信玄に嫁いだ公家の姫
三条の方さんじょうのかた
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誕生 1521年(大永元年)
生誕地 山城国京都
三条公頼(左大臣)
 
幼名  
三条の方、三条夫人、円光院殿
近親など 夫:武田信玄
子:武田義信黄梅院北条氏政正室)、海野信親、武田信之、見性院(穴山梅雪正室)
姉:細川晴元正室
妹:如春尼(顕如正室)
ゆかりの地  甲斐国 躑躅ヶ崎館
 甲斐国 円光院(墓)
略歴 ●公卿家の次女
1521年 (1歳)
公卿家である転法輪三条家、三条公頼の次女として生まれる。

●甲斐へ
1536年 (16歳)
甲斐国守護、武田家の嫡男、武田晴信(信玄)に嫁ぐ。

1538年 (18歳)
長男、太郎(武田義信)を出産。

1541年 (21歳)
次男、二郎(海野信親)を出産。

武田晴信(信玄)、父の武田信虎駿河国に追放し家督を相続。

1542年 (22歳)
武田晴信(信玄)諏訪頼重の娘を側室に。

1543年 (23歳)
三男、三郎(武田信之)を出産。

長女、黄梅院を出産。

1546年 (26歳)
父、三条公頼が左大臣に。

●父の憤死
1551年 (31歳)
三条公頼が周防国大内家で起こった大寧寺の変により、憤死。
これにより三条家は一旦断絶。

1553年 (33歳)
第一次川中島の戦。(長尾家との敵対)

●三国同盟
1554年 (34歳)
越後国長尾景虎(上杉謙信)へ対抗するために、長男武田義信の嫁に駿河国今川義元の娘、嶺松院を迎える。

長女、黄梅院が、相模国北条氏政に嫁ぐ。

これにより甲相駿三国同盟が締結。

1555年 (35歳)
武田晴信(信玄)信濃国のほとんどを平定。

1559年 (39歳)
武田晴信(信玄)、出家し信玄を名乗る。

●同盟崩壊
1560年 (40歳)
桶狭間の戦織田信長今川義元を討ち取ると、 武田信玄は甲相駿三国同盟を破棄し駿河国今川家への侵略を始める。

1561年 (41歳)
第四次川中島の戦

●義信事件
1565年 (45歳)
長男の武田義信が、夫武田信玄への謀反を計画するが発覚し幽閉される。(義信事件)

1567年 (47歳)
長男の武田義信が自害。(義信事件の結末)

1568年 (48歳)
駿府攻め

1569年 (49歳)
小田原城攻め

三増峠の戦

1570年 (50歳)
死没。
死没 1570年8月29日(元亀元年7月28日) (享年50歳)
レクイエム