家康の近習から10万石の大名となった
戸田氏鉄とだ うじかね
トップページ 戦国年表 人物 合戦・出来事 国と郡 城・社寺 関連表 用語集 公開記録 参考文献 プロフィール・リンク メール
画像
誕生 1576年(天正4年)
生誕地 三河国 二連木
戸田一西
真木氏常の娘
幼名  
戸田左門重氏、戸田氏鉄、常閑
官名 従五位下、采女正、従四位下、贈従三位
近親など 弟:戸田正直、戸田為春、戸田勝興
子:戸田氏信など
ゆかりの地  近江国 膳所城
 摂津国 尼崎城
 美濃国 大垣城
略歴 ●家康の近習
1576年 (1歳)
三河国の国人領主、戸田一西の子として生まれる。

その後、父同様に徳川家康に仕え、近習に。

●任官
1595年 (20歳)
従五位下、采女正に。

1600年 (25歳)
関ヶ原の戦の直前、父、戸田一西は中山道へ向かう徳川秀忠に従う。

戦後、父、戸田一西が近江国膳所城を築城。

1601年 (26歳)
父、戸田一西、膳所城主となる。(3万石)

●父の死と家督
1604年 (29歳)
父、戸田一西が死没。これにより家督を相続し膳所城主に。(3万石)

1614年〜15年 (39歳〜40歳)
大坂冬の陣大坂夏の陣

●尼崎藩主
1616年 (41歳)
摂津国尼崎藩主に。(5万石)。

新城を築城(尼崎城)。

1624年 (49歳)
大坂城の改修で貢献。

●大垣藩主
1635年 (60歳)
美濃国大垣藩主に。(10万石)大垣城主に。

1637年 (62歳)
島原の乱では、松平信綱とともに上使となるなど貢献。

その後、藩内での俸禄制の制定や、新田開発を推進するなどの効果的な藩政を行う。

1651年 (76歳)
徳川家綱(後の4代将軍)の誕生の際は、御箆刀役(臍の緒を切断する)を務める。

隠居し、常閑と名乗る。

1655年 (80歳)
死没。
死没 1655年3月21日(明暦元年2月14日) (享年80歳)
レクイエム