3人の武将に嫁いだお市の方の末娘
於江与の方おえよのかた
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誕生 1573年(天正元年)
生誕地 近江国 小谷城
実父:浅井長政、養父:柴田勝家豊臣秀吉
お市の方織田信長の妹)
江(幼名・ごう)、小督、於江与、江、達子、崇厳院
近親など 姉:淀殿(茶々)常高院(初)=(京極高次正室)
夫:佐治一成、豊臣秀勝徳川秀忠
子:豊臣完子、千姫、珠姫、勝姫、徳川家光、徳川忠長、和子(東福門院・後水尾天皇中宮)
ゆかりの地  近江国 小谷城
 尾張国 清洲城
 越前国 北ノ庄城
 尾張国 大野城
 武蔵国 江戸城
略歴
●小谷城落城
1573年 1歳 近江国小谷城主、浅井長政の三女に生まれる
小谷城を伯父織田信長に攻められ(小谷城の戦)、父、長政が自害
母、お市の方や姉ふたり(茶々・初)とともに城から落ちのびる
その後、尾張国清洲城で過ごす
●越前
1582年 10歳 母、お市の方が、織田家家老柴田勝家に再嫁、ともに越前国北ノ庄城に移る
1583年 11歳 羽柴(豊臣)秀吉北ノ庄城を攻められ、勝家と母お市の方が自害すると、秀吉の庇護下に。(養女になったという説あり)
●結婚
1584年 12歳 従兄で、尾張国大野城主、佐治一成に嫁ぐ
小牧・長久手の戦で、夫、佐治一成が徳川家康方についたことから羽柴(豊臣)秀吉の怒りを買い、離縁させられる
●再婚
1586年 14歳 秀吉の甥で養子の豊臣秀勝に嫁ぐ
1592年 20歳 豊臣秀勝文禄の役(朝鮮出兵)で戦死
長女、完子(豊臣完子)を出産
●再々婚・江戸
1595年 23歳 家康の後継者、徳川秀忠に嫁ぐ
長女、完子(豊臣完子)は豊臣家に猶子として残り、姉の茶々が養育することに
1597年 25歳 千姫(のちに豊臣秀頼に嫁ぐ)を出産
1600年 28歳 関ヶ原の戦で、徳川家の東軍が勝利
1601年 29歳 勝姫を出産
1602年 30歳 勝姫を出産
1603年 31歳 義父、徳川家康が江戸に幕府を開府し、征夷大将軍
1604年 32歳 嫡男、竹千代(徳川家光)を出産
●将軍夫人
1605年 33歳 夫、徳川秀忠が二代征夷大将軍
1606年 34歳 国千代(徳川忠長)を出産
1607年 35歳 和子(後に後水尾天皇の中宮となる)を出産
1620年 48歳 娘、和子が、後水尾天皇に入内
1623年 51歳 子の徳川家光が、三代征夷大将軍
1626年 54歳 病没
死没 1626年11月3日(寛永3年9月15日) (享年54歳)
レクイエム お市の方の3人の娘の中では一番初めに結婚し、強制離婚、死別を経て、最終的には徳川秀忠に嫁いだ。

そして秀忠との間にできた子は多彩で、豊臣家の跡取り豊臣秀頼に嫁ぎ大坂の陣の際解放された千姫、徳川三代将軍となる家光、後水尾天皇の中宮となる和子などがいる。