兄信長に暗殺された2つ下の弟
織田信行おだ のぶゆき
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誕生 1536年(天文5年)
生誕地 尾張国
織田信秀
土田御前
幼名  
元服名 織田勘十郎信行 
織田信行、織田達成、織田武蔵守信成など
(本名は信勝という説もあり)
近親など 兄:織田信広、織田信長など
弟:織田信包織田有楽斎など
妹:お市の方など
子:津田信澄、織田信兼など
ゆかりの地  尾張国 末森城
略歴 ●信長の弟
1536年 (1歳)
尾張国
那古野の領主、織田信秀の子、織田信長の弟として生まれる。

兄信長とは違い、折り目正しい若者であった。

●末森城主
1551年 (16歳)
織田信秀の死により、織田家の本城である末森城主となる。

1555年 (20歳)
兄で織田家当主の織田信長が、清洲城を手に入れ居城とする。

この頃信行も、信長の第一の対抗馬として台頭。

●兄への反抗
1556年 (21歳)
織田家の宿老、柴田勝家林通勝らとともに信長に反抗するが、信長に攻められ敗戦。(稲生の戦

母、土田御前の取り成しで、信長と和解。

1557年 (22歳)
今度は織田伊勢守家に通じ、兄織田信長に反旗を翻すが、事前に柴田勝家が信長に通報し発覚。

清洲城にて、織田信長の命を受けた河尻秀隆に誅殺される。
死没 1557年11月22日(弘治3年11月2日) (享年22歳)
レクイエム 大うつけと悪評高い兄に織田家を任せられない気持ちが、常に謀反を起こさせたと考えられる。