淡路水軍を任された七本槍のひとり
脇坂安治わきざか やすはる
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誕生 1554年(天文23年)
生誕地 近江国
実父:田村孫左衛門、養父:脇坂安明
 
幼名  
脇坂甚内安治
官名 従五位下中務少輔
近親など 子:脇坂安忠、脇坂安元など
ゆかりの地  大和国 高取城
 淡路国 洲本城
 伊予国 大洲城
略歴 ●近江
1554年 (1歳)
近江国の武士、田村孫左衛門の子として生まれる。

その後、母の再婚により脇坂安明の養子となる。

初め、近江国浅井長政に仕える。

1573年 (20歳)
浅井長政の自害により、浅井家が滅亡。

●秀吉への随身
羽柴(豊臣)秀吉に仕える。

●賤ヶ岳七本槍
1583年 (30歳)
賤ヶ岳の戦で貢献し、賤ヶ岳七本槍のひとりとして名を上げ、3千石の恩賞を受ける。

小牧・長久手の戦では、伊賀国上野城を攻略するなど貢献。

1585年 (32歳)
摂津国能勢郡に1万石を拝領。

大和国高取2万石を拝領し、高取城主に。

●淡路水軍
淡路国洲本3万石を拝領。洲本城主に。

1587年 (34歳)
九州攻めにも参陣。

1590年 (37歳)
小田原城攻めには水軍の将として出陣。伊豆国下田城を攻略するなど貢献。

1592年 (39歳)〜
文禄の役慶長の役で朝鮮へ渡海。主に水軍の将として貢献。

1600年 (47歳)
関ヶ原の戦では、東軍につく予定だったが、大坂にいる際に三成の挙兵があり、止む無く西軍につく。

本戦では、小早川秀秋の裏切りに乗じて小川祐忠朽木元綱赤座直保らとともに東軍に寝返り、大谷吉継隊を攻める。

●伊予
1609年 (56際)
伊予国大洲5万3万石に加増の上移封され、大洲城主に。

●大坂の陣
1614年 (61歳)〜
大坂冬の陣大坂夏の陣では、どちらにも味方せず。

1615年 (62歳)
子の脇坂安元に家督を譲る。

1517年 (64歳)
脇坂家が信濃国飯田へ転封に。

1626年 (73歳)
隠遁先の京都で死没。
レクイエム 朝鮮の役では、強敵李舜臣の水軍と互角に戦うなど、水軍の将として活躍したが、自身は水軍の経験があったわけではなさそうで、秀吉が何かしらの才を見つけて起用したと思われる。

大坂の陣でどちらにも味方しなかったことから、幕府に警戒された。そのため隠居し京都へ移り住んだ。
死没 1626年(寛永3年)8月 (享年73歳)