松永弾正に暗殺された疑いのある鬼十河
十河一存そごう かずまさ
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誕生 1532年(天文元年)
生誕地 阿波国勝瑞城
三好元長
 
幼名 之虎
長正、又四郎など
官名 左衛門尉、民部大輔、讃岐守など
近親など 兄:三好長慶、三好義賢、安宅冬康
正室:九条稙通の娘
子:三好義継
養父:十河景滋
養子:十河存保
ゆかりの地  阿波国 勝瑞城
 讃岐国 十河城(現在、称念寺)
 和泉国 岸和田城
略歴 ●管領の家臣
1532年 (1歳)
管領細川晴元の家臣、三好元長の四男として生まれる。

和泉国堺で、父、三好元長が、仲の悪かった同族の三好政長の讒言を受けた細川晴元の差し金により、本願寺の一向一揆に攻められ自害。

●十河家の養子
????年 (??歳)
兄、三好長慶の命で、讃岐国の豪族十河家の養子に。
これにより三好家は、東讃岐を支配下に。

●畿内制圧
1549年 (18歳)
摂津国江口の戦で、仇敵、三好政長を攻め自害させる。

兄、三好長慶が、将軍足利義晴足利義輝父子と細川晴元を畿内から追い出し、細川氏綱を管領に就かせ畿内を制圧。

●河内
1560年 (29歳)
河内国守護畠山高政を攻め、河内国を制圧。

和泉国岸和田城主に。

1561年 (30歳)
急死。
死没 1561年(永禄3)4月 (享年30歳)
レクイエム 急死の原因は、有馬温泉で療養中の落馬事故が元という説と、不仲だった松永久秀に暗殺されたという説がある。

合戦中に負傷した腕に塩を擦り込んで戦ったほどの勇将で、鬼十河あるいは夜叉十河などの異名をとった。

跡目は、養子に入った十河存保が継いだ。