出世の最年少記録を作った
成瀬正成なるせ まさしげ
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誕生 1567年(永禄10年)
生誕地 尾張国 清洲
成瀬正一
熊谷直連の妹
幼名 小吉
成瀬正成(読みは「まさなり」とも)
官名 従五位下、隼人正
幕職 堺奉行、駿府年寄など
近親など 正室:森川氏俊の娘
継室:本多正重の娘など
子:成瀬正虎、成瀬之成など
ゆかりの地  尾張国 犬山城
略歴 ●家康の小姓
1567年 (1歳)
徳川家家臣、成瀬正一の子として生まれる。

その後、徳川家康の小姓として仕える。

●異例の出世
1584年 (18歳)
小牧・長久手の戦で貢献。

1585年 (19歳)
根来衆50人を率いる一軍の将に抜擢される。

1590年 (24歳)
徳川家康に従い小田原城攻めに参陣し、功をあげる。

この功により、下総国葛飾郡に4千石を拝領。

●秀吉からの誘い
1592年 (26歳)
文禄の役(朝鮮出兵)への馬揃えの際、豊臣秀吉から5万石で召しかかえるとの誘いを受けるが固辞。

1600年 (34歳)
関ヶ原の戦では、根来衆を率いて活躍。

戦後はその功により堺奉行に。

●大名
甲斐国三河国に3万4千石を拝領し大名に。

1610年 (44歳)
徳川秀忠が将軍となると堺奉行を解かれ、大御所徳川家康の側にあり政務を行う。

●尾張藩付家老
1611年 (45歳)
平岩親吉の死没後は、替わって尾張徳川家の付家老も兼ねる。

1614年〜15年 (48歳〜49歳)
大坂冬の陣大坂夏の陣では、尾張藩主の徳川義直を補佐し活躍。

1617年 (51歳)
尾張国犬山城主に。

1625年 (59歳)
死没。
死没 1625年(寛永2年)2月 (享年59歳)
レクイエム 19歳で一軍の将を任されたが、徳川家でも異例の出世だったという。

死の間際、徳川家康の眠る日光東照宮に行くと言ってきかず、家臣たちが籠を担ぎ日光へ向かう振りをしたという逸話が残っている。