間の品格、道義心にかかわるものだが、一国の首相ともあろう人物がその資質を欠くとすれば、我々はいかにも不幸な国民ということになる。
 おそらく、安倍首相をはじめとする政治家たちは、「慰安婦」の歴史的事実を国家の恥と考え、なんとしても否定したい、そのために都合の悪い事実に眼をふさぎ、強制はなかったと思いこもうとした。もしそうであれば、これは一種の無自覚の自己欺瞞の働きと言えなくもない。
 奇怪に思われるのは、このような明白な欺瞞にたいして、日本のメディアにまともに検証する動きがないことだ。テレビはもちろん、一定の読者を持つ新聞メディアでは、わずかに「赤旗」を除いて、近年この問題の正面からの調査報道を見かけない。
 政権の圧力と街宣車が怖いということであれば、今のテレビ、新聞ジャーナリズムの状況から言って無理からぬことだ。しかしこれだけ「慰安婦」に関する報道がない状況が続くと、組織ジャーナリズム自体が安倍首相ら政治家の自己欺瞞の心理状態を共有しているのではないかと疑わざるを得ない。そのほうがより憂慮すべき状態ではないだろうか。

2013年4月号より



スカイツリーからの地デジ放送開始と新たな受信障害

松原十朗(放送を語る会会員) 

 東京スカイツリーからいよいよ地デジ放送が開始される時期が迫り、試験電波が出された。受信情況を調査した結果、少なくない地点で電波障害が発見されて関係者は困惑しているようだ。
 “新しい観光スポット”としてのスカイツリーが繰り返し放送されているために、多くの人は現在、地デジ放送もスカイツリーからのものと思い込んでいる。しかし、2011年7月アナログ放送停止後も、地デジは東京タワーのアナログアンテナより低い高さ(265m)から送信されている。アンテナの位置が低いことに加えデジタル波のためアナログ放送よりサービスエリアも小さいのだが、これも知らされていない。
 東京タワーからスカイツリーに送信が切り替わると、8.4km送信所が移動する。アンテナの方向調整が必要な送信所に近い所でも、「強電界地域は電波が強いので、受信障害は生じない、何とかなるだろう」考えていたようだ。私からみれば随分粗雑な処理思考だと思う。
 「ゴーストを除去できるデジタル波」であり、「送信アンテナの高さも265mから630mになる」とはいっても、山も谷もない大草原の中の送信タワーではない。巨大な高層ビルが立ち並び、その中に密集した住宅地のある23区内で、送信所が8.4kmも移動する。そのために不特定多数の受信点で電波の到達情況が変化する。そのとき、「不具合になるポイントは生じないか」と、現場を少しでも視野におけば、常識的に考えるものであろう。
 電波伝播の理論に寄りかかって(?)「アンテナの高さが2倍になるのだから」「ゴーストを処理できるデジタル波だから」といって、“万が一”を想定してこなかったのは現場を預かっている関係者の怠慢だと思う。

デジタル波への移行にはアナログ波と併存する期間を設けるのが常識
 
 当面している課題は前例のない性格の問題である。
 通常のアナログからデジタルへではなく、1000万単位の受信者をもつ首都圏で、デジタルからデジタル、送信所の8km移動に対応しなければならないのである。
 なぜ、こうした事態を招いたのか?
 「地上デジタル放送懇談会」(NHK、民放、総務省等で構成、97.5~98.10)の報告書は、「地上デジタル放送」の導入の道筋として、「アナログ波とデジタル波の併存期間を設け、その期間にデジタル波への移行」を提案していた。具体的には、「アナログ放送終了時期とその検討条件は、1-デジタル放送の普及率85%以上、2―現行のアナログ放送対象と同一対象地域をデジタル放送で100%カバーしていること」とされていた。
 アナログ放送を停止した2011年7月、これらの条件が全く顧みられなかった。本来ならば、アナログ放送は延長されねばならなかったのである。

デジタル→デジタルの困難な綱渡りを乗りこえるには

スカイツリーへの移行は当初予定の2013年1月から5月に延期されたが、難問となっている受信障害にどう対応するのか。関係者に問い合せた。
 「移行前にスカイツリーにアンテナを向ければ東京タワーが受信できなくなるケースが心配。そういう場合どうするのか」の問に対して、「どちらかが見えなくなることは考えていない。アンテナの方向調整等で両方受信できるようにする」との回答だった。
 電界強度の関係では、電波の強い東京23区内は「ブースターの調整か、交換も必要になってくる場合がある」とも言う。こうした障害が万単位で起こる心配もあるがどう対応するのか?
 答えは、「3月から4月の受信障害対応は続ける」「その内容はまだ具体化はしていない」という心もとないものだった。また、東京タワーからの電波を山梨等で受信しているが、スカイツリーに移ると受信不能になってしまう事例についても把握していなかった。
 東京タワーからスカイツリーへの移行には、スケジュール優先ではなく移行時期を延期しても、受信者に過大な負担を強いることのないよう十分に配慮して欲しいもの。 今後どのような障害が発生するか予測し難い。何よりも、拙速を避け、受信障害の有無の調査を十分に行い、受信者に時間をかけた丁寧な説明ときめ細かで柔軟な対応策が関係者に求められる。

