政治力でお家安泰に持ち込んだ
南部信直なんぶ のぶなお
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誕生 1546年(天文15年)
生誕地  
実父:田子高信(石川高信)
養父:南部晴政
 
幼名 亀九郎
元服名  
田子九郎、南部信直
官名 大膳大夫
近親など 正妻:南部晴政の娘
子:南部利直など
ゆかりの地 GOOGLE MAP 陸奥国陸奥 田子館
 陸奥国陸奥 三戸城
 陸奥国陸奥 九戸城(福岡城)
 陸奥国陸中 盛岡城
略歴 ●石川家
1546年 (1歳)
南部一族で田子館主、田子高信(石川高信)の子として生まれる。

●南部家の養子
1565年 (18歳)
嫡子のなかった南部晴政の養子となり、三戸城に入る。

●屋裏の変
1570年 (23歳)
養父、南部晴政に嫡男鶴千代(南部晴継)が誕生したことから、晴政に疎まれるように。(屋裏の変)

1571年
津軽為信に、実父、石川高信を討たれる。(大仏ヶ鼻城の戦)

1572年 (25歳)
南部晴政に疎まれたことから身の危険を感じ、南部家相続を辞退。

1582年 (35歳)
南部晴政が病没。

その直後、晴政の後継、南部晴継が病没。(暗殺説もあり)

●南部家相続
北信愛八戸政栄らの尽力により南部(九戸)実親との抗争に勝利、南部宗家を相続する。

これにより南部(九戸)実親の実兄、九戸政実と家中において対立。

●秀吉への臣従
1586年 (39歳)
前田利家を通じて豊臣秀吉に接近。

1590年 (43歳)
豊臣秀吉の命を受け小田原城攻めに参陣。

豊臣秀吉奥州仕置では、本領(陸奥国陸奥南部、陸奥国陸中北部)を安堵される。

1591年 (44歳)
九戸政実の乱が起こると豊臣秀吉に報告、乱は豊臣秀次の討伐軍に鎮圧される。

その後領地替えにより、九戸城を改築し居城とし福岡城と改名。

1592年 (45歳)
文禄の役(朝鮮出兵)に参戦。(渡海したかは不明)

1598年 (51歳)
嫡男南部利直に命じ、盛岡城の築城を開始。

1599年 (52歳)
病没。
死没 1599年(慶長4年) (享年52歳)
レクイエム 時代の趨勢を見極める術に長けており、早くから豊臣秀吉に接近するなど、政治力が高い武将であった。

九戸政実の乱の際には、「この地は既に(秀吉の治める)天下の土地である」として、私兵は動かさなかった。