外交もこなした信長の祐筆
武井夕庵たけい せきあん
トップページ 戦国年表 人物 合戦・出来事 国と郡 城・社寺 関連表 用語集 公開記録 参考文献 プロフィール・リンク メール
画像  
誕生 ???
生誕地 美濃国
 
 
幼名  
武井助直、爾云、「せきあん」は「ゆうあん」とも
官名 肥後守、二位法印、式部卿法印など
近親など  
ゆかりの地  美濃国 岐阜城(先の稲葉山城)
 近江国 安土城
略歴 ●美濃
出自は不詳。

その後、美濃国斎藤家に仕える。

●信長への随身
1567年頃 (??歳)
織田信長が斎藤家を滅ぼす前後に、信長に仕える。

その後信長の祐筆として活躍する一方、朝廷や公家との交渉や、武田家や毛利家との外交などに貢献。

1574年 (??歳)
東大寺の名香、蘭奢待切り取りの際、奉行を務める。

●二位法印
1575年 (??歳)
二位法印に叙任される。

1579年 (??歳)
織田信長安土城を築城すると、城内大手道横に屋敷を与えられる。

1581年 (??歳)
京都での馬揃えにも同行。

1582年 (??歳)
安土城での徳川家康への接待にも同席。

(その後の消息は不明)
死没 不明
レクイエム 松井友閑と同様に、信長の祐筆として重用された。

信長に仕えたときは、すでに60歳前後であったらしい。

本能寺の変により死去したとの説が有力。