2013年3月号より



67年目の上野原B29墜落調査

増田康雄(放送を語る会会員) 

 私は去年10月8日、山梨県上野原市西原のB29墜落現場調査に参加した。この調査は山梨県戦争遺跡ネットワークの主催によるもので、戦争遺跡保存全国ネットワーク代表の山梨学院大学十菱駿武教授、山梨平和ミュージアムの理事2名、都立高校の教諭、それに私の計5名と、テレビ山梨のスタッフ2名が参加した。
 この西原で米軍機B29墜落したのは67年前の1945年2月19日午後1時のことだった。日本の戦闘機が体当たりでB29を撃墜したのが目撃されている。
 調査現場では3つの発見があった。一つは上野原市西原の中群山の麓の斜面に、墜落したB29の破片を発見して約30点収集したこと。二つ目は、乗員が緊急時に居場所を知らせる反射用のミラーを農家が保存していたこと。三つ目は墜落したB29のジュラルミンを加工して農具の「箕」が作られ、利用していた農家があったこと、などが明らかになった。
 テレビ山梨は10月10日の午後6時15分から「ニュースの星」で5分間、この現地調査を報じた。まず上野原でB29と日本の戦闘機の衝突目撃証言が紹介され,続いて10月8日の上野原市西原の調査の状況と十菱教授のインタビューが伝えられた。十菱氏は戦後67年目に破片が収集された驚きを語り、戦争遺跡の保存の大切さを強調した

マスコミの戦争遺跡報道の視点

 私は二週間後、調査の3つの発見を多摩地域の複数の新聞社支局にFAXで知らせてみた。東京新聞支局から電話があり、数枚の写真をおくったがローカルの話題だけではと取り上げてもらえなかった。
 67年目にB29の破片がみつかった事実は大きな発見、驚きだと思う。山梨の民放は地元のB29墜落現場調査のリポートで戦争を考える場を視聴者に示す視点があった。しかし、東京新聞支局を含め新聞社が関心を示さなかったのは問題と思う。

調査その後の経過

調査団は12月1日、体当たりの日本の戦闘機「屠龍」の破片を探すため、再度上野原市西原の墜落現場に入った。しかし、破片はみつからなかった。戦後、地元の人たちは戦死したパイロット廣瀬治大尉の慰霊碑を建てていた。
 私達は地元の古老を訪ね、聞き取り調査をした。当時、B29のエンジン4個が谷筋に落ちたこと、不発弾が複数麓に落ち、戦後米軍の協力で爆破したこと、墜落死した米軍の乗員を埋葬したこと、戦後、米軍は主な機体と遺体を引取った話を聞いた。
 私達は西原の田和にある招魂社を訪ねた。そこには墜落したB29のジュラルミンと戦闘機屠龍の鉄板の破片、廣瀬大尉の遺影があった

私が感じたこと

 2010年5月、都立調布南高校の公開講座「多摩地域の戦争遺跡」を受講してから私は戦争遺跡に興味を持った。自分の目で確かめようと21か所を撮影してみた。
 取材をして「戦争は人を殺し、殺される」ことを学んだ。多摩地域の戦争遺跡は子供を含め多数が犠牲になった。
 67年前の上野原市のB29墜落は専門家の間では知られていた。しかし、三つの発見は世間には知られていなかった。
 B29乗員も戦闘機の乗員も1945年2月19日に上野原市上空で11名が命を落とした。私達は残されたB29の遺品と戦闘機の鉄板から衝突の事実を体で知ることができた。残された遺品を後世に残し、知らせることが大切だと私は感じた。
 現在、戦後生まれが85%の時代、67年の時間の流れが「戦争の愚かしさ」を忘れさせてゆく。今回の選挙でも政権側は国防軍の創設、集団的自衛権の行使を主張、憲法の9条、96条の改定を目論む。こうした状況のなかで、私にとって、B29墜落現場の調査団は戦争と平和を考える大切な場となった。

