言継卿記を残したマルチタレント公卿
山科言継やましな ときつぐ
トップページ 戦国年表 人物 合戦・出来事 国と郡 城・社寺 関連表 用語集 公開記録 参考文献 プロフィール・リンク メール
画像  
誕生 1507年(永正4年)4月
生誕地  
山科言綱
 
幼名  
元服名  
官名 内蔵頭、権大納言など
近親など 子:山科言経など
ゆかりの地  
略歴 ●公卿
1507年 (1歳)
公卿、山科言綱の子として生まれる。

●内蔵頭
1520年 (14歳)
元服し、内蔵頭に。

1530年 (24歳)
父、山科言綱が死没。

●地方大名家とのつながり
1533年 (27歳)
尾張国織田信秀に招かれ、饗応を受ける。

その家臣の平手政秀らに蹴鞠、和歌の伝授を行い、後の天皇即位式費用としての献金の約束をとりつける。

1556年 (50歳)
駿河国今川義元を訪問、献金の約束をとりつける。

●信長との蜜月
1569年 (63歳)
正二位権大納言に昇進。

この頃より、朝廷と織田信長の仲介役となる。

●言継卿記
1574年 (68歳)
50年間に渡る記録集「言継卿記」完成。

1579年 (73歳)
死没。
死没 1579年(天正7年)3月 (享年73歳)
レクイエム 古今伝授を主とした公家に生まれるが、人脈造りの才を活かして全国の大名家を訪れるなど、逼迫した朝廷財政のやりくりに奔走した。

装束製作にも携わった。

また言継卿記には、医術、調薬にも手腕を発揮し、公家ばかりでなく庶民にさえも、分け隔てない医療行為を行うなどの善行も記録されている。