弟、謙信に家督を譲った越後守護代
長尾晴景ながお はるかげ
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誕生 1509年(永正6年)
生誕地 越後国 春日山城
長尾為景
高梨政盛の娘
幼名 道一丸
元服名 長尾定景
弥六郎、六郎、長尾定景、長尾晴景
官名 弾正左衛門尉
幕職 越後国守護代
近親など 正妻:上杉定実の娘
実子:猿千代
養子:上杉謙信(長尾景虎)
弟:長尾景康、長尾景房、上杉謙信(長尾景虎)
妹:仙桃院(長尾政景の正室)、上条頼房の正室
ゆかりの地  越後国 春日山城
略歴 ●守護代の嫡男
1509年 (1歳)
越後国守護代で、春日山城主、長尾為景の嫡男として生まれる。

すでに守護、上杉家は実力を失っており、守護代の長尾家が事実上の越後国主となっていた。

その後、越後国守護、上杉定実の猶子に。

その後、元服し長尾定景と名乗る。

その後、上杉定実の娘と結婚。

その後、将軍足利義晴の偏諱を受け、晴景と改名。

1530年 (22歳)
弟、虎千代(上杉謙信(長尾景虎))誕生。

●家督
1536年 (28歳)
父、為景から家督を譲られ、越後国守護代に。

1542年 (34歳)
父、為景が死去。

その後、陸奥国守護の伊達殖宗が、弱体化していた上杉氏に養子を送り込もうとしたことから天文の乱が起こるが、反対派を糾合し阻止に成功。

●弟
1543年 (35歳)
病弱な晴景を不服とする勢力に担がれ、弟で仏門に入っていた虎千代(上杉謙信・長尾景虎)が還俗し、栃尾城主に。

1544年 (36歳)
反長尾派の豪族連合が、弟景虎栃尾城を攻めるが、景虎はこれを撃退。(栃尾城の戦)

1545年 (37歳)
黒滝城主の黒田秀忠が謀反を起こすが、景虎が平定。

これらにより景虎の名声が高まる。

1546年 (38歳)
景虎が、再び謀反を起こした黒田秀忠を誅する。

この頃より、景虎を守護代に推そうとする勢力と、晴景を担ぐ勢力による対立が高まる。

●隠居
1548年 (40歳)
越後国守護の上杉定実の仲介により隠居し、弟景虎を養子として家督を譲る。

1550年 (42歳)
越後国守護の上杉定実が死没したことから、弟長尾景虎(上杉謙信)越後国主に。

1551年 (43歳)
景虎が、反景虎派である上田長尾家の長尾房景、長尾政景父子を降伏させ、越後国を平定。

1553年 (45歳)
死没。
死没 1553年3月23日(天文22年2月10日) (享年45歳)
レクイエム  

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