2013年2月号より




「うめき」、そして決して口にはしない「怒り」
~普天間・辺野古・高江で感じたこと~

                                            小滝一志(放送を語る会) 

「放送を語る会」が9月にテレビのオスプレイ報道のモニター活動に取り組んだ後、私は「報道されている現地を是非この目で確かめたい」との思いに駆られた。
 丁度タイミングよく、10月に日本ジャーナリスト会議が2012年度全国交流集会を沖縄で開催した。私も参加して普天間基地・辺野古・高江を見ることができた。
怒りは臨界に
 
 17日、一行は那覇空港から琉球新報社に直行、オスプレイ・米軍基地をめぐる最近の沖縄事情のレクチュアを受ける。
 先ず資料として渡された、「オスプレイ拒否10万3千人結集」と2ページぶち抜きの大見出しで「9/9県民集会」を伝える琉球新報、1面全体が「オスプレイNO!」のプラカードで埋まる会場写真の9/9当日号外に、沖縄と本土の温度差を突き付けられた。
 沖縄の現状は、4月25日県民大会で仲井真知事が初めて「構造的差別」と指摘し、太田昌秀元知事をして「もはや独立をめざすしかない」と言わしめた。この二年間の変化として、沖縄の人々と日本政府の溝はかつてなく深まり、もはや断絶の状態だという。
 2004年8月、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落、大学当局・市民・メディアばかりでなく沖縄警察まで、米軍によって立ち入りが禁止された生々しい未公開映像も見ることができた。
笑顔の裏に脱力感・孤立感
 
 
翌日訪れた辺野古は、しばらく前、米軍の訓練する浜がコンクリート塀と金網で仕切られてしまった。金網には支援に訪れた人たちの手作りの旗やプラスターが所狭しとくくりつけられている。それを指さして「防衛省の提供した屋外ギャラリー」と悔しさをユーモアに包んだヘリ基地反対協の安次富代表の案内は「森本は国防総省のモルモット」で締めくくられた。
 辺野古からさらにバスで北上してヤンバルの森の中の東村高江に着く。高江のことは、地元でも東京でもメディアはほとんど報じない。9月に4週間ほど取り組まれた「放送を語る会」のモニター期間中も、全くテレビは伝えなかった。
 私たちが訪れたテントは国道沿いに張られ、ヘリパット(ヘリコプター離着陸帯)建設予定地が金網越しに見える。毎週土日は、ボランティアで支援に来ている阿部子鈴琉球大学准教授が判りやすく丁寧に説明してくれた。「高江は人口150名ほどの小さな集落で、米軍北部訓練場と隣接している。今、この高江集落を取り囲むように6か所のヘリパット建設が予定され、2007年7月から地元住民が座り込みで激しく反対している」残念ながら住民の頭越しに建設資材の一部が持ち込まれてしまっているという。
 夜、私たちの宿舎「やんばる学びの森」で、高江住民の一家が歓迎のフラダンスを披露しながら実情を語ってくれた。
 「高江集落で反対行動に参加しているのは1割・5家族、『受け入れて補償金もらった方がいい』人たちが1割、後の8割は『わかんない』『かかわりたくない』『怖い』。東村も県も『オスプレイ配備は反対だが、ヘリパット建設は容認』、展望全くない。正直言って、オスプレイが配備されてしまって脱力状態」
 そこで彼らが「高江の実情とぼくたちの気持ちを代弁してくれた番組」と上映してくれたのが琉球朝日放送制作「標的の村」だった。沖縄防衛局が、15人の高江住民を訴えたスラップ訴訟を追った30分のドキュメンタリー。番組は、ベトナム戦争時、米軍の訓練に高江住民が駆り出され、ベトナム人に扮して協力させられてきたことを、当時を知る村民、新聞記者の証言や米国国立公文書館のフィルムなどを基に検証している。さらに現在の米軍の訓練でも高江がヘリコプター攻撃の標的にされている可能性を鋭く告発している。
決して口にはしない「怒り」 

 沖縄ツアーで、心に残った場面が二つある。どちらも酒の席だったが。
 ヤンバルの森の宿で、「私たちにどんな支援ができるでしょう?」と問いかけると、高江の人は、「私たちも仕事大事、家族大事でやっています。みなさんがそれぞれのところで、できることをやってください」とにこやかに答えてくれた。
 那覇でメディア関係者に「沖縄は、なぜ『基地撤去』『国外』と言わずに『県外』なのか?沖縄と本土の分断を招くのでは?」と問うと、「『基地をなくせ』とずーっと言ってきたけど何か変わったでしょうか」と静かに問い返してきた。
 私は、それぞれの抑えた優しい表情と口調の裏にこんなホンネを感じとった。
 「おれたちは、折れそうになるほど頑張ってる。本土の人たちはどうして判ってくれないのか。どうして本土から『基地をなくせ』の声を挙げてくれないのか」
 「私たちが『基地はいらない』と言い続けてきたのに、他人事として聞き流してきたのではありませんか。それなら基地は本土で引き取ってください」
 私の心の中に自責の念を呼び起こす沖縄の旅だった。

