北条家の臣下となった武蔵守護代
大石定久おおいし さだひさ
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画像  
誕生 1491年5月1日(延徳3年3月23日)
生誕地  
大石定重
 
丑丸(幼名)、源左衛門、定久、綱周、心月斎道俊
官名  
近親など 弟:大石憲重、大石定基、大石信吉、大石照仲、大石定顕
子:大石定仲、比佐(北条氏照の正室)、登志(太田資正の正室)など
養子:北条氏照、大石定勝
ゆかりの地  武蔵国 高月城
 武蔵国 滝山城
 武蔵国 戸倉城
略歴
●守護代家
1491年 1歳 扇谷上杉家の家臣で武蔵国守護代、高月城主、大石定重の子として生まれる
1521年 31歳 父とともに滝山城を築城し居城に
●家督
1527年 37歳 父、大石定重が死没。これにより家督を相続
●河越夜戦
1546年 56歳 河越夜戦で、主家の上杉朝定が討ち死に(扇谷上杉家滅亡)
これを受けて北条氏康の三男、北条氏照を娘婿に迎え、大石家は北条家の臣下に
●隠居
1547年 57歳 北条氏照に家督を譲り、戸倉城に隠居
1549年 59歳 死没
死没 1549年10月27日(天文18年10月7日) (享年59歳)
レクイエム 北条家への臣従には納得しがたいものがあったようで、隠居後も旧主、上杉家と連絡を取っていたという。