長篠の戦の奇襲が信長に絶賛された
酒井忠次さかい ただつぐ
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誕生 1527年(大永7年)
生誕地  
酒井忠親
 
小平次、小五郎、忠次、一智
官名 左衛門尉、従四位下、左衛門督など
近親など 正室:松平広忠の妹(碓井姫)
子:酒井家次など
ゆかりの地  三河国 吉田城
略歴 1527年 (1歳)
三河国松平家の家臣酒井忠親の二男として生まれる。

その後、松平広忠に仕える。

●家康への随身
1549年 (23歳)
松平広忠の死後は、跡を継いだ松平元康(徳川家康)に仕える。

松平元康(徳川家康)の駿府での人質生活にも従う。

●吉田城主
1565年 (39歳)
松平元康(徳川家康)三河国吉田城攻めで貢献、戦後吉田城主に。

1572年 (46歳)
武田信玄三方ヶ原の戦で大敗した際、浜松城を守備していたが、門を開き篝火を焚き大太鼓を打ち鳴らした。
この異様な様に、何かの謀略と勘ぐった武田勢は追撃を取りやめた。

1575年 (49歳)
長篠の戦では、鳶巣山砦の急襲に成功。
武田勢の退路を断ち、大勝のきっかけを作ったことから織田信長に賞賛される。

●信康事件
1579年 (53歳)
家康嫡男松平信康と家康正室築山御前の武田家内通疑惑を、織田信長に弁明し切れなかったことから松平信康は切腹させられ、築山御前は暗殺されることに。(信康事件

1584年 (58歳)
小牧・長久手の戦では、榊原康政と協力し、秀吉方の森長可に夜襲をかけ小牧山の占拠に成功。

●隠居
1588年 (62歳)
子の酒井家次に家督を譲る。

1596年 (70歳)
京都で死没。
死没 1596年12月17日(慶長元年10月28日) (享年70歳)
レクイエム 家康の老臣として、また徳川四天王のひとりとして活躍したが、何といっても松平信康を切腹に追いやってしまったことから、後年家康から恨まれた。

家康が豊臣秀吉から関東八州に移封された際も、他の重臣が10万石以上を与えられたにも関わらず、酒井家には下総国に3万石しか与えられなかったのは、そのためと言われる。