2013年1月号より




「知る権利」――あやまちを繰り返さないために

五十嵐吉美(放送を語る会会員)

 魚釣島、いや釣魚島――尖閣諸島の領有をめぐって、経済にまで影響が及ぶほど、日本と中国の関係が悪化している。「棚上げ」にして結んだ日中友好条約、その40年を祝うはずだった今年の秋は、どこかにいってしまった。悪化の一途をたどる日中関係のなか、「花岡事件と松田解子」と題する講演会が9月下旬に都内であった。

 戦争末期、日本国内の労働力不足をおぎなうために東条内閣は「中国人の強制連行」を決定、日本各地の35の会社、135カ所の事業所に、中国各地からかり集めたおよそ4万人の中国人、朝鮮人を働かせたという。秋田県大館・花岡銅鉱山・鹿島組では、1944年から6月までに979人のうち419人が虐待・酷使に次々に死亡。残るものが最後の力をふりしぼって6月30日、集団逃亡するも連れ戻され、ほとんどが拷問で死亡した事件、花岡事件である。(秋田の鉱山出身の作家・松田解子は1950年、事件の真相をはじめて新聞で知り、鉱山に入って調査、遺骨収集・返還運動にも携わりながら、『地底の人々』を著す。1953年中国、2011年韓国で翻訳され出版)

当時小学校四年生だった冨樫康雄氏(「花岡の地・日中不再戦友好碑をまもる会」事務局長)は、記憶をたどり、坑道や建物など証拠になるものを破壊してしまった鹿島建設、事件と地域の人々、遺骨返還運動、顕彰運動に触れながら事件について、講演した。会場には年輩の方々を中心に、遠くは秋田から何人か参加されていた。司会者が質問などがあればと促すと、七十代の女性が立ち上がった。

 私も小学校三年のときに、見ました。それは、かわいそうで…」。学校へ出かけようとしたら、外が騒がしく、見ると、裸も同然の中国人たちを村の人たちが取り囲み、棒などでたたいている。家族に助けてあげてと懇願しても、「国賊にされてしまう」と。その時のショックをかかえてずっと生きてきて、「あの事件がなんだったのか、誰もそのあと教えてくれなかった。不思議だった。ようやく数年前、地域の歴史の勉強会で、それが花岡事件だとわかりました」と、その女性は昔を思い出したかのように、胸の奥にしまっておいた痛みを、吐き出すようにゆっくりと話したのだ。

 日本は、侵略戦争で言葉につくせぬひどい被害を与えたアジアの人々に誠意のこもった謝罪をおこない、若い人たちが教科書で学べるようにしていたら、彼女のような、さらに解決が見えない現在の日中問題もなかっただろう。

 日本は、侵略戦争で言葉につくせぬひどい被害を与えたアジアの人々に誠意のこもった謝罪をおこない、若い人たちが教科書で学べるようにしていたら、彼女のような、さらに解決が見えない現在の日中問題もなかっただろう。

 時はかなり経過してしまった。が、経過させてしまったからこそ、取り返しがつかない事実、それに向き合うために、国民に真実を知らせる努力を、どれだけメディアがしているだろうか。いまが最後のチャンスかも知れない。

 9月22日日本軍「慰安婦」問題に関する日韓交渉/仲裁を前進させる国際シンポジウムが、「日本の戦争責任資料センター」の主催で開かれた。日本、韓国をはじめ、オーストラリアの国際法の専門家が講演した。ティナ・ドルゴポールさんは最後に、講演をこう締めくくった子どもたちに、日本軍「慰安婦」問題をきちんと話してほしい。若い世代は真の歴史を知る権利を持っているからです。

 2011年、韓国の大統領が日本政府に日本軍「慰安婦」問題の解決を迫り、この秋国連の会議場で問題が追及された。NHKをはじめ各テレビ局は、日本軍「慰安婦」問題がなぜこれだけ大きな外交問題になっているのか、国民にわかるように説明していない。2007年のアメリカ下院をはじめ、オランダやEU、カナダやオーストラリアで「公式謝罪」決議が出されていることなど、国際社会の動きを報道していない。これは国民に対する「知る権利」の侵害ではないか。

