戸石崩れで戦死した武田の功臣
横田高松よこた たかとし
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誕生 1487年?(長享元年)
生誕地 近江国
 
 
幼名  
十郎兵衛
官名 備中守
近親など 子:横田康景(綱松)など
ゆかりの地  信濃国 戸石城
略歴 ●甲賀
1487年 (1歳)
近江国甲賀にて生まれる。

●甲斐
その後、甲斐国にて武田信虎に仕える。

1521年 (35歳)
駿河国の今川家が派した福島正成の1万5千との戦では先鋒を務め、勝利に貢献、戦後は最高殊勲者として領地などを受領。(上条河原の戦)
これにより、主君、武田信虎甲斐国を統一。

1541年 (55歳)
武田晴信(信玄)が武田家当主に。

●信濃
1547年 (61歳)
佐久の志賀城攻めでは、城の水の手切りに成功、また志賀城の後詰に来襲したた上杉憲政勢と戦い勝利。

1548年 (62歳)
上田原の戦で武田家が村上義清に敗北。

1550年 (64歳)
武田晴信(信玄)村上義清の戸石城(小縣郡)を攻めるが敗北。(戸石崩れ
退却戦では殿軍(しんがり)を務め貢献するが、討ち死に。
死没 1550年11月9日(天文16年10月1日) (享年64歳)
レクイエム 武田二十四騎のひとり、且つ武田五名臣のひとり。