十河家を継いだ三好長慶の甥
十河存保そごう まさやす
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誕生 1554年(天文23年)
生誕地 阿波国
三好実休三好長慶の弟)
小少将(岡本牧西の娘)
幼名 孫六
 
官名 隼人正、河内守、民部大輔など
近親など 兄:細川真之、三好長治、
弟:長宗我部右近大夫
子:十河千松丸、十河存英、坂東保長
ゆかりの地  讃岐国 十河城
 阿波国 勝瑞城
 讃岐国 虎丸城
略歴 ●三好家
1554年 (1歳)
畿内で三好政権を樹立した三好長慶の弟、三好実休の二男として生まれる。

●十河家の養子
1561年 (8歳)
叔父で讃岐国十河城主、十河一存の急死にともない、十河家に入り家督を相続。

1562年 (9歳)
実父、三好実休久米田の戦で戦死。

●信長との対立と接近
1568年 (15歳)
主家の三好家とともに、上洛してきた織田信長と対立。
信長の上洛戦

その後、長宗我部元親が四国で台頭すると、それに対抗するために織田信長と結ぶ。

●阿波国での防戦
1577年 (24歳)
実兄の三好長治が、阿波国荒田野で長宗我部元親に討たれる。

これを機に阿波国勝瑞城に入り、長宗我部元親に対する。

1582年 (29歳)
長宗我部元親についていた兄の細川真之に勝利し、自害に追い込む。

本能寺の変織田信長死没。

長宗我部元親に、讃岐国十河城を包囲される。(十河城の戦)

中富川の戦長宗我部元親に敗北し、勝瑞城へ撤退。

勝瑞城を攻められ讃岐国虎丸城へ撤退。

●讃岐国への撤退
1584年 (31歳)
長宗我部元親に十河城や引田城を落とされたことから、羽柴(豊臣)秀吉を頼って畿内へ。

●秀吉への臣従
1585年 (32歳)
羽柴(豊臣)秀吉四国攻めに従軍。
この功により、旧領讃岐国十河3万石を拝領。

1586年 (33歳)
九州攻めの先鋒を務めるが、戸次川の戦で戦死。
死没 1586年(天正14)12月 (享年33歳)
レクイエム