 もう戦後67年。しかし「人道に対する罪には時効はない」ことが国際社会のルールとして確立していることも、国民の多くは知らない。グローバルに展開している現在の世界で、日本人が、胸をはって生きることができるよう、メディアこそが、理性と勇気をもって歴史に向きあうものであってほしい。それこそが閉塞感に満ちた日本が、信頼を取り戻し、未来を引き寄せることになるだろう。

 花岡事件を知った中学生が次のように記している。「日本人の一人として、花岡事件のような事実を知ることはつらく、悲しいことです。でも真実から目をそらすことはできません。真実を知ることで戦争をにくみ、差別をゆるさないという力がわいてくると思います。」(童心社刊『私たちのアジア・太平洋戦争2』2004年)

                                2012年12月号より


オスプレイ報道に「安保タブー」は?「抑止力神話」は?

                        小滝 一志(放送を語る会事務局長)

 放送を語る会では、テレビ番組のモニター活動に取り組んでいるが、今回は、オスプレイ報道を取り上げた。6月に米軍が普天間配備を正式発表して以後、断続的に続いていたが、99日にオスプレイ配備反対沖縄県民集会が開かれたのを機に、96日から101日までの4週間強を期間限定でオスプレイ報道集中モニター期間とした。

「安保タブー」はないか?


 「(オスプレイ配備の是非について)安保条約上、日本には権限がない」という森本防衛相発言(6月29日アメリカのオスプレイ配備正式通告時)、「配備は米政府の方針であり、同盟関係にあるとはいえ(日本から)どうしろこうしろという話ではない」との野田発言(7月16日)を引くまでもなく、オスプレイ問題の根底に安保条約があることは、ここで改めて指摘するまでもない。
 9月9日の沖縄県民大会では、「オスプレイ配備撤回、普天間基地の閉鎖・撤去」が決議された。13日、大会実行委員代表が森本防衛相・玄葉外相に決議文を直接手渡し、席上那覇市長が「もし沖縄で事故が起きれば、県民の意思は米軍基地の全面閉鎖に向かう」と発言した(NHK「ニュース7」)。沖縄県民の要求が「オスプレイ配備」の反対にとどまらず、「基地の全面閉鎖」に踏み込んできたことは、とりもなおさず安保条約そのものを問うところまで来たということだろう。
 今、メディアには、今日の時代と状況を踏まえた安保条約の検証が求められているのではないか?
 ところが、2週間余りのモニター期間中、モニター対象ニュース番組97本のうちオスプレイを報じたのは43本、だが安保条約そのものに言及したものはなかった。「安保条約」の用語が使われたのも、わずか一度、それも森本防衛大臣インタビューの記者質問で「日米安保に賛成の首長さんも含めてすべての首長さんがオスプレイに反対していて辺野古移設が一層困難になったのではないか?」と問うたに過ぎなかった(9/21 NTV「news every」)。
 ニュース解説に当たっても周到に「安保条約」の用語使用あるいは直接の言及を避けているように思えてならない。一例をあげれば「日米関係、貿易や経済はかなり日本も言いたいことを言うが、どうしても安全保障はアメリカのペースになる。ただこれ単にオスプレイの安全の問題じゃなくて、沖縄に基地が集中していること、普天間という住宅密集地にあるということも問題」(9/17テレビ朝日「報道ステーション」コメンテーター)。
 テレビ報道に「安保タブー」はないか?
 メディアが「安保条約」をタブー視している限り、問題の本質がつかめないばかりか、人々のオスプレイ配備や基地の存在をめぐる議論の選択肢を狭め、根本的解決の道筋が見えてこないのではないか。

「抑止力神話」を疑わなくてよいか?
 
オスプレイ初飛行の時、森本防衛大臣は「アメリカの抑止力、日本の安全にとって非常に重要な飛行機」「アメリカが抑止力を格段に上げることは日本の安全にとっても非常に重要。そこを理解して」と、繰り返し「米軍の抑止力」を強調した(9/21 NTV「news every」)。聞き手は、沖縄で日米合意が反古にされた歴史を突き付けて鋭く迫ったが、「米軍の抑止力」そのものを問うところまでは踏み込まなかった。
 同じくオスプレイ初飛行をめぐり田中秀征福山大学客員教授が「防衛大臣は安全保障上の抑止力という必要性を強調した。しかし、必要性と安全性の議論をごっちゃにしてはいけない」と発言。コメンテーターの「抑止力」を自明の前提とした見解に、キャスターも、疑問を挟まず当然のことのように素通りした。(9/21テレビ朝日「報道ステーション」)
 しかし、「主権に関する対立では特定の立場は取らない」というパネッタ米国防長官の尖閣問題に関する発言(9月17日外相・防衛相会談後)と現実の推移を重ね合わせれば、オスプレイ配備や米軍の存在が、「抑止力」となるのかは疑わしい。メディアはそこを検証しなくていいのか?
 軍事力が紛争の「抑止力」や解決手段であるよりは、問題を泥沼化する要因になることは、イラクやアフガンの状況を持ち出すまでもなく実証済みのはずだ。
 メディアは、「米軍の抑止力」を疑い、検証する姿勢を失って、当然のことのように神話視してはいないか? あたかも原発報道における「安全神話」のように。

