小さな湖で死んだ上田長尾家の優将
長尾政景ながお まさかげ
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誕生 1526年(?)(大永6年)
生誕地 越後国 上田
長尾房長
 
幼名  
長尾新五郎政景
官名 越前守
近親など 正妻:仙洞院上杉謙信の姉)
実子:上杉景勝上杉謙信養子)、華渓院(上杉景虎正室)など
従弟:上杉謙信
ゆかりの地  越後国 坂戸城
 越後国 野尻池(現在は、大源太湖)
略歴 ●上田長尾家
1526年 (1歳)
越後国の上田長尾家当主で、坂戸城主、長尾房長の子として生まれる。

●謙信との対立と反乱
1548年 (23歳)
本家であり、越後国守護代の長尾晴景と、その弟の長尾景虎(上杉謙信)が対立すると、晴景方につく。

長尾晴景が隠居し、弟の長尾景虎(上杉謙信)に家督が移る。

1550年 (25歳)
長尾景虎(上杉謙信)が本家を継いだ不満から反乱を起こすが、降伏し臣下に。
長尾景虎(上杉謙信)の姉、仙洞院を妻に迎える。

1552年 (27歳)
父、長尾房長死去。

1556年 (31歳)
長尾景虎(上杉謙信)が出家を決意した際、思いとどまらせるよう説得し成功。

1564年 (39歳)
越後国、野尻池(湯沢にあった池)で宇佐美定満とともに溺死。
死没 1564年(永禄7年)7月 (享年39歳)
レクイエム 野尻池での死は、酒に酔って船から投げ出され溺死したともいわれているが、謙信に謀反を起こそうとして宇佐美定満に暗殺されたという説もある。

子の上杉景勝は、政景の死後上杉謙信の養子となり、御館の乱に勝利し上杉家の跡を継ぐことになる。