弟への諫言がもとで自害した三好家の名家老
篠原長房しのはら ながふさ
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誕生 ????年(????年)
生誕地  
篠原長政
 
幼名 之虎
篠原孫四郎、右京進、紫雲
官名 右京進
近親など 弟:篠原自遁など
子:篠原長重など
ゆかりの地  阿波国 上桜城
 摂津国 越水城
略歴 ????年 (1歳)
阿波国上桜城主で、三好家の重臣、篠原長政の子として生まれる。

????年 (??歳)
●三好実休
その後、三好長慶の弟、三好実休の筆頭家老に。

1553年 (??歳)
主君、三好実休阿波国守護、細川持隆を殺害。(勝瑞事件)

その後も主君に従い、各地を転戦。

●主君の戦死
1562年 (??歳)
久米田の戦で、主君、三好実休が戦死。

三好長慶の指揮下に入りった教興寺の戦で、河内国守護、畠山高政らに勝利。

その後、三好実休の子で、8歳にして当主となった三好長治を補佐。

1564年 (??歳)
三好長慶、死没。

●松永久秀との敵対
1566年 (??歳)
松永久秀が三好家と敵対すると、三好三人衆らとともに久秀に敵対。

松永久秀についた瓦林家の摂津国越水城を攻めて奪い、畿内戦の拠点に。(瓦林城説あり)

1568年 (??歳)
担いできた足利義栄が、14代征夷大将軍に。

筒井順慶や三好三人衆らとともに、松永久秀信貴山城を攻め落とす。

●信長の上洛
上洛してきた織田信長に攻められ、阿波国へ逃亡。 (信長の上洛戦)

1569年 (??歳)
織田信長に対抗すべく阿波国から畿内へ上陸、将軍、足利義昭を本圀寺に急襲するが、織田勢の反撃により失敗、阿波国へ引き上げる。

1570年 (??歳)
本願寺の顕如織田信長に対立。(石山合戦の勃発)

本願寺と同盟し、摂津国兵庫へ上陸、越水城主、瓦林三河守を討ち取る。

京都へ進軍するが、松永久秀と人質交換により和睦。

1571年 (??歳)
安富盛定と婚姻関係となり、讃岐国東部の基盤を強化。

備前国児島へ上陸、信長と結ぶ毛利氏配下の粟屋就方と戦い勝利。(本太城合戦)

畿内へ上陸、信長方の河内国高屋城主、畠山昭高を攻める。

●実弟との不仲
その後、弟の篠原自遁が、元主君の三好実休の未亡人、小少将と姦通し政務を顧みなくなったことを諫めたことから不仲に。

1573年 (??歳)
居城、上桜城に引きこもったことを謀反と捉えられ、主君、三好長治や弟、篠原自遁に攻められ自害。
死没 1573年8月13日(元亀4年7月16日) (享年??歳)
レクイエム 三好家の名執政だった長房は、小少将を傾国の美女として見ていたようで、弟の自遁に何度も忠告したが、それが逆目に出て自害に追い込まれた。
しかしながら真の実力者、長房の死をきっかけに土佐国の長宗我部氏が台頭し、三好氏は滅亡することになる。小少将は、やはり傾国の美女だった。