信長にフロイスを紹介した幕臣
和田惟政わだ これまさ
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誕生 1532年(天文元年)(異説有り)
生誕地 近江国 甲賀
和田惟助
 
幼名  
 
官名 伊賀守
近親など 子:和田惟長など
ゆかりの地  摂津国 高槻城
 摂津国 芥川山城
略歴 ●甲賀
1532年 (1歳)
甲賀21家のひとつ、和田家に生まれる。

1553年 (21歳)
この頃、父、和田惟助が室町幕府の幕臣に。

●将軍救出への協力
1565年 (34歳)
13代将軍足利義輝松永久秀に暗殺されると、細川藤孝(幽斎)が仏門に入っていた義輝の弟覚慶(足利義昭)を救出、これに惟政も協力。

1568年 (37歳)
義昭と信長の交渉役を務める。

織田信長に従い上洛戦にも貢献。(信長の上洛戦

●高槻城主
織田信長担がれて上洛した足利義昭が15代将軍の座に就くと、摂津国高槻城主に。

伊丹親興池田勝正とともに、摂津三守護のひとりに。

1569年 (38歳)
摂津国芥川山城も預けられる。

キリシタン宣教師ルイス・フロイス織田信長に紹介。

1571年 (40歳)
信長に敵対する、松永久秀や三好三人衆と抗争を続ける。

摂津国荒木村重や池田知正との戦で、村重配下の中川清秀に討たれる。
(白井河原の戦)
死没 1571年9月17日(元亀2年8月28日) (享年40歳)
レクイエム フロイスと会見した信長は、キリスト教の布教を許したが、これは強大な仏教勢力を抑えるための有効な手段と考えたためといわれている。

惟政もキリシタンであった。

信長に敵対し始めた足利義昭の動向を甲賀忍者に探らせるなど、幕臣でありながら、最終的には完全に織田信長に仕えた。