長篠の戦で戦死した信玄の外交官
土屋昌続つちや まさつぐ
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誕生 1544年(天文13年)
生誕地  
金丸虎義
 
幼名 平八郎
金丸平八郎、昌次とも
官名 右衛門尉
近親など 兄:金丸昌直
弟:秋山昌詮、金丸定光、土屋昌恒、秋山親久
ゆかりの地  甲斐国 躑躅ヶ崎館
 遠江国 三方ヶ原の戦場
略歴 ●金丸家
1547年 (1歳)
甲斐武田家家臣で、武田晴信(信玄)の守役だった金丸虎義の二男として生まれる。

その後、武田晴信(信玄)の奥近習に。

1561年 (15歳)
第四次川中島の戦では、最後まで武田晴信(信玄)の側にあって守護するなど貢献。

●土屋家
1568年頃 (22歳)
この頃、名家、土屋家の名跡を継ぎ、土屋昌続と名乗る。

駿府攻めの際、国人衆への取次ぎ役を務める。

さらには、関東衆、信濃衆などへの取次ぎや外交も担当。

1569年 (23歳)
小田原城攻め(武田信玄)三増峠の戦に従軍。

1572年 (26歳)
信玄の上洛戦に従軍。

三方ヶ原の戦では、鳥居信元の首級をあげるなど貢献。

●信玄の死
1573年 (27歳)
武田信玄病死。

その後は武田勝頼に従う。

1575年 (29歳)
長篠の戦で戦死。
死没 1575年6月29日(天正3年5月21日) (享年29歳)
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