金山や銀山開発に才のあった天下の名奉行
大久保長安おおくぼ ちょうあん
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誕生 1545年(天文14年)
生誕地  
大蔵太夫十郎信安(猿楽師)
 
藤十郎、土屋十兵衛、長安、天下の総代官など
官名 従五位下、石見守
近親など 正妻:下妻頼竜の娘
継室:大久保忠為の娘
子:大久保藤十郎、大久保藤二郎、青山成国、大久保運十郎、大久保藤五郎、大久保権六郎、大久保藤七郎など
ゆかりの地  甲斐国 黒川金山
 石見国 石見銀山
 佐渡国 佐渡金山
 但馬国 生野銀山
略歴
●猿楽師藤十郎
1545年 1歳 猿楽師、大蔵太夫十郎信安の子として生まれる
●信玄との出会い
その後猿楽師として、甲斐国武田信玄に仕える
その後、武士となり、信玄家臣の土屋昌続の配下となり、黒川金山の開発などに携わる
    この頃、土屋姓を名乗る
1582年 38歳 武田家滅亡
●家康との出会い
その後、徳川家康に仕え、大久保忠隣の配下となり、大久保姓を名乗る
    武田家滅亡後の甲斐国の内政で活躍
1590年 46歳 小田原城攻め後、関東に移封となった徳川家康から奉行を命じられ、土地台帳の作成などに貢献
1591年 47歳 北条氏照の旧領、八王子9万石を拝領
1599年 55歳 徳川家康に進言し、八王子千人同心の組織化を行う
1600年 56歳 関ヶ原の戦では、中山道を辿った徳川秀忠の輜重隊を率いる
戦後は、大和代官、石見銀山検分役、佐渡金山接収役、甲斐奉行、石見奉行、美濃代官、佐渡奉行、所務奉行(勘定奉行)など、主に鉱山奉行を歴任
●忠輝の付家老
1603年 59歳 家康の六男、松平忠輝の付家老に
年寄(老中)に任命される
その後、各街道への里程標設置や、間尺法の設定を行う
1606年 62歳 松平忠輝が、伊達政宗の娘、五郎八姫と結婚
晩年は、鉱山からの鉱物の産出が激減したことなどから、家康からの信頼を失い、各奉行職を解かれる
1613年 69歳 死没
死没 1613年6月13日(慶長18年4月25日) (享年69歳)
レクイエム 長安の死後、私曲により財貨をため込んでいた罪で、7人の息子たちは処刑され、お家は断絶、遺体は掘り起こされ磔刑されたばかりでなく、縁戚の青山成重や石川康長も連座により処分されるという、大久保長安事件が起こる。

しかしながら私曲は、長安の主筋の大久保忠隣のライバル、本多正信本多正純父子による陰謀との説もある。