 オスプレイ報道は、普天間配備後、本格運用をめぐって今後も続く。「安保タブー」や「抑止力神話」を疑う視聴者に、メディアは、今後どのような報道で応えるのだろう?
 私たちは今後のテレビ報道を厳しく見守りたい。

2012年11月号より


どっこい生きる 311と映画

                            今井潤(放送を語る会会員)

 東日本大震災と福島原発事故を描いた映画は今年10月までに10本が一般公開された。それらの作品と監督は「無常素描」(大宮浩一)「311」(森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治)「フクシマ2011被爆に晒された人々の記録」(稲塚秀孝)「立ち入り禁止地区双葉、されど故郷」(佐藤武夫)「傍」(伊勢真一)「相馬看花」(松林要樹)「フクシマからの風」(加藤鉄)「石巻市立湊小学校避難所」(藤川佳三)「3・11を生きて、石巻・門脇小・人びと・ことば」(青地憲司)「希望の国」(園子温)この内「希望の国」のみドラマで、近未来の日本で起きる原発事故に抵抗する人々を描いている。

(1)特筆すべき作品
傍・かたわら」は宮城県亘理町に住むミュージシャン夫婦が大震災発生後、石巻にコミュニティFM局を立ち上げ、行方不明者の氏名・住所・年齢をただアナウンサーが読みあげる放送を続け、大きな反響を読んだことを題材にしている。今年3月NHK「こころの時代」で作家の柳田邦男氏はこれこそ災害の真実に迫るものと評価した。
「3・11を生きて」は石巻市門脇小の生徒・先生・父兄が3月11日の24時間の体験を語った記録である。この大災害を生きた人々の言葉が数珠のように繋がっている。 
 一見平凡に見える構成だが、これほど緻密に人々の心情と行動を追跡したものはなく、人間の生きる力を表現する点では他の作品にない特徴を持つ。

(2)テレビとの違いを意識した作品
「無常素描」は福島の僧侶玄侑氏の言動を中心に、被災の有様を2週間撮影したドキュメンタリー。終始、人名や地名の文字スーパーがない、ノーコメントの作品で、明らかにテレビ番組が説明過多であるとの批判的立場から制作されている。しかし、この大震災を短期日の「素描」で表現できるものではないことは明らかで、原発事故にふれていないことも理解できない。
 「311」は大震災発生から2週間後、森達也、綿井健陽ら4人が線量計で放射能を計りながら「東京の20倍だ」と笑いながら、福島原発を目指すシーンから始まる。最小限の人名・地名の文字スーパーはあるが、ノーコメントでテレビを意識した作り方である。
 立ち入り禁止で福島原発をあきらめ、岩手県陸前高田に入るが、大津波の被災を見て、4人から笑いが消えるのが妙にリアリティーがある。宮城県石巻市の大川小学校で遺体を撮影するのを遺族から棒を投げられ、抗議されるが、そのシーンをあえて出す。テレビとの違いを強調する演出だが、被害者のプライバシーを侵害することは誰にも許されないわけで、こういう手法はいかがなものかと思う。
 「フクシマからの風」は福島県飯舘村と川内村でモリアオガエルの卵を見守る85歳の老人、山菜を育てる84歳の老人、自給自足の農業を続けている62歳の男性の生活に密着した作品。この男性は「我々は原発に依存してきたのだから、被害者でなく、加害者だ」と自分を問い直している。この作品も文字スーパーは少なく、意味不明なところがある方言もそのまま出している。テレビでは共通語の文字スーパーを入れるのが通例である。加藤鉄監督は青森県六ケ所村の核燃料施設に一人反対した老人の映画を作った人で、人間の生き様を描く点では卓越した力量を示している。

