大器ゆえに迫られた若死
松平信康まつだいら のぶやす
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誕生 1559年4月13日(永禄2年3月6日)
生誕地 駿河国
徳川家康
築山御前徳川家康正室・今川義元姪)
幼名 竹千代(父と同じ)
元服名 松平二郎三郎信康(「信」は信長から一字を与えられた)
 
官名  
近親など 正室:徳姫織田信長娘)
弟:結城秀康徳川秀忠松平忠輝など
ゆかりの地  三河国 岡崎城
 遠江国 二俣城
略歴 ●家康の嫡男
徳川(松平)家康の嫡男として生まれ、今川義元の人質として幼少期を送る。

1560年 (2歳)
桶狭間の戦今川義元討ち死に。
家康は駿府に戻らず、三河国岡崎城に入る。

●父の元へ
1562年 (4歳)
織田家と松平家の清洲同盟が成立。

家康が今川方の上之郷城を攻め、城主鵜殿長照の子、鵜殿氏長、鵜殿氏次を生け捕り、人質交換で母築山御前らとともに岡崎に引き取られる。

1566年 (8歳)
松平から徳川に改名。

1567年 (9歳)
若くして、織田信長の娘徳姫と結婚。

●岡崎城主
1570年 (12歳)
三河国岡崎城主に。

1575年 (17歳)
遠江国での武田軍との戦のあとの退却戦で、殿りを見事につとめる。

●武田への内通疑惑
1579年 (21歳)
徳姫から、信康の母築山御前とともに甲斐国武田勝頼と内通していると、信長に讒言される。(信康事件

織田信長から二人の処刑命令を受けた徳川家康が、築山御前を護送途中に暗殺させ、さらに悩んだ末、信康に切腹を命ずる。

幽閉先の二俣城で、城主大久保忠世に無実であると釈明したのち、服部半蔵の検死の元、切腹。
死没 1579年10月5日(天正7年9月15日) (享年21歳)
レクイエム 若いうちから武略に優れ、将来を期待されていた。

切腹に至った背景については、信康事件を参照ください。