小山家から入って家督を相続した
結城晴朝ゆうき はるとも
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誕生 1534年9月18日(天文3年8月11日)
生誕地  
実父:小山高朝、養父:結城政勝
 
幼名 熊寿丸
元服名 小山七郎晴朝
結城晴朝
官名 左衛門督、中務大輔、従五位下
近親など 兄:小山秀綱
正妻:水谷正村の娘
養子:結城朝勝(宇都宮広綱の二男)、結城秀康徳川家康の二男)
ゆかりの地  下総国 結城城
 下野国 小山城
 下野国 中久喜城
略歴 ●小山家
1534年 (1歳)
下野国小山城主、小山高朝の三男として生まれる。

1556年 (23歳)
小田家との海老島の戦に出陣。

●結城家の養子
1559年 (26歳)
縁戚の下総国結城城主、結城政勝が死没したことから、結城家の養子となり家督を相続。

1560年 (27歳)
敵対していた佐竹家、宇都宮家、小田家の連合軍に攻められるが、結城城に籠城し守り切る。

越後国長尾景虎(上杉謙信)が関東に進出してくると、北条氏康と結んでこれに反抗。
実家の兄、小山秀綱は長尾家についたため、敵対関係に。

1561年 (28歳)
長尾景虎(上杉謙信)小田原城攻め後、関東管領に就任すると、北条家から離反しこれに従う。

1569年 (38歳)
上杉輝虎(謙信)北条氏康が和睦し、相越同盟が締結される。

●宇都宮家からの養子
1574年 (41歳)
実家の父、小山高朝が死没。

1577年 (44歳))
子がなかったため、宇都宮家から養子を迎え(結城朝勝)、佐竹義重とも結んで北条家に対抗。

1590年 (57歳)
豊臣秀吉小田原城攻めに参陣し、小山城を攻め落とすなどの功をたてる。
戦後は所領を安堵される。

養子、秀康
徳川家康の二男で、豊臣秀吉の養子となっていた羽柴(結城)秀康を養子として迎え、家督を譲り隠居。

1600年 (67歳)
関ヶ原の戦の際、養子の結城秀康は、上杉景勝佐竹義宣の抑えとして宇都宮に留まる。

養子の結城秀康越前国67万石へ転封される。

1604年 (71歳)
養子の結城秀康が松平姓(越前松平家)に戻る。

1607年 (74歳)
これを受けて結城秀康の五男で若干4歳の結城直基に、家督を継がせる。

1614年 (81歳)
隠居城である中久喜城で死没。
死没 1614年8月25日(慶長19年7月20日) (享年81歳)
レクイエム 鎌倉時代に源頼朝から褒美として受け取った莫大な黄金を、秀康を養子に迎える際にどこかに隠したと言われ、後年、家康や吉宗が探索させた「結城家の埋蔵金」として名高いが、もちろん未だ見つかっていない。