主君を諌め家臣を大切に扱った忠義人
立花道雪たちばな どうせつ
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誕生 1513年4月22日(永正10年3月17日)
生誕地 豊後国
戸次親家
実母:由布惟常の娘、継母:養孝院(臼杵鑑速の姉)
幼名 八幡丸
戸次孫次郎、戸次鑑連、戸次道雪、立花道雪
官名 伯耆守、左衛門大夫、紀伊守、丹後守など
近親など 正室:入田親誠の娘
後室:仁志姫(門註所鑑豊の娘・宝樹院)
娘:立花ァ千代立花宗茂の正室)
養子:立花宗茂、戸次鎮連など
ゆかりの地 GOOGLE MAP 筑前国 立花城
略歴 ●戸次家
1513年 (1歳)
豊後国の大名、大友義鑑の一族で家臣の、戸次親家の子として生まれる。

1526年 (14歳)
父、戸次親家が死没し家督を相続。戸次鑑連と名乗る。

1550年 (38歳)
二階崩れの変で、大友義鑑が死没、大友義鎮(宗麟)が当主に。

変の首謀者、入田親誠の津賀牟礼城を攻めて追う。

●隠居
1553年 (41歳)
甥の戸次鎮連を養子とし、家督を譲る。

●転戦
1554年 (42歳)
肥後国の菊池義武を攻め滅ぼす。

1557年 (45歳)
毛利家と結んだ筑前国の秋月文実を攻め、自害させる。

1561年 (49歳)
豊前国へ侵攻した毛利家と抗争。

1562年 (50歳)
出家した大友宗麟に従い出家し、戸次道雪と名乗る。

1563年 (51歳)
大友家と毛利家が和睦。

1567年 (55歳)
秋月文実の子、秋月種実が毛利家の後ろ盾の下、筑前国での再興を図ったため対立。

休松の戦で秋月種実高橋鑑種に敗北。

これを受けて、大友方の筑前国の要衝、立花城主、立花鑑載が毛利家へ寝返る。

1568年 (56歳)
立花城を落城させ、立花鑑載を自害させる。

●立花城
1569年 (57歳)
立花城の戦の後、毛利元就が尼子家の攻勢を受けたことから、北九州から撤退。

1571年 (59歳)
立花の名跡を相続し、立花城主に。

1575年 (64歳)
男子がなかったことから、一人娘の立花ァ千代に家督を譲る。

1578年 (67歳)
主君大友宗麟が、耳川の戦島津義久に大敗。

●養子、宗茂
1581年 (70歳)
高橋家を相続していた高橋紹運の嫡子、高橋統虎(立花宗茂)を養子に迎え、立花ァ千代の婿とし、家督を継がせる。

1584年 (73歳)
肥前国島原の沖田畷の戦で、龍造寺隆信が戦死。

それをきっかけに、筑後国へ侵攻し領土を広げる。

1585年 (74歳)
筑後国への侵攻中に死没。
死没 1585年11月20日(天正13年9月11日) (享年74歳)
レクイエム 最後まで主君、宗麟を裏切らなかったが、諫言も遠慮なかった、本当の忠義人である。

また家臣をとても大切に扱った。