島津四兄弟の長男
島津義久しまづ よしひさ
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誕生 1533年(天正2年)
生誕地 薩摩国
島津貴久
入来院重聡の娘
幼名 虎寿丸
又三郎、島津忠良、島津義辰、島津義久、龍伯、大国豊知主命(神号)など
官名 修理大夫など
近親など 弟:島津義弘、島津歳久、島津家久
ゆかりの地  薩摩国 伊作亀丸城
 薩摩国 内城
 大隅国 富隈城
 大隅国 国分城
略歴 1533年 (1歳)
薩摩国大隅国日向国の守護、島津貴久の嫡男として、伊作亀丸城に生まれる。

1550年 (18歳)
父、島津貴久が内城を築城し居城に。

●家督相続
1566年 (34歳)
父、島津貴久から家督と守護職を譲られ、内城主に。

1572年 (40歳)
弟の島津義弘が、木崎原の戦日向国の伊東家に勝利。

1577年 (45歳)
伊東家を追放。

1578年 (46歳)
豊後国から南下した大友家に勝利。(耳川の戦

1584年 (52歳)
末弟の島津家久を総大将につかせ、肥前国龍造寺隆信を、沖田畷の戦で討ち破る。

●隠居
1585年 (53歳)
子供がいなかったことから、弟島津義弘に家督を譲る。(時期については異説有り)

肥後国の阿蘇家を下し配下に。

1587年 (53歳)
戸次川の戦で勝利し、筑前国豊前国を除く九州一円を配下に。

●秀吉に降伏
20万の大軍での豊臣秀吉九州攻めに降伏、大隅国薩摩国を安堵される。(56万石)

1595年 (61歳)
剃髪して龍伯と名乗り、大隅国富隈城に隠棲。

1604年 (70歳)
大隅国に国分城を築き移る。

1611年 (77歳)
大隅国で死没。
死没 1611年(慶長16年)5月 (享年77歳)
レクイエム 豊臣秀吉の九州遠征を受けて、あくまでも迎え討つことを主張していた弟の島津義弘を説得した。

イメージとしては沈着冷静な武将である。

弟の島津義弘に家督を譲ったあとも、領国統治については実質的には義久が行っていた。