伊賀へ国替えとなった順慶の跡継ぎ
筒井定次つつい さだつぐ
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誕生 1562年6月6日(永禄5年5月5日)
生誕地 大和国
実父:筒井順国、養父:筒井順慶
筒井順昭の娘
幼名 藤松
四郎、藤四郎
官名 従五位下、伊賀守、従四位下、侍従
近親など 正妻:秀子(織田信長の娘)
子:筒井順定など
ゆかりの地  摂津国 大坂城
 大和国 筒井城
 大和国 大和郡山城
 伊賀国 伊賀上野城
略歴 1562年 (1歳)
大和国筒井氏の一族で、和泉国慈明寺に本拠を置く筒井順国の子として生まれる。

●本家へ
1572年 (11歳)
叔父で本家筋に当たる筒井順慶に実子がなかったことから、その養子となる。

養父、筒井順慶織田信長に臣従

1578年 (16歳)
筒井順慶大和国守護に任じられる。

1580年 (18歳)
養父、筒井順慶、一国破城(一国一城令)に従い大和郡山城を築城し居城に。筒井城は廃城に。

1582年 (21歳)
本能寺の変後、 養父、筒井順慶は日和見を決め込む。

その後、筒井順慶羽柴(豊臣)秀吉に臣従したことから、人質として大坂城へ入城。

●家督
1584年 (23歳)
筒井順慶が死没。家督を相続。

小牧・長久手の戦に参陣。

1585年 (24歳)
紀伊国の根来衆・雑賀衆攻めに参陣。

四国攻めに参陣。

●伊賀
伊賀国へ転封となり、伊賀上野城を築城し居城とする。(伊賀国他、計20万石)

1587年 (26歳)
九州攻めに参陣。

1588年 (27歳)
領内の用水問題から、家老の島左近が出奔。
島左近はその後石田三成の家老に)

1592年〜1597年 (31歳〜36歳)
文禄の役慶長の役では、名護屋に駐屯。

1598年 (37歳)
豊臣秀吉死没。

1600年 (39歳)
関ヶ原の戦では東軍につき、伊賀上野城を西軍に攻略されるが、戦後本領を安堵される。

●改易
1608年 (47歳)
突如、改易となり、陸奥国磐城の鳥居忠政に預けられる。
従弟の筒井定慶が大和国郡山に1万石を与えられて、筒井氏は存続。

1615年 (53歳)
大坂夏の陣の際、豊臣家に内通したことから自害を命じられる。
死没 1615年4月2日(慶長20年3月5日) (享年53歳)
レクイエム 改易の理由は諸説あるが、重臣、中坊秀祐が定次の悪行に耐え切れず幕府に訴えたことが発端になった、という説が有力。