天王寺屋会記を残した茶の湯三大宗匠のひとり
津田宗及つだ そうぎゅう
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誕生 ???
生誕地 大和国
津田宗達
 
幼名 助五郎
天信、幽更斎
官名  
近親など 子:津田宗凡など
ゆかりの地  和泉国 南宗寺(墓所)
略歴 ●堺商人
????年 (1歳)
和泉国堺の商人、天王寺屋津田宗達の子として生まれる。

●禅と茶の湯
その後、父より茶の湯を学ぶ。

大徳寺で禅を学ぶ。

●信長への随身
1568年 (??歳)
織田信長が上洛し堺の町に2万貫の矢銭を課した際、今井宗久とともに、反抗しようとする会合衆を説得。

これにより、信長の茶頭を務めるなど重用されるように。

1572年 (??歳)
織田信長主催の茶会に参加。

●秀吉への随身
1582年 (??歳)
本能寺の変後は、羽柴(豊臣)秀吉にも重用される。

1587年 (??歳)
北野大茶会にも、千利休今井宗久とともに協力。

1591年 (??歳)
和泉国で死没。
死没 1591年(天正19年)4月 (享年??歳)
レクイエム 宗及と子孫の残した「天王寺屋会記」は、当時の茶の湯や武将同士の関係などについての貴重な資料となっている。

千利休今井宗久とともに茶湯の三大宗匠のひとり。