織田信忠を待ち続けた信玄の五女
信松尼しんしょうに
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誕生 1561年(永禄4年)
生誕地 甲斐国
武田信玄
油川夫人(油川信守の娘)
幼名
新館御料人、甲斐御前、大儀院
官名  
通称  
近親など 婚約者:織田信忠
同母兄妹:仁科信盛、葛山信貞、菊姫
異母兄:武田義信、海野信親、武田信之、武田(諏訪)勝頼、安田信清
異母姉:黄梅院北条氏政正室)、見性院(穴山梅雪正室)
実子:なし
ゆかりの地  甲斐国 躑躅ケ崎館
 信濃国 高遠城
略歴 ●信玄の五女
1561年 (1歳)
甲斐国武田晴信(信玄)の五女として生まれる。

●婚約
1567年 (7歳)
織田信長の養女で、武田(諏訪)勝頼の正室となっていた遠山夫人が病没。

織田信長との同盟強化のため、信長の嫡男、織田信忠と婚約。

●婚約破棄
1572年 (12歳)
父、武田信玄上洛戦を開始し、徳川家康遠江国に攻め入ると、織田信長が家康に対し援軍を派遣。(三方ヶ原の戦
これに激怒した武田信玄織田信長と敵対関係となり、松姫と織田信忠の婚約を破棄。

1573年 (13歳)
父、武田信玄上洛戦途上で病死。

●高遠
同母兄の仁科信盛の居城、信濃国高遠城に移り住む。

1575年 (15歳)
長篠の戦で武田家は織田信長徳川家康連合軍に大敗、多くの家臣を失い、没落が始まる。

1579年 (19歳)
上杉家の家督争い(御館の乱)が発生、武田勝頼上杉景勝に味方。
これにより武田家は北条家と敵対関係に。

1582年 (22歳)
武田家の新居城、新府城に移る。

元婚約者の織田信忠信濃国甲斐国に侵攻、武田家は滅亡。(天目山の戦
松姫は兄、盛信の娘らとともに新府城から逃れ武蔵国方面へ。

●信忠の死と出家
元婚約者の織田信忠に迎えられることになったが、本能寺の変が起こり織田信忠が戦死。
これにより出家し、信松尼と名乗り尼として暮らす。

●保科正之
1611年 (51歳)
将軍、徳川秀忠の庶子、幸松(保科正之)を預かり養育。

1616年 (56歳)
死没。
死没 1616年5月31日(元和2年4月16日) (享年56歳)
レクイエム 信忠との婚約解消後、上杉景勝から正室として迎えたいとの縁談があったが、一生の伴侶は織田信忠と決めていたことから頑なにこれを拒否、生涯独身を貫いた。
上杉景勝は松姫の妹、菊姫を正室に迎えた)