二俣城や田中城の籠城で名をはせた勇将
依田信蕃よだ のぶしげ
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誕生 1548年(天文18年)
生誕地  
芦田信守
 
幼名 源十郎
蘆田信蕃、依田信蕃
官名 常陸介、右衛門佐
近親など 弟:依田信幸、芦田重方、依田信春、依田信慶など
松井宗直室
正妻:跡部勝資の娘
子:依田康国、依田康勝(加藤康寛)など
ゆかりの地  信濃国 春日城(佐久)
 遠江国 二俣城
 駿河国 田中城
 信濃国 小諸城
略歴 ●信玄の先方衆
1548年 (1歳)
信濃国春日城主で、武田晴信(信玄)の家臣、芦田信守の子として生まれる。

1568年 (21歳)
武田晴信(信玄)駿府攻めに従軍。

●信玄の死
1573年 (26歳)
武田信玄病死により、子の武田勝頼に使える。

●二俣城
1575年 (28歳)
長篠の戦で武田家が大敗したあとも、父や弟とともに二俣城で籠城。

籠城中に、父、芦田信守が死没。

半年後、全員助命を条件に徳川家康へ城を引き渡し高天神城へ退去。

●田中城
駿河国田中城主に。

1582年 (35歳)
織田信長の武田攻めが始めると、徳川家康田中城を攻められるが籠城に徹し、天目山の戦で武田家が滅亡すると、穴山梅雪の説得を受け、家康の重臣、大久保忠世に城を明け渡し、信濃国春日城へ戻る。

●天正壬午の乱
本能寺の変

神流川の戦北条氏直に敗れた滝川一益小諸城に入城すると、佐久郡、小県郡の人質を集めて滝川一益に引き渡し恭順の意を示す。

本拠、伊勢国へ退去する滝川一益から小諸城を任される。

北条氏直が碓氷峠を越えて侵出してくると小諸城を放棄し、蘆田小屋(異説あり)へ撤退、その後はゲリラ戦を展開し北条家へ抵抗。

徳川家康の臣下となった甲斐衆の援軍を受け、北条方となっていた真田昌幸の調略に成功。

春日城を奪還。

北条家、徳川家が和睦、徳川家康から小諸城を任される。(天正壬午の乱

●岩尾城攻め
1583年 (36歳)
北条方の大井行吉の岩尾城攻めの際、弟の依田信幸とともに戦死。
死没 1583年4月15日(天正11年2月23日) (享年36歳)
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