岩松家から金山城を奪った
由良成繁ゆら なりしげ
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誕生 1506年(永正3年)
生誕地 上野国
横瀬泰繁
 
幼名 熊寿丸
元服名
六郎、横瀬成繁
官名 雅楽介、刑部大輔、信濃守など
近親など 正妻:赤井重秀の娘(妙印尼)
子:由良国繁、渡瀬繁詮、長尾顕長など
ゆかりの地  上野国 金山城
 上野国 柄杓山城(桐生城)
略歴 ●上野
1506年 (1歳)
新田岩松家の家臣、横瀬泰繁の子として生まれる。

●金山城主
1528年 (23歳)
主君で金山城主の岩松昌純から、父、横瀬泰繁ともども排斥されそうになるが、これを察知して逆に追放し、実質的な金山城主に。

1545年 (40歳)
父、横瀬泰繁が死没。

●北条氏
1546年 (41歳)
河越夜戦で上杉家が敗北すると、北条氏康に降る。

●長尾氏
1560年 (55歳)
北条家と対立した越後国長尾景虎(上杉謙信)が関東に進出してくると、長尾家に寝返る。

1563年 (58歳)
北条、武田連合軍に金山城を攻められるが守り抜く。

●由良姓
1565年 (60歳)
由良姓を名乗る。

1566年 (61歳)
長尾景虎(上杉謙信)下総国臼井城攻めに失敗すると、再び北条家に降る。

●相越同盟の仲介
1568年 (63歳)
北条家と長尾家の相越同盟の仲介役を務める。

1571年 (66歳)
主君の北条氏康が死没。

1572年 (67歳)
柄杓山城を攻め取り、城主の桐生親綱を追い出す。

1573年 (68歳)
相越同盟が破棄されたことから、上杉謙信と敵対関係に。

1574年 (69歳)
金山城上杉謙信に5度も攻められるが守り抜く。

●隠居
1578年 (73歳)
子の由良国繁に家督を譲り、柄杓山城へ移る。

上杉謙信が急死し御館の乱が起こると、上杉景勝に味方した武田勝頼の傘下に入る。

死没。
死没 1578年(天正6年)6月 (享年73歳)
レクイエム 下克上で大名となったが、強豪である北条家と上杉家、さらには武田家の間にあって何度も離反と接近を繰り返した。