守護家と二度対立した謙信の父
長尾為景ながお ためかげ
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誕生 1489年(延徳元年)(異説あり)
生誕地 越後国
長尾能景
法往院(高梨政高の娘)?
幼名 六郎
元服名  
長尾為景
官名 従五位下、信濃守
幕職 越後守護代
近親など 正妻:高梨政盛の娘
実子:長尾晴景仙洞院上杉景勝の母)、上杉謙信、長尾景房、長尾景康など
ゆかりの地  越後国 春日山城
略歴 ●越後守護代家
1489年 (1歳)
越後国守護代、長尾能景の子として生まれる。

●家督
1506年 (17歳)
越中国一向一揆征伐へ向かった父、能景が、神保慶宗の裏切りなどにより討ち死に。(般若野の戦)

これにより家督を相続、守護代に。

●反乱
1507年 (18歳)
主家である、守護、上杉房能の居館を急襲、自害に追い込み、その養子、上杉定実を守護に擁立。

1509年 (20歳)
上杉房能の兄で山内上杉家当主、上杉顕定の来襲を受け、上杉定実とともに佐渡国へ逃亡。

1510年 (21歳)
復権を目指し挙兵、叔父、高梨政盛の協力を受け上杉顕定を攻め討ち越後国へ復帰。(長森原の戦)

●対立
1513年 (24歳)
傀儡であることに不満を持ち始めた上杉定実が、宇佐美房忠、定満父子や上条定憲らとともに春日山城を占拠するが、間もなく為景が反撃に成功、上杉定実を幽閉。

1521年 (32歳)
無碍光衆(一向宗)禁止令を発令。

1530年 (41歳)
この頃から、上杉定憲など国衆との対立が深まる。

●隠居
1536年 (47歳)
上杉定憲と戦い勝利。(三分一ヶ原の戦)

隠居し、子の長尾晴景に家督を譲る。

1543年 (53歳)
死没。
死没 1543年1月29日(天文11年12月24日) (享年53歳)
レクイエム 2度に渡る守護家との対立で勝利し、越後国の実権を握ろうとしたが、全ての国衆をを掌握するには至らず、越後国の統一は、子の景虎(上杉謙信)の代まで待つことになる。

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