武田、織田、北条に仕えた上野の国人
小幡信貞おばた のぶさだ
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誕生 1540年(天文9年)
生誕地 上野国
小幡憲重(重定)
 
幼名  
元服名  
 
官名 尾張守、上総介など
近親など 正妻:長野業正の娘
養子:小幡信定(弟、小幡信秀の子)
ゆかりの地  上野国 国峰城
略歴 ●上野国
1540年 (1歳)
上野国甘楽郡の国峰城主で、関東管領上杉憲政の家臣、小幡憲重の子として生まれる。

1552年 (13歳)
上杉憲政北条氏康に攻められ、越後国長尾景虎(上杉謙信)の元に逃れる。

●武田氏
その後、湯治中に国峰城で家臣の反乱が起こったことから、武田晴信(信玄)を頼り、信濃国大日向を拝領。(5千貫)

1561年 (22歳)
武田晴信(信玄)国峰城を攻略、父、小幡憲重(重定)とともに国峰城に復帰、信貞が城主に。(推定)

その後、

1566年 (27歳)
武田晴信(信玄)の先鋒として、上野国西部の攻略戦(箕輪城の戦など)で貢献。

1568年 (28歳)
駿府攻めに参陣。

1569年 (30歳)
三増峠の戦では津久井城への抑えを任される。

1572年 (33歳)
武田信玄上洛戦三方ヶ原の戦に随従。

武田信玄病没後は、そのまま武田勝頼に仕える。

1573年 (34歳)
上野国西部7郡の横目付けに。

1575年 (36歳)
長篠の戦に参陣するが敗北し、父、小幡憲重が戦死。(異説あり)

●織田氏
1582年 (43歳)
天目山の戦で、主家、武田家が滅亡すると、織田信長に降伏し、信長から上野国などを拝領した滝川一益の与力に。

本能寺の変織田信長が討たれる。

●北条氏
神流川の戦で敗北した滝川一益上野国から撤退すると、北条氏直に仕える。

1585年 (46歳)
隠居し、甥で養子の小幡信定に家督を譲る。

1590年 (51歳)
豊臣秀吉小田原城攻めでは小田原城に籠城するが、北条家が滅亡。

その後は旧友で信濃国上田城主の真田昌幸を頼り、塩田平に隠棲。

1592年 (53歳)
死没。
死没 1592年(文禄元年11月21日) (享年53歳)
レクイエム 武田二十四将に数えられることもあるが、甲州小幡家とは別系統。

また、長篠の戦で戦死したという説もあるが、戦死したのは父という説が有力。