病の兄に代わり関ヶ原で戦った
中村一栄なかむら かずしげ
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誕生 ????年(????年)
生誕地 近江国
中村一政
 
幼名  
彦右衛門、「かずよし」とも
官名  
近親など 兄:中村一氏
甥:中村一忠など
子:中村栄忠など
ゆかりの地  駿河国 三枚橋城
 伯耆国 八橋城
略歴 ●甲賀
????年 (1歳)
近江国甲賀五十三家のひとり、中村一政の子で中村一氏の弟として生まれる。

●秀吉への随身
その後、兄、中村一氏木下(豊臣)秀吉に仕えたことから、同じく秀吉に仕える。(推定)

1583年 (??歳)
兄、中村一氏和泉国岸和田城主に。(3万石)

それにともない、和泉国に移る。(推定)

●小牧・長久手の戦
1584年 (??歳)
小牧・長久手の戦では、犬山城を攻め落とすなど貢献。

1585年 (??歳)
兄、中村一氏四国攻め(天正13年)で貢献し、近江国水口城主となり、近江国伊賀国に6万石を拝領。

それにともない、近江国に移る。(推定)

兄、中村一氏羽柴(豊臣)秀次の家老に。

●大名
1590年 (??歳)
小田原城攻めの後、兄、中村一氏駿河国駿府城城主となり17万石を拝領すると、三枚橋城主に。(3万石)

1598年 (??歳)
兄、中村一氏が三中老のひとりに。

●関ヶ原
1600年 (??歳)
関ヶ原の戦の際、病を得ていた兄、中村一氏に代わって出陣。

兄、中村一氏が死没。

徳川家康の東軍につき西上するが、前哨戦の杭瀬川の戦で島左近に大敗。

本戦では、甥の中村一忠とともに南宮山の毛利勢の押さえとして布陣。

●伯耆国
戦後、兄の家督を継いだ甥の中村一忠伯耆国一国を拝領し、尾高城主(17万5千石)となると、八橋城主に。(4万石)

その後、若い藩主である中村一忠を後見。

1602年 (??歳)
中村一忠米子城を築城し、居城に。

1603年 (??歳)
米子騒動。

1604年 (??歳)
死没。
死没 1604年(慶長9年) (享年??歳)
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