秀吉に利用された、信長の宿老
丹羽長秀にわ ながひで
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誕生 1535年10月16日(天正4年9月20日)
生誕地 尾張国 児玉
丹羽長政(斯波氏の家臣)
 
幼名 五郎左衛門
  
官名 越前守、惟住越前守 
通称 鬼の五郎左など
近親など 正妻:信長の養女
子:丹羽長重など
ゆかりの地  近江国 佐和山城
 若狭国 後瀬山城
 近江国 大溝城
 越前国 北ノ庄城
略歴 ●尾張
1535年 (1歳)
尾張国守護、斯波氏の家臣、丹羽長政の子として生まれる。

●信長への随身
1551年 (16歳)
織田信長に仕える。

1563年 (28歳)
小牧山城築城の奉行を務める。

1570年 (36歳)
姉川の戦で貢献。

1571年 (37歳)
近江国佐和山5万石の領主となり、佐和山城主に。

1573年 (39歳)
小谷城の戦に参陣。

第二次伊勢長島攻めに参陣。

1575年 (41歳)
甲斐国武田勝頼との長篠の戦に参陣。

●若狭国
織田信長から、近江国佐和山に加え若狭国一国も任され、後瀬山城主に。

1576年 (42歳)
安土城築城の総奉行に。

1579年 (45歳)
安土城の天守が完成。

1581年 (17歳)
第一次天正伊賀の乱に従軍。

●秀吉への随身
1582年 (48歳)
信長の三男織田信雄の副将として四国征伐の準備中、堺で本能寺の変を知り、羽柴(豊臣)秀吉とともに山崎の戦に参戦、清洲会議でも秀吉方につく。

近江国大溝城を居城に。

1583年 (49歳)
賤ヶ岳の戦でも秀吉方につき、勝利に貢献。
若狭国の他に、近江国越前国加賀国などに加増され、合計123万石の太守となり、北ノ庄城を居城に。

●秀吉への不満
しかし織田家をないがしろにし出した秀吉に不満を持ち始める。

1585年 (51歳)
持病が悪化して自害、家督は、子の丹羽長重が相続。
レクイエム 勇猛果敢な武将で、鬼の五郎左と呼ばれるほどの戦振りだった。

以前は格下であった秀吉にまんまと利用されたことに気づいた時には、秀吉はあまりにも実力をつけ過ぎていた。
死没 1585年5月15日(天正13年4月16日) (享年51歳)