(3)初めてドラマ化された原発事故
「冷たい熱帯魚」に続く「ヒミズ」のオープニングとエンディングシーンに東日本大震災のガレキの延々としたドリーショットを使い日本の現状を象徴して見せた園子温監督は近未来に起きる原発事故で放射能災害と行政による退避命令に人々がどう立ち向かうかというドラマ「希望の国」を発表した。長島県という架空の農村で、自宅から退避せず認知症の妻とともに抵抗する酪農家、その息子の妻は妊娠したので、放射能におびえ、完全防護服で過ごす、近所の若い恋人たちはただひたすら被災地を歩き続ける。認知症の妻が牛やヤギの歩く道を徘徊し、小雪の舞う中を浴衣姿で盆踊りを踊ってあるくシーンは強い印象を観る者に与える。
 まだ福島第1原発事故の衝撃が強く残っている中でのこのドラマはどれだけ真実に迫れるかが課題と思われた。園監督は「ニュースやドキュメンタリーが記録するのは情報です。僕が記録したかったのは被災地の情緒や情感でした。それを描きたかったんです」と語るが、認知症の妻の姿や育てて来た牛を処するシーンは日本人の情感に強く訴える力を持っている


         2012年10月号より




        「厳重注意」を受けるべきは誰か

~NHK「ETV特集」スタッフへの「注意処分」を考える~

戸崎 賢二(放送を語る会会員)

 大震災後のテレビ報道の中で、NHK「ETV特集」の「ネットワークでつくる放射能汚染地図」シリーズは、原発事故による放射能汚染の実態と、被害を受けた人びとの悲劇を、地を這うような調査取材で伝え続け、わが国原発事故報道の高い峰を形成してきた。シリーズ第一回にあたる昨年5月15日の番組は、文化庁芸術祭大賞、日本ジャーナリスト会議大賞などを受賞している。
 ところが、今年4月、NHKで、この優れた番組群を主導したETV特集班のプロデューサーとディレクターが、口頭での「厳重注意」、もう1人のディレクターが「注意」を受けていたことが明らかになった。
 問題とされたのは、取材班が番組の制作記録として刊行した単行本「ホットスポット」(講談社)の内容である。
 この「厳重注意」については、NHKの公式サイトで見当たらず、当事者も沈黙しているので、詳細はよくわからない。局内で伝えられているところを総合すると、「厳重注意」の理由は、前記の書籍の中で、執筆者が、NHKが禁じていた30キロ圏内の取材を行った事実を公表したこと、原発報道についてNHKの他部局を批判したこと、などだったとされる。
 書籍「ホットスポット」によれば、震災4日後の3月15日、取材班は放射線衛生学の研究者である木村真三博士とともに福島へ向かい、翌16日から、原発から30キロ圏内で、移動しながら放射線量を測定した。各地でチェルノブイリに匹敵する高い線量を記録する中で、研究者のネットワークで、原発事故による汚染地図をつくるドキュメンタリーの企画の着想が生まれた。
 この企画は、ETV特集新年度第1回の4月3日の放送分として提案されたが、ネットワークに参加する研究者に反原発の立場の研究者がいることなどを理由に、制作局幹部によって却下される。
 このころすでに、政府の屋内退避区域の設定を理由に、NHKは30キロ圏内の取材を禁じていた。3月下旬、再度現地に入ったクルーが、幹部からの命令で現地から撤退する直前、浪江町赤宇木(あこうぎ)で、高線量を知らず取り残されている住民を発見した。住民はのちに取材クルーと木村博士の説得でこの地域を脱出することになる。
 「注意処分」の理由とされたのは、このように30キロ圏内で取材した事実を書籍で公表したことだった。しかし、その記述があることによって、当時の原発事故報道の問題点が鮮明に浮かび上がることとなった。
 赤宇木のある地域の放射線量の高さは、文科省は把握していたが、地名を公表しなかった。枝野官房長官はこの報告を受けた後の記者会見で、「直ちに人体に影響を与えるような数値ではない」と説明し、テレビ報道はこの会見を垂れ流した。
 取材班は「ホットスポット」の中で、「当時の報道は大本営発表に終始し、取材によって得られた「事実」がなかった」と指摘、30キロ圏内の取材規制も、「納得できるものではない、そこにはまだ人間が暮らしているのだ」と書いている。ジャーナリストとしてまっとうな感覚である。
 赤宇木の状況は4月3日のETV特集で紹介され大きな反響を呼んだが、3月に測定した汚染の広がりの公表は、5月15日の「汚染地図」第1回の放送まで待たなければならなかった。もし、幹部が遅くとも4月3日に「汚染地図」の放送を許していたら、番組は大きな警告となって、高線量の中で被曝する住民が少しは減らせたかもしれない。
 こうしてみると、「厳重注意」を受けるべきは、本来誰なのかを問い直さざるをえない。それは被災地に入り込んで取材し、住民を救った取材班というよりは、むしろ政府発表を垂れ流した報道や、早期に放射能被害を伝えることを制約した幹部のほうではないか。

