南蛮貿易を推進したキリシタン大名
大村純忠おおむら すみただ
トップページ 戦国年表 人物 合戦・出来事 国と郡 城・社寺 関連表 用語集 公開記録 参考文献 プロフィール・リンク メール
画像
誕生 1533年(天文2年)
生誕地 肥前国
実父:有馬晴純、養父:大村純前
大村純伊の娘
勝童丸(幼名)、純忠、バルトロメオ(受洗名)
官名 民部大輔、丹後守
近親など 正室:西郷純久の娘
子:大村喜前など
兄:有馬義貞
弟:千々石直員など
ゆかりの地  肥前国 大村館
 肥前国 三城城
略歴
●有馬家
1533年 1歳 肥前国日之江城主、有馬晴純の子(次男)として生まれる
●大村家
1538年 6歳 大村純前の養嗣子に送り込まれ、大村館に
1545年 13歳 義弟、大村純前の実子(庶子)の又八郎(後藤貴明)が、後藤家の養子に
1550年 18歳 養父、大村純前が隠居し家督を相続
その後、大村家を相続できなかった後藤貴明派からの反発を受ける
その後、台頭してきた村中城(佐賀城)主、龍造寺隆信の圧迫を受ける
●貿易とキリシタン
1562年 30歳 領内の横瀬浦を貿易港として、ポルトガルとの貿易を始めるとともに、イエズス会に対して便宜を図る
●義弟との対立
1563年 31歳 キリシタンの洗礼を受け、バルトロメオを名乗る。これをきっかけに領内のキリシタンは6万人以上に
その後、領内の寺社を次々に破壊したことから、仏徒や領民の反感を買う
後藤貴明から横瀬港を焼き討ちされる
1564年 32歳 三城城を築城し、居城を移す
1570年 38歳 横瀬港に替わる港(後の長崎港)をポルトガル人のために提供
1571年 39歳 長崎の街づくりを開始
1572年 40歳 松浦家と同盟した後藤貴明から三城城を攻められるが、守り切る
●龍造寺の圧迫
1577年 45歳 龍造寺隆信に人質を差し出す
1578年 46歳 龍造寺隆信から長崎を攻められるが、ポルトガルの支援を受け撃退
1580年 48歳 領内の長崎、茂木をイエズス会領として寄進
1582年 50歳 大友宗麟らとともに、天正遣欧使節を欧州に派遣。(千々石ミゲル)
●降伏
1583年 51歳 龍造寺隆信から所領を奪われ、肥前国波佐見に1年ほど追放される
1584年 52歳 許され沖田畷の戦に参陣するが敗北、龍造寺隆信が戦死
1585年 53歳 豊臣秀吉に誼を通じ、その臣下に
1587年 55歳 豊臣秀吉九州攻め後、所領を安堵される
死没
死没 1587年6月23日(天正15年5月18日) (享年55歳)
レクイエム