北郷家を嫡男に譲り豊州島津家を相続した
島津忠親しまづ ただちか
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誕生 1512年(永正9年)
生誕地 日向国 都城
実父:北郷忠相、養父:島津忠広
島津忠廉の娘
幼名  
次郎左衛門
官名 尾張守、豊後守
近親など 正妻:禰寝尊重の娘
子:島津時久、島津久通、島津朝久
ゆかりの地  日向国 都之城
 日向国 飫肥城
略歴 ●北郷氏
1512年 (1歳)
日向国庄内の領主で都之城主、北郷忠相の嫡男として生まれる。

1532年 (21歳)
父、北郷忠相、豊州島津家、北原家と結んで、三俣院城の伊東家を攻め大勝、伊東家から旧領を取り戻す。(不動寺馬場の戦)

その後、家督を相続。

●豊州島津氏
1546年 (35歳)
豊州島津家の島津忠広の養子、次郎三郎賀久が夭逝したことから、島津忠広の養子として豊州島津家に入る。
北郷家は、嫡男の島津時久に譲る。

1549年 (38歳)
養父、島津忠広が隠居、家督を相続、飫肥城主に。

その後も佐土原城主、伊東義祐の攻勢を受ける。

1560年 (49歳)
島津宗家の二男、島津義弘を養子に迎える。

●飫肥城の攻防
1562年 (51歳)
島津義弘飫肥城から退去すると、伊東義祐に攻められ開城。

その後、夜襲に成功し飫肥城を取り戻す。

1568年 (57歳)
伊東義祐の2万の大軍に、飫肥城を包囲され兵糧攻めを受ける。

島津家が飫肥城への援軍を諦めたことから、城から出て都之城へ戻り、飫肥城は落城。

1571年 (60歳)
死没。
死没 15719年7月4日(元亀2年6月12日) (享年60歳)
レクイエム