 番組を牽引した七沢潔氏は、本書の「あとがき」の中で、「あれだけの事故が起こっても、慣性の法則に従うかのように「原子村」に配慮した報道スタイルにこだわる局幹部」と、NHK内部に向けて厳しい批判を加え、「取材規制を遵守するあまり違反者に対して容赦ないバッシングをする他部局のディレクターや記者たち」の存在を告発している。
 現役のNHK職員のこの異例の記述には、組織の論理よりも民衆を襲った悲劇の側に立つことを優先し、自局の原発報道を問い直す不退転の決意が読み取れる。
 このあたりの記述が「厳重注意」の理由とされたのだった。しかし、ここに表明された個々の制作者の精神の自由を「厳重注意」によって抑圧するようでは、企業としてのNHKの「自主自律」は実体を持たない空疎なものとなる。 「ホットスポット」は一方で、NHKは決して一枚岩の存在ではなく、良心的な番組でもNHK内においてはさまざまな圧力の中にあり、視聴者の支持がなければ潰されかねないことをも示唆した。今回の「厳重注意」の動きは、視聴者にそのような重大なメッセージを伝えている。

2012年7月号より


311大震災の地で考える「生死」

―第46回放送フォーラム「番組制作者と語る」報告―

                           深堀 雄一(放送を語る会会員)

 Fさん。「放送を語る会」が企画したフォーラムに初めて参加した感想は如何でしたか。ロケ取材の合間を縫って参加して頂いたのは嬉しかったです。最近の忙しい放送制作の現場では、あなたも以前から言っていた様に、一つの番組をめぐって制作者同士が話し合う機会は、めっきり少なくなりました。いわんや、視聴者とともに、番組を視て語るなど…。私達「放送を語る会」の役割の一つは、そうした場を作ることにあると思っています。
 ところでFさん。私達は東日本大震災から1年後の3月に開催した今回のフォーラムの題材を何にするか、随分と議論しました。数多く放送されている震災関連番組のうち、私達が注目したのは、NHK・Eテレで毎週日曜日の朝五時から放送している「こころの時代」『私にとっての3・11いのちのつながりの中で』(11年12月11日放送)でした。一人の出演者が60分、命・心・人生について語る番組が、震災後の復興へ何を提起しているのか。番組にかかわったディレクター、インタビュアー、プロデューサーの3人をゲストに招き、番組ビデオを視た後、話し合う、これが今回の企画でした。番組の主人公は岡部健さん。宮城県名取市で24時間態勢の在宅緩和医療=人生を最後まで自宅で過ごしたいと願う終末期のガン患者に寄り添い、2千人以上を看取ってきた医師です。自身も重度のガンを患い、命と死について考えていた矢先の大震災。突然の津波に仲間の看護師を奪われ、さらに地域での多くの「死」に直面した岡部さんの、略半年にわたる思いと行動の軌跡から製作スタッフが学んだ事は、私達が大震災以後の状況を、死生観や心のレベルからも捉える事ができる、という視点でした。 さてFさん。今回、番組で取り上げられ、会場でも関心を集めた話題がありました。岡部医師のスタッフである看護師の一人が、津波に攫われて亡くなったエピソードです。彼女は訪問看護先で、体の弱った老夫婦を必死の思いで二階へ抱えあげた後、力尽きて流され行方不明に。遺体が見つかったのはかなりの日がたってからでした。津波大震災では、人を助ける立場の人が命を落とした多くの例がありました。ディレクターのOさんの取材話―ある講演会で岡部医師は、この看護師にふれて、「人は自分中心に生きているのではなく、他人の為に命を捨てる本能の様な気持ちがある」、と語り、一方、番組撮影で現地に立った時には「彼女にはとにかく逃げてほしかった」としか言わなかった、と。岡部医師一人の中にある二つの気持ち。そして、人には他人の為に生き、死ぬことがあるという事実。ディレクターのOさんは、この気持ちを自然な形で伝えたいと思った、と語りました。Oさんは取材中撮影スタッフと、この看護師を自分達は美化したり英雄視していないか、絶えず話し合っていたと言いました。会の参加者の感想文に、「若いディレクターの瑞々しい体験の清々しさに好感。大袈裟な題材でなくても深い会を持てたのは良かった」とありました。私は私で、敬愛する詩人の作品の一節を思ったのでした。『あらゆる仕事/すべてのいい仕事の核に
は/震える弱いアンテナが隠されてい